第71話 マイケル師の進言。


 戦前の日本では、お見合い結婚が当たり前だったって言うでしょ。

 当時は、仲人さんが、適当な相手を探してきて、縁談をまとめたんだってね。


 帝竜国にも、仲人はいるの。結婚相談所みたいな職種もあるみたい。

 だけど、王族の仲人ができるのは、栄神官や誓神官などの聖職者だけ。


 女性には、勝手に求婚者が集まって来るけど、それでも、仲人が必要になるのよ。

 結婚相手を選んだあと、他の求婚者たちを諦めさせるための役回りとして。

 

 そして、仲人が、女性の方を諦めさせたり、恋人同士を引き裂くこともある。

 身分や籍が違う場合、子供ができないとわかっているようなときには。



 

「え? あの少年が、サツキの内弟子でしたの?」


 休憩所で出会った美少年の身元を報告に来たのは、警備責任者のマイケル師だった。

 今は、竜気も落ちついて、すまし顔に戻っているけど、オランダスから緊急連絡を受けて、【瞬動】で駆けつけて来たときのマイケル師は、殺気だっていて怖かった。この人、こんなに攻撃的だったのぉ、と驚愕するくらい変貌して、面接したときのホラーな火傷顔すら優し気に思えるほどの大迫力だったね。

 さすがに、外帝陛下の直臣だけある。普段どれだけ猫かぶっているのか、よーくよーくわかったよ。


 見ず知らずの人間から貰った果物を食べたと申告したあと、わたしは、すぐに毒物検査を受けさせられ、一応、異常なしと診断されてから、王寮に帰ってきたんだけど、気脈を尖らせたオランダスには、何も聞ける状態じゃなかったのよね。


 わたしの愚行ぐこうのせいで、余計に具合が悪くなったマルガネッタには、明日まで休みを取らせることにしたし、ソラも調査に行ったみたいで話ができなくてさ。


「はい。サツキ殿の甥御様で、11歳におなりになります。お名前は、サトシ=アケノシマ様。聞き取り調査を行った結果、お二方が害意をお持ちでないと判明いたしました。また、瓶詰の果物からも、毒物は検出されませんでした」


 そうでしょうとも。わたしは、最初から信じてたもんね。

 ともかく、少年に対する疑惑が晴れて安心した。ホント良かった。

 もちろん、あの子に手荒な真似はするなと命じてはおいたけど、いきなり気絶させられたあげく、わたしの側仕えたちから敵認定されて、トゲトゲ竜気を浴びるだけでもひどいわよ。あまりにも気の毒すぎる。

 けど、煎じつめれば、それもこれも、わたしのせいなんだよなぁ。


「サトシ=アケノシマ、ですか。四姓はないのですね。身分は? 貴族かしら?」


 サツキ自身は、貴族だと聞いている。たしか、母親が貴族で、父親は王族だったかな。そうすると、甥っ子と言っても、血筋として、母方か父方かで、身分は変わるわけ。

 宮国群の結婚義務は、帝竜国ほど厳格ではないそうだけど、身分制度は共通。

 つまり、『帝・宮・王・宝』四位の王族に仕えるのが、『貴・豪・士・匠』の臣族しんぞくで、その下が、平民と異民いみん(異種族)というピラミッド型なのよ。


「いえ、サツキ殿は、貴族ですが、甥御様のサトシ様の方は、王族だそうです」


 王族の定義は、両親ともに王族であること。

 『王・臣・民・異』の戸籍は、神竜国時代に制定されたそうで、帝母マーヤ、竜帥テ・ジン、時宮セルシャの血を濃く引く子孫が、王族と呼ばれる支配層になったのね。

 竜眼族は、血統を重視するから、片親でも臣族だったら、王籍には入れられない。子供は、両親のうち低い身分の方に下げられことになるのよ。

 だから、叔母が貴族で、甥っ子が王族なんて、よくある話。

 でもさ。身分も性別も異なる師弟というのは、珍しいんじゃないの?


「王族でも、貴族の弟子になれますの? それなら、わたくしも、サツキに弟子入りしたいと思いますわ」


 ソラに、王族は職人になれないと言われたから、甘味官をめざすことにしたけど、わたしは、別に役人になりたいわけじゃない。

 というか、役人にならなくても、お菓子が作れるなら、その方が自由でいいわよ。生活費に困ってるわけじゃないし。


「申し訳ありませんが、帝竜国では、義務教育が課せられておりますし、宮国群とは、師弟制度そのものが異なります。王族のショコラ様は、16歳にならなければ、専門職につくことはできません。甘味研究家という職種も、我が国にはないものですから、サエモンジョー様は、サツキ殿を甘味職人とご紹介くださったようですが、五ノ宮国では、大学教授と同様の研究職とみなされているようです」


 竜眼族は、痩せの大食いぞろい。わたしくらいの幼児でも、一日の消費カロリーは、大食い競争で優勝する日本人より多いと思う。

 更に、竜気量が多ければ多いほど、よく食べる。食べなければ、あっという間に消耗して、2、3日で餓死してしまうというのだから、味は二の次で、とにかく食べまくる種族なんだよね。


 それでも、味覚はある以上、単調な食生活は飽きるし、美味しい方がいいに決まってるでしょ。当然のことながら、オリジナルの珍しいレシピを持つ料理人や甘味職人は、引く手数多あまたなのよ。

 老舗しにせ間での引き抜き合戦や貴族同士の決闘騒ぎもあるくらいで、お給料も高いしね。身分が低くても、腕さえ良ければ昇進していけるので、下働きをする平民にも、食べ物関係は人気があるらしいの。


 王族や貴族の場合は、料理人や甘味職人をお抱えにするんだけど、大きな家で、複数雇う場合は、職人たちをまとめる頭が必要になる。仕事の割り振りを決めたり、経費を帳簿につけたり、下働きを雇ったりする管理職がね。それが、厨房長や甘味役で、帝家や王家に仕える官職で言えば、厨房官と甘味官となるわけ。

 でも、甘味研究家ってのは、聞いたことがなかった。帝竜国にはない職種なのかぁ。


「甘味研究家というのは、甘味役とどう違うのかしら?」


 日本にも、料理研究家はいるし、調理師や栄養士を養成する専門校もあるけど、帝竜国には、料理関係の学校はない。これは重要なことなので確認済。

 こちらの常識では、特殊なレシピは家伝とか秘伝とかいう扱いで、公開はおろか、売買することもないみたいでさ。弟子になったところで、うちの因業爺タイプの師匠が、「目と舌で盗め」とか言って、教えてくれそうにない感じがしていたんだけど……。


「簡単に申しますと、甘味研究家は、甘味職人を指導する教職のようです。新作のレシピを教えるときには、目の前で作って見せますが、基本的には、甘味職人に作らせて、味見をする甘味役と同じかと。ただ、常に、珍しい食材を探し、レシピを開発し続けているところが異なりますね。そのため、失敗作も多く、二十に一つくらいしか試食まで行きつかないそうです。サツキ殿には、無駄になる食材も含めますと、材料費が通常の4倍から8倍かかると説明されました」


 成功率二十分の一か。新商品開発するときに、トライアル&エラーはつきものだし、コストがかかるのは当たり前。

 この国では、食品廃棄物は竜の餌になるから、食材が完全に無駄になることもないし、失敗すると勿体もったいないのは、砂糖くらいだな。それも、定期的に、輸入できるようになれば、問題なくなるし。


「材料費は、いくらかかってもかまいませんわ。帝竜国の食材で、新作を作れる向上心のある菓子職人とお願いしたのは、わたくしですし、要望どおりの方を紹介していただけて、ありがたいくらいですもの。でも、サツキの気持ちは、どうなのかしら。今回の件で、応募を取り消すと言われなければ良いのですけど……」


 こんな危ない主人には、仕えたくないと断られちゃうかな。

 今回の契約は、弟子と同居が条件なのだから、サツキがわたしの側仕えになるのなら、サトシ少年も王寮に住むことになるわけよ。

 そして、王寮には、わたしだけでなく、地雷のロムナンとポルターガイストのサルトーロまでいるんだもん。そのあたりの危険性については、ちゃんと説明してあるけど、契約前に、実害をこうむっちゃった以上、百聞は一見にしかず的なショックを受けたかも。


「そのご心配はないかと。サトシ様は、20分ほどで意識を取り戻されましたし、頭痛や痺れなどの後遺症もありませんでした。サツキ殿も、動揺されてはおらず、逆に、面接が取り消しにならないかと質問されていたくらいですので」


 そうだった。面接の予定は明後日。

 あれ? マルガネッタの話では、サツキは日帰り予定だと言っていたよね。

 瞬動力者だから、客舎の予約は必要ないって。


「たしか、サツキは、日帰りすると言っていたはずでしょう? どうして、二日も前に、竜育園こちらに来ていたのかしら?」


 予定が変わったとか?

 いや、だとしても、サトシ少年を一人で放っておくなんておかしいよ。王族だっていうのに、護衛すらついていなかったじゃないの。

 もしかして、側仕えをいて、あんなところに隠れていたのかな。あの子、大人っぽくて、そういう向こう見ずな冒険をやらかすタイプには見えなかったけど。


「王寮の場所を確認するために来ていたそうです。行ったことのない場所に、いきなり【瞬動】するのは危険なため、緊急時でない限り、下見をしておくのは基本ですから。今回は、観光を兼ねて、サトシ様もお連れになったと伺いました」


 サツキは、恵神殿の瞬動房しゅんどうぼう宿坊しゅくぼうを利用して、修行の旅をしているみたい。

 瞬動房というのは、【瞬動】を補助する転送台のこと。瞬動力者も、長距離を移動するときは、瞬動房を使うものなんだって。その方が、飛距離も稼げるし安全だから。

 ただ、竜育園の中には、命神殿しかないから、面接の前後は、竜育園の近くの町の恵神殿を拠点にしていて、今日は、二人で、そこから竜車で来ていたらしいわ。


「二人でって……、まさか、側仕えを誰も連れていないということ?」


 いくらなんでも、不用心に過ぎるんじゃなかろうか。

 修行の旅をしてるって言っても、創作菓子の修行でしょ?

 どこぞの剣豪でもあるまいし、武者修行なわけないよね? 

 だいたい、恵神殿の宿坊って、素泊まりのビジネスホテルみたいなものなんだよ。貴族女性が、そんな安っぽい部屋を泊まり歩きながら、放浪してるっていうの? 

 一人ならまだしも、未成年の王族を抱えて。子連れ狼みたいに? 


「はい。お二方の国籍は、五ノ宮国ですが、サトシ様は、三ノ宮国へ留学されておりました。そちらから、観光という名目で、帝竜国へ来られたのが、四か月ほど前になります。入国時に、サトシ様を弟子として申告したのは、王族であることを公表して、目立ちたくなかったからだそうです。側仕えも連れずに、お二方だけで移動していたのも、その方が、早く動けて、身を隠しやすいからだとか」


 やだ。身を隠すって、もしかして、命を狙われてるの?

 そう言えば、「逃げ足を鍛えてる」って言ってたじゃない。

 「誰かに追われてるの?」って聞いたとき、否定もしなかったし。

 そうよ、王族なら、きっと、後継者争いとかあるよね。


「身に危険が迫っているのですか? まさか、誓神教国の暗殺者では?!」


 わたしのアイドルを狙うやつがいるのか。断じて許せん。

 同族殺しは、禁忌なはずなのに。また、誓神教国の狂信者が裏にいるんじゃなかろうな。三ノ宮国には誓神殿がないと、ユーレカに聞いた気がするけど、五ノ宮国は、どうだったっけ。

 まぁいい。誰であろうと、サトシ少年を狙ってきたら、返り討ちにしてくれるわ。

 

「いえ、サツキ殿によりますと、サトシ様が、複数の女性から、結婚を迫られてしまい、トラブルを避けるために、一時的に避難してきたとのお話でした」


 なにぃ?! 複数の女性から、結婚を迫られたぁ? 

 確かに、サトシは美少年だけど、まだ11歳じゃないのよ。

 そりゃ、カッコいいし、性格も良さそうだし、美味しいお菓子まで作れるんだから、もてない方がおかしいとは思うけどさ。

 婚約解禁は、16歳でしょうが。それとも、宮国群は、求婚の作法も違うのかい?!


「宮国群では、女性の方から、求婚してもいいのですか? わたくし、女性は、求婚者の中から選ぶものだと教えられましたけど」


 帝竜国では、女性から求愛するのは、みっともないと思われてるんだよ。

 女性ができるアプローチは、四系を名乗って、「あなたに関心があります」と伝えるくらいなんだから。

 恋文や贈り物をくれた男性の中から、気に入った人を選ぶ自由はあるけど、求婚してもらえなければ、いくら好きな人がいても、告白すらできないの。


「宮国群は、王族だけでなく、貴族も数が非常に少ないため、同じ身分の配偶者を見つけようにも、血が濃くなり過ぎて、子供が生まれにくい弊害が生じます。そのため、嫡男以外の王子や若君を未成年のうちに、遊学や留学という名目で、国外の王家や宮家と交換するシステムがあるのです。受け入れ側は、婿候補としての養育を施します。ただし、正式な婚約ではないので、成人してから、どの女性に求婚しようとご本人の自由なのですが。サトシ様は、八歳で三ノ宮国に留学され、これまでに五人の姫君たちから求愛を受けることとなり、それが、宮家同士の争いにまで発展してしまったそうなのです。結局、全ての御縁談を公平にお断りして、帝竜国に避難してきたわけですが、中でも特に行動的な姫君が、仮住まいのお屋敷まで追って来られたため、急ぎ、旅に出ざるを得なくなったということでした」


 うわぁ、ストーカーなみか。

 断られたのに国外まで追いかけてくるなんて、すごい執着心だよね。

 片思いの苦しさは、わたしだって経験してる。7年もの長きに渡って。だから、気持ちは痛いほどわかるんだけど、そこまで行くと、病的で押しつけがましい感じがして、同情できないな。

 ほら、時々いるよね。ものすごく我が強くて、略奪愛に燃えるような根性悪の女。きっと、ああいうタイプなんじゃない? 


「それは大変だこと。わたくしが、サツキを雇ったとして、その姫君が王寮ここを突き止めて来たら、追い返しても良いのかしら? 外交上、問題にはならなくて?」


 わたしが思い浮かべたのは、中一のときの担任。人妻ママに付きまとっていたストーカー男。

 わたしは、あいつを可哀想だとは思わない。欠片たりとも。

 そりゃ、人を好きになるのは自由。好きな人に振り向いてもらいたいと思うのも当然。

 だけど、相手の気持ちや都合をマル無視して、ひたすら自分の欲望を満たそうとするなんて、浅まし過ぎるじゃないの。

 そんなの愛情じゃないって。ただの犯罪者だよ。


「サエモンジョー公使が、帰国するときに、姫君を一緒に連れて帰るとおっしゃっていたそうです。公使が、サツキ殿をご紹介くださった以上、三ノ宮国の王家も、サトシ様に非はないとお考えだということですし、問題は生じないでしょう」


 どうやら、問題の姫君は、仮住まいの屋敷に押しかけたあげく、四か月もの間、居座り続けていたらしい。想い人サトシには、再び逃げられたっていうのに、まだ諦めきれずに、帰ってくるのを待っていたんだって。

 そもそも、帰ってくると思えるのが不思議なんだけど。よっぽど自分に自信があるのか、ただの能天気なのかね。


 何れにしても、三ノ宮国の王家としては、これ以上、五ノ宮国の王族に迷惑をかけられないという判断で、姫君を強制的に帰国させよと勅命が出たそうな。

 公使も大変だよねぇ。自己中の家出娘を回収する役目まで課せられているなんてさ。


「サツキをわたくしに紹介して下さったのは、罪滅ぼし的な意味合いもあったのかしら? 自国の姫のせいで、お二人をお屋敷から追い出して、放浪生活をさせたわけですものね。本当に迷惑な話ですこと。サトシ様も、お気の毒に」


 公使も大変だけど、真の被害者は、サトシ少年だよね。

 それにしても、「逃げ足を鍛えてる」って苦笑したのは、求愛者たち(5人も!)から逃げ回ってるってことだったんだね。日本の男だったら、モテモテで、ウハウハ喜びそうなのに。

 いや、竜眼族は、女性上位で女が少ないから、一夫多妻制ハーレムなんか許されるはずもないか。


「ショコラ様。それは、三ノ宮国と五ノ宮国で解決するべき、他国間のトラブルです。王寮こちらには、ユーレカ姫もおられますし、個人的な感情で批判なさるのは、どうかお慎みくださいますよう。帝竜国の王族として、公平なお立場を保持していただかねば、それこそ外交上の問題となって参ります」


 マイケル師から、『叱責』竜気を浴びて、わたしは、思わず首をすくめた。それほど強くはないけど、ちくちく痛いんだってば。

 この人、猫をかぶるのをやめたのかな。昨日まで、寡黙かもくで気配も殺していたのに、変わり身が激しいぞ。影の監視役から、厳しい御目付役おめつけやくにジョブチェンジしちゃったんじゃなかろうか。


「わかりました。気をつけます。ところで、サトシ様の側仕えは、そのお屋敷に残っているのかしら? 王寮こちらで、雇用する必要はなくて?」


 こちらで手配するとなると、マルガネッタの負担が、また増えてしまう。できれば、それは避けたい。

 かと言って、他国の王族に、身の回りの世話をする者をつけないわけにはいかないでしょ。わたしに仕えるユーレカにだって、9人の側仕えを雇っているんだから。中仕えや下働きを入れたら、その倍になるのよ。


「その必要はありません。三ノ宮国の姫君が帰国なされば、お屋敷の方は引き払い、そちらにいる側仕えたちは全て、こちらへ呼びたいとの申請がありました。扶養家族を含め総勢7名、どこか近くの家を借り受けたいとのことで。警備上は望ましくないので、敷地内に住まわせたいところですが、如何いかがいたしましょうか」


 うーん。当初の予定では、サツキと甥っ子の2人だけだったから、わたしの棟の続き部屋に入れるつもりだったの。でも、7人も入れる余裕はないな、どこの棟にも。

 本館は男性の護衛ばかりで、中性と言っても、サツキを入れるわけにはいかないよね。中仕えや下働き用の宿舎には、まだ空きもあるけど、そっちは、王族に相応しくないし。あとある建物は、謁見ドーム……。

 そうか、あっちならいいかも。


「謁見ドームの地下には、側仕えが待機するための部屋が、いくつかあったでしょう? 謁見室を使うことは、ほとんどないし、7人程度なら、あちらにも住めるのではなくて?」


 わたしの提案に、マイケル師が驚くことはなかった。わたしが考えつくことくらい、わかっていただろうね。でも、竜気は否定的。反対とまではいかないけど、お勧めできないって感じ。これも、「警備上は望ましくない」ってことかな。


「私室として5部屋設けることはできます。しかし、あちらの地下通路は、謁見室に直結しているため、使用人に開放するわけには参りません。一階の裏口から出入りすることになりますし、その場合、歩哨を立てる必要が出て参ります」


 確かに、暗殺者対策は必要かな。謁見ドームは、掃除するとき以外、無人だし、謁見室に向かうための地下通路も閉鎖しているの。人気がないところから、忍び込まれると困るもんね。でも、歩哨は、別に人間でなくてもいいんじゃない?


「謁見ドームの一階に、見張竜を置いたらどうかしら? 庭には、番竜組を放しているし、護衛も巡回しているのだから、歩哨は不要でしょう?」


 今度の提案は、マイケル師の意表をついたようだった。珍しく、瞬きを4回してる。

 軍では、命令に対する返事を口頭でするせいか、退役兵って、瞬きすることがほとんどないのよね。オランダスは別なの。隠密廻おんみつまわりの特技官だったからさ。

 

「見張竜を購入なさったのですか? まだ、そのお話は伺っておりませんが」


 まだ、契約はしてはいない。マルガネッタが体調不良になって、飼育区長との面会はキャンセルしたもんでね。でも、オランダスのお勧め竜は、優先的に見て回った後だし、購入予定リストは、バッチリできてるのよ。


「契約はこれからですけど、購入する竜は決めました。今のところ、猛禽竜と見張竜が4頭ずつですけど。まず、ヒールと会わせて、護衛にする竜を選んでもらうつもりです。残りの竜たちをどこに配置するかは、マイケル師にお任せすることになるでしょう。詳細については、オランダスに聞いてください」


 オランダスのアドバイスで、半数の2頭ずつは、夜行性の竜種にしておいた。昼夜代わりばんこに警護できる方がいいってことで。

 休憩所にいた小型の見張竜にも興味があるんだけど、改良交配種は、売ってくれないかもしれないんだって。新型で研究対象だと、交配実験もあるし、死ぬまで観察記録をつけるものらしくてさ。

 まぁ、あの2頭については、購入希望は出すけど、交渉次第ってことね。


「かしこまりました。オランダスに確認しておきます。それと……、サツキ殿の面接の件ですが、予定通り明後日にいたしますか。今晩は客舎に宿泊していただくことにいたしましたので、明日に変更することも可能です」


 わざわざ言い出したということは、明日に変更してくれってことだろうな。

 でも、理由は何? 見当がつかないよ。

 今晩は客舎に空きがあったけど、明日は満室だから、面接してしまった方がいいとか? 

 そんな理由わけはないか。サツキは瞬動力者。場所の確認をした以上、移動するのなんて一瞬ですむことなんだもん。


「変更した方が、警備上、望ましいのかしら?」


 警備上の問題なら、もっとはっきり進言してくると思うけど、マイケル師の考え方は、よくわからない。そして、わからないことは、聞くに限る。


「いえ、臣族としての義務から進言しております。サツキ殿だけでしたら、通常の求職者の扱いでかまいません。しかしながら、サトシ様が王族と判明した以上、迅速かつ優先的に、然るべき対応をしなければなりません」


 聞いても、よくわからないぞ。

「臣族としての義務」とか、「然るべき対応」って、いったい何なの? 

 仕方なく、わたしは、両目で二回瞬きをして、更なる説明を求めた。

 マイケル師は、ちょっと困ったように瞼を伏せた。


「王族にお仕えするのが、臣族の務めだと言うことです、ショコラ様。たとえ、外国籍の方であろうと、王族は竜眼族の宝にして剣。お付きする側仕えがいない状態など、到底見過ごせません。事情を伺った以上、サトシ様を恵神殿の宿坊などにお泊めするわけには参りませんが、客舎の貴賓室は先約で埋まっておりますし、まずは、お住まいになられる環境を整えなくてはならないでしょう。今後、サトシ様がお一人で出歩かれることがないよう、早急に、お屋敷から側仕えを移動させる必要もあります。しかしながら、サツキ殿を雇用するかどうか、ショコラ様に決めていただかなければ、我々としては動きようがないのです」


 あー、やっと、わかったわ。「お仕えする」なんて、耳障りの良い表現をしてるけど、王族を野放しにしておくわけにはいかないって話なんだ。

 王族には、必ず側仕えが付いて、竜気の弱い者たちと接触させないよう壁になる――それが、臣族の務めというわけよ。さもないと、人身事故が起きて、バタバタと平民が死んでしまいかねないから。

 王族が剣ならば、臣族は鞘なのかな。要するに、剣は必要だけど、抜き身のままにしておくのは危険過ぎる。一人でウラウラと出歩かせたくないのね。


「サトシ様は、それほど竜気が強い方なのかしら?」


 わたしの増幅した竜気を浴びても無事だったんだから、竜気量が多いんだろうなとは想像がつく。でも、竜気って、面と向かったときに、自分より強いか弱いかくらいしか区別ができないんだよね。数値化される測度計なんかないしさ。


「王族としても、強力な方だと思われます。もちろん、ショコラ様に匹敵するほどではありませんが、ご夫君としてお迎えになっても、問題は起きない水準かと」


 うぎゃぁ、いきなり、結婚ネタを突っ込まれたー!

 ド真面目な顔して、幼児に言うようなことなの、それ? 

 よもや、中性の退役軍人から、仲人発言が飛び出してくるとは思わなんだ。

 びっくり、意外、想定外、だよ。

 唖然としているわたしが、返す言葉を見つけられないうちに、マイケル師は、更に畳みかけてきた。


「ただし、お勧めはできません。ショコラ様は、我が国の至宝です。五ノ宮国では、契約結婚制を取っておりませんので、サトシ様が帝竜国へ帰化なさらない限り、外帝陛下から、ショコラ様との結婚のお許しは出ないものと推察されます」


 逆だったー! 

 仲を取り持つんじゃなくて、釘を刺してきやがったなぁ。

 なーにが、至宝だよ。因業陛下のご意向なんぞ、知ったことか。

 わたしは、絶対に、好きな人と熱々の恋愛結婚するんだ。そりゃ、好きになっても、また振られちゃうかもしれないけどさ。

 と、とにかく、両想いの人じゃなきゃ、結婚なんてしないんだからね。いたいけな乙女の純粋な夢を壊すんじゃないぞー! 

 


 この日を境にして、マイケル師は、やたらと口やかましくなり、外帝陛下の御目付役として、公然と諫言かんげんしてくるようになったのでございます。


 あとでソラに聞いたところによれば、これは、ニキータ教授をやり込め辞職させたため、外帝陛下が、わたくしの更なる暴走を危惧きぐしたからなのだそうです。


 目の上のたん瘤が一つ取れたと思いきや、また、別のたん瘤ができてしまうのは、王族に負わされた宿命とでもいうのでしょうか。うぐぐぐぐ……。

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