第65話 ヒールの出番再び。
日本人の平均寿命は、年々延びているよね。
めでたいことに。
問題なのは、老化を防げないこと。
長生きしても、身体がガタガタなんてことも。
竜眼族の推定寿命は、竜気量が多いほど長いの。
不平等だけど、それが現実。
おまけに、長命な人ほど、身体も丈夫。
病気にかかりにくい体質なんだって。
ただし、五本指のセルシャ系は、四本指のマーヤ系に比べ、老化が早いらしい。
異種族との間に、子供が生まれやすいともいうし、遺伝形質が違うのかな。
「ショコラ様、公使様は、腰の骨が折れてしまわれたようでございます。それも、絶対安静を要する重傷だそうでございまして……」
わたしは、マルガネッタの報告に、びっくりして、お土産にもらったクッキーの箱を落としそうになった。
おー、危ない。お砂糖を使った貴重なお菓子なのに。床にばらまいちゃったら、泣くに泣けないよ。
「絶対安静って、そんなにひどいの? ユーレカ姫は、腰痛が悪化したと言っていたけど……。骨折だと、治るまで、何か月もかかるわよね?」
ユーレカの竜気が荒れてると思ったけど、[凶事夢]を聞いたからじゃなかったのか。あっちは、もう終わったことだもんね。動揺してたのは、公使の怪我が心配だったからかも。
普通の医者じゃ、骨折なんか治せないだろうなぁ。ヒールは別格なんだし。
「レジナルド医官のお見立てでは、良くても、全治半年。最悪の場合、二度と歩けなくなるかもしれないとのことでございます。元々、お歳で、全身の骨が
うわっ、
お客さんに聞いたことあるよ。コルセットで固定して、安静にしていても、ものすごく痛くて辛いんだってね。
竜眼族は長命種で、病気にはかかりにくいって言うけど、似たような症状もあるんだな。骨折で寝たきりになる老人がいてもおかしくはないのか。
「大変じゃない。ユーレカ姫は、公使様についてるの?」
ユーレカは、授業のないときは、マルガネッタ付きになって仕事を覚えている。
でも、使節団が来ている間は、わたしの顧問として、接待してもらうことになってるから、別行動しているの。
恵ジョアンナを通訳という名目で補佐につけているけど、こんなハプニングが起きたんじゃ、任せっきりにしておくわけにはいかないよね。
「レジナルド医官がお帰りになられたあとも、公使様とお話しされております。ユーレカ様は、ご自分の棟で、静養されるように説得されているのですけれど、公使様は、こちらに、ご迷惑をおかけするわけにはいかないので、客舎に移動したいと申されまして……。使節団の方々も、お困りになっておられるようでございます」
ユーレカが心配して引き留めているのに、恩師の方は、世話にはならないと突っぱねて、言い争ってるいるわけか。周りのいうことを聞かない
いや、逆に、ユーレカの立場を心配しているとか。それとも、公使には、交渉相手に借りを作っちゃいけない的な
「移動したいと言っても、そもそも、動けるような状態ではないのでしょう?」
王寮には、客室はないの。だから、訪問客の用事が日帰りではすまない場合は、竜育園の宿泊施設を利用するんだけど、
今回、使節団のために、
「ご本人は、竜車でゆっくり行けばすむとおっしゃっておられますが、ご存知のように、このあたりの道は起伏が多く、竜車はかなり揺れますので、傷が悪化されてしまうのではないかと思われます」
そうなのだ。竜育園は、山あり森ありの自然公園。一応、メイン道路は石造りだけど、アップダウンとカーブが多くて、竜車の乗り心地は、ガタガタのゆらゆら。オフロードなみの振動なんだもん。絶対安静の重症患者に耐えられるわけがないよ。
「今は、本館の大応接室にいるわけね? わたくしがお伺いして、お話しするのはまずいかしら」
マルガネッタは、「反対です」と左目で二回ウインクをした。
やっぱり駄目か。
ユーレカは自国の姫だから、まだ良いとしても、わたしが顔を出したら、無理しても起き上がろうとするだろうし、負担をかけることになるよね。公使としての体面もあるし、横になったままでいいと言っても、絶対にきかないだろうなぁ。
「公使とのお話が終わり次第、ユーレカ様は、こちらへ来られることになっておりますので、今しばらくお待ちくださいませ。何れにいたしましても、公使とは交渉を進められる状況ではございませんので、明日以降の会談はキャンセルする手配を取りたいと存じますが、よろしいでしょうか」
明日には、
交渉のテーブルにつくのは、お互いに4人ずつ。ついでに、護衛も4人ずつ。
こっちは、筆頭管財人のクラウディングと通訳の恵ジョアンナ。顧問のユーレカに秘書官のマルガネッタ。
三ノ宮国は、サエモンジョー公使と副官、通訳、秘書官の予定だった。
交渉が中止になるなら、クラウディングに来てもらうのは無駄足になるけど、ほんとに中止になるかどうかは、まだわからない。
「ちょっと待って。ユーレカの話を聞いてからにしましょう。それに、わたくし、先にヒールと話してみたいわ。今、どこにいるのかしら?」
別棟は、地下二階に、王族の寝室や居間があって、連絡通路で本館と繋がってる。
地下一階は、側仕えの私室や倉庫。
一階が、応接室と客用控室。
二階に、中仕えの私室と打合せや休憩に使う会議室。
ヒールが建物を出入りするときは、
一旦建物の中に入れば、連絡通路を飛び回って、好きなところに行ける。ソラは、短い距離なら、【瞬動】できるので、もっと自由自在に出没してるけどね。
「ヒール様でしたら、先ほど、本館の第一食堂でお見かけいたしましたが、確認して参りましょうか」
第一食堂は、わたしたち王族が一緒に食事をする二十畳くらいの部屋で、ヒールのお気に入りの場所のひとつ。
第二食堂は、貴族の側仕えや中仕え用で、第三食堂は、豪族以下の使用人用。
第四食堂が、お客様をお迎えして、昼餐会や晩餐会を開ける豪華な広間。
ここには、食堂だけで、四つもあるんだよ。驚きでしょ。
でも、もっと驚くことに、厨房も四つあるのさ。
第一厨房は、わたしの料理人ロペスがいて、朝食と夕食を担当し、ユーレカの料理人トトロッティは、第二厨房で、昼食と夜食を担当している。
わたしたち幼児は、寝るのが早いから、夜食は食べないけど。
第三厨房は、使用人用の専属料理人が何人か交代制で切り回している。
第四厨房は、まだ空席。腕のたつ菓子職人を入れたくて探しているところなの。
「第一食堂なら、わたくしが行くからいいわ。パメリーナ、もし、ユーレカが、すれ違ってこちらへ来たら、そう伝えてちょうだい」
わたしは、マルガネッタと護衛のキャロライナを引き連れて、本館へ移動した。
暗殺者が見つかってから、わたしの背後には、必ず護衛が一人つくことになったんだけど、任務中は声をかけてはいけないと言われてるもんで、誰とも打ち解けた話ができないのよね。
だいいち、新参者は、みーんな、わたしのことを怖がってるみたいだし。顔合わせ会で、番竜組をけしかけたのがいけなかったのかな。
でも、あのときは、まだ、誰も信用できなかったんだから、しょうがないと思わない?
人を使うのは難しい。お金を出して、雇うのは簡単だけど、信頼関係を結ぶのは、容易なこっちゃないの。竜眼族の場合、竜気の相性もあるし、周りでも、感情波がせめぎ合っているのよね。
特に、今は、一気に増員した影響で、使用人同士も初対面で馴染みがないでしょ。お互い、気脈を探りあってる状況なもんだから、始終、雑音を聞かされてるみたいで、ほんと、落ちつかないったらないわ。
「**! *****、********!」
「*****、******、*******」
「****、******!」
「***、******、*******、*******」
地下二階の連絡通路から本館に出て、一階まで階段を上りきったところで、言い争っている声が聞こえてきた。帝竜語じゃないし、たぶん、三ノ宮国語。
その内容まではわからないけど、ユーレカが必死に叫んでいるのはわかる。やたらと緊迫した竜気が立ちこめていることも。
騒いでいる方向へ、小走りになって近づいていくと、玄関前のホールに、人だかりがしていた。何を揉めているんだろう?
「これは、いったい何事ですか」
わたしが声を張り上げたとたん、人波がざっと割れる。声に反応したというより、『詰問』竜気を浴びて、飛びのいたみたいね。ちょっと、強く当てすぎたかな。
でも、おかげで、見通しが良くなった。床の上で、海老のように身体を丸めて、横たわっているサエモンジョー公使と、その脇に膝をついているユーレカの姿が目に入る。二人の周りを囲んでいたのは、使節団とユーレカの側仕えたちだった。
「お騒がせして申し訳ございません、ショコラ様。爺が……サエモンジョー公使が、退出すると言い張りまして。ここまで歩いてきたのですけれど、力つきた様子で倒れてしまったのでございます。わたくしの棟の一階に、寝台を用意いたしましたので、そちらへお運びするために、今、担架の用意をしていただいているところで……」
わたしの声に顔を上げたユーレカは、何とか説明を始めたけれど、最後の方は声をつまらせ、
それも、無理ないって。激痛に
しかも、ホールにいる全員が、公使に同調してるせいで、『絶望』と『
ヤバい。わたしも、引きずられちゃいそう。
うわぁ、痛い、これ、耐えられないって。
サルトーロが死にかけていたときより、意識がある分、痛みがクリアで、ダイレクトに伝わってくる。精神攻撃を受けたみたいで、ダメージが強烈すぎるの。
この痛みを消すには、治療が必要。治療するには、ヒールが必要。
そう、ヒールよ!
「ヒール!」
<ヒール! ここに来て!>
わたしは、思いっきり叫ぶと同時に、思念も放った。
ヒールも、わたしも、【遠話】ができないから、ソラを通さない限り、遠距離での意思疎通はできないの。
でも、同じ本館の一階にいれば、【交感】くらいは届くかもしれない。第一食堂は、ホールから、10メートルくらいしか離れていないし。
<こことは、どこですの?>
<マリカ! どうしたの?!>
ヒールとソラの思念が、クロスして返ってきた。
ソラのことは、呼んだわけじゃないけど、わたしの異変に気づいたんだろうな。さすが、相棒。
<本館ホールで、サエモンジョー公使が倒れちゃったの。骨折して、激痛に襲われていて、それに、わたしも、同調しちゃったみたい。これ、ものすごく痛いんだからぁ。急いで、治療してあげてよぉ。お願い、どうにかしてってばぁ>
わたしは、
ソラと繋がったとたん、気が緩んで、甘えたくなっちゃってさ。子供が、転んで痛いのを我慢してても、親の顔を見ると、ほっとして、泣き出しちゃったりするじゃない。あの心境よ。
<落ちついて、マリカ。そっちの同調は切ったから。ほら、ゆっくり深呼吸して>
<う、うん。ありがとう、ソラ>
こんなこと、前にもあったな、と思い出す。
そうか、ロムナンを通して、サルトーロと同調したときだ。あのときも、息ができないほど痛くて、パニクってるところをソラに助けてもらったんだっけ。
あーあ、わたし、全然、進歩してないねぇ。
<マリカ、わたくしは、今、第一食堂におりますけれど、扉が閉まっていて、廊下に出られませんの>
<わかった。誰かに、開けさせるから。すぐ、こっちに来て>
冷静なヒールが、言葉をはさんできたので、わたしは、ふっと現実に立ち返った。イジイジ落ち込んでる場合じゃなかったよ。公使は、あの激痛ナウでいるんだから、早いとこ治療してあげないと。
わたしは、第一食堂の一番近くにいる女性を指さして叫んだ。名前も役職も思い出せないけど、この際、誰でもいいや。
「そこのあなた、第一食堂の扉を開けて! 他の人はみな、壁際まで下がりなさい。これから、ヒールが飛んでくるから、進路を塞がないでちょうだい」
わたしの命令に、半数くらいの者は、ざざっと動いた。ほとんど、壁にへばりつくような勢いで。
ところが、残りの者たち――三ノ宮国の七人は、指示に従おうとしない。
帝竜国側の動きに驚いている者。目を
護衛たちは、逆に、警戒を強めたのか、公使の四方を囲もうとしてるし。
役目から言えば当然の動きかもしれないけど、まるっきり意味がない。
あんたたち、邪魔なだけよ。
<あら、まぁ、このご老人。また、倒れたんですの?>
廊下を悠々と飛んできたヒールは、ホールにある光竜用の高い台に乗って、公使を見下ろした。
ヒールは、人間不信の上、野生の生活でもかなり苦労したようで、常に、警戒を怠らないのだ。床に降りていると、逃げる時に不利になるから、できるだけ高い位置に止まるんだって。今は、わたしと同じ目線くらいの高さだけど。
<腰骨を骨折してるのに、無理して、歩こうとしたらしいのよ。でも、そもそも骨折したのは、ヒールを見て気絶したせいだって聞いてるけど?>
わたしは、「骨折したところは、見ていて知ってるよね?」って意味で言ったのに、ヒールは、非難されたと受け取ったのか、『心外』竜気をツンツン出した。
<わたくしのせいでは、ございませんことよ。勝手に気絶しただけですのに。加害者扱いはやめて下さらない?>
<あー、違うってば。現場に居合わせたなら、状況を説明する必要はないよねってこと。ずいぶん重症そうだけど、ヒールでも治療できない状態なの?>
聖竜と言えど、限界はある、らしい。神器の首輪をつけてから、竜気不足はかなり解消したとはいえ、技術的に難しい症例だとお手上げになる。
そのへんは、ヒールにしか判断がつかないことで、無理なものは、いくら無理を言っても、無理なのよ。
サルトーロのときには、ごり押しして傷つけてしまったので、わたしとしては、配慮したつもりだったんだけど、なぜか、ヒールを余計に怒らせてしまった。
<できませんわよ。わたくし、独断では、人は治療しないと約束したのですもの。竜に関しては、わたくしの判断で治療する。人に関しては、マリカに頼まれた場合に限る。お忘れですの? 竜は、約束を守りますのよ。ですから、たとえ、目の前で、死にかけている人がいようと、わたくしは、一切関知いたしませんからね>
そうだった。ソラと打合せしてもらって、わたしと同居している間は、面倒を避けるための条件をつけたんだっけ。
竜にとって、約束は神聖なもの。うっかり忘れていたわたしが、全面的に悪い。
うわぁ、ヒールのご機嫌が急降下してるぞ。
<ごめん。わたしが、悪かったわ、ヒール。ほんと、申し訳ないです。謝ります。できれば、治療をお願いしたいんだけど……これ、どうにかなりそう?>
わたしが、必死に、『謝罪』竜気をバンバン打ち上げると(下手に出るときは、相手に竜気を直接向けてはいけないのだ)、ヒールは、溜息に似た、『呆れ』と『諦め』ミックス竜気を漏らしたあと、一転して、ビジネスライクになった。
<わたくし一人では、難しいですわ。神経に触れるときは一気に治さないと、患者が、ショック死してしまう恐れがありますから>
<それじゃ、竜気を増幅させる? ヒールとわたしで?>
竜気を増幅させるのに、最も効率が良いのは、4人(竜)と言われてる。
でも、循環させる分には、何人でも構わないのよね。
実際、最初に、魔物をやっつけたときは、ソラがわたしの竜眼を出力門として使って攻撃したわけで、1人と1竜でも、やれないことはない。と思ったら、そこで、ソラが、参加を申し出てきた。
<ソラも手伝えるわ。本館までは行けないけど、循環するには支障がない距離だから。でも、ケリーの気脈は、遠すぎるわね。ソラたちだけで、やれるかな?>
<神器があるから、大丈夫でしょう。ただ、周りにいる人たちには、ご遠慮いただく必要がありますね。あの程度の竜気量では、増幅する竜気にかすっただけでも、気絶するのがおちですし、下手をすると息まで止まりますわよ>
<わかった。
わたしは、深呼吸してから、周りにいる人たちを見渡しつつ、声を張り上げた。
側仕えは、念のため、中仕えと下働きは、絶対に避難させないとまずいよね。
「みな、よく聞きなさい。これから、ヒールに、公使の治療をしてもらいますが、今回は、強力な竜気が流れるでしょう。竜気量の弱い者が、この場に残るのは危険なため、追って指示するまで、ホールは立ち入り禁止とします。玄関と階段は、護衛が
わたしの側仕えたちは、表玄関の外、裏玄関や階段の方へと散開して駆け出した。ユーレカの側仕えたちは、ちょっと出遅れたものの、迷いなく命令に従った。
この王寮には、わたしに逆らう使用人はいないのだ。別に、わたしが暴君というわけじゃないよ。日頃は、ちゃんと、周りの意見を聞いているしさ。
ただ、緊急時には、わたしの指示に従うというマニュアルができていたんだよね、いつの間にか。
「姫。使節団の方たちが、公使様を護衛なさるのは当然のことですが、少なくとも4歩は離れて立つよう、お伝えください。あなたも、見ていたいなら止めません。ただし、そう……あの柱の陰にいるように。そして、治療が終わったあと、わたくしが意識を失った場合は、他の気絶した方たちを
気絶者と死亡者が出る前提で話をしたのは、ただの脅しではない。
使節団は、全員が5本指のセルシャ系。同じ[中艮門]でも、マーヤ系より、竜気量は少なく、竜気も弱いのよ。
帝竜国の王族と違って、循環にも慣れていないと聞くし、増幅した竜気に
「そ、それほどに、危険なのでございますか」
「どこまで、竜気が増幅するかによりますけれど。一旦、治療を始めると、周囲に気を配ることはできませんし、ここに残った方の中に、犠牲が出たとしても、保障はいたしかねます。自己責任ということをご了承いただけないのであれば、治療を中止するしかございません。それとも、治療しない方がよろしいでしょうか」
ユーレカだけでなく、使節団の面々からも、『驚愕』と『
ふうん、護衛たちも、帝竜国語が聞き取れるのか。竜眼族にとっては、共通語だっていうし、英語みたいに、必修科目の扱いなのかもね。
「いえ、そんな。ヒール様に、治療していただけるのであれば、これ以上、ありがたいことはございません。
「それでは、皆さまに、急ぎ通訳を。少なくとも、4歩。できれば、8歩下がるようにお伝えください」
通訳は必要ないとわかっても、形式上、ユーレカを通さないわけにはいかないのよね。わたしは、使節団に、直接命令を出せる立場じゃないからさ。
本当は、こんな説明に時間をかけていたくないんだけど。公使の苦しみを無駄に長引かせてるだけじゃないのさ。礼儀とはいえ、イライラしてきちゃうよ。
「****、*******? ********!」
ユーレカが、語気も竜気も強く命じると、その剣幕に負けたように、7人とも、数歩下がった。
4歩に届かない警護役もいるけど、まぁ、いいか。自己責任ってことにしたんだから。確認するつもりで、一人一人見渡すにつれ、更に、2、3歩下がった者たちもいる。
よしよし、素直だね。君たちは、気絶せずにすむよ、たぶん。
<マリカ、ご老人の竜眼と胸に、それぞれ
<わかった。前と同じね>
ヒールの指示に従って、わたしは、公使の顔の近くに膝をつき、竜眼を覆うように左手をかざし、心臓のあたりに、右手を置いた。チビのわたしでも、かなり前屈みになる体勢で、ちょっと背中がいたいので、靴を脱いで正座した。
「公使様、これから、聖竜による治療を始めます。その前段階として、竜気を送り込みますけど、できるだけ、逆らわないように。流れに身をまかせるようなつもりで、力を抜いてみてください。その方が、早く終わりますので」
わたしは、『自信』竜気を浴びせながら、「リラックス」と繰り返した。
呻き声を押し殺すのに、歯を食いしばっているサエモンジョー公使は、返事できないようだったけど、『拒否』は向けられなかったので、早速、竜気を流していく。
<ヒール、もう流れ始めたよ。サルトーロのときより、反応が良い感じがする>
<この人は、瀕死というわけではありませんからね。内臓関係は、無事ですし。もう少し、流す量を増やしてみましょう>
わたしは、公使との間で、竜気をゆっくり回す。
それを1分ほど続けたところで、ソラからヒール経由で、わたしに竜気が流れてきたので、そちらの分は
わたしの中で、遅い回路と早い回路が二つ交差した。
<こっちも、増幅できそうよ、ヒール。公使も循環に慣れてきたみたい>
<それでは、治療に入りますわよ。合図したら、一気に流し込んでくださいね、マリカ。最後まで、気を緩めないこと。前と同じで、逆流してくる竜気があるでしょうから>
<うん、大丈夫>
<一気に修復させます。さぁ、放出して!>
ヒールの指示と同時に、ダムの水門を開け放つ。
堰き止めていた竜気が、ドードーと
その一瞬、公使の身体が、びくんと跳ねあがる。
肝心なときに、回路が切れたら、治療が失敗してしまう。
わたしは、
押し流される竜気は、患部と思われるところを浸していく。
骨と、その周りの筋肉、そして、張り巡らされた神経を辿りながら。
そこまではいい。試練は、このあとだ。
全身に行き渡ったあと、溢れた分の竜気が、一本にまとまり逆流してくる。
うぎゃー、来たよ、来た来た、津波が押し寄せて来たぞぉ。
来るとわかっていても、覚悟を決めているつもりでも、
初回よりは、ちょっとマシな気もするけど、慣れて楽になるものじゃないって。
竜気の塊りに、ビシバシ
高波の中で、
脳味噌も、ぐわんぐわんシェイクされて、目まいがひどいし、気持ちも悪い。
まだ? まだなの? いつまで続くの?
早く終わってよ。限界なんだよ。もう勘弁してよ。
そう思いながら、ただただ、耐えるだけの
<治療完了です。成功しましたわ>
<大丈夫、マリカ?>
満足気なヒールと心配気なソラの竜気が、ユニゾンして届いた。
循環の速度がクールダウンして、静まっていくのも感じる。
そうか、終わったのか。良かった。
今度も、なんとか、乗り切ったね。
だけど、返事する力は、もう残ってないみたい。
こうして、虚脱したわたくしは、公使の胸に、ぐてりと頭を乗せたまま、意識を手放すことと
気絶が、定番エンドとは。迷宮探索をしているわけでもない幼女の身でありながら、どうして、こうも過酷な生活が続くのでしょうか。
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