第62話 受入れ体制
思った以上にひどい。
二つ前の町からずっと 人の列が途絶えない。
車も動いてはいるがずっと渋滞している。
実際には平均して30キロくらいは出ているので、都会基準で言うなら十分走れているのだが、田舎町の信号もない国道には不自然な光景だ。
そして、それ以上に異様なのは側線の外を歩く人の列で、それはまるで映画の中で見る戦争から避難する難民のようだ。
皆、黙々と歩き、誰もお互いに話すらしない。
言葉に出さないが皆同じことを心配している。
小さな田舎町にこれだけ大勢の人間がなだれ込めばどうなるか。
いつか受入れ体制がパンクし、追い返される時がくる。
だから他の人より少しでも早く行かないといけない。
そう言った心配だ。
だが慣れない野宿や長距離の行軍で疲れ切り、考える余力もなくなり惰性で前の
の人の背中を見ながらついて行くだけだ。
わたしも妻も同じだ。まだ、野宿でも豪胆に眠れている息子の方が調子がいいくらいだが、それでも連日の行軍で疲れ切っており他の人を追い抜く気にはなれない。
時折 看板を見て距離を確認するが、30km
次に見えたのは「ようこそ
いや、見た目は検問と言うより、高速の料金所なのだが、田舎道に似つかわしくない光景に勝手に勘違いしてしまっただけだ。
路肩に枯れ葉が積もる田舎道が急にキレイに舗装され6車線になり、広い歩道まで現れ、高速入口のようなゲートがあれば、「とうとう追い返されるのか?」、と一瞬考えてしまうのは仕方ないだろう。
しかし、前の人が誰も動揺しているように見えない。
それに、押し問答をしている人もいない。
惰性で動く、ゾンビのような集団は誘導されるがまま道の駅に入る。
そう、道の駅だ。
車も半分くらいは入っていくが、後はゲートを通過していく。
ゾンビもとい歩行者は全員道の駅に吸い込まれていき、わたし達も続く。
すると、その先には...
「これって、足湯?」
妻はわたしに確認するともなくそうつぶやくと、答えを待たずに靴を脱ぎ足を入れる。
普通、道の駅ではお土産を所狭しと置いた売店が建ち並んでいるものだが、ここではまず入り口前に大きなトイレの建物、メインの建物に入ると何列もの足湯とテーブル、そして、そこでくつろぎながらお茶を飲む人たちが目に入る。
レストランやコンビニらしきものは大分端の方に見えるが利用者は少なそうだ。
それにしても、Xデイ以降、無料でお茶が提供される習慣は廃れてしまったものだと思っていたが、ここにはまだ残っている。
しかも、お茶うけのスナックがテーブル上にはおかれている。
なぜ、なくなっていない?
それがものすごく疑問だった。
飢えた集団。
インフレのせいで買いたくても手が出ないお菓子。
誰でも取れるよう無造作に配置されたカゴ。
そんな条件がそろえば無くなって当然だ。
「あら、美味しい、あなたもそんなところに突っ立ってないで早く靴を抜いでこっち来なさいよ」
妻は、テーブルの上の急須からお茶を入れ、息子もすでにお菓子をほおばっている。
しかも、遠慮なくお菓子に手を伸ばし、わたしの分も3つほど確保してくれている。
これはまずい。
独りでもこうやって和を乱す人間がいると、他の人も我先にとお菓子を奪い合うことになる。
少し焦り気味に周囲を見渡すが、誰もつられて動くものはいない。
いや、他の人もみんなお菓子を持っているし、おにぎりをほおばっている人までいる。
それでも、お菓子が空になったカゴはない。
「あのー、おくつろぎのところすみません。
ガツガツお菓子を食べていることに注意を受けるのかと思い、若い女性職員の方を見ると、なんとその手にはお菓子とおにぎりが。
「もしよければ、こちらを食べながらでも聞いていただければと思いますので」
貴重な食料やお菓子で油断させて不利な契約を結ばせるつもりか、それとも後で食べた分の請求をされて借金漬けになるのか、いや曲がりなりにも公共機関がそんなことをするはずがない、別の説明があるに違いない、などなど一瞬のうちにさまざまな憶測が頭をよぎり混乱する。
そんな中、妻はあっさりと手を伸ばしおにぎりを受け取った。
「あなた、早く座りなさいよ、職員の方も忙しいんだから」
妻の迷いのない口調に諭され腰を下ろす。
職員さんは目の前に座り、私たちの方へタブレットを向けてくれる。
難しいことは何も書かれていない。
たった4つのことだけが掛かれており、それが必要ならタップしてチェックマークを入れて欲しいとのことだ。
☑ 住民登録
☑ 住居
☑ 仕事
☑ 食事・生活用品・薬など
職員の説明をほとんど聞かず30秒ですべての項目にチェックマークが入る(by妻)。
「すいません、住居をそちらで探してもらえるのですか?わたしたちは正直それほど蓄えもありませんし、支払える元手も少ないのですが...」
妻の鋭い視線を感じながらも、言うべきことは言っておかないと後で苦しむことになる。
「ご心配なく。アパートは仕事に付随しているものですので、そちらからの持ち出しはございません」
そんな条件の良い仕事などないだろうという気持ちと、よほど怪しい仕事なんじゃないかといぶかしむ気持ちが入り混じっていたが、妻の鋭い目線の前では黙るしかなかった。
「お仕事もこちらのタブレットでお選びいただけますので、手続きを行っている間、ご覧になってください」
そう言うと職員の女性はハンディープリンターでわたしたちの免許証のコピーをとり、タブレットとおにぎりを置いて立ち去った。
腹ペコのお腹には抵抗することのできない誘惑に負け、おにぎりをほおばりながらタブレットを眺める。
Cドルと言う通貨に馴染みが薄いので給料額を見てもよく分からない。
だが、親切なことにXデイ前相当の日本円でも参考額が表示されている。
だいたい手取りで30万円前後のものが多いく、平均より高いのは建設現場の仕事だが、さすがに今更肉体労働で頑張れる自信はない。
もともと、健康食品の企画開発やマーケティングを行っていたので、そのような仕事を検索してみたが、ピンポイントでは見つからない。今の時代、食べられるか食べられないかが重要であり、健康的な食べ物かどうかを気にする人が少ないから仕方がない。
それでも思ったような怪しい仕事ではなくまともな仕事に見える。地元食材を使った加工食品関連の会社が一番近い気がするのでマークしておく。
付随すると言うアパートの写真も見てみるがどうみても今までのアパートより広い。こんな高いアパートは必要ないので、もっと安い方がいいだろうと思ったが妻にあなたは黙ってなさいと言われたので話は任せることにする。
食べ終えたころ職員がやって来て、名前で呼ばれる。
ほぼ入力済み書類を渡され、なにかよい仕事は見つかったか、住むところは家族用でよいか、お茶やお茶うけのお代わりが必要かなど職員が訊いてくれ、妻がわたしへ確認することもなくスムーズに回答していく。
どうやら寝る所と仕事を探すために、あまり親しくもなかった元同僚を頼らなくともよさそうだ。
もうこうなったらじたばたしても仕方がない。妻の度胸を見習って覚悟を決める。
それに、食品関連の仕事なら最悪食いそびれることもないだろう。
うちの子天才症候群 k3nn76 @k3nn76
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