この転生が、幸せに続く第一歩 ~召喚獣と歩む異世界道中~
一色 遥
第0章 少年、異世界に立つ
第1話 彼の終わりと、始まり
僕の四肢は今日も動くだろうか。
ここ数日、目を覚ますたびにそんなことを思う。
「……ピィ」
身体の横から、笛のような甲高い音が響く。僕が起きたことに気付いたからだろう。
手をにぎにぎ、足をにぎにぎ……うん、動く。
「おはよう、夜空」
「ピ」
僕の声に合わせるように、小鳥サイズの鳥が顔の横へと歩いてきた。
お腹側が白く、背中側が茶色い……小鳥にしてはなかなかに
でも、それは仕方ないことだろう。
……だって、鷹だし。
「ピーッピ」
「うん。そろそろ起きよっか」
鋭いくちばしで、金色に光る僕の前髪を引っ張る夜空に、苦笑しつつ身体を起こす。備え付けられた窓から差し込む光は眩しいくらいで……今日も良い天気みたいだ。
寝間着代わりの服から外行き用の丈夫な服へと着替え、夜空を肩に乗せてから部屋を出る。そこから、トントントンと弾むように階段を降りて、僕らは食堂へと向かった。
「あ、おはよう。リヒト」
食堂はすでに人がいっぱいで、食べる人、運ぶ人に作る人、それぞれが声を上げたり物を置いたりで非常に騒がしくなっていた。
そんな中、僕に話しかけてきたのは、この宿――竜達の羽休め亭看板娘のティアちゃん。
空のような薄い青の髪をした、笑顔の可愛らしい子。ただ、僕と同じ14歳にも関わらず、凹凸がなくて……「胸がぺったんこなのが悲しいな!」ってよくからかわれているらしい。
そんなことを思っていた僕に、ティアちゃんはずいっと顔を近づけて「リヒト。一昨日のこと、誰にも言ってないよね?」と言った。
「あ、当たり前だよ! そもそも言いふらせるような内容でもないでしょ?」
「ならよかった。空いてるところに座って。朝食、持って行くわ」
慌てて返す僕に、ティアちゃんは可愛らしい笑顔を見せ、背を向ける。
そのことにホッと胸をなで下ろし、僕は近場の席へと座った。
朝食を待っている間、外を眺めていれば、沢山の人が行き交っていた。まだ朝も早い時間のはずなのに、通りを抜ける馬車や、カゴを抱えた老婆、重そうな防具を身につけた冒険者達……本当にいろんな人がそこにはいた。
そんな風景を見ていると、嫌でも理解してしまう。
――僕は本当に、異世界に来たんだってことを。
◇三日前◇
目を開く――広がるのは、いつも見た天井。不思議なくらいに白色で固められた部屋。LED蛍光灯の白色ライトが少し眩しい、いつもの天井だ。
……でも、なんだか今日は一段と輝いて見える気がする。宙を舞う薄埃が、キラキラと光を反射して。なんだろう……とても穏やかな世界だ。
そして僕は唐突に理解した。――本能的に理解してしまった。
「ああ、今日。僕は死ぬんだな」と。
不思議と涙は出なかった。むしろ、少しホッとしてしまうくらいだった。
生まれたときから四肢に障害を持っていた僕は、自我が目覚めた頃から、ずっと病院のベッドの上で生活をしてきた。
いや、生活をしてきたと言うよりも……生かされてきた、というべきだろうか。
だからこそ、こうして死ぬことになったとしても……僕には何も思うことがないんだ。やりたかったことも沢山あるけれど、それは出来ないと最初から分かっているから。
それでもただひとつ。ひとつだけ思うならば――感謝を。
こんな僕を愛してくれた両親に。甲斐甲斐しくお世話をしてくれた看護師さんに。いろんな話をしてくれた医師の皆さんに。
そして、こんな素敵な人達に会わせてくれた神様に、僕はお礼を言いたかった。
「……ありがとう、ございました」
誰が聞いてるわけでもないのに、そう呟いた僕の声が部屋の中で響く。その反響に合わせたみたいに、僕の視界も少しずつ薄れていき、もはや明るいのか暗いのかすらわからなくなった、その時。
「君はすごいな」という声が、聞こえた。
薄れていっていたはずの視界が変わり、ぼやけているようで鮮明にも見えるような、不思議な世界を映す。先ほどの声は、僕の横から聞こえたはずだが、僕の身体はもう横すら向けない。病気の進行はすでに全身に回っているから。
しかし――「大丈夫。身体は動かせるはずだ」と、またしても声が聞こえた。
身体が動かせる? そんなことが……と思いつつも、試すように頭を横へと向けるよう、意識を切り替える。
すると次第に、それはもうゆっくりと顔は横へと向いていく。……まるで奇跡が起きたみたいだ。
数分かけて顔を横に向けると、白髪のお爺さんが視界に映った。
誰だろうか……まったく覚えがない。
お爺さんはそんな僕の気持ちを悟ったのか、その顔を柔らかく笑みに変えて「私は神様だよ」と言った。
◆
「やっぱり僕は死んだんですね」
「うん。そうだよ。魂だけの存在になっているから、こうして君は動くことができるようになったんだ」
「そうですか……」
手を握り、足を振る。ただそれだけのことなのに、僕にとっては14年間生きてきて、初めてできたこと。そしてそれは、僕の心に……ひとつの欲を生んでしまった。
「こうして動けるようになると……いっぱいやりたいこと、あったんですね」
「……」
「僕もこうして歩いて……もっといろんな物や人や、出来事に出会いたかった。運動も、勉強も……もっとやってみたかった」
ベッドから下りて、地面を歩く。踏みしめた感触も、初めての感触だ。
振るう腕も、切る風も……全てが初めての感触だった。
「けど、もう死んでしまったんですね。終わってから気付くって、本当に……」
「……もし君が望むなら、それを叶えてあげることはできるよ」
落ち込む僕に対し、お爺さんは優しい声でそう言った。その言葉に驚くと共に、疑問が僕の頭に湧いてくる。
「出来るんですか? そもそも、なんで僕にそんなことを」
「君がとても優しい子だったから、かな」
そう言って少しだけ笑うお爺さん。
「けれど、それを叶えてあげられる場所は、君のいた世界ではない。そこと異なる世界になる」
「僕が元いた世界と違う世界、ってことですか?」
「そうだね。君たちにもわかりやすく言うと……ファンタジーな世界、だろう。魔物と呼ばれる、人に害を為す動物がいる、剣と魔法の世界だよ」
「剣と魔法の世界……」
そんな世界で僕が生きていけるのだろうか? 本当に、今初めて四肢を使って動いた赤子みたいなものなんだけど。
「心配しなくても大丈夫。困らないように、私の方でサポートを付けよう」
「サポートですか?」
「うん。魔法が使える世界だからね。君にぴったりの魔法があるんだ」
お爺さんがひとつ手を叩くと、僕とお爺さんの間に、小さな光の球が横並びに三つ現れた。
「君に送る魔法の名前は召喚魔法といってね、契約した魔物を呼び出す魔法だよ」
「魔物を呼び出す? でもさっき、魔物は敵みたいに言ってませんでしたか?」
「そうだね。けれど中には友達になってくれる魔物もいるんだよ。これはそんな魔物と魔法で契約を結んで、力を貸してもらう魔法なんだ」
疑問を呈した僕に、お爺さんは穏やかな声で説明してくれる。
そしてさらに「この中からひとつを選んでおくれ」と言った。
「一番左は火を扱える大蜥蜴、フレアリザード。真ん中は水を吐き出す亀、ジェットタートル、それから一番右が」
「植物系ですか?」
「違うよ?」
どうも違うらしい。よく話をしてくれた看護師さんから、三匹のモンスターの話を聞いてたから、その流れなのかと思ってた。
「一番右は風を操る鳥、ウィンドホーク。この三匹から選んでね」
「でしたら、一番右を」
「そうだと思ったよ。この子は大きい子でね、背中に乗って空を飛ぶこともできるよ」
「そんなに大きいんですか?」
「もちろん召喚時にイメージすれば、小さくすることもできるから、街なんかに入るときは小さくした方がいいかな」
僕の前から一番右の球以外が消える。そして、残った球は僕の方へと近づいて……小さな鳥に変わった。
お腹が白くて、背中が茶色い……結構厳つい顔つきの鳥だ。
ホークってことは鷹なのかもしれない。
「それじゃ、その子に名前をつけてあげてね。一応女の子だから、可愛い名前にしてあげて欲しいかな?」
「名前ですか。……よぞら、夜空なんてどうですか?」
「夜空。いい名前だけど、どうして?」
「目の中心が黒くて、反射する光が星空みたいだなって」
「なるほど。良いね」
お爺さんが柔らかく笑うと、鷹……もとい夜空が翼を羽ばたかせ、僕の肩へと乗る。肩に爪が食い込みそうな気がしたけれど、そんなことも無さそうだ。
「よし、それじゃあそろそろ時間だね」
「時間ですか?」
「そう。君の魂だけをずっとここに置いておくのも良くないからね」
「そういうものなんですね」
よく分からないけれど、そういうものなんだろうと、形だけでも納得した僕に、お爺さんは軽く頷いた。
「君を今から向こうの世界に送る。君はそこで第二の人生を送ることになる」
「はい」
「召喚魔法は召喚中に魔力を消耗するから、その対策として君の身体はエルフにしておいた。エルフは魔力保持量が人族の中でも多い種族だからね」
「エルフ……街とかは大丈夫なんですか?」
「見た目がとても綺麗な種族だから、過去には奴隷とかになっていたけれど、最近はそんな制度もなくなった。エルフも沢山街に来ているから大丈夫だと思うよ」
「なるほど。ありがとうございます」
「ただ、夜空は常に出しておいた方が良いかな。何かあっても、その子がいればある程度対応できるはずだからね」
お爺さんの言葉に、夜空が「ピッ!」と短く鳴く。思ったよりも可愛い鳴き声だった。
「あとは、召喚魔法以外にも何個かサポートを付けておくね。自動で変換されて読み書きも話も出来る翻訳魔法と、小さい火や飲み水を出せる生活魔法に、病気になりにくくなる耐性系のセット。それに、空間収納の中にちょっとしたお金と、剣も付けておこう」
「こんなに沢山……ありがとうございます」
「気にしないでおくれ。……君は死の最後の最後まで私達を恨まなかった。その心の誠実さが私は嬉しかったんだよ。だから、これはそのお礼みたいなものだ」
お爺さん……いや、神様はそう言って、今まで見せた笑顔の中でも最も大きく笑顔を見せた。
「向こうで目を覚ましたら、まずは太陽のある方へ向かうといい。そうするとビスキュイの街が見えてくるはずだよ。それともし何かあったら、街にある教会で祈るといい。私に繋がるかもしれない」
「わかりました。ありがとうございます」
「うん。行ってらっしゃい」
神様のその言葉が聞こえた瞬間、僕の意識は急速に白んで、消えた。
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