第33話 火山性山岳地帯

 レトラ氏の背中で目覚めてからおよそ一時間、俺たちは目的地である下級竜の住処近くへと到着していた。

 ようやく東の空が薄明るくなり始めた頃合いだから、元の世界の時間に換算すると四時前くらいであろうか。村を出たのが日が落ちてから随分経ってからだったので、空を飛んでいたのは全部で十時間には届かないだろう。


「完全に見たこともない景色なんだが……」


 その短時間で一体どれだけの距離を飛んだのか見当もつかない。出発した緑満載の森の中とは打って変わって荒涼とした山岳地帯へと連れてこられていたのだった。

 しかもただの山ではなく、何と火山性の山岳地帯だったのである。その証拠に、周囲には硫黄の独特の匂いが充満しており、更にあちらこちらから蒸気かガスらしきものが噴き出していた。


「全く下級竜ってやつらは辺鄙なところにばかり住んでいやがるから、ぶん殴りに来るのも一苦労だぜ」


 いや、おっさん、軽々しく竜をぶん殴ろうとするな。

 ちょっとした腕試しのように言っているが、下級だろうが何だろうが一般人にとっては竜なんて天災と同義なんだぞ。


「下級竜が自我を持つまでに成長するためには沢山の精霊の力をその身に取り込む必要があるのです。そのためそうした個体が住処にする場所と言うのは、必然的に人里からは離れた精霊の力が強い場所となってしまうのですよ」


 そう教えてくれたのは、俺たちを降ろして再び人間形態へと変身していたレトラ氏だった。精霊というのがいまいち良く分からないが、自然の力とでも解釈しておけばそれ程間違ってはいない気がする。

 そしてそうした辺境で他者との交流もほとんどない状態で暮らしているため、上位種である『竜の里』に住まうドラゴン種の指示や意見にも逆らう傾向があるのだという。


「大抵の場合はその地で最も強い存在として君臨していますから、自分より強い存在がいるという事が意識からすっぽりと抜け落ちてしまっているのです」


 要するにお山の大将気取りになってしまっている訳だ。そして俺たちが訪れたこの地に住む下級竜もそんなやんちゃな連中の内の一体だという事らしい。

 それでも直接乗り込んでいっては怯えて逃げてしまうかもしれないということで、面倒だが少し離れた場所から歩いて近付くという事にしたのだった。


「多少反抗的であるくらいなら放っておくのですが、中にはあえてこちらの指示を無視したり逆らったりすることで己の力を誇示しようとする愚か者がいまして……。度が過ぎる行いも目立ってきたので、そろそろ仕置きをする必要があるだろうと里の方でも話し合われていたところだったのです」


 レトラ氏が「力を誇示」と言った瞬間、妻が顔をしかめた。これは、もしかして大した意味もなく人里を襲ったり脅しをかけたりしていたという事なのか?

 俺が考えている内容を察したのか、妻が小さく頷いた。

 自我があり、知性を持つならば確認をする必要はあるだろうが、わざわざレトラ氏が選んだ――俺たちにとっては生け贄、他の下級竜たちにとっては見せしめか――相手だ。この先にいるはずの下級竜も同じ事をしていた可能性が高い。

 もしもそうであれば、力を示すためだけに自分よりも弱い存在を傷つけるようなやつであるならば、きっと思い知ることになるだろう。


 上には上がいるという事を。


 明るくなっていくごとに荒れ果てた周りの様子がはっきり分かるようになっていった。荒れた山肌はやはり火山の影響なのか生命の気配が感じられない荒涼としたものだった。

 そんな道なき道を、とある山頂目指して俺たちは一列に並んで進んで行った。


「ふう……。かなり高い所のはずなのに結構暑いわ」


 見渡しても険しい山々の連なりしか見えない。妻が口にしたように相当な高地のようだ。いくら初夏とはいえ、この暑さは普通では考えられない。そうすると原因は先ほど見たあれらだろう。


「地下に溶岩だまりでもあるのかもしれないな。ここら辺り一体は地熱が高いようだ」


 探せば温泉が湧き出ているところもあるのかもしれない。

 ……しまった!これは余計なことを考えてしまったぞ。


「どうしたの、ヒュート?」


 俺の後ろ最後尾を歩いていた妻に、そんな俺のちょっとした動揺を勘付かれてしまった。

 ちなみに、下級竜の居場所を知っているレトラ氏が先頭で、バリントスが二番目である。


「いや、この暑さで汗をかいたから風呂に入りたくなったんだ」

「風呂だあ!?おいおい、お前、どこの貴族のお嬢さんだよ。汗なんて川の水で流せばそれで十分だろう」


 俺の返事を聞いて割って入ってきたのはもちろんバリントスだ。まあ、この世界にはあまり風呂文化がないようだから、その反応も仕方がないのかもしれない。

 だが、こちとら一日に一回、時には数回も風呂に入る文化で育ってきた人間だ。適当に流されるだけならともかく、馬鹿にされるような言い方をされては黙っている訳にはいかない。


「ふう……。分かっていないな。温めた湯につかるだけでも疲労回復の促進や免疫力の向上などの効果があるんですよ」

「ふふふ。ヒュートは本当にお風呂に入るのが好きよね」


 家にも無理矢理風呂場を増設して、魔法でわざわざお湯を作り出しているくらいだからな!

 妻も風呂に入ること自体には慣れてきたのだが、未だに熱いお湯は苦手なようで大抵は俺が入った後で浸かっている。

 そのため、恋人や新婚夫婦の素敵イベントである『一緒にお風呂』というのは年に数回程度しか――ゴホンゲフン!!

 ……あー、あー、本日は晴天なりー。

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