第49話 高校生、歓迎される
『6時に玄関で』と言うメッセージを受け取った沙月は余裕を持って15分前に到着した。
すると、すぐに敏子さんがお迎えに来てくれた。
「あら早いわねー。
ゆっくり休めた?若いからすぐに回復するものねー。
それじゃあ、中を案内するわね」
そう言うと、先に立って本館の中へと入って行く。
「「「「沙月ちゃんようこそー!」」」」
沙月が続いて中へ入ると、大勢の人に囲まれていた。
もちろん沙月を歓迎するためだ。
すでに玄関から見えるくらい食堂では歓迎会の用意が整っているようで大勢の人が待っている。
食堂は歓迎パーティーのために貸し切り状態だ。
中に入ると中央に机が並べられており、その上には食事が並べられ立食形式でつまめるようになっている。
奥の壁はガラス張りで中庭が見渡せるようになっており、中庭はライトアップされた素敵な庭園だが、かなり広く反対側の建物までは相当距離がある。
後で聞いたら中庭でBBQも可能らしい。
あっけに取られていると、まずは職員たちから挨拶に来た。
「沙月ちゃん、ようこそ陽だまりの里へ。わたしが館長の吉田登紀子よ。これから一ヶ月間よろしくね」
小柄な40代くらいの女性が館長だと言うので少し驚いたが、確かにほかの人より貫禄があるようにも思える。
その後も次々に挨拶をされ、入居者たちにも囲まれるがさすがに名前を覚えきれない。
敏子さんは心配しなくてもみんな名札をしてるから、その内覚えればいいわよ、と言ってくれた。
「沙月ちゃん、僕と結婚してくれないか...」
「こら佐々木のジジイ、あんたは節操なく誰にでも求婚するんじゃないわよ」
「お前なんぞにわしの娘はやらんぞ!」
「北条さんも、なに血迷ってんのよ。あんたの娘はもう50過ぎてるでしょ」
「可愛いわねー、ほら、あめちゃんあげるわよ」
みんなそれなりにボケているので、収拾がつかない。
敏子さんだけがツッコミを入れているが、天然本物のボケが多すぎて追いついていない。
しかし、強烈なキャラのおじいちゃんお婆ちゃんだけは名前を覚えることが出来たので怪我の功名と言うべきだろう。
先ほど結婚を申し込んできたのは、佐々木のおじいちゃんで、施設で一番のプレイボーイらしい。ただ、沙月からすると腰をいわしているおじいちゃんが頑張って格好よく振る舞おうとするのはかわいかったので特に気にはならなかった。
沙月のことを自分の娘だと言い張っていたのは北条のおじいちゃんで、ボケの度合いはかなり進行している方だ。たまに意識がはっきりするらしいが、歓迎会の場では一貫して沙月を娘だと言い張っていた。
飴ちゃんをくれたのは岡村のおばあちゃんで、敏子さんいわくとても面倒見がよい人で普段は他のおばあちゃん達とお茶をしたり、畑仕事をしているようだ。
あともう一人、強烈な印象を残した人がいる。
「お前ら、うるさいんじゃー。たかが、小娘一人働きに来たぐらいで浮かれおって。どうせこいつもすぐいなくなるんじゃ、しずかんにせんかー」
縁もたけなわと言う締めの言葉の替わりに飛び出て来たのは、浅田のおじいちゃんのかんしゃくだった。
日頃から偏屈者で怒りっぽい性格のようで、家族もあまり会いに来てくれないため、いつも職員や他の入居者に当たり散らしているのだと言う。
沙月はいきなりの怒鳴り声にビビッてしまったが、他の入居者や職員は慣れていたのですぐに反撃を繰り出し、浅田のおじいちゃんは黙らせれてしまっていた。
「沙月ちゃん、気にしなくていいからね、あのジジイはいつもあんな感じだから」
と口が悪いのは敏子さんだ。
職員がこんな口の利き方でよいのか心配になるが他の職員も別に咎める様子がないのでここではこれが常識なのだろう。
敏子さんだけでなく、他の職員や入居者たちも口々に浅田さんがいつもあんな感じだから気にしないようにと言って慰めてくれた。
なんだか不思議な気分だった。
学校ではああいったイジメっ子には何人か取り巻きが出来て、目を付けられると誰も話しかけてくれなくなるものだと思っていたが、ここでは逆のようだ。
怒りんぼのおじいちゃんが、みんなからいさめられている。
沙月自身は別に学校でいじめれれていたわけではないが、金銭的な理由から部活はしていないし、下校後はバイトをしているためテレビもあまり観ておらず話題にもついていけない、そしてお金がないので週末友達と遊びに出かけることもほとんどなく友達は少なかった。
その少ない友達もみんな受験勉強に忙しく、殺伐としている時期なので学校は楽しくなかった。
不登校になるほどではないが、居心地よく感じられる場所でもないと言ったところだ。
「ごめんね、沙月ちゃん、浅田さんも昔はいい人だったんだけど娘さんと喧嘩して、会いに来てくれなくなってから、ずっとすねてるのよ。許してあげてね」
飴ちゃんをくれた岡村のおばあちゃんが事情を説明してくれる。
みんな沙月が今さっきの一件で嫌になって帰ってしまわないか心配しているのだ。
沙月にとってこんなに他人から大事にされ、頼りにされるのは初めてのことだった。
「えっと、大丈夫です。明日から頑張りるので、よろしくお願いします」
同世代ではない大人との会話になれていない沙月がかろうじて、答えられたのはそんな月並みな挨拶だった。
それでもおじいちゃんやおばあちゃんたちは「えらいわねー、しっかりあいさつできて」などと、バイトに対してではなく小学生の孫を見るような目で甘々な評価をしてくれた。
こうして、ごく一部の例外を除けば大歓迎され、新しい仕事を始めるにあたり良いスタートを切ることが出来た。
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