第53話 高校生、お祭りを楽しむ

仕事にも慣れて来て余裕が出てきたころ、陽だまりの里から特別な仕事を頼まれた。

それは駅前通りにある別の老人ホームへお手伝いに行くことだ。


こちらは、商店街の歩行者天国と一体化された高層タイプの老人ホームで、一階ロビー前にはレンガ敷きの広場に多くの木々が茂り、その下にはベンチがそこかしこと並んでいる。


広場はそのまま商店街につながっているので入居者は商店街に自由に出入りすることが可能だ。

ただ、この商店街からはぐれてしまわないように、片方の端には交番があり、もう片方の端にはご老人たちがたむろする喫茶店がある。

この両端で老人の迷子を防いでいるのだと言う。


交番は迷子の老人探しをするよりここで見かけた老人に声をかける方が断然楽なので警察OBが特別に設置されたベンチに腰掛け、老人たち相手に暇つぶしをしてくれている。


反対側の喫茶店はシニア向けのカフェで、60歳以上の客には割引が効くし、駅前老人ホームの入居者にはつけ払いもきく。

さらに、上手いことに小学生向けの民間学童にもなっており、小学生をおじいちゃんおばあちゃんを迎えているのか、その反対なのか分からない状態になっている。実際に、多くの小学生はおじいちゃんおばあちゃんを連れて施設まで送るのが日課になっている。


また、商店街の中央には神社がありここでも多くの日蔭とベンチがあるので、晴れた日は大勢の人がお団子とお茶を持って団らんしている。


しかし、今回の手伝いは老人ホーム前の広場にテントを張り、客席と老人ホームが主催する屋台を準備することだ。


売り物は基本的に手間のかからないもので、今年は冷やしキュウリと飲み物となった。飲み物の中にはアルコール飲料もあるため沙月はキュウリ担当。とても地味な商品に関わらず結構売れるようだ。

しかし、祭りが本格的に始まるまでに準備を終えるだけの仕事だ。


なぜなら、これは他の職員たちから仕組まれた仕事だからだ。

いくら言っても施設のへ出ないし、遊びに出掛けない沙月のため、無理に外へ出る仕事を与えてくれたのだ。


そのため、駅前施設の方と一緒にお祭りの準備を終えた後は直帰なので、そのまま祭りを楽しむように指示されている。


「沙月ちゃん、えらいわねー、はい飴ちゃんよ」と岡村のおばあちゃんを先頭に陽だまりの里の面々が、沙月たちのテントを訪れた。

みんな地元民なのでこの夏まつりを楽しみにしており、希望者は全員マイクロバスでこの駅前の老人ホームの裏へ連れて来てもらえるのだ。


当然、清水婦人も来ており、品のある藍染の浴衣を着こなしている。


「清水さん、きれーい」


「ありがとう、沙月ちゃん。実はね、お古で悪いんだけど、沙月ちゃんにも、持って来たの。どうかしら、着てみてくれない?」

そう言うと清水婦人は手提げかばんの中から、白を基調とした少し明るめの浴衣を取り出した。


「うそー!嬉しいです。ありがとうございます」そう言うと、婦人に抱きつくが、すぐに手を離す。

「あっ、すいません。大切な服を汚してしまうところでした」


「えっ、と、いいのよ。ちょっと、驚いただけなの。だから、その...」


婦人が恥ずかしくて言い出せないでいると、引率の敏子さんが沙月を後ろから押してくれる。

「いいから、しっかりハグしてあげな」


「は、はい」


先ほどの驚きによる勢いがなくなると少し恥しくなったのか、ぎこちない感じで、沙月は清水さんにハグをした。


清水婦人も目にうっすらと涙まで浮かべながら、ぎこちないハグをとてもうれしそうに返していた。


その後、沙月は施設内の部屋を借り、清水婦人や岡村さんの手を借りながら着替え終えると、みんなと一緒に駅前広場のステージを観に行くことにした。


広場ではさまざまなパフォーマンスが行われており、セミプロから地元民だけでなく多くの外国人も飛び入り参加している。

ダンス、和太鼓、日本舞踊など都会ではよく見かけられる演目に混じって、町民による俳句や落語、スポーツクラブなどのパフォーマンスに、外国人による民族舞踊や英語の詩の朗読まで披露されていた。


流石にすべてを観る時間はなかったので、お神輿が近くに通りかかったタイミングで広場を離れ、その後は出店を見て歩いた。


みんなで歩くお祭りはとても楽しく、唯一心残りだったのは初めての無駄遣いで行った射的で気に入ったクマのぬいぐるみがゲットできなかったことだろう。


それでも、沙月にとって特別な夏の思い出となった。









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