腐れ大学生浪漫追跡旅行記

はいむまいむ

第0話

人の記憶というものは非常にあいまいなものだ。過去の記憶も、現在進行形の記憶も意外と適当にできている。

 私は元来、女というもの好い寄られた経験がない。もちろん、私も女子に対して別段の興味が沸いたことがなく、思春期もほかの男子に比べれば非常におとなしい時間を過ごすことが出来た。そのせいかどうかは分からないが周りからは私は性欲モンスターで、いつの日かたまりに溜まった性欲を解放する時がやってくるから注意しろと、訳の分からない評判をたてられていた。最初の頃はムカッとしたものだが、今となってはいい思い出である。

 その後私は避けて通れぬ受験戦争への出陣を契機に、周りが桃色頭から一転して知識を詰め込むためのロボットに改造されたことを横目に、鼻くそをほじりながら勉学に興じた。

 私の家庭はそこまで裕福ではないが、大学四年間の学費をねん出できるだけの財力はあった。父親は「これはお前に対しての最後の投資なんだから、しっかり就職して稼げよ?」と冗談なのか本音なのか分からない言葉を投げかけられ、母親からは「とりあえず、卒業できればいいわね」と冷たく言われた。念のため言っておくが私と両親の関係は年に一回の旅行に行くほどの仲である。いわば良好である。

 さて、大学進学を機に私は生まれ故郷から神奈川の田舎町に引っ越した。大学からも距離が近く、家賃も安かったのが選んだ理由である。その街は学生街として栄えており、私がこれから進学する大学の学生も非常に多いのはもちろん、様々な学生が入り乱れていた。一例を上げるとすれば、私の住んでいるアパートの201号室の隣の202は横浜の中堅私大の男子学生、203号室は国立大生、204は私と同じ大学の5回生だった。

 ただ、私はそこまで人と交流するということが好きではなく、引っ越しの挨拶以降は、彼らと何かを行うというのも無かった。彼らからなにかしてくることも無かった。

 街の周辺には学生ローンや消費者金融の看板が所狭しと設置されていて一瞬カオスな雰囲気に飲み込まれそうになるが、商店街も賑やかでファストフード店なども充実していた。

郊外にはショッピングモールがあり子供連れや中に設置してある映画館には多くの恋人たちが足を運んでいた。素敵な街だ。

 そんな街から小田急線に乗り途中駅で相鉄に乗り換えてあとは地下鉄に乗って降りてぶらつけば、私が進学をした大学横浜大学横浜キャンパスが存在する。ちなみに横浜大学の本拠地は東京の池袋にある。私は大学の経済学部に所属することとなり、大学内で最大勢力を誇る学部の一学生に成り下がったわけだ。

 大学の入学式の日私は久々に両親と顔を合わせた。あった瞬間に母から言われたことは「

おめでとう」ではなく「だらしない」だった。


 「そんなだらしない格好でどうするの? もうすぐ社会人なんだからちゃんとしなさい」

 「分かってるって……うるさいなぁ」

 「親に口答えしないの」


 父は「スーツ姿はお前らしくないな」と一言だけ。誰も労ってはくれないのだ。

 入学式が始まると私は入学生専用の座席から意味もなくダラダラと話すおよそ効率的とは言えない大学のお偉方の話を聞いて、最後に初めて聞いて壇上に立っている合唱部以外誰も歌わない校歌を歌っているふりをして入学式の行事を達成した。

 入学式の帰り、父は先に家に帰ったが母が私の部屋に泊まることになり、部屋に入るなり「男臭い」「汚い」「だらしない」「こんなんで一人暮らしができるの?」など否定な言葉を連呼し始めた、こうなってしまっては私はどうも反論する機会を失ってしまうので一言だけ「はい」をため息混じりで返し続けるのだった。


母親の脅威もそうそうに私は大学生の心構えを学ぶため新入生オリエンテーションなるものに参加した。内容というのは土台大層なものではなく、昨今話題になっているメディアリテラシーについてだったり、授業の選択の方法だったりと正直どうでもいい話ばかりだった。

 なので、私は何をするわけでもなくボーッとしていたが、ふと周りの雰囲気がやけに明るいことに気がついたのだ。講師の話など横目に楽しそうに隣の席同士で会話を楽しむ姿。和気あいあいと明るく、何ということであろうか。

このとき私は初めて実感したのだ。既に大学生活のスタートに出遅れているということを。

 彼らはいつどこで出会い、いつの間に友情というものを育み、講師のマニュアル的な説明を横目に楽しそうに話すような仲になったのかを。もし、方法がわかる方が支給連絡いただきたい。

 ただ、出遅れてしまったものはしょうがない。いくら他人とのコミュニケーションを取ることを苦手とする私であっても、小中高はしっかりと友達を作ることができた。だからこそ、大学でもいつかは友だちができるはずだ。



 ――ただ、現実は薄情であった。



 今の月、7月。私には友人どころか知り合いすらできなかった。毎日静かに授業を受け、一言もしゃべることもなく帰宅し、ボーッとテレビを見ながら買い置きをしているカップラーメンを食べ床につく。そんな生活がもう長く続いている。

 周りは間近に迫った夏季長期休暇・夏休みをどのようにして楽しく攻略しようかという話題で盛り上がっている。私はその会話に入ることなくただ、毎日の孤独と戦っている。夏休みの予定なんて立つわけもなく、もし一人で家にいるのが辛くなったら実家に戻ればいい、そんなこと思っていた。次の授業はミクロ経済学。私は、そんな経済学ですら表現できないような哀れな時間の消費活動を行う予定だった。

 くり返し言うが、予定だったのだ。彼が私の目の前にやってくるまでは。

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