天生の怪談噺

天生 諷

第1話 蝶

 天(あも)生(う)諷(ふう)と言います。

 ネットを使い、いくつかの小説を発表している、しがない物書きです。

 小さな頃から怖い物が大好きで、心霊番組やホラー映画などを見ては、一人で盛り上がっていました。

 大人になった今でも、サブカルチャーは大好きです。いや、今だからこそ、手軽に色々な情報を入手できるようになってから、さらに好きになったと言っても良いかもしれない。だからといって、サブカルチャーを妄信しているわけでもない。陰謀論は好きだが、それを頭から信じてはいない。可能性の一つとして捉えている。

 物事には色々な側面があると思う。学校で習ったことが全て正しいとは思えない。国によっても、人によっても、主観が必ず入るからだ。だからといって、それを否定する気にもならない。今ある世界が、世間が、それでつつがなく、問題なく動いているのなら、それはそれで良いのだと思う。

 もちろん、幽霊もそうだ。UFOもだ。頭からは信じてはいないが、心の中では信じたい。なぜなら、信じていた方が、『面白いから』だ。すべて科学で証明できてしまう世界は、なんとなく、味気ない物のように思える。人生に遊び心が必要なように、歴史にも世界にも、遊び心があった方が良いと思う。

 幽霊を本当に信じていないのなら、葬式を行う必要もない。墓参りに行く必要も無い。形ばかり、形式ばかり、そんなお葬式なら無くても良いんじゃない? 極論を言ってしまえば、そういうことなのかも知れない。まあ、実際は、死んだ人の供養と言うより、生きている我々の、一つの「区切り」。『心の区切り』として、葬式などを行っていると思う。

 今まで、自分の中で『幽霊』という存在のあり方について、色々考えてみた。

 幽霊とは、


 ・ ある種の生物である。ただ、存在はしているが、人には見えない。磁力や紫外線などが見えないように。確実に存在してるけど、目には見えないモノ。


 ・ 場所に記憶された映像である。磁場によって記憶された映像。それを、繰り返し放送されるものである。


 ・ 人の魂である。強い想いを持って死んだ人は、魂が残り続ける。それが幽霊。


 などなど、色々な事を考えてきた。まあ、実際に心霊スポットに足を運んでも、霊的な経験を一度もしたことのない俺が言うのだから、何の根拠もない戯言だと思う。



 さて、前置きが長くなってしまったが、この度、幸運にも俺は幽霊を『見える』人と、知り合うことができた。

 その人から聞いた話を、折角なので小説っぽく書いてみようと思う。あらかじめ断っておきますが、ホラーではないので、恐ろしい結末、そういうのはありません。まあ、俺が小説として、手足をつけて結末を創作しても良いんだけどね。

 仮に、彼女の事をMさんと呼びます。

 Mさんから、こんな話を聞いた。



 Mさんは、幼い頃から幽霊が見えていたという。

 彼女は幽霊が見えるだけでなく、意識をすれば話をすることも出来るそうだ。更に凄いことに、彼女は予知(?)、預言(?)の力もあるらしい。

 例えば、ある夫妻を見るとする。すると、その人たちがいつ別れるか、旦那さんが現在進行形で浮気をしているかが分かるそうだ。ただ、予知は任意で発動出来るわけではなく、さらに自分の意思ではないため、自分が何を言ったか憶えていないらしい。

 長く住んでいたアパートを引き払い、新居に引っ越しをして間もない頃。彼女は新しい町を知るため、旦那と一緒にブラブラと夕食がてらお店を探していたそうだ。

 その町には、一本の電車が走っている。東京と群馬県を繋ぐ、オレンジとグリーンのラインが入ったJR線だ。

 夕方だったそうだ。人通りも多く、車の往来もある。良く晴れた穏やかな日。空に雲は無く、青と蜜柑色のグラデーションが美しかったそうだ。

 Mさん夫妻は、そのJR線の踏切に差し掛かった。


 カンカンカンカン……


 踏切の警告音。

 突然鳴り響くその音が、嫌いな人も居るかも知れない。

 あの人を急かすような音、それだけで、なんだか不吉のような気がする。

 Mさんは、ゆっくりと降りてくる踏切の手前で足を止めた。

 こちら側と向こう側、踏切が降りてくる。

 Mさんと同じように、他の人たちも電車が来るのを待っていた。

 その時、Mさんは反対側に立つ女性に目を留めた。

 踏切の手前、歩道の端の方に立つ女性は、こちらを見ていた。その女性は、白いワンピースに赤い派手な柄の入った服を服を着ていたそうだ。

 Mさんは不思議に思ったそうだ。他の人とは違う、違和感を感じる。

 この時期には珍しいモンシロチョウが、ひらひらと女性の周りを飛んでいたそうだ。

 Mさんは、隣に立つ旦那さんに聞いたそうだ。

「ねえ、あの白いワンピースの女性見える?」

 Mさんの旦那さんは、Mさんの霊感の事を知っていたため、すぐに察したようだ。

「ううん。何も見えないよ」

 旦那さんは答えたそうだ。


 カンカンカンカン……


 電車が通り過ぎる。

 電車が目の前を過ぎている間も、Mさんはその女性を、幽霊の方を見ていたそうだ。

 程なくして、電車が通り過ぎると、警告音も止まり、踏切が開いていく。

 みんな一斉に歩き出す。車も、ゆっくりと発進する。

 Mさんも歩き出した。

 女性は動かない。ジッと、立ったままだ。

 Mさんと女性の距離が縮まる。ある程度近くなった所で、Mさんはハッと息を飲んだそうだ。白いワンピースに赤い柄だと思っていたが、それは血だった。真っ赤な血が、腹部を染めていた。そして、彼女には足がなかった。彼女は浮いていた。

 ゾッとしたMさんだったが、できるだけ彼女と目を合わせないように、その横を通り過ぎた。

 しかし、興味に負けたMさんは、女性とすれ違うとき、彼女の横顔を見たそうだ。

 綺麗な女性だった。だけど、儚そうで、どこか寂しそうな女性。

 女性は後頭部からも血を流していた。よく見ると、彼女の後頭部はなかったそうだ。

 彼女は立ち尽くし、彼女の周りにはモンシロチョウが付きまとうように飛んでいる。

「あの白い蝶、見える?」

 Mさんが旦那さんに聞くと、旦那さんは首を横に振った。

「何も見えないよ」

 あの蝶も幽霊だったのだ。

 Mさんは、分かった。何故分かったのか、分からないと言っていた。もしかすると、心の声を聞いたのかも知れない。

 あの女性の周りを飛んでいるモンシロチョウは、彼女の子供だそうだ。

 モンシロチョウは、女性の元へ行きたいが、いけないため、ああして今でも彼女の周りを飛んでいるそうだ。



 その話を聞いたとき、ぞっとした、と言うよりも、少し寂しい感じがした。

 彼女は、事故で亡くなったのかも知れない。詳しい場所を聞いた俺は、後日、興味本位で友人とその場所へ行ってきた。

 俺の家から車で三〇分ほどにあるその場所は、もちろん、心霊スポットなどではない。ネットで検索しても、幽霊の話は出てこなかった。

 良く晴れた日だった。時刻は昼過ぎ。

 その踏切を渡った俺たちは、線路の脇に白い花を見つけた。

「モンシロチョウみたいだな」

 あらかじめ、その話をしてた友人に、俺は言った。

「そうだな~」

 友人の感想だった。昼間だし、良くある心霊スポットではないから、幽霊がいるという実感も湧かないのだろう。

 ただ、俺はその場に居て、ふとあることに思い至った。

「もしかすると、女性は妊娠していたのかな?」

「どういうこと?」

「いや、だってさ、幽霊の女性は人間の形をしていたんだろう? それなのに、子供はモンシロチョウみたいな、白い蝶って話だったろう? もしかするとさ、子供は生まれていなかったんじゃないかな? それで、人の形じゃなくて、蝶の形をしていたのかも」

「あ~、なるほどね」

 友人は笑った。

「お母さんの周りを飛んでいたのも、もしかすると、もう成仏したいって言っていたのかもね」

「母親は、この世に未練があってか?」

「かもね」

 俺は肩を竦めた。

 もし、この場にその女性がいたとしても、俺はその姿が見えないし、触ることも出来ない。出来るのは、想像することだけだ。

 ただ、一つ思うことは、早く成仏して欲しいと言うことだった。

 母親の周りを飛ぶ子供の魂。女性は死んだその場に立ち続け、子供は飛び続ける。

 それでは、あまりにも二人が可愛そうだ。

 事故であれ、自殺であれ、死んでまでも苦しむのは、あまりにも酷い。俺はそう思う。

 俺は、踏切に向かって手を合わせた。


 それは、Mさんから聞いた話。

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