第 7話 小さな兵団長

 「栗林忠道。西暦1891年7月7日に生まれ、1945年3月26日に戦死。信州信濃、長野県の出身で21歳の時に陸軍士官学校へ入校し3年後に卒業。その後は騎兵畑に進み32歳で陸軍大学校へ入る。2番目の成績で卒業した際には恩賜の軍刀を授かりその後は駐在武官として3年間アメリカに派遣され、更に帰国後の翌年からはカナダに駐在。このことでアメリカを知る”知米派”となり後の日米開戦には批判的でした。大東亜戦争が始まる前には陸軍少将に昇進し、騎兵第2旅団長更には騎兵第1旅団長に就任。太平洋戦争の初期に陸軍中将へと昇進しますが師団の厨房で起きた火災事故を受け引責辞任。東部軍令部附になります。しかし戦争が激化し日本が劣勢になると、小笠原の防衛担当に当たる第109師団長に任命されその戦略上の観点から硫黄島に司令部を設置。半年以上もの間延べ18キロメートルに及ぶ地下陣地を構築しました。これはそれまで行われていた水際作戦の方針を完全に捨て徹底した持久戦を目的とし、実際5日程で陥落すると考えていたアメリカ軍はその慎重な防御戦術に苦戦し硫黄島を完全に占拠するのに1か月以上も掛かりました。戦死する際にも無謀な突撃や玉砕ではなく戦術的な思考に基づく計画的な作戦行動による戦闘の中で戦死しました。戦死する直前、大本営より陸海軍として最年少での大将昇進を果たし、また戦死後の米軍からの評価も高く――」

 「もういい英弘! もういいわい! お主いつまで喋るつもりじゃ!」

 「えー? まだまだ話し足りないんですけど……」

 「この偉人キチガイめ」


 秀吉そう辛辣に評する。さしもの英弘も黙らざるをえず、まだまだ話したい欲求に、蓋をせねばならなくなった。

 銀髪の少年……栗林忠道の生涯について語っただけなのに。


 「いや、ちょっと、何故そんなに僕のこと知っているんだい? あの、ちょっと……気味が悪い」

 「ほれ見てみい」

 「……」


 また当の本人忠道は、他人の口から自身の来歴について事細かく述べられ、薄気味悪さを感じたようだ。

 忠道は心身共に、英弘と距離を取ろうとする。銀髪の少年忠道は実際に、半歩程後退りし、両脇に立つ兵士の陰に隠れようと試みた程だ。

 そんな忠道の態度に、思わず英弘も閉口してしまった。


 「それで、忠道と言うたかの? お主がここに来た訳は大方予想がつくが……その前にブルート、お主らは下がれ」

 『ハッ』


 言いながら手で合図する秀吉に、2人の兵士は目礼して退室する。

 忠道が暗殺などの行動に出ないよう、監視する役割を担っていた2人の兵士だったが、しかし秀吉に言われては何も言えず、素直に出て行ったのだ。

 もっとも、今の忠道にとっては、英弘に抗する精神的な支柱の喪失でもあったが。


 「……さて。では、一応聞いておこうかのう……お主、何故なにゆえここに来た?」


 退室した兵士によって再び扉が閉じられ、丁度3呼吸分。秀吉が頬杖を付きながら試すような笑みで問いかける。


 「ギフトとして、殿下に仕えたく」


 問われた忠道は、やや慇懃無礼な態度で答えた。

 その幼い顔面からは、大人顔負けの余裕と自信が垣間見える。少なくとも英弘は、押しも押されもせぬ態度の忠道を見て、そう感じずにはいられなかった。


 「ほう……となると、お主には何が出来る? さっきの英弘の話じゃと、お主、戦の経験があるそうじゃのう」

 「経験……といっても、ちっぽけな島一つ守れなかった将軍だよ」


 2人の会話を黙って聞いていた英弘であったが、思わず口を挟んでしまう。


 「守れなかった、ってアンタそれ……10倍の敵米兵相手じゃ勝てるわけなかったでしょうに。それでもあなたは、1か月もの間島を保持し続けたんですから、指揮官としての才能は十分ですよ」


 英弘にとって忠道は、もっと評価されて然るべき人物であったのだ。


 「10倍の敵を相手に1か月……援軍は来んかったのか?」


 秀吉は、日本の大まかな歴史について英弘から教わっていた。その中には当然、”太平洋戦争”に関する経緯を聞いているし、忠道がその戦争の経験者だと知った上での質問である。

 

 「八方を敵の軍艦に包囲されて、援軍なんて来れると思うかい?」

 「そんな状況になってして、お主は何故戦い抜いたのじゃ?」

 「無論、内地に暮らす家族の安寧の為さ」


 即答だった。

 だが、英弘から見た忠道は、やや寂し気に見えた。

 栗林忠道という将軍は、遠い南の孤島に着任してから果てるその最期まで、家族の顔を、姿を見ることが出来なかったのだ。

 そのことを、英弘は知っていたからこそ、忠道の微かな表情の変化に気付いたのだった。


 「ところで……」


 だが、そんな微々たる寂しさへの変化を誤魔化すかのように、忠道は努めて表情を明るくし、話の流れを強引に変える。


 「君達の名前を伺っても?」


 忠道の問う、”名前”の意味を、問われた2人は正しく理解していた。


 「私はキルク・セロ。ネーム前世の名は坂本英弘です。こちらにおわすは、次期国王陛下のフランケルコ殿下。ネーム前世の名は――」

 「豊臣秀吉じゃ。元、太閤であるぞ!」


 これでもかと言わんばかりに、秀吉は盛大にふんぞり返る。

 自身秀吉よりかなり後の時代に生まれたであろう忠道は、恐らく”豊臣秀吉”の名も知っているだろう、と踏んでの態度だ。

 忠道が驚くことを期待したのだが――。


 「へぇー……あの秀吉か……」


 そのリアクションは、あまりにも素っ気なさ過ぎた。

 忠道自身、多少は驚いたものの、その程度の小さな驚きであったのだ。

 ただ、その素っ気なさが英弘にある危機感を植え付けた。何故なら、秀吉の性格上、こういった場合非常にマズい状況になるかもしれなかったからだ。


 具裸体的には、子供みたいな癇癪を起す。


 「なんじゃその反応は! もうお主のことなぞ召し抱えてやらん! 出てけっ!」


 それ見たことか。

 秀吉の怒声に英弘は思わず、眉間を指で押さえてしまった。


 「殿下、そんな子供みたいなこと言わんでも……」

 「嫌じゃ嫌じゃ! 儂のネーム前世の名を聞いて驚かん奴は皆朝鮮送りじゃー!」

 「ああもう! そんなに駄々こねないで下さい! ほら、忠道さんも驚いて!」

 「え? あ、うん……ワービックリー。アノ秀吉様ダッタナンテー」


 手足をバタつかせる秀吉。

 それを宥め、忠道に改めてリアクションを促す英弘。

 大根役者も驚く程の棒読みで驚く忠道。

 この混沌とした空間において、英弘の処理能力が限界をきたそうとしていた。

 彼の心の声を表すなら、「もう好きにしてくれ……」という具合である。


 「ほら、忠道さんも驚いてますよ!」


 だが、そうはいくまいと自分に言い聞かせつつ、英弘は諭した。すると、秀吉のは動きはピタリと止まり、ジッと忠道を睨め付ける。

 半眼のまま口を開く秀吉は、どこか拗ねた子供のようだ。


 「……忠道、儂の正体を知ってまことに驚いたか?」

 「え、ええモチロン」

 「お主のいた時代、儂は有名であったか?」

 「当然」

 「儂は偉いか?」

 「うん、とても」

 『……』


 睨みつける秀吉、引き攣った笑みを浮かべる忠道。

 両者の間にしばしの静寂が訪れた。


 「仕方ないのう! そこまで言うなら許してやろう!」

 「あ、ありがとう……」


 どうやら忠道は許されたらしい。

 そんな忠道も、頬を引き攣らせたまま後頭部を掻いていた。

 硫黄島で壮絶な指揮振りを発揮したあの”栗林忠道”でさえも、”豊臣秀吉”という強烈なキャラクター性格を持て余すようだ。


 閑話休題。


 「まあ、なんじゃ。お主の臣従を認めよう」

 「やあ、ありがとう」

 「認めるのは良いが、お主、もしかして異国の者ではないか?」

 「そういえば、見たことない髪の色ですよね」

 「ああ、やっぱり分かるかな?」


 秀吉に指摘され、忠道は自身の銀髪を指でつまむ。英弘も気になっていたことであり、秀吉が言わなければ聞こうかと思っていた。

 そんな英弘達の疑問に答えるべく、忠道は”ポーラット”として生まれ変わった経緯を放し始める。


 「僕はアフロ大陸の北部にある、”ポルト”という国に生まれたんだ」

 「ポルト……って言うことは……」


 アルクの書斎に、確かアフロ大陸に関するものがあったな、と英弘は記憶の引き出しに手を掛け、その中身を探り出す。

 つまり忠道は――。


 「”小人族”ってことですか?」

 「うん。まあ、そう言われているね」


 ”小人族”とは、成長が子供くらいで止まる種族であり、成人になってからも子供のような容姿であり続ける。

 周囲には”オード”と呼ばれる”巨人族”の住む国があって、その2つの種族は共生関係にあった。

 魔法に長ける小人族と、肉体面で大きな力になる巨人族。その共生関係だ。


 王族の知識として知っていた秀吉は、しかしそんな海の向こうの住人が何故、わざわざパノティアまでやってきたのかと疑問を抱いた。


 「国を出て、儂の下にやって来た理由は何じゃ?」

 「有体に言えば、出稼ぎかな? ポルトの国は貧しくてね。国の家族を養う為に、僕が出稼ぎにきたんだ」

 「こう言っては何ですが……」


 そう英弘は前置きした。彼は頭の中に描いた地図を当てに、降ってわいた疑問をぶつける。


 「ポルトなら、ヌーナの方が近かったのでは? パノティアだと遠くなるんじゃ……」

 「ヌーナの方が近いと言っても、あそこは他人種に排他的で有名だろう?」

 「あー、確かに」

 「だから、その辺り比較的寛容なパノティアに来たんだ。そうしたら、ギフトを集めている、って秀吉君が言ってたみたいだからね。それに縋ったんだ」


 成程。と英弘は相槌を打つ。彼としては、忠道がフランケルコ派秀吉の参加に加わることは歓迎すべき出来事である。それは満足気に頷く秀吉も同じであった。


 「忠道さん」

 「何だい? 英弘君」


 ただ、英弘は最後に、確認しておきたいことを忠道に尋ねる。


 「知っての通り、今この国は内戦状態にあります。そんな状況で、あなたという軍人が我々の仲間になるということは、戦争に関わる。と言うことになりますが……それでもよろしいんですか?」


 英弘の問い掛けに、忠道は一瞬だけ童顔をキョトンとさせたが、すぐに答えた。


 「君は軍人に、いちいち覚悟を問うのかい?」

 「あ、いえ……そんなつもりでは……」


 あっけらかんとした答えだ。忠道にサラリと問い返された英弘は、それ以上何も言えなくなった。

 そんな2人の短いやり取りを見ていた秀吉は、1人ニヤニヤとほくそ笑む。

 つわものたるもの、これぐらいは言ってもらわねばのう……。

 秀吉はそう満足していたのだ。


 「本当は……」


 忠道が口を開く。


 「ジャーナリストとして働きたかったけれど、16、7世紀程度のこの世界ではやれそうになかったからね……仕方なく、戦争を飯のタネにしようと決めたんだ。幸か不幸か、その知識は嫌と言う程叩き込まれたからね」


 言い方は楽観的だが、言葉は消極的で悲観的だな。と英弘は思った。

 戦争はしたくないけれど、仕方ないから戦争する。言い換えれば、そうことだろうか。


 「で、今後の予定は? 何をするんだい?」


 そんな忠道により、話の流れが別のベクトルを向く。

 英弘も秀吉も、忠道の発問に頭を切り替えた。


 「今後は、戦の準備を推し進めつつ、儂の戴冠式の準備も進める」

 「成程。次の戦いに勝って、秀吉君が王として即位すれば、権力掌握を内外に宣言出来るからね」

 「その為にも、教皇領との折衝もしなければいけません」

 「教皇領……と言うのはアレだね。レリウス教の……」

 「うむ。今はバカ兄が抱き込んでおるつもりじゃろうが、この間の戦カスティリヤ盆地戦で儂が勝ったことで、教皇領側から接触があってのう」

 「秘密裏に、ですけれどね」


 英弘と秀吉は、今後の内戦における政略について忠道に説明する。

 英弘達が語っていることは、2人が議論を重ね、意見を擦り合わせた結果の方針であった。

 会話の流れは、次の戦いについての内容へと変化する。


 「政略については分かったけれど、肝心の次の戦いはどうするんだい? 次はいつ戦うことに?」

 「次の戦いは恐らく、5か月から半年以内に起こると予想しています」

 「この前の戦で、バカ兄は1万の軍勢で負けたからのう。次はもっと大量の兵を集めてくるはずじゃ」

 「それが半年以内だと? 早く政権を獲得したい彼らが、そんなに時間を掛けるのかい?」

 「エリンスケルコ派は北部に集中していまして、その殆どの兵士を集めるとなると、それぐらいの時間が掛かるかと」


 その計算式についての説明は、以下の通りである。


 北部に集中しているエリンスケルコ派が戦力を増大させるには、各領地から領主に協力を請うて兵を派遣してもらわねばならない。

 だが、ヌーナやバルバラとも戦わねばならない現状では、派遣できる兵士に限りがあるのは当然のこと。誰しも、自分の領地を侵されたくないからだ。

 だからこそエリンスケルコ派の貴族は、農民を徴発し、簡単に訓練を施した上で、その徴発された兵士をエリンスケルコの下へ派遣する。

 各領地での生産力は落ちるが、フランケルコ秀吉に勝った暁に兵士を返せば、生産力の低下は一時で済むのだ。


 そうして、新たに戦力が整うまでの期間が、最短で5か月。長くて半年と、そう英弘と秀吉は踏んでいた。

 寝返った貴族や、フランケルコ派寄りの中立貴族から得た情報を基に計算されたそれを、英弘から聞かされた忠道は納得した様に首肯する。


 「敵の予想される戦力は、多くて3万5千。少なくとも2万強かと」

 「対するこちらの戦力は?」

 「完全に当てになるのは儂の兵3千と、弟のアンリが持つ4千じゃな」


 アンリとは、フランケルコ秀吉の実弟、アンリマルクのことだ。

 エリンスケルコ追放の一件についても事前に相談する程、秀吉はアンリマルクのことを信頼していた。


 「後は味方に付いた貴族らの兵と傭兵合わせて8千。と言ったところじゃが、正直こやつらは当てに出来ん」

 「3万前後の敵に、味方は1万5千か……」


 口元に手を添え、思慮に耽る忠道。兵差は2倍に達そうとしていた。


 「忠道さんは、勝てないと思いますか?」


 思慮に耽る忠道を見て、不安を感じたわけではないが、英弘は何気なく尋ねる。


 「勝てない道理はないよ」


 そんな英弘の問いに、忠道は答えた。自信と余裕の表情をもって。

 まるで明日の天気を言い当てんばかりの忠道に、英弘は頼もしさを感じずにはいられなかった。思わず表情が綻ぶ程に。


 「とは言え、じゃ……」


 同じように表情を綻ばせていた秀吉が切り出す。


 「儂らも、その5か月内の準備が肝要になってくる」

 「敵貴族や将軍への離反工作に、味方貴族との意思疎通。軍の再編と武装の強化ですね」

 「武装の強化?」


 武装をどのように強化するのだろうか? そう素直な疑問を抱いた忠道が首を傾げた。

 そんな忠道に対し、英弘と秀吉は顔を見合わせ、お互いに意地の悪そうな笑みを浮かべる。それはカスティリヤ盆地での戦い直後、英弘が発案したある武器を思い浮かべてのことだった。

 英弘がそれを打ち明けるため、忠道に耳を貸すようにジェスチャーする。

 3人しかいないのに、普通に話せばいいじゃないか。と思いつつ、忠道が素直に耳を貸す。


 「実はですね――に――する――を――なんですよ」

 「ほう……」


 意地の悪い笑みは、英弘の耳打ちと共に忠道へと伝播した。

 魅力的で、愉快なイタズラの計画を打ち明けられた気分の忠道は、しかしこと戦争に関する彼の脳は、何処までも冷静に働いたようだ。


 「じゃあ、それ・・を使った戦術は、僕が兵士達に教えるよ」


 戦争という、忌むべき行いにおいて忠道は、使える物はなんでも使う男であった。

 何故ならそれは、味方を1人でも多く生かして勝たねばならない、と言うのが、忠道の指揮官としての思想であったからだ。

 そして、そのための方策を既に取っている2人のギフトに巡り会えたことに、忠道は自身の幸運を喜んだのであった。


 忠道の真価が発揮されるのは、この日から丁度半年後の7月17日のことである。

 場所はカスティリヤ盆地の南に位置するフリド平原・べローニャでのことであった。

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