第5話 豊臣秀吉という男
「俺も、秀吉のことを知っている、ギフトだからです」
弟の告白に、セルクは大いに混乱した。
今まで10年間一緒に過ごしてきた弟が、自ら”
混乱せずにはいられない。
「キルク、ほ、本当なのか?」
「……はい」
セルクは、混乱と戸惑いと、そしてごく僅かな嫌悪感の籠った表情で弟を見つめた。その視線を受け止めきれなかったのか、当の本人は顔を背け、小さく返事をする。しかし弟のその反応が、逆にセルクを冷静にさせた。
俺は今、
「……
「坂本、英弘です。英弘が名前で、坂本がファミリーネームです。父上」
「そうか……」
冷静に、努めて冷静に、アルクは問う。
彼がギフトであるかどうかは、今の所問題ではないのだ。
問題は、何故フランケルコに付くか? という所であった。
「ではヒデヒロとやらのお前に聞く。お前の語ったフランケルコ殿下の前世は、確かに栄達に満ちたものだっただろう。だが、言い換えてみれば、それは前世でのことだ。今度もそんなに上手くいくとは限らんのではないか?」
「そ、そうだ! キルクが言ったような成り上がりも、この国では通用しないかもしれない! 失敗するかもしれないだろ?」
セルクは、アルクの意見に追従する。
どれだけフランケルコの前世が凄いものだったとしても、アルクやセルクにとっては信用するに値しないのだ。
何故ならそれは、英弘の口からしか聞かされていないのだから……。
「……俺がフランケルコ殿下……秀吉に付くべきだと思ったのは、3つ理由があります」
「聞かせてくれ、キルク」
「はい父上。1つは、先程言ったように天下人にまで上り詰めた人が、何の策も無しに事を起こさないだろう。ということ」
英弘が、指を立てて意見を言う。
「次に、秀吉が王都を押さえたということ。これによって王都に保管されていた資金や宝物を自由に扱うことが出来ますし、王都の経済を利用することが出来るのも大きいかと」
「成程な……で、3つ目は?」
「3つ目は、俺がギフトであるということです」
何故キルクがギフトであることが理由なのか? セルクは一瞬、考え込んだが、続く英弘の説明でそれを理解することになる。
ヒントは、フランケルコが告知した「ギフトの参集」だ。
「秀吉は、「ギフトは我が下に参集せよ」と言ったそうですね?」
「確かに仰ったが……ああ、そう言うことか」
「はい。エリンスケルコ殿下にしてみれば、弟がギフトを大々的に募集している。その中で俺というギフトが陣営に加わった。もしかしたらコイツはスパイかもしれない……と、そう思うハズです」
実際の所、エリンスケルコという男は猜疑心の強い男だった。
人の好意や忠誠心をよく疑い、人の成功を妬む性格のエリンスケルコは、腹違いとはいえ弟のフランケルコに王都を追われ、より一層その性格を強めたのだ。
近衛兵として、そんなエリンスケルコの気性を幾度となく目撃したアルクは、英弘の指摘に大いに納得していた。
「けど……だとしてもだ、キルク」
セルクが納得いかない様子で言う。
「いくらフランケルコ殿下が策を練って、王都や市場を押さえたとしても、それ以外の全てが敵に回ってしまったら、勝てないんじゃないか?」
弟がギフトである事実を今は度外視し、セルクは議論に集中する。
今ここで行われている議論は、セロ家の存亡に関わる議論なのだ。
栄光か死か。
その2つに1つである。
英弘はそれを、正面から受けて立った。
「全てが敵に回るとは思えない。秀吉を支持する地方領主や閣僚もいるだろうし、根回しもしているハズだ。でなければ、たった1日そこらで王太子一派を追放するなんて出来ない」
「そこまでは計画通りに進んだとしても、その先が無計画だったらどうする? フランケルコ殿下に臣従を誓ったところで、今後のことを考えてなかった、じゃあ洒落にならんぞ」
「だったら! 俺が前世の知識を使って秀吉を助けられればいいじゃないか!」
「己惚れたことを言うな! お前はまだ10歳で……俺の弟だぞ!」
最後は最早、正論もへったくれもない感情の塊だった。
ただ、セルクの……兄としての感情は、とても複雑な気持ちで彩られていたのだ。
弟がギフトである混乱。
ギフトとして様々な知識を持つであろう、弟への嫉妬。
そして、弟が何処か遠い所へ行ってしまうのではないか、という不安。
それらが、まだ13歳であるセルクの心を大きくかき乱していた。
しかしその感情の発露は、英弘にとって自分を弟と認識してくれている、ともとれる嬉しいものであった。自然と笑みを溢してしまう程に。
そしてその笑みが、セルクの乱れた心を鎮静剤のような働きをもたらした。
それが2人を照れさせ、同時に顔を背けさせる。
「2人の言い分は良く分かった」
有耶無耶に終わった兄弟の議論を、静かに見守っていたアルクが言葉を挟んだ。
自然、兄弟は父へと傾注する。
「私としては、フランケルコ殿下に付こうと思う」
「父上!」
アルクの決に、思わず声を上げたのはセルクだった。
どうして? と問おうとするセルクを手で制止しつつ、アルクは自身の考えを述べる。
「1つは、キルクの言うことに一理あったからだ。もし仮に、エリンスケルコ殿下側に付いたとして、キルクの正体が知られればどうなるか、それが分からんということだ」
もしかしたら何もされないかもしれないし、或いは一家全員処刑されるかもしれない。どう転ぶか分からないのだ。
「勢力の大きさで言えば、エリンスケルコ殿下が俄然、優位なのは目に見えているが、それをひっくり返す策をフランケルコ殿下はお持ちだろう……とは思う」
何より、国王崩御の直後、迅速ともいえる素早さで王宮を制圧し、エリンスケルコ一派を追放した様子を、アルクは間近で目撃していた。
そこまで計画しておきながら、その後の計画が無いというのは考えられなかったのだ。
「そして何より、フランケルコ殿下に早期に臣従すれば、覚えも目出度く栄達も見込めるかもしれない」
これは完全に打算であった。
しかし、その打算を打ち明けることでセルクに対するメリットの提示にもなり、彼を納得させる材料にもなり得る。
そういうことなら仕方ないか。と、そう思わせるのがアルクの説得方法であった。
「……父上がそう仰られるのなら……」
そして実際、セルクは渋々ながらも頷いた。
意固地になっていたセルクの思考は、アルクによって解きほぐされたのだ。
未だ納得いかない部分があるものの、家長である父、アルクの言うことには従うつもりでいた。
「セロ家の意思統一が成ったのなら……」
アルクは、兄弟へ覚悟の籠った目を向けて言う。
「今からでも、私はフランケルコ殿下の下へ参上し、我が家のことを……特にキルクのことを伝えてくるが、いいな?」
善は急げ。
まさにその精神に則ったアルクが、兄弟が頷いて応えるや否や、地味でやや古ぼけたローブを羽織る。
そしてその勢いのまま、「行ってくる」とだけ言い残して出て行った。
「キルク」
「……なに? セルク兄」
アルクが王宮へと向かったのを見送り、兄弟2人きりとなった途端のことだ。
セルクが真顔でキルクに声を掛け、キルクがやや強張った表情で応える。
一度、二度と口を開きかけては閉じる動作を繰り返したセルクだったが、やがて気恥ずかし気に、それもか細い声を絞り出した。
「……お前は、俺の弟だ」
言いたいことは他にもあった。
でも、一番に伝えなければいけないのはこれだと、セルクは思ったのだ。
他に言いたいこと、聞きたいことは、追々話をすればいい。そう考えていた。
それだというのに……。
「え? 何? もう一回言って?」
「え、いや、だから、お前は俺の……」
「えーー!? なんてーー!? 聞こえなーい! もっと大きい声で!」
「ぐっ……お前っ、わざとやってるだろ!」
当の弟はこの調子である。
そして羞恥に身を任せたセルクは、英弘の両頬を引っ張り出す。
勿論、英弘もそれを成すがままにはさせない。同じように仕返し、しかしお互いに手加減し合い、じゃれ合った。
セルクは嬉しかった。弟がギフトであろうとなかろうと、その本質に何ら違いはないのだと。
何よりも、その安堵感がセルクの緊張を解きほぐした。
そして、英弘自身、照れ臭さから茶化してしまったものの、セルクの心からの吐露に胸が締め付けられそうになるほど感激したのだ。
彼らはお互いに、救われたのだった。
しかしそれは、束の間の平穏であったことを兄弟は思い知らされた。
昼前に家を出たアルクが、2時間後にやや血走った目で帰って来たのだ。
また更に政変が!? と身構えた兄弟だったが、2人が尋ねる前にアルクが言い放った。
「キルク、来い! フランケルコ殿下がお前にすぐ会いたいそうだ!」
こうしてセロ家の運命は、緩やかな流れから急な流れへと加速していくこととなったのである。
――――――――――――――――――――――――――――――――
―レリウス歴1582年12月19日夕方
パノティア王国、王都ルナ王宮、廊下―
「すー……はー……すー……はー……」
英弘は、かつてない程に緊張していた。
アルクに言われ、すぐに身支度を整え、急いで参内し、こうして廊下で待たされている。
大理石がふんだんに使用され、等間隔で装飾品と兵士が並ぶ豪華な廊下に、英弘とアルクは待たされていたのだ。
近衛兵として1日の殆どを王宮で過ごすアルクにとっては、慣れた状況である。
しかし、英弘にとっては、今目の前の扉の向こうにいる人物が……歴史上の偉人であるあの豊臣秀吉であるともなれば、大いに緊張する状況であるだろう。
それも陸に打ち上げられた魚の如く、深呼吸をせねばならぬ程に。
「殿下の準備が整われた。中へ」
秀吉の私兵だろうか。大きな扉の向こうから
英弘が中へ入ろうとするが、しかしアルクが動かないことに気付き、振り向く。
「父上?」
「殿下は、キルクとお会いになる。私はここで待っている」
英弘は閉口した。口をへの字に曲げ、何でもっと早く言ってくれなかった!? と叫びそうになったのを、煮え湯を飲み干すかの努力をもって堪えたのだ。
しかしここまできて、1人で入室するのを拒む勇気も無く、恨みがましい視線をアルクに送りつつ、英弘は中へと入った。
廊下以上に豪勢な部屋へと……。
「来たか。そこに座れ」
英弘が部屋に入るなり、先程の兵士によって扉が閉ざされ、直後にどことなく陽気そうな声が聞こえてくる。
その声の主はすぐに見つかった。
やや波打つ黒髪をオールバックにし、顎髭を短く整え、軽薄そうな笑みを浮かべる20代の男が、豪勢な椅子に座っている。
灰色を基調とした
首元に巻かれた純白のラフには、よく見るとこれも、金色の刺繍で逆さまの瓢箪が描かれている。
この部屋には、その男しかいなかった。
「失礼、致します……」
言われた通りに、されどぎこちなく椅子に座る英弘。
座ると同時に、その男の顔をチラリと見やる。流石に
だが、この男が恐らく――。
「知っておろうが、儂がメティアネ公爵、アルトゥーロ伯、宮中近衛副総監、フランケルコじゃ。そして
その名前を、英弘は興奮と感動をもって脳内に反芻させた。
日本史において、誰もが知る偉人と対面する感動を、英弘は上手く言語化することが出来なかった程に。
「で? お主は?」
秀吉に誰何され、英弘は自身の紹介を済ませていないことに気付く。
直後に慌てて|頭(こうべ)を垂れた。
「申し遅れました、おれ……私はアルク・セロの次男、キルク・セロでございます。
「うん? 坂本、英弘とな? うーむ、英弘、ひでひろ……」
秀吉は、英弘の
まるで何かを思い出すかのように。
やがて、「おお!」と声を上げ、人懐っこそうな笑みを湛えて英弘に問いかけた。
「お主、前世の生まれはどこじゃ? どの国じゃ?」
「はい。前世は、
「やはりそうじゃったか! 儂と同じ、
「後です。殿下の4百年程後の日本に生まれました」
「なんと! 4百年とな!? そうか!」
さも嬉しそうに、何度も頷く秀吉。
そんな秀吉が、身を乗り出し、顔面に笑顔を張り付けたまま目を細めた。
「して、豊臣家はどうなった? いつ滅んだ?」
それは、唐突極まりない質問だった。
英弘は一瞬、キョトンと惚けつつも、問われたことについての答えを記憶の海から探し、それを引っ張り上げる。
「殿下が亡くなられた後の
「待て! 何故
「ええ、それも後でお話しします。その後、幕府を開いた家康は|慶長19年《1614年》の冬と、
「ま、まさか……」
「豊臣方の善戦虚しく、家康が秀頼や淀君共々……自害に追い込みました」
「ああああああ!! 嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃぁあああ! この|戯け(たわけ)め! 適当なこと言いおって! 信長様にいいつけてやるぅううう!!」
「ああああああああ!」と叫びながら立ち上がり、ジタバタと手足をバタつかせる秀吉。その姿は、誰がどう見ても駄々をこねる子どものような姿だった。
しかし、一通り暴れ倒した秀吉だったが、途端に動きも奇声も止め、椅子にドカリと座り込んだ。
そこから垣間見える表情は、どこか諦念のようなものを英弘に感じさせた。
「……いつかは、豊臣の世が終わるとは、思っていたが……まさか、儂が死んでから17年後とはのう……あの狸め……」
顔に陰を持たせ、秀吉は自嘲気味に笑う。
感情の起伏が激しい人だ。と、英弘は心の中で呟いた。
「まあ、それはよい。仕方ない事じゃ。そんなことよりも……」
そんな秀吉が、さも気にしていない様子で話を切り替える。
英弘もあえて、豊臣家に関する事柄を思考から切り離す。
「お主の口から日本のことや儂の倅の名が出たということは、お主が誠に、ギフトである証左じゃな」
「はい」
「4百年も後の世に生まれたのも、嘘ではあるまい」
「はい、その通りです」
「では聞くが……お主、何が出来る?」
それは抽象的な問いかけだった。英弘は咄嗟に、その問いの真意を考え、持ちえる限りの情報を手繰り寄せ、その最適解を導き出そうと試みる。
今はギフトとして話をしていること。ここがパノティア王国であるということ。そして秀吉が今、何かを求めているということ。
英弘はそれらを纏め、しかし逆説的に答えた。
「戦争の経験はありません」
その解答に、秀吉の表情からは一瞬、落胆の色が伺えたが、しかしすぐに取り繕うと、無言で続きを促す。
「ですが、前世では政治と経済……つまり
「ほう……つまりお主は、政のあり方や銭の動かし方を知っておると?」
「はい。そういった点で、殿下のお力になれるかと」
「ふむ……それだけか?」
秀吉は更に問いかける。
根掘り葉掘り聞かなければ気が済まない性格なのだ。
「……後は、偉人について詳しいくらいでしょうか?」
「それは日本の偉人だけか?」
「いえ、世界中の偉人についてです」
「ほう」
実際の所、英弘にとっては
前世で政治経済の研究に明け暮れた日々の中でも、彼は偉人に関する研究を怠らなかった。それで暮らしていけそうな物であれば、英弘は喜んでその道を選んだであろうが、世の中そんなに甘くはないのが現実であったのだ。
「あんまり役に立たないですかね?」
「いや、役に立つであろうよ」
この世界では役立たないだろうと自虐的に笑う英弘であったが、秀吉はその知識にも価値を見出していた。
「お主が儂を知っているということは、少なくとも儂も、お主の時代では偉人であったはずじゃ」
「当然です。なにせ天下統一を果たしたのですら!」
「ヒッヒッヒ、そうであろう!」
ご満悦の様子な秀吉。
英弘は笑顔で相槌を打つも、結局は徳川に取って代わられた事実を思い出し、心から笑うことが出来なかった。
「じゃがまあ、そんなことは置いといてじゃ。もし仮に、敵側にギフトがいたとして、それがお主の知る偉人であったのなら、お主の知識が非常に役に立つ。なにせ、こちらが一方的に相手のことを知っておるのじゃからのう」
「しかし、そう簡単に偉人がギフトとして現れますか?」
この時英弘は、そう反論しながらもある割合を見出していた。
以前、アルクから聞いたギフトの話の中に、エジソンがギフトとして存在したこと。そして自身と秀吉とエジソンの3人を合わせて考えれば、英弘を除く他の2人が偉人であるということに。
つまり、3分の1の割合で、偉人がギフトとして生まれ変わっているのだ。
「ま、現れたら、の話よの。それまでは、お主の政や経済とやらの知識を存分に発揮してもらうから、そのつもりでな」
「できうる限りのことは」
うんうん。と頷く秀吉に、英弘はある問いをぶつけた。
どうしても聞きたいことだ。
「1つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何じゃ? 申してみよ」
「殿下は、どうして今回のような挙に?」
その瞬間、秀吉の口が禍々しい程に歪められた。その表情を見た英弘が、それが笑った顔だと気づくのにかなりの時間を要する。
「お主は、エリンスケルコのあのバカ兄上が、儂を差し置いてこの国の実権を握るのを望むのか?」
「……いいえ、私としては、出来れば殿下に……」
「そうであろう! ギフトで、それも儂のことを知るお主としても、儂が王になる方が良いに決まっておろう。それでなくとも、政の一片も解せぬあのバカ兄上にこの国を任せられるはずがなかろうて! ヒッヒッヒッヒッヒ!」
本当にそれだけだろうか? と、英弘が思わずそう疑うほどに、秀吉の笑う姿は狂気じみていた。
仰ぐ旗を間違えたかもしれないと、そう思ってしまう程に。
「ですが殿下、大半の貴族を敵に回してまで、何故今回のような挙に訴え出たのですか?」
英弘は、質問のニュアンスを変えた。
1回目の質問は行動の目的を問い、2回目の質問はその意味を問うたのだ。
「儂に何故と問うか……良かろう。教えて進ぜよう!」
問われたとこの何が嬉しいのか? 英弘には分からなかったが、やたら上機嫌になった秀吉に、英弘はより思考を研ぎすませて聞き入る。
「一番の目的は、この国の実権のより多くを、儂が握ることじゃ」
「実権を?」
「左様。この国の王族と貴族の関係は、言わば対等な関係に近い。王はただの国の代表であり、貴族は王に任されて領地を切り盛りする。それでは王の、国全体への影響が小さい。ま、言うなれば、戦国当初の帝のようなものよ」
「ということは、地方分権的な現状を、中央集権的なものに変えるおつもりですか?」
「流石、政を研究しただけのことはあるのう。話が早いわい」
秀吉は満足しつつ、話を続けた。
「儂が前世で鉢植え大名化させたのと同じように、儂の号令一つで貴族の領地を鞍替えさせることの出来る政体にするには、
「だから、エリンスケルコ殿下を排し、殿下が実権を握ることで中央集権化を図ると、そう言うことですね」
「そうじゃ。そのためにはバカを排し、儂の実力でこの国を纏めねばならん。それが新たな”惣無事”よ!」
惣無事……前世において豊臣の名のもと、日本国内の私闘を禁じ、秀吉の天下統一の礎となったものである。
そして、大きく胸を張って言い放つ
「その過程で、パノティアが群雄割拠になる可能性もあったはずでは?」
英弘の危惧することは、この国がいくつもの小国に分かれた戦国時代になることであった。
それだけで済めばいいが、パノティアにはヌーナとバルバラという大国とも戦争をしているのだ。そんなことになれば、あっという間に併呑されるのがオチである。
「そうはならん」
秀吉が自信を持ってそれを否定する。そして危惧した英弘自身、実はその可能性について否定的だった。
2人には、一致した意見があったのだ。
「追放されたエリンスケルコ殿下は、追放されたことを理由に貴族達を迎合し、大半の貴族達もそれに呼応する。それが殿下の考えですね?」
「何じゃ、分かっておるではないか!」
「そして、それらの敵を一網打尽に討つことで、殿下の権力、影響力を高めると、そう言うことですね?」
「ご名答!」
最早秀吉は、歓喜に近い表情を見せていた。
ここまで自分の考えを理解してくれる者がいるだろうか? いや、ギフト以外で居りはすまい。中々どうして、とんだ拾い物よ。
秀吉は、そう歓喜せずにはいられなかった。
「ですが殿下。戦うにせよ、大半の貴族を相手にせねばなりませんし、ヌーナやバルバラも必ず干渉してくるでしょう。何か策はお有りで?」
「当然よ! 準備は既に整っておるし、ヌーナやバルバラについては、介入してくる前に片を付ける。戦頼みになるのは致し方ないが、あのバカに勝って儂が国を統べれば、後はヌーナ、バルバラと対峙するわけよ」
やはり、秀吉には状況を好転させる策があったようだ。
それを知った英弘は、心の中で安堵した。セルクと議論した際、同じことを意見したが、こうして本人の口から聞けて安心したのだ。
「では、その策を教えて――」
「まあ待て英弘。それは戦場についてからのお楽しみじゃ」
そう言うなり、秀吉は立ち上がった。
そして獰猛な笑みを見せ、自身を見上げる英弘に対し、言い放つ。
「そこでお主のこと、試させてもらうぞ」
ここに至って、英弘は己がまだ、秀吉の信頼を得ていないことに気付かされた。
偉人である秀吉に臣従を誓ったことで、秀吉から無条件に信頼を得ていると、勝手に勘違いしていたのだ。
秀吉は、英弘から情報を聞くだけ聞き出し、与えたのはごく少量。
その事実に気付いた英弘は、勝手に舞い上がったことに恥じ入る。
「では――」
だがそんな感情を気取られるのも癪だったので、英弘は思い切って力強い視線を相手にぶつけ、問い質した。
「これから戦いに赴くのですか?」
そんな、分かり切った質問だ。料理の準備をしている相手に、「これから料理を作るのですか?」と聞くような類の問い。
しかし、そんな分かり切った質問にも、秀吉は真っ直ぐその目を見つめ返し、やはり獰猛な笑みを浮かべたまま答えた。
「当然よ!」
かくして、英弘と秀吉の会合は終わりを迎えた。
その後は特に話すことも無く、英弘は退室を促されたので下がり、秀吉は内戦の準備に取り掛かる。
これから、本格的な内戦へと突き進んで行くのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
―レリウス歴1582年1月7日午前
パノティア王国、カスティリヤ盆地南部―
パノティア王国の王都ルナから北へ行軍して2日。そこにカスティリヤという盆地があった。
山に囲まれた盆地には川が東西に流れており、北と南で領地が分けられている。
北は、エリンスケルコ派の貴族が治める土地であった。
川幅70メートル程のこの川は今、南北に軍を分かつ境界線の役割を担っている。
すなわち、北部に陣を敷くエリンスケルコ派の軍勢約1万と、南部に陣を敷くフランケルコ派の軍勢約3千。その差は3倍強である。
それが、一触即発の状態で保たれているのだ。
「……まさか、負けたりしないだろうな? これ……」
敵の兵士の数を目の当たりに、英弘は乾いた笑みを浮かべながら独り言ちた。
秀吉との初会合以来、公的にも私的にも幾度か呼ばれ、あれよあれよという間に秀吉の小姓として召し使えることになったのだ。
暇があれば日本や世界の歴史を語り、戦争の歴史を語り聞かせたりしていた。
そんな英弘は、チラリと後方の近衛兵に視線を移す。
「殿下だけでもお逃げできるよう、算段を立てて置け!」
「ハッ!」
秀吉によってただの平近衛兵であったアルクが、近衛赤組隊長として抜擢され、今まさに、隊長としての役割を果たしていたのだ。
更に、セルクも近衛兵見習いとしての仕官が決まり、今は王都でその訓練に身を投じている。
セロ家の地位は、一先ず安泰であろう。秀吉が負けなければ。
「ふう……」
英弘は深く息を吐いた。これから戦争をするという、前世ではあり得なかったイベントに初めて直面するからだ。所謂、初陣である。それも10歳で。
当然、足は生まれたての小鹿の如く震えていた。
楽しいイベントとは口が裂けても言えないそれは、この時が近づくにつれ、英弘に恐怖を植え付けていったのだ。
「武者震い、ということにしておこうかのう」
「殿下……」
背後から声を掛けられ、振り向くとそこには、派手な装いの
「あのバカ兄上、程よく兵を集めてくれたのう……結構なことよ」
秀吉がふんぞり返る。強がりを言っているわけじゃなさそうだ、と英弘は思った。
それは、彼我の陣容を見て、英弘なりに分析した結果のことだ。
「……勝てるのか? とは聞かんのか?」
「なんとなく、殿下のやろうとしていることが分かりましたから……」
「ほう、申してみよ」
これも秀吉の言う、「試す」の内に入るのだろうか?
そんなことを考えつつ、英弘は分析した内容を話そうと、口を一旦開いたが、ふと、意地悪な性格が急に露出し、あえて回りくどく言うことにした。
「いま布陣している3千の内、2千が銃兵です。そして、そのどれもが殿下が訓練した兵士。そして彼らは今、3列の横隊に並んでいます。ここで思い起こされるのが、長篠の戦で織田信長が使用した戦法です。すなわち――」
回りくどく、グダグダ言って聞かせた甲斐あってか、秀吉も段々と苛立ちの相を見せ始めたのだが……。
「殿下!敵軍が攻めて来ました!」
「ん! あい分かった!」
しかしその途中、英弘の説明を遮るかのように兵士が報せる。
見れば、敵軍が川を渡り、攻めてくる様子が伺えた。
こうして、内戦の火蓋は切って落とされた。
試されていた英弘は、回りくどく言ったために一番おいしい部分を言いそびれてしまったのである。
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