第7話『隠れていた魔物』

「ヒグマさん。結果を伝えたら言ってましたよ。“まるで今まで何事も無かったのが奇跡だ”って」


キンシコウは紅茶を注ぎながら言った。


「ああ...。病は気から、と言ったものだよ。

恐らく博士が側にいたから、鳴りを潜めていたと言っても過言じゃない」


「本人には言ったんですか」


「...つい、かばんの言いなりになってしまったよ。あのまま放置しておけば彼女は何も知らずに楽になれたのかもしれない」


「まあ元に戻ったところでという話でもありますがね...」


「リカオンは?」


「博士さんを呼んできて話をしてると思います」






リカオンから事情を聞いた博士は言葉が出ず、

唖然とするしかなかった。


「助手さんは、免疫が弱ってしまう病気なんですよ。今まで何も異常がなかったのが凄いくらいで...」


「それは...、助かるのですか」


「...治療には高度な技術が必要です。

ここにあるものだけじゃ...、どうしようも」


「...じゃあ、助手は死ぬのですか」


「えっと...、それは...、その...」


単刀直入の質問にリカオンはしどろもどろになってしまった。


「とにかく、博士さん。助手さんに会ってお話ししてもらえませんか?」




『早めに打ち明けた方がいいと思うなー』


そう言った彼女の言葉は未来を見透かしていたのかもしれない。後でそう思って、とても不気味だった。




扉を開け、部屋に入った。


「...助手」


寝ている彼女は、白雪姫の如く色白に見えて、

とてもか弱そうに見えた。


「...来てくれたんですか」


眠っている様に見えて、眠っていなかった。


「あの...」


「博士、答えてください」


その声にドキリとした。


「博士は私のことをどう思ってるんですか?」


「....もちろん、好きで」


「嘘はつかないでくださいよ」


「....」


唇を噛み、うつむく。


「博士は、タイリクオオカミが好きなんでしょう。2人が蜜月の仲ってことは隠してても雰囲気でわかりますよ」


まだ、なんて言葉を返せばいいかわからない。

自身の語彙力の無さに失望する。


「どうして隠そうとするんですか」


「...あなたとの関係を崩したくなかったから...」


そう言うと、溜め息を吐いた。


「私はずっと悩んでたんですよ?

それで死のうとも思ったんですよ?」


嘆くように彼女は言った。


「ずっと一緒にやって来たのに...

どうして私の気持ちがわからないんですか」


もう、彼女に本心を隠しておく必要はない。


「嫌いじゃないけど好きじゃないですから。

あなたの事なんて」


「...え?」


「あなたは友達ですよ。けれどそれは外から見ればそう思われてるだけで、私はただ単にビジネスパートナーとしか思ってませんでした。

要するにあなたの心情を詮索する理由がなかったのです」


「...じゃあ、博士は私のことが嫌いだと?」


「ハナから興味ないと言ってるんです」


「...そうですか。薄情な人ですね。

それがあなたの本性なんですね」


酷く睨みながら、彼女は言った。


「全てあの悪いオオカミの影響ですか」


「...彼女のことを悪く言わないでくださいよ!病人のお前でも...」


「私がバカでした。死人に口無しですよね」


「....」


「最期は気持ち良く別れたかったですよ」


寂しげに彼女は呟いた。

言葉をかけず、後ろを振り返らずに部屋を出た。




「おい」


険しい表情のヒグマがいた。


「な、なんですか」


「1人の友人を愛せないヤツが他のヤツを愛せるのか」


彼女はそう尋ねてきた。

あの話が聞こえていたのかもしれない。


あまり他人に首を突っ込んでほしくない。


「あなたには関係ないでしょう...」


そう言うと、急に彼女は自分の胸ぐらに掴みかかった。


「長い間二人でやってきたのに、そうやって冷たく突き放すのか。お前には感謝の心がないのか?」


「...」


「...見損なったぞ。私は博士が誰を好きになろうが構わない。だが、友人を見捨てるような奴は大嫌いだ」


酷く叱責された。殴られはしなかったが、

謎の気持ち悪さだけが残った。

助手という存在を気にしなくて良くなったのに、後味が悪い。


「...博士さん」


去り際に声を掛けたのはキンシコウだった。


「....本当にいいんですか?」


私はそれにも答えず、沈黙したまま図書館に戻った。

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