第47話 成績表を見てみよう。
成績表と言えば、一番に思い浮かべるのは、通信簿だよね。
わたしは、平均以下をうろうろしてたから、嬉しい代物じゃなかったけど。
でも、人の成績表を見るのも、楽しいものとは言えなかったんだな。
「ソフィーヌ寮長様より、お手紙を預かっております、ショコラ様。ユーレカ様とサルトーロ様、御二方の成績表と
お昼寝から目覚めた午後、パメリーナに渡された封筒は大きくて、お手紙というより、資料という感じだった。
お茶会が、『教養』の補講に変わった後は、お昼までかかっちゃって、誓タウリに誓いは立てたものの、結局、個人情報を聞く時間はなかったの。
それで、「この件は、また後日に話し合いましましょう」と言われたんだけど、情報は先にくれたということね。ソフィーヌ寮長にしては、対応が早いな。それだけ、あの姉弟のことを心配しているんだと思うけど。
「マルガネッタを呼んでくれる? それと、オランダスが来たら、ちょっと待っていてもらって。今日は、外出するのが遅れるかもしれないから。待っている間に、お茶でも出してあげてね」
封を切って、中身を取り出しただけで、手に負えないのがわかったわたしは、すぐさま、秘書官の助けを求めることにした。
成績表らしき厚紙が二枚と、八角形に数字と記号が書き込まれたレーダーチャートみたいな図表が二枚入ってるけど、見方が全然わからないよ。
どうせ、ソフィーヌ寮長も、マルガネッタが見て、わたしに説明すればいいと思っているんだろうけどさ。
「かしこまりました。ショコラ様も、お茶をいかがですか。それとも、ジュースになさいますか」
「お茶でいいわ。あまり甘くしないでね。マルガネッタの分もお願い」
「それでは、お菓子もご用意いたしましょう。ショコラ様は、もう少し、糖分もお摂りになりませんと、ご成長が遅れてしまいますよ」
わたしに、水分とカロリーを詰め込もうとするパメリーナとの攻防は、連日連夜続いている。竜気の強いわたしは、王族としても、成長が遅い方らしいのね。
それを心配してくれてるのはわかるし、気持ちはありがたいんだけど、不味い物は不味いんだって。
これでも、できるだけ、甘みを抑えて、薄味にしてもらって、量を増やす方向で、がんばっているのよ。わたしだって、身長は伸びて欲しいしさ。
「これは、『要返却』で、この単語は、『転記不可』かな。うーん。この八角形は、たぶん、八門を表してるよね。ってことは、こっちが、神通力の検査結果なのかな。あれ? なんで、二枚あるんだろ。サルトーロ王子って、まだ6歳だよね。最初に基礎検査を受けるのは、8歳って言ってなかったっけ……?」
ぶつぶつ言いながら、四枚の資料を見比べていると、マルガネッタがやって来たので、挨拶を受けるのもそこそこに、丸投げすることにした。解読するより、解説してもらった方が、早いし確実だもんね。
「詳しくご説明するのと、簡単にまとめてお話しするのと、どちらの方がよろしいでしょうか、ショコラ様」
ざっと目を通しただけで、理解したらしいマルガネッタに聞かれて、わたしは、ちょっと考えた。
はっきり言って、成績の話はどうでもいいよね。それは、マルガネッタが把握しておくべき情報というだけ。
わたしとしては、ユーレカに、どんな援助ができるのかを知りたいだけなんだから、あんまり意味がない気がする。詳しく聞くと、時間がかかりそうだしさ。聞きたいことができたら、そのときに、また聞けばいいだけじゃない?
「簡単な方でお願い」
マルガネッタは、『わかりました』と一回瞬きすると、説明を始めた。これで、簡単な方なら、詳しいのはどれだけ長いんだよって勢いの話しっぷりで。
「ユーレカ様は、【心話】の基礎力をお持ちで、共感波が強く、多少の【交感】も使えるようです。ただし、竜気量は、王族の平均水準で、竜気はさほど強くありません。学習の方の成績は、『計算』と『音楽』だけが、最高水準ですが、他は、思わしくございません。教官がつかない期間の方が長くて、独学するにも限界があるのでしょう。8歳までに修得されるべき、『作法』や『教養』も、三ノ宮国とは、内容が違うために、充分身についているとは言えない状況のようです」
座学の成績が良くないのは、ユーレカからも聞いていたけど、肝心な『作法』や『教養』も駄目となると、四級侍女だって務まらないよね。まぁ、早くても16歳にならなきゃ、見習いにもなれないわけだから、焦る必要はないけど。
でもさ。どうせ、これから教官をつけて、みっちり勉強させるんだったら、専門職の方がいいと思わない? きっと、お給料だって、その方が高いよね?
「【心話】が使えるなら、何か専門職を目指せるのじゃない?」
わたしの期待は、一瞬で消えてしまった。
マルガネッタから、『否定』の左目二回ウインクが返ってきちゃったの。
えー、どうして、駄目なのよ。
「心話力者の専門職は、ほとんどが、外帝府や内帝府の所属となります。そのため、残念ながら、三ノ宮国に籍のあるユーレカ様には、門戸が閉ざされております。ですが、サルトーロ様の方は、既に、除籍されているとのことですから、念動力者として、仕官する見込みがあるかもしれません。幼いとはいえ、これだけ傷害事件を起こしているので、推薦を取れる可能性は低いでしょうが、竜気量が多く、竜気も強いので、今後の訓練次第では、良い成績を上げることもできると思われます。ただし、学習の成績は、現在、最低水準で、ほとんど授業を受けていないようです。神通力の方は、教官自体が任命されておりません。保護者であるユーレカ様に、神通力者を
「わたしが、サルトーロ様の方も、何とかしなくちゃならないってこと?」
「それは、ショコラ様の
まぁ、そうだけど。確かに、そうなんだけどさ。
何だか、こう、モヤモヤしちゃうんだよねぇ。
転生してから、やたらと面倒事が降りかかってきすぎじゃない? 次から次へと。
わたし、
「そうね。だけど、どんな選択肢があるのかわからないことには、心も決められないわ。さっき、いくつか方策があるって言ってたでしょ。あなたの考えを聞かせてちょうだい、マルガネッタ」
さぁさぁ、出し惜しみはしないで、どんどん話して。取り敢えず、お金の問題は棚に上げておいてさ。限度額を先に決めちゃったら、話が進まないじゃないの。
「ユーレカ様をご援助する選択肢は、大別しますと、四つございます。一つ目は、ユーレカ様を雇用し、弟君の面倒はみない方法。二つ目は、サルトーロ様の方を雇用し、姉君には、自立して生活していただく方法。三つ目は、ユーレカ様と、サルトーロ様を御二方とも雇用する方法。そして、四つ目は、ユーレカ様をロムナン様に雇用してもらい、サルトーロ様をショコラ様が雇用する方法でございます」
「ロムナンに、ユーレカ様を雇用してもらうっていうの? それは、いくらなんでも、無理でしょう。あの子に、そんな余裕はないじゃないの」
最初の三つはわかる。でも、四つ目は、皆目わからないって。一体、どこから、その発想が出てくるのよ。
ロムナンだって、貧乏なんだぞ。わたしが援助しなきゃならないくらいに。
管財人が、ユーレカを雇う費用を出してくれるわけないよ。
「もちろん、表向きの雇用主というだけのことで、実際は、ショコラ様から、資金援助をされることになります」
わたしの『無理無理』竜気に、マルガネッタは、珍しく動じることなかった。
何が、『もちろん』なのよ。それじゃ、結局、わたしが雇うってことじゃないの。三つ目と四つ目の、どこが違うっていうわけ?
もしかして、聖数の4つにするために、わざわざ分けただけだったりしてさ。やりかねないよね、竜眼族なら。
わたしは、溜息をつきながらも、マルガネッタにお願いするしかなかったの。
「もう少し、詳しく説明してちょうだい。わたし、よく理解できていないわ」
マルガネッタの説明は、長くて、難しくて、質問するごとに、更に長くなって、結局、午後の外出はとりやめることになった。
テリーの竜舎に行きたかったんだけどな。昨夜も、ロムナンが帰って来なかったから、どんな様子か確認もしたかったのに。
まぁ、何か問題があれば、ソラが知らせてくれることになってるから、それほど心配はしてないけどさ。オランダスにも、見てきてくるように頼んだし。
今は、ユーレカをどうするか決めなくちゃ。借金の利息が雪だるま式に増えて行っているっていうんだもん。一日でも早く、解決した方がいいよね。
で、その解決策だけど、午後いっぱいかけて、やっと、四つに絞られたの。
参ったね。やっぱり、聖数からは、逃れられないの。わたしまで、強迫神経症になりそうだけど。
とにかく、まとめると、こうなったのよ。
その1。ユーレカをわたしの教官として雇う。三ノ宮国語を教えてもらうという名目で。
ただ、これだと、お給料をそれほど出せないのが、マイナス点。
でも、プラス点もある。わたしが授業を受けるときに、同席させれば、独学しないですむってこと。
わたしは、学習進度が早いので、3歳年上のユーレカが一緒でも、それほど問題はないはずだけど、これは、ソフィーヌ寮長の意見を聞く必要があるわね。
その2。サルトーロを将来わたしの護衛として雇うのを前提に、訓練費用や生活費を貸す。
神通力者の教官を個人的に呼ぶのは、ものすごく高くつく上に、基礎訓練だけでも、最低四年はかかるらしいの。
もし、武術とか他の特殊技能を学ばせるつもりなら、その専門の教官も頼む必要があるから、テリーを買うくらい大金を出す覚悟がいるんだって。
だから、わたしの『御心次第』ってことになるわけ。
その3。その1とその2を両方併用すること。
ユーレカを雇うだけでは、サルトーロ分の借金が増えていくことになるけど、弟のことまで雇うと約束していないし、自分でどうにかしろと言うことはできる。
わたしには、言えないけど、選択肢としては残るの。
逆に、サルトーロだけ援助すればすむかもしれない。ユーレカ一人なら、何とかやっていけるかも。三ノ宮国に帰る気になるかもしれないしね。
その4。ユーレカをロムナンの教官として雇う。竜語症の子供と【心話】の話し相手を務めるという名目で。
もちろん、これは、相性の問題もあるし、まずは、【交感】で、意思疎通できるかどうかが鍵となってくるの。
ユーレカは、王族のわりには竜気がさほど強くないから、ロムナンの側にいられるかどうかもわからない。でも、攻撃系の弟を扱いなれてるから、意外と上手くいくかもしれないよね。
ただし、それでも、問題はある。
ユーレカがロムナンの側付きとなって、焼き餅を焼いた弟が、余計に手がつけられなくなるのはまずい。野放しにはできないから、わたしの管理下に置いて、その2を併用する必要があるっていうのよ。
ユーレカに出す教官のお給料は、わたしが雇う場合より、ずっと高くなるし(障害児の世話のが大変だから)、概算すると、これが、一番費用がかかる方法になるみたい。
正直なところ、その4は、あんまり乗り気になれないな。まぁ、お金を出すのはいいとしても、サルトーロを管理するっていうのが、メチャ面倒くさいよ。
今だって、結構、忙しいのにさ。テリーを盗もうとした子供のために、自分の時間や労力をかける気になれないの。
普通の子なら、まだしも、あのポルターガイストだよ。何をやらかすかわからない心配と、やらかしたときの後始末をしなくちゃならなくなるわけなんだよ。
そう考えただけで、うんざりげっそりしてくるって。
でも、まずは、サルトーロに会ってみないことには、話にならないかな。
プライドの高そうな王子様は、護衛になるなんて嫌だって言いそうだし、気絶させたわたしを憎んでいるかもしれないもんね。
その場合は、その2とその3とその4は、選択肢から外れる。わたしだって、敵対的な子供の面倒なんか見てやる気にはなれないし。経済的にも、心理的にもね。
つまり、その1しか残らないわけ。
もし、サルトーロが、誓神殿に行くよりは、わたしに仕えた方がマシだと思ったとしても、お互いの相性が悪かったら、護衛になるという前提が成り立たなくなるんだよね。
ユーレカとロムナンの相性も確認しなくちゃならない。
なにしろ、竜眼族は、竜気が命。感情波が反発しあったら、それまでなんだよ。
あぁ、そうすると、サルトーロとロムナンも、一応、仲直りさせとく必要があるかも。
出会いがアレだから、相性がいいとは思えないけど、ユーレカを通して接触が増える可能性がある以上、不安材料はつぶしておかないとまずい。
『混ぜるな危険』な二人の竜気反応をみるのは、怖いけどねぇ。
うーん、大丈夫かなぁ。
けど、実際に、ご対面させる前に、ロムナンが、サルトーロのこと、どう思っているのか聞くのが先だよね。
もし、ロムナンが大嫌いだと言うなら、サルトーロの方は、すっぱり切り捨てる。
わたしが大事なのは、ロムナンで、次がユーレカ。サルトーロは、どうでもいいというわけじゃないけど、自分の弟に我慢させてまで、他人の弟の面倒を見る筋合いはないよね。
よし、方針決定。これで行こう。
「マルガネッタ。資料は、ソフィーヌ先生にお返しして来てちょうだい。お礼を申し上げて、次にご相談できるのが、いつになるかも聞いてくれる?」
夕方までかかった解説に、ぐったりしながらも、わたしは指示を出した。借りた資料は、少しでも早く返した方がいいし。
それに。ソフィーヌ寮長は、今、ユーレカ姉弟の宿舎で、寝泊まりしてるの。パメリーナが来るまでは、わたしの宿舎にいたんだけどね。
面会予約をとらないと、四日後の『作法』の時間まで会えないのよ。
「ショコラ様のご希望も、お伝えした方がよろしいかと存じますが。もし、お急ぎでしたら、本日の夕食後にでも、お願いしましょうか」
「いえ。さすがに、今日はもう疲れたから、明日以降ね。午後なら、いつでも空けますとお伝えして」
「かしこまりました。それでは、お届けに行って参ります」
「もうすぐ夕食なのに、悪いけど、よろしくね」
マルガネッタをこうして送り出したとき、わたくしは、脳味噌も、身体も疲れ切っていて、大仕事を終えた気分でございました。
しかしながら、この日のメインイベントは、この先に、待ち構えていたのでございます。
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