元絵師、亡国の王子に転生す ~魔法陣? こんなのただの線画じゃんと一瞬で習得する元絵師は魔法世界で無双する~
オレオ
第1話 待ちに待った学院生活の始まり
生まれ育った町を見渡し、感慨に耽る。
「漸くこの時が来たか――――」
長い事待ち望んだ時。
俺は今日、特殊な学校に入学する。
このファンタジーな世界に生れ落ちて十四年、待ちに待った瞬間。
そう、あの前世で過ごした日本とは違う世界。
日本の記憶は物心が着いた時にはもう思い出していた。
いや『その時に前世の俺もまた自分なのだと認識した』と言った方が正しいか。
元々記憶はぼんやりとしたものがあったのだが、前世の俺は他人としか思えず、映画の中の出来事の様に感じていた。
五歳になった頃『あれ? これ、俺じゃん!』と考えた瞬間、記憶の霧が晴れてクリアに思い出せる様になった。
だが、転生する理由になりそうな事は一切記憶に無い。
前世の死んだ記憶すらない。
残っている記憶の大半はしがない絵師として日々を過ごしていた一般人のもの。
しかも、こんな超常現象に巻き込まれて置きながら特に変わった力などは無く、保護者曰く至って普通の子供。
強いて言うのであれば、環境が少々特殊と言えるくらい。
そしてそれは恵まれてない方のパターンだ。
元々母子家庭で母さんも死んでしまってからは母さんの妹である叔母さんの家で面倒を見て貰っていた。
その期間は転生もののお約束であるチート能力が何かあると思い込み、判別しようと色々な事に手を出した。
結果、叔母さんと叔父さんに普通の子供だと太鼓判を押された……
気落ちしなかったと言えば嘘になるが、今はもうそこまで気にしてはいない。
この世界の平民は貧困層が多く生活水準もかなり低いが、生まれた時からずっと同じ環境なのだから当たり前の事なので大した不満を感じる事も無い。
前世の記憶がある事で人よりも有利な人生を送れる可能性に喜んだくらいだ。
前世において特化している面と言えば、絵を描く事くらいだ。趣味でならねんどろいどや衣装なども作ったりしていた。
そういったクリエイティブな方向だけなのでそれで有利になれるのかと問われると自分でも疑問だ。
この世界は基本的には母親が勉強を教えるというのが常識。
それが出来ない家庭や専門的な学問は家庭教師を雇ったり学校に通わせているが、それは裕福な家庭ならばこその話し。
そんな多額の金を面倒を見てくれている叔父さんたちに出してと言える筈もない。
だから俺は一つの道を選んだ。
――ハンター育成機関である高等魔導兵装学院、普通科――
この魔導という銘は伊達ではない。
そう、ここは魔法があるファンタジーな世界。
とはいえ簡単に習得出来るものでもなく、中でも属性魔法を扱うには大変高価な魔導書で魔法を覚える必要がある。
ただでさえ叔父さんたちにお世話になっている俺にはそんな高いものは到底買えない。というか一冊の値段が家と同じレベルらしいのでどちらにしても不可能だ。
だから俺が使えるのは魔導書のいらない魔力を具現化する魔法だけ。
その魔法は訓練さえ詰めば誰でも使える様になるし、極めれば極めるほど有用性が上がり、それは属性魔法をも凌駕すると言われている。
魔力を具現化し、物体を作る魔法。
それが魔導兵装――――――――
通称魔装。
一言で誰でも使えると言っても性能はピンキリだ。
奥が深く『一生を費やしても到底極める事が出来ない魔法』と言われている。
ハンターを目指すなら魔装を習得して臨むもので、魔装を満足に扱えない奴はハンターではないと言われるほど重要な魔法。
そんな風に魔力で身の守りを固めたハンターが挑む相手は基本的に魔物となる。
そう、魔物とはあの空想の世界ではお馴染みな魔力を持った生物。
図鑑に載っている魔物に何度も目を通した。
本当にこんな生物がいるのだろうかと思うほどに色々な形のものがいた。
他にも忽ち傷が治る薬草とか、光輝く鉱石とか、この世界は心を躍らせるような物で溢れている。
まあ、大半は街中で見ることはないんだけど。
それにまだ結界の外に出る資格すら得てないしね。
だから、お肉になる前の魔物を見たことはまだ一度もない。
それでも結界があるから絶対に安心という訳でもないそうだ。
結界には魔物から取れる魔石が必要で、魔物が結界を攻撃すれば物凄い量の魔石が消費されてしまうらしい。
当然そんな状態が続けば魔石の残量が底を尽き結界は破壊されてしまうだろう。
だから町に魔物を近づけないように、と頻繁にハンターが狩りに出ている。
逆に一般人は護衛を付けなければ外に出てはいけないという法も定められている。それ程に危険という事だろう。
この世界は電力の変わりに魔力で生活水準を引き上げていて、その魔力の大半は魔石から賄われている。
そのお陰でヒーターやクーラーなどの代わりになる物もあるし、冷蔵庫やらコンロなども全て魔石を動力とした魔道具によって賄われている。
よって人は、食料でもありエネルギー資源でもある魔物と常に戦っていかねばならない。
お陰でハンターは人から感謝や羨望のまなざしで見られる事が多い職業だ。
勿論、強ければと但し書きが付き、命がけの日々になる訳だが。
そんな背景により、ハンターは何処の町でも必須で一番需要の高い職業と言える。
折角人生のやり直しが出来るってのに、そんな危険な職業でいいのかと何度か自問自答したが、こんな面白そうな世界に生れ落ちて普通の職業に就くなんて有り得ない。絶対に後で後悔する。
そう結論が出た。
入学に向けての下準備はしっかりとし、試験もなんとか突破出来た。
努力に努力を重ねたが、普通の子供認定される程度の才能なので子供の中でも強い方ではない。
それでも魔力を扱う練習だけは本気で頑張ってきたから試験当初は自信があったのだが、実技の試験で鼻っ柱をへし折られた。
良い所も無く、余りに呆気なく負けてしまったのだ。
相手はこの学院の戦闘教員なので負けて当然なのだが、それでも他の奴らは善戦していた。俺では目で追うのがやっとな動きで。
同年代でもハンター試験を受ける奴らはこんなに強いのかと自然と足が引けてドン引きしてしまうほどの錬度だった。
文字通り次元が違うと思い知らされた。だが逆にそこまで差があれば仕方が無い、と心に落とし込むのは容易だった。
実際、飛びぬけた才能のない普通の子供だと言われてきた訳だしな。
何にせよ、調子に乗って何かしでかしてしまう前に知れたので結果オーライだ。
座学の方で頑張ったからか、好成績での合格を貰えたのだからきっと大丈夫。
普通科の成績優秀者は学費が免除される。
そのラインに入れたのだから満足して置くべきだ。
うん。そうだよな。よし、早く学校へ行こう。
通学路、不安と急く心に振り回されて周囲をキョロキョロと見回しながら歩く。
春の一瞬だけ吹く強い風に乗り花びらが舞い、風圧に身を屈めた。
「ひゃぁっ!」
後ろから声がして振り向けば、女の子がスカートを押さえ塀にへばり付いていた。
前世であれば見て見ぬ振りをして通り過ぎただろう。もう強風に煽られるという危険は去っているし、俺が風から守れる訳でも無い。
だがそれでも敢えて声を掛ける事にした。
「大丈夫?」
「え? あ、はい……大丈夫です」
こちらに振り返った彼女を見ればボサボサで金色の長い髪が顔を隠していて細過ぎる頼りない腰つき。髪に隠れて顔は見えないがパッと見、可愛いくはないだろうと思われる女の子。
昔はこんな風に声を掛けたりはできなかったが、俺はもう何も知らないただの子供じゃない。
仮に失敗した所で少し恥ずかしい思いをするだけだという事を知っている。
臆する事は無い、と再度声を掛けた。
「もしかして、魔装学院の新入生とか?」
「は、はい。在学生の方ですか?」
彼女のその問い掛けに「俺も新入生だよ。宜しくね」と笑顔を作り、出来るだけ感じ良く言葉を返して隣を歩く。
勝手に隣歩いちゃってるけど大丈夫だろうか、と心配になったが「宜しく……お願いします」と小さく呟いていたので問題無さそうだ。
しかしよく観察してみれば、少し挙動不審に陥っている。
お互い初対面だし仕方の無い事だが、出来るなら払拭させてあげたい。
どうしたら気楽になるかな。
不快そうには見えないし、もうちょっと距離を詰める言葉でも使ってみるか。
「あー、学校に通うの初めてだからちょっと緊張してたんだ。
先に知り合いが出来て嬉しいよ」
「わ、私もです。あの、その、宜しくお願いします……」
「んじゃお互い友達第一号だな。こちらこそ宜しく」
滑り出しは順調だったのものの、そこからの会話が続かない。
学院の話をあげてもお互いに何も知らず、共通の話題も無いのだから当然の結果と言えた。
うん。無理だな。服も制服だし、外見を褒める事も迂闊に出来んし……
困った。
と、様子を伺ってみれば、特に気にした様子は見受けられなかった。
さっきと比べればとても落ち着いた風に見える。
気にしすぎだな。
俺も気楽に構えようと楽にすると彼女の頭に花びらが付いているのを発見したので「あっ、髪に花びら付いてんぞ」と地肌に触れない様にさっと髪を払った。
「あ、ありがとう」
「おう。俺は大丈夫?」
「うん。平気」
そんな穏やかな空気の中会話を交わして居たが、俺は密かに驚いていた。
さっと払った時顔全体が見えたのだが、思ったよりも可愛かったのだ。
もっと酷い外見を勝手に想像していた手前、ちょっとドキっとしてしまった。
目を隠さない方がいいのに。
そう強く思ったが、知り合ったばかりで髪型変えようとか、ちょっと突っ込みすぎなので言うなら仲良くなった後にした方がいいだろう。
そんな事を考えて居れば、学院の門を潜っていた。
「着いたな。そう言えばクラスはどこ? 俺はAだけど……」
「あっ、私もです。ぐ、偶然ですね?」
クラスは成績順で分けられる。
学校側の説明によれば、能力によって施す教育が変わってくるのだとか。
行った試験の合否の発表時に成績順で名前が書かれていて、俺は何故かギリギリでAクラス入り出来ていた。
実技はボロボロだったはずなんだが……
そういえば試験から結果発表まではすぐだったのに、そこから入学までは割と時間が空いたんだよな。
魔装学校はどの町にもある訳じゃないし遠くからくる奴への配慮だろうか?
ハンターが必須だからどの町も作りたいのだろうが、まず初心者が行けるダンジョンが近場に無ければならないし、金銭面、人材、国の許可と色々難しいらしい。
この世界、移動手段だけはかなり残念だからなぁ。
一応自動車みたいなのはあるが、魔石の消費量が多いから前世で言う飛行機並みの費用が掛かり、個人所有などまず出来るものじゃないと聞いた。
だから移動は馬車。こっちでは獣車と呼ばれているが。
っと、返事を返さなきゃ。
「そうだな。まあ、俺はドンケツのギリギリAだけど……」
「クラス単位で見れば一番じゃないですか。
って自分を褒めてるみたいでなんか変な気分……」
彼女は小さく笑い声を上げた。顔が見えないから苦笑いかも知れないが。
とはいえ、大分打ち解けた。
そんな柔らかい空気のまま、クラスへと入る。
教室内を見渡した。
長い机と長椅子が並び、床は緩い階段状の作りで後ろでも見やすい仕様になっている。
両サイドと中央が通路になっていて、一番下には教卓と壁に黒板がある。
思っていたより綺麗だ。さすが需要の高いハンターの学校だな。
しかし、チョークと黒板か。
制服もそうだし、ここまで一緒だと俺以外にも転生者が居たんだろうか。
何の能力もない俺は明かすつもりが無いので関係ないが。
さて、何処に座ろうか……
最上段は見るからに裕福そうな者達が既に占拠している。
うん。一目でわかる。
強化装備をジャラジャラ着けてる連中だ。もう既に魔物を狩れそうに見える。
裕福な家に生まれた奴らはいいよな。
一通り周囲を見渡し終わり、隣の彼女に目を向けた。
「何処に座る?」
「一緒で、いいの……?」
あっ、そうか。
別に一緒に座る必要ないのか。
馴れ馴れし過ぎたかな?
「わりぃ。いきなり一緒にって言われてもあれだよな……」
「ううん。その……一緒でいいならお願いします」
彼女は必死に目を隠そうと俯き髪を前にやる。
そんな事しなくてもこの距離だと見えないよ。そんな事を思いながらも、人が居らず安全地帯となっていた窓際で中間地点の席をゲットした。
うん。この席の近辺も平和そうだ。
この長椅子にはまだ誰も居ないが、ある程度近い所に居る奴らはそわそわしていて微笑ましい感じだし此処にするか。
「此処でいい?」と問い掛ければ、コクコクと首を縦に振りちょこんと腰を掛ける彼女。
……まだ名前も聞いてないんだよな。
まあ自己紹介くらいあるだろ。
そう思って荷物を足元に置いた。
「着替え持参って言われたけど何するのかな……」
彼女からの不安そうな声での問い掛け。
そう、俺が足元に置いた荷物も着替えだ。
学校からは汚れてもいい動きやすい服という指定だった。
「そりゃ、戦闘訓練だろうな。
ハンターの学校がずっと座ってお勉強って事はないだろうし」
それを入学初日からやるのかとは思うが。
やっぱり怖いのかな、と様子を伺えば「そっか。そうだよね」と頷いていて声色も先ほどの不安そうなものとは違い自然なものだ。
そうなると逆に気になる。
「一体何を想像して不安になったの?」
「べ、別に想像していませんけど、濡れるのだけは嫌だなって思いまして……」
また忙しなく目を隠そうと髪を前にやる彼女。
どうやらどうしても目を隠したいらしい。
「属性魔法を使うなんて事ないだろうし、汗で濡れるくらいじゃないかな。
けど隠す必要あるの? 綺麗な目してんじゃん」
うん。正直な所、目より髪を解かせと言いたい。あともっと食えと。
知り合ったばかりの今はそんなこと言えないけど。
「――っ!? み、見たのですかっ!?」
「花びら払った時に偶々な」
「なら何で変じゃないって……」
初めて口をへの字に曲げた彼女。
意味が分からない。本当に可笑しな所なんて無かった。
少し鋭いが大きく綺麗な女性らしい目だった。
その旨を伝えれば、彼女はムッとした表情のまま、少し髪を掻き分けた。
彼女の瞳がはっきりと見えた所で何を気にしているかを理解した。
眉毛が凄く短かった。
髪を掻き分けた手が震えていて、怯えた目をしていた。
それ程に気にしているという事か。
勿体無いと思ってしまうけど、変に強要しない様に注意しないとな。
「これはこれで可愛くね? 他の人にない魅力があると思うけど……」
今度は口をパカっと空けて目を見せたままアホ面を晒す。
正直、教室を見回せば、彼女は中の下と言わざるを得ない。
だがそれは痩せすぎている事と、ぼさぼさな髪型の問題だ。
どちらも解決可能な案件。
そこをクリアすれば、美少女と言って然るべき外見となれるだろう。
眉毛が短いのも逆にもっと映えるんじゃないだろうか。
「ありがとう、ございます……」
お礼の言葉を告げながらも、苦い表情で俯き再び目元を隠した彼女。
あれ?
何か違う意味で取られた様な気がする。
訂正した方がいいかな――――と思って居た時、教室の戸が開かれ教員が入ってきた。
見渡せば、机の半数も埋まっていないが、遅刻や欠席がそこまで多いわけでもないだろうし、これで概ね全員なのだろう。ざっと見た所二十数名って所か。
そんな事を思いつつ、姿勢を正して前を見た。
教員が教卓の前に立ち声を上げる。
「俺がこのクラスの担任のオーウェンだ。戦闘教員でもある。
俺が教えるのは当然戦い方だ。取り合えず半年間、宜しくな」
灰色の長髪を雑に後ろで束ね、無精髭を生やした不摂生そうな教員だが、快活で話しやすそうな空気もある。これは当たりかなと少し頬が緩む。
だけど何で半年なんだろうか。その疑問を他の生徒が問い掛けた。
「ああ、半年に一度成績順でクラス変えがあるからな。
毎回卒業までに大半が入れ替わる。
逆に言えばここはそれだけの密度で成長出来る。気合を入れて取り掛かる事だな」
あ、そうなんだ。
「まあ、俺は最悪Bクラスに残れればいいけど――――」
Aクラスのビリっ尻な俺は本当に落ちてもおかしくない。
それでもBクラスに残れれば二年で卒業できる。
CクラスとDクラスの者達は四年。Eクラスは素質なしとしてハンターの資格を得る事が出来ない、といった形になる。
四年通って資格を得られないのは厳しいが、このシステムは学院側の配慮だ。
魔物と接する職に就くなら魔導兵装は必須。それを上手く扱えなければ自身の命を落とす結果になりやすいのだから致し方ない。
ただ、Dクラスの定員数は決まっていないらしいので全員が資格を得る事も可能だと言っていた。
この教室の空き具合を見るに、確かに人数が偏っても問題なさそうだ。
「――――あのぅ……一緒に残りましょうね」
教員が今日の日程を話す途中、彼女が声を掛けてきた。
「ああ、頑張ろうな」
最低でもBクラスに残る為に。そう決意を新たにして前を見た。
教員は今、使役魔獣の説明をしている。
魔物でも、人と共存が出来ている種も居るという話から始まり、その流れで獣車の成り立ちなどの説明がなされた。
へぇ、戦闘教員なのに座学の様な事もやるんだな。
そう思って見ていれば話は違う方向へと転がる。
「お前らにはこれからこれの面倒を見て貰う。
注意事項はさっき言った通りだ。くれぐれも油断するなよ。
じゃあ、一人一匹ずつ受け持て」
これ、と言ったのは生まれたばかりの子犬の様な動物だ。
大きくなれば獣車を引ける立派な魔獣になるらしい。これが本当にそれほど大きくなるのだろうかと思うほどに小さい。
だが、小さくともこれは魔物。
毎年、大怪我をする者が数人出るらしい。
偶に死者も出るとか説明されても……
そんなもん生徒に育成させんなよ。そう思うが、これが学院運営に重要な財源の一つとなっている事をたった今説明された。
こういった生徒に稼がせる事が前提にあるからこそ一般人でも入れる金額で入学できるのだとか。
その中でもAクラスの生徒は成績優秀者って事でタダで入学してるしな。
まあこういう職もあるのだし、経験しておくのはいい事かもしれない。
「やだぁ……かわいぃぃ……」
数名の女の子達が引き寄せられる様に前に出た。
それに釣られて続々と皆が前に出る。
ヤバイ……乗り遅れた。
そう思って隣を見れば、まだ彼女も座っていた。
「俺たちも行こうか」
そう声を掛けて前に出たが、残っているのは五匹。
どれも弱っている様に見受けられた。
仕方が無い。一番元気そうなこいつを――――と手を伸ばすと人の手によって弾かれた。
「ちょっと! この子は私が狙ってたの!」
ああそう。じゃあこいつを――――
「あー、こいつでいいか。他にいねぇし」
あっ、また取られた……
いや、問題ない。どれも同じくらい弱ってるんだ。
残り物にこそ福があるさ。
そう気を取り直して漸く一匹を手に取り抱きかかえた。
ケースの中を見ればまだ一匹残っている。これは余っちゃったのかな?
と思えば、友達第一号の彼女が子犬の様な魔獣の赤ちゃんを持ち上げた。
「可愛い。この子が凶悪な魔物になるだなんて信じられません……」
声色がとてもうっとりしていた。てかこれ大丈夫なのか。
魔物を殺せなくなっちゃうんじゃ……
いや、これと害獣とは別物だしそれはないか。
にしても、これに魔力を送るだけで飯がいらないなんて、随分と楽な育成だな。
「ホントちっちゃいわねぇ。これが本当に荷車を引ける様になるの?」
その女性の声は隣に居る彼女のものではなかった。
俺たちへの問いかけじゃないよなと顔を向ければ目が合う。
「魔物に限らず赤子の成長速度は凄いからな。
きっと可愛らしい見た目の期間はあっという間だろうな」
ぴったりと視線が合ってしまって思わず応えてしまった。
あっ……しかもこいつ『ちょっと! この子は私が狙ってたの!』と手を叩いてきた奴じゃねぇか。
「へぇ、詳しいのね。あんた、名前は?」
その問い掛けに思わずはっとした。友達第一号の彼女と自己紹介を先にするものだと思っていたのだ。
何となく、隣の彼女の方に顔を向けて口を開いた。
「あー、俺はルイだよ」
「あ、あのっ、私はユリ……です……」
俯きながらも、話しに割り込むように口を開いた彼女を見て思わず口が綻ぶ。
違和感を覚えたのは俺だけじゃ無かった様だ。
「そ、そう。私はナオミよ。宜しくね、お二人さん」
手を弾かれた時は関わりたくないと思ったが、声色や表情を見るに見下している様な感じも無いし、そんなに悪い奴ではなさそうだ。
最初の印象が悪いから進んで仲良くしたいとも思えないが。
「おし、全員取ったな。
じゃあ、最初に必要な心構えを教える。絶対に忘れるな。
攻撃して来たら迷わず殺せ!」
その言葉に一同は押し黙った。
裕福層の一人が「財源になるから必要なのではないのですか」と問い掛けた。
「ああ。だが従順になり役に立てる魔獣にならんと意味を成さない。
ハンターたるもの、時には命の取捨選択が出来なければならない事を忘れるな。
これは遊びじゃない。
愛着が湧いても魔物ならば殺せる心を持てという訓示でもある」
その割には教育すら自己責任でばら撒いて、不親切なやり方じゃないか……って財源が第一に来ているからか。
「評価項目は二つ。調教を成功させられるか、ダメでもしっかり殺せるかだ。
わかっているとは思うが、殺せもしなかったものには大きなマイナスをつけるからそのつもりでいろ。
前もって言っておくが、渡した大半が暴れて殺処分となる。
そうさせたくないのなら必死に人に慣れさせろ。魔力以外は与えるな。
後からの文句は一切受け付けないからな」
少し強い口調で言いつけると「それともう一つ」と今度は口を緩ませた。
「魔獣育成はメジャーな職業だ。
無事に育成しきったものは成績に大きなプラス査定がつく。
相当弱くない限りは二年で卒業出来るだろうな」
その言葉に教室内が沸いた。当然皆二年での卒業を狙っているのだ。
「あの、コツとか無いんですか!?」
割と近場に座る男子生徒が手を上げつつ発言をしたが、教員は「これは能力を測るテストでもある。自分たちで考えてやってみろ」と話を進めた。
そこからはこれからの予定を説明される。
本格的な授業は明後日からで明日は入寮の準備日としてお休みになるそうだ。
授業に関しては座学、模擬戦闘訓練、実技戦闘訓練、その合間に様々な行事が混ざるという事だった。
座学は一日二時間あるかないか程度しかなく、大半が戦いに明け暮れる時間となりそうだ。
Aクラスは実力がある者として、すぐに実技訓練に向う事となる。
要するに魔物討伐だ。
その間、子犬はどうするのだろうか。と首を傾げていれば、他の人が質問をしてくれた。
その答えは「大きくなるまでは何をするにも出来るだけ連れて歩け」という事だが、授業時間外に学区外に出す事は禁止で、出る場合は魔力の供給をしてから檻に入れろとの指示を受けた。
檻に入れておけば管理人が魔力供給してくれるらしい。
これからの予定を説明し終わると教員は「質問の時間を設け、それが終わり次第初日ということでこれで終了とする」と生徒の質問を待つ。
質問タイム中に着替えを用意させられた理由を尋ねた生徒が居たが、魔獣の赤ちゃんが粗相した時用らしい。
他にも必要になる時は多々あるから常に持ち歩く癖を付けろと言って居た。
赤ちゃんの間だけはミルクを与えてたから今日一杯は抱えている時にされる可能性があるようだ。
魔力を必要量与えてやれれば食事を与える必要がなくなるらしく、俺たちが食事を与える事は禁止された。
肉を食う喜びを覚えさせてはいけないのだとか。
まあ、食事を与えなくても生きていけるそうだから別にいいが。
逆に魔力を与えないと食事を与えていても死ぬらしい。
放って置けば元より人を襲うように育つ魔物を手懐けるのだから甘く見るなと強い口調で何度も言っていた事で、先生が去った後も若干の緊迫感を残した。
色々大変そうだが、何にせよ初日は無事に終わったな。と息を吐いた。
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