第54話 栄マーヤの再来?


 偉人の再来と言われる人って、時々いるでしょ。

 再来って言われるだけあって、普通の場合だと、デキはいいんだろうけど。

 昔の人と、勝手に比べられたりするのって、嬉しいものじゃないよね。

 それなのに、似ても似つかなかったら、逃げ出したくなるのが関の山。

 特に、わたしは、偉大でもないし、デキもよくないし、迷惑でしかなかったよ。


 

「ショコラ様、こちらが、今回の提出書類になります。サインをいただく必要がございますので、お手数ですが、ご一緒にご確認をお願いいたします」


 マルガネッタが持ってきた厚い紙の束を見て、わたしは、思いっきり顔をしかめた。当然のことながら、『ヤダヤダ』竜気も、全方位放出である。これでも、「うげっ」と声に出さなかっただけ、マシだと思うよ。それなのに、ソフィーヌ寮長から、叱責の声と竜気が飛んできた。あーぁ、もう、勘弁してくれないかなぁ。


「王族の女性が、そのように、表情をゆがめるものではございませんよ、ショコラ様。常に、品位ある態度と感情波を崩してはなりません。何度も、申し上げましたでしょう? それに、これだけの大事件を引き起こしたのですから、その責任者として、帝家へ報告するのは当然の義務でございます。さぁ、姿勢を正して、書類をご覧なさいませ」


 大事件って言ってもさ。別に、わたしが、引き起こしたわけじゃないんだよね。サルトーロが失踪したのは、誰が悪いんでもないし(当人を含めて)、ロムナンが助けに向かったのは、厚意というか、本能というか、まぁ、ちょっとばかり、強硬路線を取ったかもしれないけど、とにかく善行だったわけでしょ。


 わたしは、ロムナンのカバー役に過ぎなくて、帝竜軍の番竜をかっさらったわけでもないし、捜索隊を突っ切って混乱させたわけでもないんだよ。飛竜渓谷の野生竜を総なめで呼び寄せたり、凶悪な野飛竜やひりゅうをやっつけたりしたのも、完全に不可抗力。ロムナンには、悪気なんかなくって、ただ、必死だっただけなのよ。


 それなのに、なんで、わたしが、責任者になるんだろう? まぁ、ロムナンも、聖竜も、人の言葉が話せないし、その点では、ペットぶりっ子してるソラも同じだから、わたししか説明できる者がいないのは確かなんだけどさ。いろんな人から、同じような質問を何度も何度もされる身になってみてよ。いい加減、答えるのだって、面倒になってくるわ。そのあげく、帝家へ報告書を提出しろだって。外帝陛下には、ソラが報告してるっていうのに(内密にだけど)、意味ないじゃないの。


「まず最初は、光竜十五頭の返却確認書でございます」

 わたしは、しぶしぶと椅子に座り直して、円形のテーブルの上に置かれた書類に、サインをする。そうだった。事の始まりは、光竜の供出を要請されたときだったね。ソフィーヌ寮長の伝言を預かってきたマルガネッタから、サルトーロが失踪したと聞かされたんだっけ。


「ご挨拶が遅れて、大変失礼いたしました。この度は、快く、十五頭もの光竜を貸していただきましたこと、竜育園を代表して、御礼申し上げます、ショコラ様」

 目の前に座ったソフィーヌ寮長が、威儀を正して一礼すると、その隣で身を固くしていたユーレカも慌てて追随した。さすが王女様。竜気は焦っていても、礼の優雅さは負けていないぞ。わたしには、とても真似できないレベルだ。


 今日は、サルトーロ失踪事件から四日目の朝。本来は、『作法』のお勉強の時間で、ユーレカも一緒に聴講することになったのは予定通りなんだけど、今回だけ、マルガネッタもまじえて、『文書』の特別講義が行われることになったのは計算外。それもこれも、報告書を早急に提出しなきゃならないからだ。


 まぁ、内容は、相変わらず、ほとんど読めないし、どんな書類があるかを実際に見て、形式を覚える程度のことで難しくはないの。ただ、書類は全部本物で、サインしたものは、そのまま帝家に提出されることになるし、これで、かなりの金額が動くことになるので、気は抜けない。嫌でも、真面目にやるつもりではいるよ。


 でも、ユーレカは、わたしよりはるかに緊張しているね。サルトーロが救出されたことで、感謝感激感動の竜気マックスになったユーレカは、少しでもお返しがしたいので、何でも言いつけてくれと土下座をしてきたので、取り敢えず、提出書類を準備するのに忙しいマルガネッタの手伝いをしてもらったんだけど、疲れてるのかな。たった二日で、浮かれ躁状態から、すっかり落ち込んじゃったみたい。


「ご丁寧ていねいに恐れ入ります、ソフィーヌ寮長様。恵セルシャのお慈しみには及ばず、微力ではございましたが、お力添えできたこと、大変嬉しく存じます。ユーレカ様も、どうか、これ以上、お気になさらないでくださいませ。お疲れのところ、お手伝いいただきまして、お礼を申し上げなければならないのは、わたくしの方ですもの。本当に助かりましたわ。ありがとうございました」


 これは、ただの社交辞令ではないんだよ。ユーレカの計算能力は、かなりのもので、マルガネッタが、即戦力になったと褒めていたんだから。どうやら、三ノ宮国では、将来、財務関係の重要ポストにつけるべく、ユーレカに英才教育を施していたらしいの。こんな逸材いつざいに、侍女なんかさせたら、宝の持ち腐れになっちゃうところだったよ。


 ソフィーヌ寮長が、わたしに、「よくできました」的な『肯定』の右目一回ウインクをしたあと、ユーレカに向き直る。

「ただ今、ショコラ様は、恵セルシャの御名を出されましたが、それが、この場合、どういった意味を持っているのか、おわかりになりますか、ユーレカ様?」

「え……いえ、あの、よく、わかりません」

 いきなり質問の矛先ほこさきを向けられたユーレカは、あたふたしている。いや、かしこまった態度は崩してないよ。そこは立派。でも、『動揺』の竜気を隠せてないだけ。


「これは、ただの慣用表現ではないのです。『恵セルシャ』の御名には、慈善という意味が込められております。ですから、一般に、寄付や援助をする際に用いるのですよ。もし、ここで、『誓タウリ』の御名を出せば、対価を要求しているということになり、金額の交渉が必要となって参ります。状況によって、使い分けられるように、しっかり覚えておかなければなりません。よろしいですわね?」

「は、はい」


 なるほど、そんな裏の意味があるのか。使っていて言うのもなんだけど、わたしも、ただの慣用表現だと思っていたよ。それにしても、ソフィーヌ寮長は、ユーレカにも、結構厳しく指導しているんだな。教本を丸暗記させる式じゃなくて、実際の場面で、少しづつ経験と知識を積ませていく手法は、さすがに幼児相手の教官だと思う。わたしは、進度の遅さにイラついちゃったんだけど、まだまだ『教養』が不足してるのは確かだね。この際、ユーレカと一緒に、習わせてもらっちゃおう。


「ショコラ様。こちらは、帝竜軍からの請求書でございます。その下が明細書で、二枚目は、負傷兵の治療費、破損した装備の補填費などの一覧。三枚目が、番竜十頭の分の損失額でして、これには、代替えの番竜の購入費用とその訓練費用も含まれております。そして、四枚目が、負傷した七頭の譲渡証明書となります」


 いつの間にか、パメリーナが、サインしたものを回収して、次の書類をテーブルに置いていた。明細書なるものは、細かい項目別に、数字が羅列されていて、いちいち目を通す気になれないから、合計金額の欄だけを見る。うわー、なんて高いのよ、これ。番竜組を買ったときより、更に高い。竜貨28枚だってさ。


 やっぱり、やってくれたな、番竜組は。まぁ、今回の元凶は、ロムナンなんだけど。あの子、サルトーロのところへ向かうのに、最短コースを通って行ったらしいの。それで、散開してサルトーロを探している帝竜軍の間をがむしゃらに突っ切ったんだって。番竜組は、ロムナンの進路を遮る障害物を排除する勢いで、立ちはだかる人を倒しながら進んだから、怪我人が続出しちゃったのよ。


 それだけなら、まだ良かったんだけどね。いや、もちろん、悪いには悪いよ。でも、幸いにして、みんな軽傷だったし、まだしも謝りようがあるって意味。問題なのは、その捜索隊の中にいた24頭の番竜。それが全部、ロムナンにくっついて行っちゃたってこと。番竜隊隊員の命令をガン無視して。中には、手綱を離さなかったせいで、引きずり倒されたあげく、置き去りにされた担当者もいたらしい。お気の毒に。ご愁傷さまでした。


 でもさ。そんなことをしろって、ロムナンが、命令したわけじゃないんだよ。ただ、あの子は、王族で、竜気が強いでしょ。番竜隊の隊員より、はるかに強いもんだから、「あかげのこ、たすける」って意気込みが、帝竜軍所属の番竜にも乗り移っちゃって、うちの番竜組に合流する顛末てんまつになっただけなんだって。そのうち3頭は、飛竜渓谷で死んで、7頭は重軽傷。この10頭分の損害も、わたしが持つことになるの。更に、怪我した7頭は、軍では、もう使い物にならないということで、押しつけられたし。うちの番竜組、意外にも、逃げずに、ロムナンと戻ってきたから、結局、12頭に増えちゃったよ。


「明細金額に、問題はなかったのでしょう?」

 わたしが、盛大に溜息を吐きつつ確認すると、マルガネッタが、『肯定』の左目一回ウインクをした。

「相場より、多少は高めですけれど、帝竜軍に対して、値引き交渉はしない方がよろしいかと存じます」

「そうでしょうね。サインは、どこにすればいいの?」

「こちらとこちら、二か所にお願いいたします」


「ありがとうございます。次は、竜育園からの請求書となります。番竜組による被害によるもので、薬草園や柵の破損、興奮して怪我を負った竜たちの……」

「わかった、わかった、いつものやつね」

「幸い、今回は、建物の被害がございませんでしたので、いつもよりは、請求金額は低くなっております」

「そう、それは、良かったわ。サインは、ここだっけ?」


 わたしが、サインをしているうちに、マルガネッタは、別の書類を、ユーレカの前に置いていた。

「こちらは、ユーレカ様への請求書となります。一枚目は、帝竜軍のもので、二枚目は、自警団のものでございます。ユーレカ様、この上の段に、サインをお願いいたします」


 王貨20枚か。他と比べれば、金額的にはたいしたことがないけど、事故にあって、捜索費用を取られるなんて、ひどいよね。神通力者の事故は、雪山遭難みたいな自己責任の扱いで、動員した人数とかかった時間に応じた経費を支払うものなんだって。さすがに、魔物の襲撃とか、自然災害とかなら、無料みたいだけどさ。


 今回、救助を要請したのは、ユーレカで、サルトーロに支払い能力がない以上、保護者であるユーレカに支払い義務があるわけ。でも、借金生活を送ってる姉弟には、どっちにしても払いようがないから、わたしが全額貸す形で、支払っておくことにしたのよ。その方が、利息がかからないし、面倒もないからね。


「ありがとうございました。それでは、ショコラ様、下の段に、サインをお願いいたします」

 わたしは、サインをする前に、もう一度だけ確認を取ることにした。

「本当に、よろしいのですか、ユーレカ様。三ノ宮国にお戻りにならなくても?」


 サルトーロの保護者は、今後、わたしが務めたっていいと思ってる。借金を肩代わりすることしたんだし、返済は、サルトーロがしていけばいいんだからさ。そうすれば、お役御免となったユーレカは、帰国することだってできるのよ。でも、この書類を提出したら、ユーレカは、サルトーロの保護者のまま。連帯保証人として、借金を返済し終わるまで、帝竜国に足止めされることになっちゃうの。


「はい。わたくしに、戻れる家などございませんし、戻りたいと思ってもおりません。ショコラ様にご迷惑をおかけするのは、申し訳ないと存じますが、他にお頼りするすべのない身でございます。何事であれ、仰せのままに、つき従うとお約束いたしますので、どうか、わたくしども姉弟に、お力をお貸しくださいませ」


 ユーレカの視線にも竜気にも、一切の揺るぎがなかった。うん。確かに、侍女に志願してきたときから、覚悟は決めていたよね。わたしは、『わかった』と一回瞬きをしてから、二枚ともサインをして、マルガネッタに渡した。一応、姉弟に、これから、何を勉強させ、何の仕事を与えるかの叩き台は作っておいたんだ。


「それじゃ、マルガネッタ、あとで、ユーレカ様に、お二方の雇用契約書を渡して、内容を説明してさしあげてね」

「かしこまりました。それでは、最後に、収入関係に移らせていただきます。こちらが、捕獲した野生竜と素材の見積書と、回収にかかった必要経費の明細書となります。サインいただくのは、最後の売却承諾書だけでございます」


 収入があるのは、ありがたいよね。野生竜を殺したり捕まえたりした人は、その所有権を持つことになるんだって。竜の皮や骨は、加工すれば、武器や防具になるし、中には、竜具に加工できる貴重な素材もある。今回、飛竜渓谷で、気絶しているところを捕獲できた竜は、17頭(残念ながら、ほとんどは、捕まえる前に、逃げたみたい)で、素材回収できたのは、ドラゴンもどきを含め62頭分。所有権があるのは、ロムナンとわたしの二人だけなので、利益を二等分することにしたの。


「売却リストに、聖竜は含まれていないでしょうね? ヒールは、ロムナンがペットにしてしまったし、あれだけは、誰が何と言おうと売る気はないわよ」


 そう、聖竜も、一応、野生竜として扱われているの。実際は、ソラが連れてきたんだけど、元から飛竜渓谷にいたことにしちゃったのよ。ロムナンに呼ばれて、自主的に、サルトーロの治療をしてくれたって話をでっちあげて、それで押し通すことにしたわけ。竜語症のロムナンには、竜をきつける交感力があるのは確かだから、疑われずにすんだみたい。サルトーロが、どれだけ重症だったか知る人もいないし、治療するのが大変だってことは、誰にも話していないの。余計な詮索をされないように。まぁ、外帝陛下には、ソラが報告してるだろうけど。


 それでも、聖竜が発見されたこと自体が、大ニュースとして取り上げられたらしくてね。売ってくれだの、貸してくれだの、治療してくれだの、自分のものだから返せだのと言ってくる連中が、山のようにいるんだわ。当然、全て、お断りしてるよ。わたしは、同志との約束は守るし、ロムナンも、すっかり気に入ちゃったんだよね。ペットとして可愛がるというより、下僕として、お菓子を貢いでいるノリなんだけど。安直あんちょくだけど、「ヒール」なんて名前までつけちゃってさ。


「もちろん、ヒールは、リストには入れておりません。聖竜に、値がつけられるわけがございませんし、万一お売りすることになった場合は、オークションにかけることになりますので」

 

 驚いたことに、聖竜は、づけされるほど、格が高いらしい。そして、それ以上に驚いたのは、その見た目。雄の孔雀みたいな羽は、形状だけじゃなかったの。極彩色ごくさいしょくで、きらびやかで、いやはや、絶句するほどド派手。エメラルドグリーンに光るソラが、地味に見えてくるほどなんだもん。どうやら、ロムナンは、派手好みだったみたいね。光りモノが好きだったら、見惚みほれる美しさだろうと思うけどさ。


「それなら、いいわ。結構、高く売れそうなのね」

 売却予定額は、竜貨16枚。わたしの取り分は、8枚だけで、請求金額の方が、はるかに高額だけど、期待していなかった臨時収入だけに嬉しい。宝くじに当たったような気分で、最後の書類にサインをしていると、ソフィーヌ寮長から、呆れたような竜気が飛んできた。

「ロムナン様に、四分の二もお譲りするのですか? 請求書の方は、ショコラ様が、全額ご負担なさったのではありませんの」


「竜を集めたのも、倒したのも、ロムナンで、わたくしは、手助けをしただけなのですもの。その働きは、きちんと評価したいと思いますわ。それに、何と言っても、これが、あの子にとって、初収入になるのですよ、ソフィーヌ寮長様。自立への記念すべき第一歩となりますし、管財人も喜んでくれることでしょう」

「それは、確かに、お喜びになることでしょうね。ユーレカ様も、これで、よくおわかりになったでしょう?」


 ユーレカが、一回瞬きをしたが、何がわかったのか、わたしには、わからない。ソフィーヌ寮長とユーレカだけでなく、マルガネッタまで、通じ合っているみたいじゃないの。わたしだけ、仲間外れにしないでよ。『抗議』の竜気を軽くぶつけてみたけど、あっさり跳ね返されて、話題も変えられてしまった。


「それはそうと、ショコラ様のお身体の具合は、如何いかがなのですか。医官のお話では、サルトーロ様より、体調がお悪いということでしたけれど」


 そうなのだ。ダム化していたわたしは、限界突破後、昏睡こんすい状態になっていたらしくて、丸一日、目が覚めなかったんだよね。治療が成功したサルトーロの方は、傷がふさがって、竜気も充填された全快状態で、帝竜軍の救助隊が到着したときには、受け答えもできたのに、わたしの方は、帝竜軍の医療施設に担ぎ込まれることになったのよ。その分の治療費は、別途支払い済みだけど。


「疲れと竜気の使いすぎだったようですの。筋肉痛の方は、まだ治りませんけど、他には、これと言った後遺症はございませんわ。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「それなら、よろしいのですけれど。本当に、規格外の方ですわね。ショコラ様が、斥候竜にお乗りになって、飛竜渓谷へ向かったと伺ったときは、竜気が全て竜界に抜けるかと思うほどの衝撃を受けましたのよ。思わず、ホウスバリー隊長様をお責めしてしまいましたわ」


 確かに、なんで、幼児の暴走を止めなかったんだって、追及されるのは当然かもね。この人に、詰め寄られ、なじられたら、強面のベテラン軍人でも、たじたじとなったに違いないな。申し訳ないので、一応、フォローは入れておこう。

「ホウスバリー隊長様は、お止め下さったのですけれど、わたくしは、行かなければなりませんでしたから」


「何故、行かなければならなかったのですか? ショコラ様は、サルトーロ様とは一度お会いしただけでしたでしょう? それも、斥候竜を盗もうとされているところを倒したお相手でございました。もちろん、ユーレカ様の弟君ということは、ご存知だったわけですけれども、それだけで、お救いしようと思われたのですか?」


 あれ? この手の質問は、初めてかもしれない。さんざん、いつ、どこで、何をどうしたのかって聞かれまくっていたけど、理由なぜか。答えは、簡単だよ。

「サルトーロ様は、ロムナンと気綱で結ばれていたのです。そのロムナンとわたくしも、気綱で結ばれております。助けを求めるサルトーロ様の痛みや苦しみを共に感じた以上、できる限りの手を尽くすのは、当然のことでございましょう」


「正直に申し上げるならば、わたくしには、仰ることを当然だと思うことはできかねます。交感力のないわたくしどもにとって、それは、奇跡にも等しく、想像を超えたことなのでございます。ショコラ様は、ご存知ではないと思われますが、今、あなた様は、栄マーヤ第一姓とともに、マーヤ系王族の英知と力を継がれた末裔まつえいにして、栄マーヤの再来であると噂されておりますのよ」


 うっわー、何、それ。やめてよ、やめて。やめてったら、やめて。それって、帝女候補への期待ってやつでしょ。ヤダヤダ、その話、蒸し返さないで。わたしは、甘味官になるんだから。帝家に入る気なんて、さらさらないよ。魔物と闘うのも、そっちの英才教育を受けるのも、絶対に嫌だからね。ヒール同志にも、[砂糖派]として、活動するって約束しちゃったし、こっちの道に邁進まいしんしたいんだってば。


 そもそも、わたしは、栄マーヤに縁もゆかりもない他人なの。力の方はともかく、英知なんか継いでるわけないでしょ。それも、ぶっちゃけて言えば、王族ですらない一般庶民で、異世界から来た平々凡々の女子高生なんだもん。期待なんかされたって、重くて迷惑なだけなんだよ。ホントに、もう、勘弁して。


 わたしの心の叫び、イコール絶叫する竜気を黙殺して、ソフィーヌ寮長は、わたしの後ろに立つパメリーナに、視線を向けた。何かの合図を受けたパメリーナが、差し出してきたお皿の上には、まっ黄色のナプキンが、菱形に畳まれている。

 まっきっき――言わずとしれた、わたしの肌の色だ。


「わたくしは、ショコラ様に、心より謝罪しなければなりません。あなた様がお持ちの知恵も竜気も神通力も理解せずに、幼いお子様であられると誤った判断をしてしまい、ごく普通の教育を押しつけようとしたのは、完全な誤りでございました。栄マーヤの御導きを賜った今、恵セルシャの御心に添っていただけますよう、この通り、お願い申し上げる次第でございます」


 ソフィーヌ寮長に謝罪されたわたしは、呆気にとられて、しばし固まってしまったけど、お皿を目の前に置いたパメリーナに、『お目覚め』用の竜気を当てられて、我に返った。そして、作法通り、ナプキンを取り上げ、端と端を軽く結び、円形になるように整えて、テーブルの上に置き直す。


「このナプキンの円形の意味がおわかりになりますか、ユーレカ様」

 ソフィーヌ寮長が、元通りの教官モードで質問すると、ユーレカが、いきなり嬉し気になって、ハキハキと答えた。

「はい。ショコラ様が、ソフィーヌ寮長様の謝罪を受け取ったということでございます。円形は、栄マーヤの象徴。ショコラ様にお似合いの御印だと存じます」


 どこが、お似合いなんだよ。わたしが、丸缶で円形に近かったのは、茉莉花時代だって。今は、どこもかしこも細くて、全然丸くないじゃないの。その上、ユーレカったら、わたしにまで、『崇拝』とか『敬愛』とか、信仰的な竜気を送ってきてるよ。あんた、わたしを誤解してるって。いくら、弟を助けてもらったのが嬉しかったからって、そういうお門違かどちがいの偶像化ぐうぞうかはしないでよ。せめて、『感謝』止まりにしておいて。それだって、かなりこそばゆいんだけどさ。



 サルトーロ失踪事件が最終的に決着した、11月9日のこの日、わたくしは、ソフィーヌ寮長とも、完全に和解を果たすことができたのでございました。


 そして、翌10日には、正式に、ユーレカとサルトーロの姉弟の雇用主となって、わたくしの宿舎に引き取り、同居生活を送ることになったのでございます。

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