第61話 移民

「転入希望の方は右のラインにお並びください」

役場の職員が拡声器を使ってそう呼びかけているのは、ちょうど隣町との境に作られた新しい「道の駅」の駐車場だ。


大都市からの移民が増加し、新しく建て直された役場でもさばききれなくなったことから町へとつながるトンネルの手前に大規模な道の駅を作り、そこで町民としての受け入れを行っているのだ。


治安の悪化を予防することが本当の目的だと皆知っているので、国の経済が大変な事になっていて観光客など来ないことが分かっていても、道の駅建設に反対する議員はいなかった。


上野町かみのちょうへ向かう車や歩行者は許可書を持っていない限り道の駅へ立ち寄ることをされる。

平時ならこのような検問行為が認められないはずだが、すでに非常事態宣言が発動されており、政府もまともに機能していないため、とやかく言われることはない。


それに上野町かみのちょうは検問を設けて町民以外を追い帰しているのではなく、全員最終的には受け入れていることから車を止められている側からも大きな苦情は出ていない。


全員受け入れるなら治安が悪化するという声はあったが、受け入れない人を作ってしまうと検問をこっそり抜けようとする人や、山道を抜けて来る人が現れるはずだし、それらをすべて監視しようと思ったら国境警備隊や軍隊が必要となって来る。


海外の人を空港でチェックするのと同程度の手続きが必要となれば、田舎の細い国道は一気に車であふれかえり、物流は停止することになる。上野町かみのちょうが自給自足で生き延びれるわけもなく物流が停止すると自分で自分の首を絞めることになりかねない。


ならどうすればいいのか?


答えは簡単だった。


今まで通り、来るものを拒まず受け入れることだ。そうすれば、助けを得られないまま困窮し、犯罪に走る人の数を減らすことは出来る。貧困と犯罪の比率は古今東西歴史を通じてほぼ比例して来た。


犯罪を減らしたければ貧困を減らせばいい。単純なことだ。


ただ、犯罪学ではそれほど熱心に追及されない真理でもある。理由は貧困をどうにかできる方法がなかったからだ。


豊かになると失うものが出来る。資産、仕事、地位、名声。

ムショに入れば安定した食事と寝る場所を得られると思えるほど困窮した人と比べると明らかに犯罪へのハードルは高くなる。


少なくとも上野町かみのちょうでは、今までも効果があった政策であり、今のところXデイ後も期待以上の効果を発揮しているため続けられていた。



「IDの読み取りと必要事項の入力が終わりましたら、こちらで写真を撮影いたしますので準備が出来た方からお越しください」


日本では列が出来ていればみんな自然と並んでくれる。

しかし、列に並ばせるという事は処理が間に合っていないということでもある。

予算を削減するため最低限のスタッフしか配置出来ない公共機関とは違い、ここ上野町かみのちょうでは急激な移民の増加にともない人材は豊富にそろっており、財政もかつてなく潤っているためサービス重視で、並ばせないことを心掛けていた。


そのため、500台まで収納可能な駐車場にも関わらず、三分の一ほどしか車は停まっておらず、建物の中も転入手続きを行う列には独りも並んでいない。


それならそんなに大きな駐車場は必要ないようにも思えるが、実際には車以外で自転車や徒歩で来る人が大勢いるため、炊き出しをするなど広いスペースがあった方が都合がよいのだ。


疲れ切った旅人たちが必要とするのは転入手続きだけではない。

長旅の疲れを癒し、飢えたお腹を満たし、今晩どこに泊まれるのかと言う心配をなくしてあげる必要もある。


当然、今後どこで働くのかと言ったことまでケアしているため、車が停まっていない時でも、道の駅には大勢の人が滞在しているのだ。







徒歩で到着したある子連れ夫婦の経緯


Xデイの後、自宅待機を命じられた。


最初の一カ月間は給料も払ってくれたので、いい会社に勤めていたのだな、と感じた。

だが、その後ハイパーインフレで物価がうなぎ登りに上がる中、給料額は額面通りでなにも変化しなかった。

日本円の価値が十分の一そして、百分の一にまで下がると毎月二十万の手取りが、毎月二千円の手取りに下げられたも同然となり、当然まともな生活はできなくなった。


盲目の息子に出される特別児童扶養手当はインフレに対応してくれたが、それも年に一回だけなので焼け石に水だ。


幸いなことに妻がパートとして働くスーパーでは賃金が日本円ではなく余った食材で払われていたので何とかやっていけた。


会社には給料にインフレ率を加味して欲しいと要望をだしていたが、家賃に関しては正反対のことをしていた。

まったく、ギスギスした世の中になったものだ。

みんな生きていくのに必死で周りの人を気にかける余裕がなくなってしまった。

それは私も同じだ。

食べていくため。

生きていくため。

家賃の値上げには断固として反対した。

分かっている。

私の給料が上がらないのと同じで、大家さんも家賃を上げないと食べていけない。

でも、そんな事情を考慮できるほど余裕がないのだ。

だから、契約書通りの家賃を払い続ける。


そうするうちに立ち退き勧告が来た。

今では珍しくはないことだ。どこもかしこも立ち退き勧告がなされている。

立ち退かない人も大勢いる。

私たちも同じように居座るつもりだった。と言うか、居座っていた。

最初こそ罪悪感があった。だが、それもすぐに薄れていった。

他人の懐具合など気にしていられないからだ。


大家さんも収入がほとんどなくなり、貯蓄を食いつぶし(無価値になるまで銀行預金を引き下ろさなかったらしい)、後は残ったアパートと土地を売り払う以外に出来ることが残っていないのだ。

そんな事情は他の住民も分かっているが、誰も忖度する人はいない。

みんなで強力に団結し、家賃の値上げに反対、立ち退きに反対した。

それなりに、やっていけそうだと思ったその時、妻がパート先からクビになった。


食べものが手に入らなくなる。


そのことが分かったその日のうちに荷物をまとめ、次の日の朝アパートを後にした。

確かなアテがあったわけではない。

だが、自宅待機を命じられた同僚の一人が上野町かみのちょうと言う田舎町へ引越し、上手くやっているという。


特に親しかったわけでもないが、以前社内一斉メールを送って来て、興味があるなら仕事を紹介すると書いてあった。

当時は、社員を見捨てた会社への当てつけなのだろうと思い、本気にしなかったが、もうそんなことも言っていられない。

このまま食料が尽きるのを待っていても誰も助けてくれなどしないのだ。


大人の足なら歩いて2日、子供を連れてなら3日の距離がある。

3日分の食料があるうちに行動しなくては、詰んでしまうのだ。



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