第64話 公使の来訪。
あなたは、正夢って見たことがある?
わたしは、一度だけある、ような気がする。
土砂降りの雨に降られて、ずぶ濡れになる夢。
それで、翌日、傘を持って学校に行ったの。
朝から晴れていて、天気予報でも、傘マークは出てなかったけど。
そしたら、夕立にあった。夢で見た通りに。
ただ、傘をさしていても、ずぶぬれになったの。これも夢で見た通り。
これじゃ、正夢なんて意味ないなぁと、つくづく思ったね。
「お
時代劇調の挨拶を引っ提げて登場したのは、
ただし、正式座礼の仕方は、帝竜国と同じ。
まず、両膝を床につけてから、掌を上向きに、腕を斜め前に伸ばして、揃えた指先が床に触れるように、ゆっくりと頭を下げていく。
菱形に並んでいる
「
「もったいないお言葉を賜り、有難き幸せに存じ上げ奉りまする」
わたしが、覚えたての三ノ宮国語で挨拶を返すと、菱形使節団が、頭を下げたまま、両手の指を組み両腕で円形を作ってみせた。
これは、栄マーヤに感謝を捧げる印。
うちの調教師カップルに負けないほど、シンクロした動きだね。
いい年した爺さんおっさん連中が、体育祭前の子供みたいに、猛練習している姿を想像すると、笑えてくるぞ。
いやいや、これは、涙ぐましい努力の成果なのだ。笑ってはいけない。
「どうぞ、お直り下さいませ。ご
「かしこまりました、ショコラ様」
わたしとユーレカのやりとりに、一瞬、『唖然』とした竜気が流れた。
普通ならば、まだまだ長々しい挨拶が交わされ(およそ2 0分程度)、その間、使節団は、膝をついたままなの。
ここは、
王寮にいる幼児に謁見を願う相手なんか、ほとんどいないから、滅多に使うことがないのに、無駄に広くて豪華なんだよね。
王寮住まいの王族やその使用人は、地下通路を移動するけど、外部の者は、謁見ドームの正面玄関から入って、控室で待たされた後、謁見室に通されることになる。
一昨日、栄神殿の使者一行と面会したのも
王族や招待した客人をもてなすときは、本館の大応接室か、自分の棟の応接室に通して、お互い座って話すもので、神官も、本来であれば、客人対応するのが礼儀みたいね。
でも、アポも取らず、押しかけてきたやつを応接室でもてなす義理はないでしょ。用件だけ話して、さっさと帰れという意図も込めて、
三ノ宮国の使節団は、逆に、応接室に通したかったんだけどね。公使は、ユーレカの恩師なんだし、
でも、他国の使節団が王族に拝謁するという
それで、挨拶を極限までカットすることにしたわけ。
その理由は、いくつかある。
一つ目は、サエモンジョー公使は、腰が悪いと聞いたから。
ただでさえ、正式座礼はきつい。わたしも練習させられているけど、全身の筋肉が悲鳴を上げるのよ。長旅してきた老人に、あれを20分も続けさせるのは忍びなかった。予想していたより元気そうで、シンクロした動きはお見事だったけど。
理由の二つ目として、わたしが、できるだけ難しい台詞を暗記したくなかったってのもある。
だって、カンペなしなんだもん。長々と話すのは避けたいじゃないの。
礼儀を守らなければならないのは当然としても、わたしは7歳児。
多少は大目に見てよ。あちらさんだって、幼児に成人と同じレベルを期待してはいないでしょ。
三つ目は、わたしに、接近禁止命令が出されているからね。
外国の要人を傷つけたりしたら、国際問題になっちゃうしさ。接触するのは最低限にすべき、という建前があるわけ。
それで、最初と最後に挨拶する以外は、一度、お昼を一緒に食べるだけってことにしたの。わたしは、交渉の場には出る必要もないから。
まぁ、そのへんの事情は、ユーレカの方から説明してくれることになってるので、わたしは、とっとと、謁見室をあとにした。
自分の棟に帰って、昼餐用の台本を頭に入れておかなきゃならないのよ。毎日スケジュールが立て込んでいて、まだ覚えていないの。
あぁ、もっと時間が欲しい。試験前に一夜漬けするより、必死だわよ。
「え? 公使が倒れた? 長旅のお疲れで?」
わたしが、試験用紙が配られる直前の気分で、台詞を暗記しているところへ、嬉しい……と言ってはいけないけど、昼餐が中止になったという知らせがきた。
もちろん、お昼は食べるよ。用意した料理を無駄にはできないし。ただ、使節団と一緒に食べなくてすむって話。
公使不在では、会食する意味がなかろうということで、中止にしてくれたらしいけど、ユーレカの竜気が荒れ狂っているのが気になるな。
「いえ、それが、その……、ヒール様にご挨拶していたところ、感動のあまり、
確かに、聖竜は、過激なまでにキラキラしいけど、見ただけで、ぶっ倒れるほど感動するものなのかね。
あの侍っぽい御老人が、ロムナンと同じ派手好みだとは、思えなくて、首を傾げていると、ユーレカが、ちょっと話し辛そうというか、何から話していいのかわからないって感じで、説明を始めた。
「実を申しますと、わたくし、サルトーロが初瞬動で失踪した事件については、
『宮』と尊称されるのは、予知能力者なのだけど、今の時代の予知夢の精度は、たいしたことがない。断片的な場面が視えるのが関の山だし、実際には、起きないことも多いの。
おかげで、望ましい[
ただし、[凶事夢]に出てきた当事者には、何も話してはいけない。これは大原則。下手な先入観を持たせると、ほとんどの場合、状況がより悪くなるから。
たとえば、志望校に落ちるよと言われたら、誰でもがっかりするよね。諦めて、志望校に受かる努力をしなくなるのでは、[予知夢]が、未来の芽を摘んでしまうというの。挑戦する気概を失ったら、合格する可能性がゼロになるのは確かだと思う。
特に、命を失う危険が高い[凶事夢]の場合、時や場所が特定できなければ、避けようがないでしょ。死病を宣告するのと同じだから、人情として話せないということもあるんだろうね。
「父上が、わたくしの母を
三ノ宮国では、王様が国家元首だけど、竜眼族の『帝・宮・王・宝』の身分制度からすれば、宮位の方が、王位よりも地位が高い。
それで、宮様方は、助言者的な役回りを務めているみたい。
問題なのは、宮様が複数いて、それぞれ違う[予知夢]を見ては、王家に、ああしろこうしろと助言の押しつけをしてくること。
更に悪いのは、宮様がそれぞれ、別の王子や王女の後見につく形で、次期王位を巡り、権謀術数を繰り広げていたこと。
どこでも、派閥争いってあるんだね。
「父王は、第三王子でしたので、将軍職を継ぐものとして、帝竜国に留学いたしまして、母と出会い求婚したわけですけれども、それは、母が、ピンクの肌で、赤毛だったため――[予知夢]に出てきた王妃と思われたからだそうです」
留学中に、争い続けていた第一王子と第二王子が、双方とも暗殺されたため、王太子となったユーレカパパは、ユーレカママを連れて帰り、ユーレカとサルトーロが生まれた。
ところが、ユーレカパパの後見についた
これに対して、心話力者であるユーレカママは、巳ノ宮が視た[予知夢]は
おかげで、対立は深まり、嫁と小姑の闘いは、エスカレートしていく一方。間に立つユーレカパパは、姉の[予知夢]の方を信じて、愛人を囲ったんだってさ。
で、本物とされた女性も、ピンクの肌で、赤毛だというわけ。
すったもんだと
息子を持たない王太子は、王位を継げない慣わしだとかで、サルトーロが中性なら、自分も王位につけないことになる。早急に、次の息子が必要なんだけど、夫婦仲も冷え切っていて、関係修復ができそうにない。
となれば、愛人と再婚した方がいいという結論になったのね。
竜眼族にとって、結婚は、子供を一人でも多く得るための手段。
宮国群では、帝竜国と違って、期間や人数を義務化してはいないみたいだけど、子供が望めない夫婦が、離婚するのは当然という風潮はある。
何しろ、王族クラスの場合、波長が合わなくなったら、竜気がバチバチ反発し合って、側に寄るのも危険になるんだもの。いくら子づくりが義務だって言っても、無理なものは無理なんだわ。
それでも、ユーレカママは、離婚したくなかったらしい。
帝竜国でも、同族殺しの娘として、肩身の狭い生き方をしていた人だから、三ノ宮国を追い出されても、帰る家はないも同じ。
王妃となり生涯共にするという契約で、四姓を捨ててまで嫁いできたのに、今更、愛人の方が本物だったとか、[予知夢]を盾に使われたって、納得できるはずがない。
ふざけるなと怒りたくなる気持ちになっても当然でしょ。
「母は、わたくしに、サルトーロを連れて、帝竜国へ行くようにと遺書を残しました。このままでは、サルトーロの命は失われ、母の娘であるわたくしも
サルトーロは、その頃にはもう、感情が高ぶると、勝手に【念動】が発動して、物を飛ばしたり、人を傷つけたりするようになっていたんだって。
王子の位を
生まれたときから、ちやほやされていたサルトーロは、周囲の竜気が冷たくなり、気脈が突き放されたことに、ひどくショックを受けたのね。
その怒りと哀しみが、ポルターガイスト現象を悪化させちゃって、神通力教官の手にも負えなくて危険なほどで、毒殺する意見が具申されていたっていうの。
サルトーロが大量殺人を犯す[凶事夢]を視たという予知力者からね。
結局、ユーレカママは、息子の命を守るため、ユーレカとサルトーロを帝竜国へ送り出すことを条件に、離婚に応じたらしい。
ちょうど、愛人が男児を出産して、父が王位につく
みんなは、ユーレカママが、二人の子供や側仕えなど全員を連れて、帝竜国へ帰るのだと思っていた。
上手いこと、そう、信じ込まされていた。
帝竜国への船が出航する前日、ユーレカママは、ユーレカパパと最後の別れの挨拶をするとき、毒を入れたお酒を飲み交わした。自分の方の
つまり、最初から、覚悟の自殺で、無理心中ではなかったってことか。
ただ、サルトーロを毒殺することを黙認しようとした夫に、同じ毒を使って、死の恐怖を味合わせてやりたかったのかも。
「母は、最期に、「[予知夢]など、絶対ではない。【暗示】で簡単に出し抜ける程度のもの」と言い残したそうでございます」
ユーレカママは、【暗示】を使って、毒見役や護衛の監視を潜り抜けて、お酒に毒を仕込んだのよ。
それなのに、予知能力者は、誰ひとりとして、そのことを【予知】しなかったし、防ぐこともできなかったじゃないの、と
[予知夢]とは違う結末を見せることで、予知能力者の言いなりになるなんて愚かなことだと、証明してやりたかったんだろうね。
でも、それだけじゃ、
それで、ユーレカママは、帝家に、保護嘆願書なるものを送っておいたらしい。
保護嘆願というのは、太古の昔からある竜眼族の互助制度で、自分では、子供を養育しきれなくなったときに、力のある人へ託し、保護をお願いするというもの。経済的に
二人の子供が殺されないように保護をお願いしたいという名目で、自分が求婚されて、三ノ宮国の王家に嫁いだ経緯から始まって、サルトーロの暗殺を防ぐために、離婚に応じたが、命を狙われ続けていること、自分が、調べた悪事の一切合切をぶちまけた内容に、証拠を揃えて提出したというんだから、すごい策士だね。
帝竜国に、ただ、予知力者の不正を訴えたところで、三ノ宮国の内政問題だからと相手にしてもらえないのに、「死んだ母親からの嘆願」により、「親族から命を狙われている未成年者を保護」するという大義名分がたつと、国家の枠組みを超えた事件となって、竜眼族としての身分が高い帝家には、宮家や王家を取り調べる強権が発動できるのよ。
それで、ユーレカママの告発の真偽を確かめるため、心話力者が4名派遣されて、[心話探査]で関係者を尋問した結果、[予知夢」をでっちあげたり、都合よく
巳ノ宮は、竜気は弱いくせに権力指向の強い女性で、自分の発言力を高めるため、子飼いの娘を弟の王妃にあてがおうとして、[予知夢]で視たと嘘をついたのよ。弟が同じ条件にあう王族を帝竜国から連れ帰ってしまったもんだから、今度は、弟夫婦の仲を裂こうと、画策したんだってさ。
ほんと、ろくでもない話よね。
「母は、自らの命を捧げて、三ノ宮国の闇を暴き、四つの宮家が潰されることとなりました。残されたのは、三名の高齢で政に関わっていなかった予知力者ばかり。その中の一人、父の祖母上にあたられる午ノ宮様が、サルトーロが瞬動に失敗して、傷だらけになって亡くなる[凶事夢]を視たのは、父が
託言式というのは、新しく王に立つ者の治世を占い、予知力者がそれぞれ[予知夢]を
午ノ宮は、[天災夢]が、百発百中の的中率を誇る予知力者。
ユーレカパパは、祖母のことを絶対視して育ったから、この[凶事夢]も信じたわけ。いくら、
それで、ユーレカパパは、サルトーロを助けるには、早急に、瞬動力者の教官に指導してもらう必要があると考えた。サルトーロは、竜気が強すぎて、三ノ宮国でつけていた念動力者では、手に負えなかった。大門クラスの教官でないと任せられないというので、誓神殿に預けるしかなかろうという結論になったんだって。
「サルトーロを誓神殿に送るよう指示されたとき、わたくしは、反対いたしました。けれど、もし、そのとき、午ノ宮様の[凶事夢]の内容を聞かされていたら、従っていたかもしれません。わたくしも、午ノ宮様のことは、ご尊敬申し上げておりますし、サルトーロのことも心配して下さっている曾祖母上様でございますから」
事実、サルトーロは、傷だらけになって死にかけたわけで、午の宮の[凶事夢]は外れたわけじゃない。ソラがヒールを連れてきてくれなかったら、あの日、あそこで死んでいたのは間違いないもの。
つまり、[予知夢]には、当たりはずれがあって、聞かされた方は、それを信じるか信じないか賭けなきゃならないわけね。
でも、そうか。ユーレカパパが、サルトーロを誓神殿に送れと命じていたのは、その身を案じていたからなのか。
息子が傷害事件を連発して、賠償金の支払いが高額になっているから、面倒の種をお払い箱にしたいだけだと思っていたよ。それほど冷血漢ってわけでもないのかな。
とすれば、息子の暗殺計画を黙認したっていうのも、追いつめられた末の苦渋の決断だったのかもね。日本にだって、無差別殺人を犯そうとする息子を止めるため、自分の手で殺した父親もいるくらいだし。
「今回、サエモンジョーは、[凶事夢]を伝える目的もあって、父王より、公使を拝命したのだそうです。わたくしに話すのは、非常に気が重かったようでございますけれど、サルトーロの保護者になっていただいたショコラ様には、ご理解願わなくてはならないことだからと」
なるほど。幼い弟を必死で守ろうとしている姉に、[凶事夢]を教えたくはないよね。ひどくショックを受けるに決まっているし、『悲嘆』や『
それが、べったり一緒にいる弟に伝わったら、動揺して、ポルターガイストが荒れ狂うことになりそうだもん。
怖すぎるよ。絶対に、話せないって。
だから、ユーレカに帰国命令を出して、まず、姉弟を引き離そうとしたのか。
送金を打ち切るような強硬手段まで取ったのは、それなりの理由があったのね。
「それが、既に、[凶事夢]が
うーむ。喜びのあまり興奮して、血圧が上がり過ぎたのか。すぐに意識が戻ったなら、心臓麻痺や脳卒中ではないだろうし。
腰が抜けたのか、ぎっくり腰になった程度なら、ヒールに治療してもらえばいいよね。最近、奇跡の治療に慣れ過ぎて、ちょっと安易に頼みすぎてる気がしないでもないけど。
取り敢えず、ゆっくり休息を取ってもらって、様子をみることにしましょ。
ともあれ、本日の昼餐は中止ってことで了解。正直言って、助かったぁ。
わたし、いまだに、ベールを被ったままで、食事をするのが大変なんだから。その上、外国の使節団をそつなく品よくおもてなしするなんて、難易度が高すぎるの。
それでも、礼儀として、会食にお誘いしなけりゃならなかったのよね。それが、あちらの都合で、中止になってくれるのだったらは、大・大・大歓迎よ。
公使が来訪した日、わたくしは、ユーレカ姉弟が、三ノ宮国を出国するに至った詳しい経緯を初めて知ることとなりました。
同時に、ユーレカと父王の確執が、かなり根深いことにも気づかされました。二度と帰国しないという、ユーレカの決意が揺るがないであろうことにも。
けれど、試験が延期になった気分で、舞い上がっていたわたくしには、[凶事夢]が更なる面倒事をもたらすと、気づくことはできなかったのでございます。
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