第22話 春へ向けて
外は雪が降り積もり出かけるのが億劫になる田舎の冬だが、リフォームでセントラルヒーターを入れているので普段家にこもっている私にとっては特に寒くは感じない。
ちなみに、腰がすわるようになってから大分経つがまだハイハイはできない。
頭が重いのでハイハイのポーズは首に負担がかかりすぎるのだ。
反対につかまり立ちの練習は少ししているが、これもコケると大怪我しそうなので必ず私がサポートしているときだけ練習するようにしてもらっている。
言葉の方も喉が発達していないのでまだ喃語(あーあー、ウーウーなど)しか話せない。
タイプした方が早いので練習をサボっているのも原因の一つかもしれない。
工場の方にはエアコンやストーブがあるのだが、工場というのは結構隙間のあるものなので、エアコンでは暖かくならないらしい。
そのため、追加で薪ストーブを導入した。
木材の破片は余っていて燃料は十分にあるので、みんなの受けは良かった。
灯油ストーブの用に灯油を汲みに行く必要も買いに行く必要もないし、廃材の処理も楽になる上に、ストーブの上で湯を沸かしたり簡単な調理もできるからだ。
名ばかり社長だけ温かい母屋にこもっていると罪悪感があるので、工場も暖かくなってくれてよかった。
そんな、いつものように(外だけ)寒い日の午後、町長が挨拶にやって来た。
初めてそんな偉いさんに会うのだが、どうやら今年の春に町長選挙があるらしい。
興味はないが一応支持すると言っておく。
どうも、町長は以前から私の(娘の)ビジネスの方に興味があったようで、いろいろと噂を聞いてぜひ会いたかったのだという。
どこまでが本音なのか分からないが、暖かくなった工場を山中さんに案内してもらった。
田舎の政治家というと、票をもらうため地元の飲み会に顔を出し回っているイメージがあったが、この町長は結構まじめな話をしていた。
結構、切実に町の産業を復興する起爆剤となってくださいと頼まれたので、適当に返事をして、町長が帰った後、そのことを
『分かった。頑張る』
「はは、まあ無理する必要はないよ。今の日本、田舎の町はどこも同じ問題を抱えているし、一人二人の人間が頑張って解決できることでもないからね」
『分かってる。できることをするだけ』
「そうか、それならいいんだ。それより、そろそろ確定申告の時期なんだけど会計は終わってるかな?」
二歳の娘とする会話ではないとは思うが、会計などの数字を扱う分野は苦手意識が強くいつもオロオロしてしまうのだ。
『大丈夫、翻訳料も含めて全部、三好先生に送った。パパにもコピーを送るね』
自分でやるより断然信用できることに、悔しさは感じない。
一応、送られてきたコピーに目を通す。
「あれ、工場ってぜんぜん儲かってないの?収支がマイナスになってるよ!」
『それわざと。先生のアドバイス』
当たり前のことだが工場の購入費用は設備投資として差し引くことになるが、家の方も私の翻訳業や
うーん、そういうものなのか。
それでも収支がマイナスになっていると、借金を背負い込むんじゃないかとすごく不安になる。
「でも、工場を運営するよりFXだかなんだかの方が儲かっていたんじゃないのか?」
『もちろん。でも、人と関わりたいから』
その答えを読んで心を締め付けられるような思いになった。
「ごめんな、
『違う。父ちゃん私がイジメられると思ったから人と会わなかった。でも、人を雇う立場で会えばイジメられない』
なんとなく彼女の考えが理解できた。
金儲けが目的ではなく、儲けた金を従業員や町の人へ還元することで、感謝される立場になることが目的だ。
確かに名ばかりとはいえ社長という立場だからか、従業員に
今では松井のおばちゃんが
別に頼んだわけではないのだが、おせっかいな性格なので「社長は仕事で忙しいんだから私が代わりに食事ぐらい世話してあげるわよ」と押し切られたのだ。
本当に仕事で忙しいのは
ともかく、人を雇う立場なら、そして従業員を正しく扱っているなら、その従業員や従業員の家族がどんなことを心の中で考えていようと、社長の娘に対しイジメを行えるとは思えない。
町長の件も、町の産業復興に手を貸せば町長や町の人にも貸しが作れるし感謝される。感謝している人が娘をイジメるはずもない。
彼女は生きやすい環境を作るため上野町へ引越し、この工場を再開し、町長の手伝いをしようとしているのだ。
娘の方がいろいろ考えてくれているので、恥ずかしくなってしまった。
動機がなんであれ娘が町のことを考えているのに、政治に興味がないとか言っている場合じゃないな。
娘のためにももっと町のことに関わる必要がありそうだ。
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