第101話 ある意味危ない人
あれから十日間、俺はのんびりとした時を過ごしていた。
奈落に行ったりテナントビルの進み具合を見に行ったりと、自由を満喫していた。
事務仕事ってやつもやってみれば大した事はなかった。
読んで計算して問題なければ判子押して終わりが大半だ。
民からの嘆願なんて一切無いし、領主が管理する設備も補修が必要な時期じゃない。
そして何より、レーベンの兵士が親族の商人を紹介してくれたのが大きい。
真面目に働いていたが事業に失敗した彼に重要度が低いものを全て任せているので溜め込まなければ一日数十分で終わるお仕事だ。
いやぁ、彼はお買い得だった。
イエスマン過ぎて商人に向かなかっただけなのだ。
大した給料は出してないのだが、うちで真面目に勤めれば借金の肩代わりして利息無しでの返済、という条件を与えているので彼も喜んでいる。
一応使い始めなので彼が終わらせた仕事を密かにゲンゾウさんにチェックをして貰っているので安心だ。
まあ、納税の時期になれば大変なのかも知れないが、信頼の置けるやつに任せればいい。徴税官を雇い偶に抜き打ちで視察すれば悪さはできないだろ。
それと、鉱山の儲けがかなり上がっている。やはり慣れない者や数年ぶりに仕事に戻った者たちが効率を上げられるまでは暫く掛かったのだろう。
純利益が三倍ほどに伸びていた。
一年くらい様子見て変わらないようなら長く勤めた奴から給料アップとかしてやりたいところだけど、その頃には俺は此処に居ないな。
「ルイ、そろそろ行った方が良いんじゃないですか?」
いつもの愛らしい声の筈なのだが今ばかりは聞きたくないと耳をふさぐ。
そう、十日後にと約束した相手の所へと出向かねばならない日なのだ。
「……そんなに行きたいの?」
「いい加減にしないと怒りますよ?」
うぐ。一人で行くって言っても駄目って言うからじゃん。
ゲンゾウさんと二人で行くのも駄目なんて酷いよ!
「だから、私はルイだけを愛しているんです!」
「よし、じゃあ行くか!」
「……わざと言わせてませんか?」
そんな事は無いと抱き上げて外に出て、そのままお空へ。
空中で機内を作りまったり座っての飛行。
もう空気抵抗がとか気にするのは長距離だけにしているのでゆったりしたものだ。
それでも直ぐに目的地に着いてしまい平野に着陸した。
そこには何故かイグナートと女性が待っていた。
カイを寄越すって言ってた筈なんだが……
「どうしたん。予定とちがくね?」
「その、バレてしまったかもしれないのです。
出来たら彼女だけでも受け入れて貰えないかと……」
聞けば、嫁さんは動けるようになった嬉しさから変装して外出したはいいが、バレバレだったらしい。少なくとも身内には完全にバレていたのだとか。
しょんぼりした顔でイグナートを見上げている。
確かに惚れこむだけはある。綺麗な人だ。
ユリとは可愛い系なので系統が違う。俺の彼女より魅力的な女性なんて存在しないからユリの圧勝だが。
「そっか。んじゃお前もくる? 一緒に居たいだろ」
「えっ、行ってもいいのかい?
独断で私を連れて行ってはキミに迷惑が掛かってしまうと思うのだけど」
「親父に許可は取ってきた。多少行動の制限は付けさせて貰うが、嫁さんと二人での生活と町を出歩くくらいの自由は保障するけど……」
「リアと二人自由な生活……行きたい。行きた過ぎる……」
「シュペル、二人で暮らせるなら行きましょうよ! もっと一緒に居たいわ!」
彼は長考した後「下準備の時間を下さい」と頭を下げた。
いや、畏まる必要ねぇからと彼の考えを聞いた。
どうやら弟が居るらしく、領地を任せる下準備をしたいのだそうだ。
流石に亡命したなんてなれば、家族や部下にとんでもなく迷惑を掛けるので上手い事死んだ事にしたいと言う。
領地防衛で山の魔物と戦って死んだという事にすれば少なくとも大きなお咎めは来ないだろうと。
「ふーん。山の魔物ってあの熊?」
「ええ。死闘になるでしょうが、だからこそ信憑性は高くなる。
極まれにハグレが出る事もありますからね」
えっ、レーベンでもオルドでもそんな話聞いたことも無いけど……
人為的なものじゃね?
そんな疑問を投げかければ彼は頷く。
命を投げ出しても帝国に一矢報いたい者は多いと。
大抵は連れてくる前に食われるが、ごくごく稀に成功するものがいるのだとか。
どんだけ怨まれてんだよ!
「どちらにしても起こり得ることだからそれで騙し切りたいのです」
「わかった。んじゃ取ってきてやるよ。ちっと待ってろ」
と、俺はユリと飛び上がり、五匹ほど撃ち殺して連れて来た。
「そ、そんな馬鹿な……これ、五匹もいれば町をいくつか滅ぼす程には強いのですが……」
「まあ、そっちに秘術があるようにこっちにもあるって事だ。
実際戦闘がそこまで強い訳じゃない事は知ってるだろ?」
そう伝えると彼はハッとして納得を示した。
「その、勝手な話ですがナタリアを先に連れて行ってくれませんか。
私が行ける様になるまで殿下の保護下で守って欲しい」
「そりゃ、三日四日程度ならいいけど……」
そう返せば彼は「お願いします」と嫁さんに今後の事を伝え始めた。
「リア、聞いていたね? 私はこれからシェンに継がせる準備をしてくる。
それまで心細いとは思うが先に行っていて欲しいんだ」
「わかっているわ。ごめんなさい。私が勝手をしたばかりに……」
イグナートは優しい笑みを浮かべ首を横に振ると彼女をぎゅっと抱きしめた。
その後直ぐに「リアをお願いします。三日後またここで!」と言うと、魔物を槍で突き刺し傷つけ、自分で倒した風にすると三匹持ち上げ走り去っていった。
「んじゃ、一先ず帰るか。ナタリアさん、これに座って貰えます?」
「え、あ、はい」と彼女が腰を下ろしたのを見て魔装で拘束し俺たちも椅子に座る。
困惑する彼女に「拘束は安全の為だから」と説明しそのまま飛び上がるのは時間が掛かりそうだったので気球方式で途中まで上がり、そこから形態を変えて山脈を飛び越えた。
そのまま屋敷まで戻り、ナタリアさんの部屋を決めたり食事だ風呂だと世話を焼いて一日が終わっていった。
次の日は三人で再びお空に旅に。
一人残して何かあったらイグナートに殺されるので合流するまでは一緒に行動するつもりだ。
この人は本当に危なっかしい。
『わー、ちょうちょー!』と言って崖下に飛び込んでいくタイプだ。
「そ、そんなに酷くはありません!」
「ユリちゃん、ジャッジ!」
「えーと、アウトぉ!」
「ええぇ! なんでぇ~?」と心底驚いた顔を見せた。
こんな人なので主に世話を頼んでいるユリとも既に仲良しだ。
「てかナタリアさん体は平気なの? 硬化症なんでしょ」
「ええ。普通に動けているし大丈夫よ。ちょっと肩がしびれるけど……」
「し、痺れるの?」と俺は思わず彼女の肩を掴み問いかけていた。
「でもこのくらい平気よ? 普通に動けるんだもの!」
「何言ってんの!!! 駄目だっての!!
うちの母さんもそれを放置してそれで取り返しがつかなくなったんだよ!?」
「ルイ……」
思わず怒鳴り声を上げてしまった所為でユリを心配させてしまったようだ。
いきなりの豹変でナタリアさんも怖がらせてしまった。
「はぁ。帝国の偵察終わったら奈落に行く。いいよな?」
「わかりました。リアさんは私がサポートします」
もう続々と兵隊が帝都に向かって行軍している。
正直、今はまだ見ても仕方がない。一々数えられるものじゃないから。
行き先がまだ帝都なのを確認できたのだからそれでいい。
だから、ざっと動きを見て直ぐにターンしてオルダムへと向かった。
叔父さんの時と同じように荷車に乗せて蓋をして、俺は一人奈落へと走る。
そしてそのまま奈落の穴へと飛び込んだ。
「ひゃ、ひゃぁぁぁぁ! な、なにこれぇ! 落ちてないかしらぁぁ!?」
「大丈夫ですから、落ち着いて下さい。ルイが飛べるのは知っているでしょう?」
「でも、長くないぃぃ!?」と悲鳴を上げる彼女。
ちょっと待ってもう少しだからとある程度下が見えるようになった所で壁に張り付いて、下の部屋にいるイエティをレーザーガンで撃ち殺す。
聴力強化にて近くに魔物が居ないかを確認しながらゆっくりと降りていく。
底まで着いた所で魔装を解いて二人を外に出した。
「はい到着! これ持って魔力送ってみて。痺れてない方なら大丈夫でしょ?」
試して貰えばどちらからでも撃てた。それほど硬化はしていない様子。
心臓に近い肩だから甘く見てはいけないが、これなら魔物は倒せるからその上で光魔法でもう一度魔力を消せば大丈夫な筈だと銅鑼で魔物を呼び、ナタリアさんに打たせ続けた。
ちなみに命中は後ろから彼女の腕をユリが動かして当てている。
「どう? 体軽くなった気がする?」
「えっと……その前に眩暈が……」とふらふらして倒れそうになったので一応念のためにとユリにエリクサーを渡して飲ませて貰った。
すると直ぐに「あ、治った。この前飲んだやつね」と立ち上がると部屋の端まで走って戻ってきた。
……遅い。かなり遅い。
これは駄目かと思ったのだが……
「すっごい体が軽いわ!」とはしゃぐ彼女。
俺とユリは驚いて目を見合わせてから思わず笑いが噴出して「何で笑うのよ!」とナタリアさんに怒られた。
大丈夫そうならもう少しやるかと先へ先へと進み続け、結局いつものルートを全て回ってしまった。
直ぐに帰りたがるかと思っていたのだけど、レーザーガンを自分で狙える様になってからは逆に続けたがった。
当然、全てやらせた訳じゃない。フォローを楽に入れられる状態の時だけだ。
それでも一般人からは逃げられる程度にはなっただろう。
だからと言って放置するには危険過ぎる人材だが。
そんな思いを浮かべつつも素材をオルダムで半分卸し、残りをベルファストの魔道具研究所と城の保管庫に移した。
ちなみに、新型爆弾はレーベンの屋敷の地下に隠し扉を作りしまってある。
隠し扉を塞ぐ様に荷物をがんがん置いてあるので見つかる事は無いだろう。
だから今収納に入っているのは馬鹿でかい魔装の塊と恐竜肉だけだ。
恐竜肉だけは出来るだけ常に入れておいてある。
凄い便利なのだ。これを食わせれば大抵皆機嫌が直るから。
これはもう既にただの食料ではなく便利アイテムと言っても過言ではない。
荷物整理が終わり城に来たのだからとラクとふぅに会って戯れた。
「そろそろラクたちも連れて行く?」とユリに尋ねる。
「そうしたいのは山々ですが、飛べますか?」
それなんだよなぁ。重量的に馬二頭とかそんな感じだろ。どうだろう。
気球で高い所まで上がってから変形させ翼を大きく広げれば行けるかなぁ。
「じゃあ、連れて行きましょう! この子達可愛いわ!」
「そうでしょうそうでしょう! 可愛い子なのです!」
あらあら、まるで小さな女の子二人……
いや、ナタリアさんはユリと比べたら色々大きいからそうはならんな。
「ルイ……どこ見てるんですか?」
「どこってラクだよ。飛べるかなぁってさ」
あぶねぇ。女の子ってそういうとこチェック厳しいよな。
そんな事を思いながらラクとふぅと一緒に籠の中に入り、風魔法の魔道具四つ全て使いフルパワーで空へと飛び上がった。
やっぱり、上がるのに時間が掛かる。
その間、ラクとふぅはキョロキョロと周りを見回しては遠吠えをしている。
大人しくしてくれてはいるのでそのまま続けて上がっていく。
相応に翼を広げてやらんとなと、町が小さくなるほど上がった後いつもの五倍はある翼を広げて、滑空しながらスピードを上げていく。
ある程度速度が上がれば何の問題も無く安定して飛んでいられた。
そうして、多少魔力と時間は取られたものの、愛する従魔を連れてくる事ができた。
そしてずっとやりたかった事が出来るとラクとふぅを屋敷に招き入れた。
「さあ、これからは一緒に暮らせるぞ」
「もう寂しくさせませんからねぇ」
「「オンオン!」」
「あら可愛い!」
ぶんぶんと尻尾を振って喜ぶラクとふぅに飛びつく二人。
いつもなら俺がラクと戯れるのだが、ポジションを奪われてしまった。
仕方がない、と俺は厨房に入り晩飯の用意をするのであった。
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