第52話 高校生、仕事に慣れる
清水婦人が岡村のおばあちゃんと仲良くなれたという点において、お茶会は大成功だった。
今まで職員たちが達成できなかったことを成し遂げたのだから大手柄である。
それにもかかわらず、休みが明けると館長から呼び出しを受けた。
「神田さん、なぜ呼び出されたかわかりますか?」
苗字で呼ばれると吉田館長の穏やかな声が、冷たく聞こえる。
「はい、お茶会のことです、よね」
「分かってるならいいのよ。
それに、あなたのやったことはとてもよいことよ。とても優しい行い。
そこは間違わないで。
ただ、私たちは心配なのよ、分かる?」
「働き過ぎて疲れてしまわないかということですよね?」
「まあ、それもあるわ。もっともその点に関しては、あなたは無理をしているようには見えないから今は大丈夫だと思ってるわ」
館長も他の職員も本気で怒っているわけではないのは分かる。
ただ、沙月のことを心配してくれているだけだと。
だから、てっきり休日に休まないと疲れがたまることを心配されているのだと思っていた。
「それなら、なぜ...」
沙月は普段から休日もバイトをしているので、休日に仕事をしても大丈夫だと言う自信があった。
それが楽しいことならなおさらのこと。
しかし、そこが心配でないというなら理解できなかった。
「昨日は楽しかった?」
「は、はい。とても楽しかったです」
「それはよかったわね。でも、もしあなたが一人になりたい気分だったら?
彼氏が出来てプライベートな時間が欲しかったら?
それなのに休日も一緒にいてもらえることを期待されたら?
どう、その時はしんどくなると思わない?」
「そんな、彼氏なんていませんし」
免疫のない思春期の沙月は顔を赤らめて過剰に『彼氏』の部分に反応する。
「今はいないかもしれないけど、あなたみたいなかわいい娘ならすぐにできるわよ」
確かに入居者の多くは沙月に彼氏がいないことが分かると、今度孫が来たら紹介すると宣言していた。
「それに、あなたも入居者の全員と仲がいいわけではないでしょう?休日に仲の良い友達とお茶をするだけならいいけど、仲の良くない人が同じようにあなたと時間を過ごしたいと言い出したらしんどくなると思わない?」
「そういえば、そうですよね。えこひいきしているように思われたでしょうか?」
「まあ、えこひいきだと思う人はいるでしょうけど、そこまで心配する必要はないわよ。休日なんだから、あなたの好きな人と時間を過ごすのは悪いことじゃないし。
今回、あなたを呼び出したのは、少しだけ視野を広げてもらうためで、休日の行いをとがめるためじゃないのよ。
だから、休日をどのように過ごそうとあなたの勝手。好きにしていいわよ。
でも、そうね、トラブルを避けたいなら目立たないように外でお茶会をした方がいいかもしれないわね」
「わかりました、ありがとうございます」
結局、沙月は助言通り敷地内の外で次の休日は過ごした。
それは言いかえると、陽だまりの里に来てから丸々二週間以上敷地の外へ足を踏み出していないことにもなる。
その間、沙月はしっかりと仕事に慣れた。
まだすべての介助が出来るわけではないが、身体介助も一部出来るようになった。
足腰の弱くなってきている入居者の歩行介助や車いすへの乗り降りの介助は問題なく出来ている。
まだ、体重のかけ方などコツをつかめていない部分もあるが、もう筋肉痛にもかからない程度には慣れてきている。
なにより沙月には他の人に感謝され、頼りにされることが快感だった。
学校では誰かの役にたっているという実感はまったくない。
家に帰るとバイトで生活を支えているので母からは感謝されるが、やは身内という甘い評価と外の世界の評価は違う。
ただ、当然いいことばかりではなかった。
先日、娘と勘違いして可愛がってくれた北条のおじいちゃんが沙月のことを覚えておらず「あんた、誰かいな?」と言って来た時には、少しショックを受けた。
それに、お盆休みの時期に入り家族が来てくれる人と来てくれない人が明確になり出すと気まずく感じるようにもなった。
田舎町なのでお盆になっても帰省する人はいない。帰省して来る子や孫がいるかどうかの問題なのだ。
入居者も職員もそれは同じだ。
誰も帰って来てくれない人はとても寂しい思いをすることになる。
その中の一人が怒りんぼうの浅田のおじいちゃんだ。
「なんだ、お盆なのに
「すいません。
でも、おじいちゃんもおばあちゃんも会えないんです」
周りのみんなにお灸を添えられたのかしらないが、普段は沙月に対しなにも言ってこない浅田のおじいちゃんとどう接していいのか分からない。
なので沙月はストレートに事情を説明する。
父は蒸発してしまったので、父方の親戚とは縁が切れて10年くらい会っていないし、母方の親戚とは記憶のある限り会った事すらない。
何か事情があるらしいが母が教えてくれないので分からない。
恐らく父と結婚する際に反対されたのではないかと思う、と言った事情だ。
「...悪かったな」
話しをしっかりと聞いてくれた後、ぶっきらぼうな謝罪を残しそのまま去って行った。
その後、何度か食堂などで顔を合わせたが、もう怒鳴って来ることはなく、なぜか「大丈夫か?」とどこか心配してくれている風な挨拶をしてくれるようにまでなった。
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