【コノタイ】白青物語
みずかん
第1話『二人の気持ち』
私の名前は、タイリクオオカミ
何でそう言うのか、詳細は知らない。
作家をしていて、『名探偵ギロギロ』という
漫画を描いている。意外とこれが島の住民に好評であり、生業にしている。
基本はロッジという場所にいて、そこを管理しているアリツカゲラに無理を言って居候させてもらっている。
私と一緒によく一緒にいるのは、アミメキリン。さばんなちほーの出身で、図書館で見た私の漫画に感銘を受け、このロッジにやって来た。なんやかんやで一緒に居るが彼女がギロギロの作者を私だと知るのはつい最近のことである。
そんな、漫画を描く以外に変わったことがない私だが、ある日人生観を大きく変える出来事があった。
それは、“私の名前を初めて呼んだ彼女”との
何気ない会話からだった。
漫画は、出来上がると真っ先に見せる人がいる。この島の長であるアフリカオオコノハズクの博士だ。
彼女は私が“この姿”として生まれた時から、色々サポートしてもらった。
私は絵は描けるものの字はあまり多くかけないし、フレンズは文字の読めない子が沢山いるので、紙芝居のように漫画を物語って行く。
声に抑揚を付けながら、相手を驚かすように。
話の上手さは、この島イチだと自負している。
しかし、彼女...、博士は違った。
笑いもしなければ、驚きもしない。
最初の頃の私は、仏象にでも語り掛けているのかと、思うほどだった。
この時も、彼女はノーリアクションだった。
一通り私が話を終えると、短く、
「良かったですよ」
と言っただけだった。
だが、特別な事でもなく、毎回そんな感想を述べていた。私自身も特に気になりはしなかったが、この日、彼女に読み上げたのは以前の話よりも製作日数が掛かっているものだったので、具体的な感想を求めたかった私は、こう尋ねた。
「博士はいつも何て言うか...、私の漫画の感想アッサリしてるよね。どうして?」
「...いけませんか?」
少し拗ねられた様な言い方だった。
慌てて言葉を取り繕った。
「いや、責めてる訳じゃないんだよ。
ただ、笑ったり怖がったり、表情を顔に出してもいいんじゃないかなって...」
「あなたの前じゃ、少し恥ずかしいのですよ」
彼女は故意に視線を反らした。
「え?」
「...その」
自らを落ち着かせる様な深呼吸。
その様を見て私は彼女の隣に席を移した。
「教えてよ。君はハシビロコウじゃないんだ。もっとこう豊かな表現っていうのを、見てみたいんだ。私と博士の仲なんだから、今更恥ずかしがる必要なんてないよ」
すると、彼女は繊細な小さな声で、呟いたのである。
「...あなたの...、声が好きなのです」
私は彼女の告白に意表を突かれた。
瓢箪から駒が出たような、感じだった。
「あなたのお話は、面白いのです。
しかし、お話が終わってしまえば、そこであなたの声は消えてしまう」
大波に飲まれるの町を高台から唖然と見つめる様に、意識のすべてを彼女に引っ張られていた。
「私が満足してしまえば、あなたはもう、自分に満足してしまって、あなたの声が聞けなくなってしまうと、そんな風に思ってしまったのです...」
何処かしら心の中に一抹の不安を抱えたような喋り方をする彼女を見て、私は何もせずにはいられなかった。
黙って、彼女を抱きしめてあげた。
「...私の大ファンなんだね」
頭の辞書から、彼女に対する言葉を見つけるのは、普通に漫画を描くことよりも難しかった。
「私は君が満足したからって、そこがゴールじゃないさ。君が望むなら何時でも、私の声を聞かせてあげるよ。君が私の声が好きなら、どんなお話でも...、語ってあげるよ」
彼女の目は潤んでいた。
自分の気持ちを打ち明け、受け入れてもらえたからだろうか。
「.....ありがとうございます...」
そんな事があってから、日を重ねるにつれ、
単刀直入に言うと、私と博士は、“互いを愛し合う存在”になった。
しかし、それは私と彼女の間の話であり、
私達以外の人物は知らない。
いわば、“密室の条約”だった。
どういう事か。
彼女にはワシミミズクの助手というパートナーがいる。そして、私にはアミメキリンというパートナーがいる。
友情と愛情は別物だが、彼女らが私達に愛情を求めていたとしたら。
私達のしていることは、友人を裏切ることになりかねない事だ。
非難される事は間違いない。
だから、秘密を守らなければならない。
私は遠慮なく嘘を吐き続ける。
終わりのない、愛を紡ぐ為に。
第一印象、変な奴だった。
“住む場所がない”と、理由を付けこの図書館にどのくらいだろうか。2、3ヶ月は居たかもしれない。彼女は黙々と読書をしていた。
読めもしないのに。
だが、ある日。
「何か、書くものある?」
自らそう尋ねてきた。
何をするか想像付かなかった。
紙とペンを渡すと、机の上で一冊の本を開き、
紙と並べておいた。
興味本位に、その様子を覗き見ていた。
黙々と、何かが憑依したかのように、
不器用な持ち方のペンを走らせた。
小一時間程、掛かったのだろうか。
自分は暇すぎて途中で居眠りしてしまっていたが、彼女の威勢の良い「出来た!」という声で目を覚ました。
「何を描いてたのですか?」
そう尋ねると、嬉しそうに見せてきた。
「これだよ!」
花瓶に入った鈴蘭の絵。
本の挿絵とそっくりだった。
彼女は長い時間を掛けてこんなものを描いたのだ。
「すごい...、ですね」
「...決めた!これからは絵を描こう!
みんなからすごいって言われる様に!」
それが、彼女が漫画家として活動する発端だった。度々図書館に来ては、本を読み独学で勉強した。
そうした努力の上に、今の作品が成り立っているのだ。
時が経つにつれ、私が彼女の才能を認め、そして、評価するという、いわば何色にも染まらぬ鈴蘭のような、純粋な気持ちで彼女を見るという事が私には出来なくなっていた。
その要因は何か。
自分でも理由を探ろうと、考えたがわからない。
自然に彼女が来るのを心待ちにしながら、
日々を過ごしていた。
ちょっぴり怖いけど、何処かに暖かみのある彼女のストーリーを聞くのが趣味になっていた。
全く来ないときは、彼女の声を思い出して聞く。
そんな事をしているうちに、私は彼女の声、彼女自身が好きになり始め、最終的には“互いに愛し合う存在”になった。
私は賢い事を自負しているが、
自分が何故そういうことになったのかは、全然わからなかった。
愛し合う、その一方で私は注意深くなった。
助手である。
彼女は私に長い間連れ添い、そして二人三脚で
このエリアの問題を解決してきた。
長い友人である彼女に、タイリクオオカミの様な思いを抱かなかったのは何故だろうか。世の中には知らないことばかりと言うが、
一番私が無知だったのは自分の事だった。
私には彼女の思考がわからない。
もしかしたら、彼女は私に対して特別な感情を抱いているかもしれない。
私がタイリクと付き合ってる事を知ったら、どうなるだろう。
激怒され、裏切り者と言われ捨てられるかもしれない。長い間培ってきた友情を、壊したくない。
だから私は、彼女とは“ただの友達”の関係を演じて来た。
助手を適当な理由を付けて外出させ、その隙にタイリクと密会する。何度もやって来た事だ。
彼女は指摘もしない上に気付きもしていない。
私が彼女と親密になって3ヶ月が経とうとしていた。
幸せを噛み締めつつ、いつか終焉が来てしまうのではと、不安も感じていた。
ずっと、このままが続けばいいのに。
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