第33話 お小遣い帳、つけ始めました。


 わたしのお小遣いは、高校入学のときに、3千円から、5千円に上がった。

 小学生のときは、特に貰ってはいなかったの。

 お年玉を別とすればね。

 当然、保育園時代に、貰っていたわけがない。

 これは、普通のことだと思う。

 店が忙しい時期は、売り子として手伝っていたけど、バイト料は特になし。


 帝竜国でも、そのへんの常識は、あまり変わりがないみたい。

 勿論、お金持ちの子供は、欲しい物を何でも買って貰っていると思うよ。

 でも、子供に、お金の管理をさせはしない。

 親が支払って、買い与えるだけ。

 管理できるはずがないものね。

 特に、足し算引き算もできないような幼児には。



「お初にお目もじいたします。わたくしは、[中艮門ちゅうごんもん]マルガネッタ六世と申します。四系よんけいは、ハリエット=ドナルド=アシュレイ=バンドルフでございます。この度、ショコラ様の秘書官を拝命いたしました。どうぞ、よしなにお願い申し上げます」

 

 六世だなんて、ヨーロッパの王様みたいだけど、ここはご先祖様の名前を使い回わしにする慣習があるそうで、別に珍しくないの。

 パメリーナは十九世だし、ソフィーヌ寮長は二十四世だから、六世くらいじゃ、貴族としても下級にあたる。

 なぜ、わかるのかって? 

 名前が使われる回数が多いほど、さかのぼれる年月が長いということを意味していて、由緒ある血統と見なされているからよ。


 [中艮門]というのは、一般的な艮門系ごんもんけい神通力者だということを表してる。

 これは、個人情報の開示で、就職面接のときに、「エクセル二級です」とか、「英会話に堪能です」とか、自分の技能を申告するようなもの。

 普通に知り合った人に話すようなことではないけど、履歴書には必ず記載するように、正式に名乗るときには、必ず、頭につける決まりなんだって。


 神通力が発現するのは、早い王族で、4歳から8歳。一番遅い平民でも、12歳までには、はっきりするらしい。

 それで、16歳の誕生日に、神通力の総合検査を受けて、[**門]と名乗るようになるの。

 男性の場合、使える神通力の種類や強さだけでなく、生殖能力の有無も示すことになるわけ。艮門系は、男性だけど、それ以外の七門系しちもんけいは中性だからね。


 だから、男性が、「[中艮門]の****です」と自己紹介して近づいてくるときは、要注意だと教えられた。

 これは、「私は、16歳を過ぎた男性で、恋人募集中です」という意味なんだってさ。

 普通に挨拶する場合は、知り合いを通すのが礼儀。

 「この方は、[中艮門]の****様です」と紹介される分には、問題ない。

 オランダスも、ソフィーヌ寮長に紹介されてから、話すようになったし。

 初日は、ラピリズ園長が紹介してくれなかったんで、挨拶もできなかったみたいよ。


 逆に、女性の方から、自分の四系を名乗るのは、「あなたに興味があります」というシグナルになるらしい。

 それで、相手の男性も、自分の四系を教えれば、お互いの血統が確かめられる。

 帝竜国においての四系は、『一姓いっせい』から、『四姓よんせい』まであるけど、姓名とは違う。

 略式家系図みたいなもので、全部、ご先祖様の名前なのよ。

 王族の場合、どれも歴史的な人物になるわね。

 貴族も、できるだけ有名なご先祖がいる方が、はくが付くらしいし。


 一姓は、母系嫡流ぼけいちゃくりゅう直系始祖。母の母の母という風に遡った女性の名前。

 二姓にせいは、母方の祖父の直系始祖。母方の祖父の父の父と遡った男性の名前。

 三姓さんせいは、父方の祖母の直系始祖。父方の祖母の母の母と遡った女性の名前。

 四姓は、父系嫡流ふけいちゃくりゅう直系始祖。父の父の父という風に遡った男性の名前。


 略式のお茶会あたりだと、女性は、名前と一姓だけ名乗ればいい。

 男性同士の挨拶では、名前と四姓を名乗るものみたい。

 一旦知り合いになれば、会話の中では、『*世』の部分は省略して、名前だけ呼ぶことになる。そりゃ、いちいち、「ソフィーヌ二十四世寮長」なんて、呼んでいられないもんね。


 まぁ、それも、公式の席とか社交の場での作法だから、私的な関係では、目くじらたてられるほどではないけど。

 特に、身分が高い者は、侍女や従者に自己紹介されても、黙って聞いてるだけでいいみたい。こっちの名前は知っていて当然だし、下手に四系を名乗ると、相手をビビらせてしまうから、気をつけろって言われたのよ。

 「わたしは、これだけ血統が良いのよ。粗相そそうしたら、どうなるかわかってるわね?」的な威圧になるんだってさ。

 名乗るだけで、なんて面倒くさいの。


 ちなみに、わたしの正式名称は、ショコラ七十七世。

 覚えやすい数字で助かったよ。

 16歳になれば、[神艮門じんごんもん]がつくことになるけど、今はまだいらない。


 四系は、マーヤ=テ・ジン=ラーラ=ヴォノン。

 帝母ていぼマーヤと竜帥りゅうすいテ・ジンは、神竜国しんりゅうこく時代の王祖四子だし、ラーラは、時宮ときのみやセルシャの孫娘で、伝説の変身力者。雷将らいしょうヴォノンは、第一次竜魔対戦当時の英雄。

 四人とも、帝竜国の建国前、はるか大昔の偉人なのよ。


 つまり、ショコラの血統は、どれも二万年以上も遡れるくらい尊いってことになるわけ。

 徳川時代が、だいたい二百年でしょ。なんと、その百倍だよ。気が遠くなっちゃうよね。



「お座りなさい、マルガネッタ」


 わたしが命じると、(前略)マルガネッタ(後略)秘書官は、一礼してから、用意されていた椅子に座った。

 気脈は、がちがちの凝り凝り。かなり緊張していて、動きがぎこちないな。

 扱いにくい幼女だと、散々脅かされて来たのかね。


 身分の低い訪問客は、侍女や従者と同様に、立たせたままで話をするのが普通だけど、座学の教官だけは別。並んで座らせるの。こちらの方が目線が高くて、少し離れた位置でも、手元は教官によく見える角度で。

 

 そう、マルガネッタは、教官待遇の秘書官。

 元々は、ショコラママテレサに雇われていた管財人の一人だったんだけど、今日から、ショコラわたし付になって、『文書』と『経理』を教えてくれることになったわけ。外帝陛下の御下命で。

 そりゃ、緊張してもあたりまえか。ごめんね。わたしのせいだわ。


 マルガネッタは、28歳。

 竜眼族は、竜気の強さで、成長も老化も全然違うから、見た目だけでは、歳の見当がつかない。でも、この人からは、まだ未熟って感じの竜気が漂ってくる。

 42歳のパメリーナと背格好は同じで、肌もサーモン系でよく似ているのに、落ち着きが足りないっていうか。大丈夫かね、教官役。


 そうそう、座学の時間割が、やっと変わったのよ。わたしが、ハンガーストライキを決行して、ソラ経由で訴えたから。

 今までは、『国語』、『作法』、『教養』、『算数』で、半週サイクルだったのが、『教養』は、『文書』に、『算数』が、『経理』に変更されることになったの。


 『文書』は、招待状や挨拶状の書き方を習う。取り敢えず、定型文を覚えるってとこかな。『教養』の応用過程で、本来なら、8歳から始めるらしいけど。

 『経理』は、『計算』の過程をスキップして、12歳で習う実習過程を前倒しにしてもらった。

 『算数』も、『計算』も、ちゃんと実力テストを受けて、満点合格したもんね。

 ソフィーヌ寮長にも、文句は言わせないよ。ふふん、だ。


 竜眼族って、感覚派というか、芸術家肌というか、どうも、頭で考えるのが苦手みたいなんだよね。計算嫌いな人が多くて、種族全体のレベルが低い。

 『算数』では、二桁までの足し算と引き算。『計算』では、四桁までの加減乗除ができれば合格。

 たった8問で、制限時間なし。4分で終わったけど。

 成人でも、九九レベルの暗算すらできないって言うんだもん。

 わたし、ここでは、天才児だよ。日本では、平均点すれすれだったわたしがね。うはー、天狗になっちゃいそう。


 初日に、6歳児わたしが、暗算で掛け算ができた上に、4の4乗まで理解したことは、ラピリズ園長には、相当の衝撃だったみたい。外帝陛下にも、報告が行っていたおかげで、『経理』をやらせてみろってことになったらしいの。

 そっちの専門職にく気がなければ、自分で財産管理ができる程度で十分だって言うし、楽勝じゃないかな。まぁ、ショコラの財産は、ちょっとばかり桁数が多すぎるからねぇ。それで、まずは、お小遣い帳をつけ始めることになったわけ。


「では、ショコラ様。最初に、通貨のお話からさせていただきます。こちらをご覧くださいませ」


 マルガネッタが、学習用のテーブルに並べたのは、8種類の硬貨らしきもの。


「この1番小さいのが、4銭。一般には、『丸銭まるぜに』と呼ばれております。次が、16銭で、『小銭こぜに』。256銭の『中銭なかぜに』。1024銭の『大銭おおぜに』となります。ここまでは、豪族以下が使用するものですので、王族の方はお持ちになることがございません。ただ、こういう物もあると知っていただくだけでよろしいかと存じます」


 なによ、それ?! 4銭に、16銭に、256銭に、1024銭だってぇ?

 計算は、普通に十進法だったのに、なんで? どうして、そんな単位なの?

 確かに、4は、聖数だよね。

 やたらと、4の倍数にこだわることは知ってたよ。

 でも、これ使って、買い物をするの? 

 おつりの計算、どうやってるわけ?


 驚愕きょうがくするわたしを尻目に、実物を指しながら、マルガネッタの説明は続く。


「こちらは、4貨の『銀貨』、16貨の『金貨』に、256貨の『王貨おうか』。1024貨の『竜貨りゅうか』となります。それぞれ、『大銭』の4倍、16倍、256倍、1024倍が基本レートとなっております。時代によって、多少の増減はございますが、現在の所は、おおよそ、4,000銭、16,000銭、260,000銭、1,000,000銭とお考えくださいませ。桁がかなり大きくなりますが、このまま続けてもよろしいでしょうか。何か、ご質問でもございますか」


 ございますとも。

 わたしは、銀貨をつまみ上げながら聞く。結構、軽い。日本の500円硬貨より、小さくて長方形だ。これで、4000円と思えばいいのか。


「どうして、貨幣の単位には、聖数を使っているの? 計算は、10で繰り上がっていくのに。1貨、10貨、100貨、1000貨の方がわかりやすいじゃない?」


 返事がなかなか返ってこないので、マルガネッタの顔を見ると、口を半ば開けて、瞬きを繰り返していた。8回どころの驚きじゃないね。そんなに高速で続けていたら、竜眼がどうにかならないのかな。


「マルガネッタ?」


 再度、わたしが、声をかけると、マルガネッタは、ごくりと唾を飲み込んだ。

 それから、立石に水で喋り始める。動揺したせいか、いきなり早口になってる。


「も、申し訳ございません。あの、大昔には……その、大昔というのは、神竜国時代のことなのですけれども、ともかく、その当時は、計算をする際も、聖数を単位にしていたのでございます。ですが、第一次竜魔対戦の間に、資料や帳簿がほとんど散逸さんいつしてしまいまして、対戦には勝ちましたけれど、教育が行き届かなくなって、計算ができる者が、ほとんどいなくなってしまったそうなのです。その後、盟約を結んだカイチ族が、計算に長けておりまして……、あの、異種族の方式に変えることに反対も根強くあったようではございますが、十進法の方が、四進法より、使いやすいということで、徐々に、カイチ式の計算方法が浸透して行ったのだと聞き及んでおります。分裂期に独立した宮国みやこくの多くは、新たに作る貨幣を十進法で鋳造することにしたようですけれども、帝竜国は、建国以来の貨幣を使用しております関係で、簡単に切り替えるというわけにも参りません。そのため、確かに、お支払いをする際、調整が必要なこともございます。あの……、申し訳ございません。わたくし、ショコラ様のお歳の方にお教えした経験がございませんので、ご理解いただけるように、ご説明申し上げる自信がないのですけれども……。その、これで、お答えしたことになりますでしょうか」


 うん、一応ね。

 元々は、四進法だったってことはわかった。

 でも、それ以上に、あなたが、ボストネイカ先生よりも、幼児の指導に慣れていないことが良くわかったよ、マルガネッタ秘書官。

 次回からは、ソラに同席してもらった方がいいかも。


 それより、大昔のカイチ族の人たちよ、ありがとう!

 竜眼族に、十進法を広めてくれて、ほんとに助かった。

 帳簿まで、四進法だったら、お手上げだったもん。

 正直、できることならば、もうひと踏ん張りして欲しかったところだけどさ。

 帝竜国の貨幣も、十進法になるように。

 

 そうだよね。何事も実際にやってみないうちに、『楽勝』なんて思っちゃ駄目なんだよ。

 甘かった。天狗になってた鼻が、早くもへし折られた気分だな。

 あーあ、『経理』のお勉強は、ちょちょいのちょいとはいかないかぁ……。



 わたくしが、買い物をするのも一筋縄ひとすじなわではいかないと知ったのは、お小遣い帳をつけ始めた日のことでございました。




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