Jäger of The sky

COTOKITI

第1話 Beginning of Jäger

2698年 7月 21日 ドイッチュラント大帝国の北端の街、ウレイグン上空にて。

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真夏の日差しが射し込むウレイグンの空に接近する幾つもの巨大な影があった。


雲一つない蒼空で綺麗に編隊を組みながら飛んでいるのは、ドイッチュラント大帝国の隣国てあり、敵対国であるカレイア王国の王立空軍所属のB-18とその護衛機であるP-36Gだった。


これらの航空機は全てあのメルカ公国のお下がりの為、時代遅れな所も多いが、周りの国も大体そんな感じなので特に問題は無い。


B-18の中では、作戦中にも関わらず、搭乗員が呑気にコーヒーを飲みながら談笑していた。


「なぁリベル、お前まだコーヒー飲めないのか? ガキじゃねぇんだからよォ。」


無線手の男が上部機銃手の男に笑いながら言うと、不機嫌そうな顔をした若年の男がその顔を後ろにいる無線手に向けた。


「うるせえな!俺は苦いのは嫌いなんだよ!なんか悪いのか?」


銃座からは離れず、顔だけを向けて反論してくる青年を鼻で笑いながら今度は操縦手に話しかけようとした瞬間だった。


突然、隣にいた僚機が両翼から火を吹き、たちまちに炎上して地上に墜落した。


「なっ!?」


更に別の編隊のB-18も次々と撃墜され、脱出した搭乗員のパラシュートが幾つか見えた。


『てっ敵襲!!』


『コイツら一体どこから来やがった!?』


『左エンジンに着火!!う、うわあああ!!』


無線からは味方の混乱と悲痛の叫び声が聞こえてきた。

護衛機が戦闘開始する暇もなく、既に戦力の四割を失った。


「そんな馬鹿な……我々に死角は無かったはずだ!一体どうやって気付かれずに……。」


ふと、長機の操縦手が敵機が襲ってきた角度と太陽の位置を照らし合わせてみた。


「そうか……アイツら……!」


それを知った瞬間、操縦手の男は驚愕を隠せず、空を見上げた。


「太陽の光に紛れ込んでいたんだ!!」


B-18を次々と撃墜していく戦闘機は、強力な星型エンジンと破壊力抜群の機関砲を備えたクルト・タンクの傑作機、Fw190A8である。

そのパイロットの中に、とある一人の男がいた。


その名はレドア・ラケーテス。

ドイッチュラント大帝国空軍所属であり、96機撃墜の立派なエースパイロットだ。


敵機の防護機銃なんてお構い無しにB-18の後ろに付き、光学照準器で狙いを定めると、操縦桿の発射ボタンを押し、翼内と機首から放たれた13ミリと20ミリの機関砲弾が装甲の無いに等しいB-18をぐしゃぐしゃに引き裂き、大破炎上し、真っ逆さまに落ちていくのを少し眺めた後、別の目標へ狙いを定めた。


無線からは僚機からの撃墜報告が絶えない。

先程まで大編隊だったはずのB-18の群れはいつの間にか壊滅していた。


残り少ないB-18を堕とそうとすると、僚機から無線が入った。


『隊長!!真下から敵機!!』


気付くのが早かったのが幸いし、真下から突き上げるように上昇してきたP-36Gの射撃は右主翼に何発か当たり、それとキャノピーを少し掠った程度で済んだ。


「チッ!やってくれるな……。」


右主翼から燃料が漏れているのを確認すると、操縦桿を思い切り前に倒し、敵機を引き離そうと急降下した。


「まだだ……まだだ……。」と心の中で念じながら、地面スレスレにまで急降下し、速度を稼ぎ続ける。


「……ふっ!」


今出せる最高の速度が出た瞬間、操縦桿を今度は思い切り引き起こし、機体を水平に戻した。

最高速度で劣るP-36Gはどんどん引き離され、レドアが後ろを振り向いた頃にはゴマ粒程度の大きさでしか見えなかった。


ある程度距離が離れると、反撃をする為に急旋回し、敵機とヘッドオンする状態に持ち込み、敵機と自機の距離が逆にどんどん縮まっていき、敵機の射程範囲内に入った瞬間の事だった。


ヘッドオンするかと思いきや、機首を少し下げ、敵機とすれ違ったのだ。

敵機のパイロットも驚いて後ろを向き、レドアを追おうとしたが、そうしようとした瞬間に、手の感覚が無くなった。


何事かと思って手を見ると、そこには手首から先がちぎれ落ちた両手があった。

痛みに苦しみもせず、呆然と外を見渡すと、自分を攻撃したのであろう別のFw190A8の姿があった。


手首の断面から大量の血が流れ落ち、次第に視界が暗くなっていくのを感じながらパイロットは燃えゆく自機と共に絶命した。


「……任務完了。 全機、基地へ戻るぞ。」


無線で友軍機にそう告げると、レドア達は元来た道を引き返し、出撃した飛行場に戻って行った。


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「……これで報告は以上です。」


「爆撃機は全滅、護衛機も壊滅……ご苦労だったな。」


指揮官の執務室にて迎撃戦の戦果報告を終えたレドアはドアの前で敬礼し、「失礼します。」と一言言って退室した。

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2698年 7月 23日 ドイッチュラント大帝国空軍のウルド飛行場にて。


この日は、レドアが隊長の第25戦隊と第26戦隊の全員に呼集がかかった。

理由は、一週間後に行われる帝国軍の最重要極秘作戦だった。


作戦名は《稲妻》。

どういう内容の作戦かは粗方隊員達に伝えてある。

作戦内容は初めて聞いた者からすれば理解の追い付かないものだった。


まず、我が軍は偶然にも異世界への扉を開けることに成功した。

この偶然を必然にする為、異世界に通じる穴を作る為の装置の開発が始まった。


幾つかの試作機による試験を終えた後、この稲妻作戦の話が持ち上がった。

だが、運の悪いことにメルカ公国のスパイに装置の設計図や穴を開ける原理、稲妻作戦の事までバレてしまい、メルカ公国が新たに穴を開ける装置を作ってしまったとスパイからの情報が入った。


そこで、異世界に軍を入れれば、メルカ公国軍も同時に軍を送り込んでくるだろうと予測し、制空権をいち早く確保出来るよう、少数だが精鋭の飛行隊と、彼らを飛ばす飛行場を作る事にした。


この作戦で白羽の矢が立ったのが、レドア達第25戦隊と第26戦隊だった。

隊員全員が単独撃墜数10以上の精鋭かつ機体も最新鋭。

まさにこの作戦にうってつけの存在だ。


作戦開始は一週間後だが、まずは飛行場を作る必要があるので、急ピッチで作っても作戦開始から1ヶ月は掛かると言う。


なので1ヶ月経つまでレドア達は待機状態という事だ。

では何故今隊員を呼集しているのかというと、この待機期間の間に更にパイロットとしての腕を磨きたいとの隊員達からの要望で1ヶ月丸々訓練期間とする事にした。


訓練は模擬空戦と各マニューバの練習等をてんこ盛りにしてある。

燃料なんて腐る程あるし空冷の星型エンジンは液冷エンジンより整備が楽なので整備員も何時でも壊して来いという意気込みで工具やその他の準備をしている。


「おい、速度が落ちてるぞ。 機首の上げすぎだ。 もう少し下に調節しろ。」


『分かりました。』


レドアは各隊員の訓練風景を眺めながらたまに無線で地上からアドバイスを出したりふざけて茶々を入れたりしている。


『ふっ……よっ!』


「よーし良いぞ。 さっきより速度を維持出来てる。」


さっきから無線で話し掛けていた隊員は見事なバレルロールを行い、見物していた他の隊員から歓声が上がった。


「よし次はスナップロール行ってみるか。」


『ええっ!? 無理ですよ俺あの機動成功した事無いんですよ!?』


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。 出来る出来る。 それにメルカ公国空軍は精鋭のパイロットに新鋭機も揃えてるんだ。 それくらい出来ないとな。」


『わ、分かりましたよ……。教本通りにやってみます。』


このような訓練が毎日の様に続き、たった1ヶ月と言えど多少は良くなって来ている。

そして、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていた時、レドアと模擬空戦をしたいと望む者がいた。


「俺とか?」


「そうだ。」


彼は第26戦隊の隊長、ダミル・クルーダ。

単独撃墜数87のレドアに次ぐウルド飛行場のエースパイロットだ。


「まぁ、別に構わんが…。」


「じゃあとっとと準備するぞ。」


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飛行場の滑走路に二機のFw190A8が横並びに並んでいる。

既にエンジンは始動しており、唸り声を上げながら戦いの時を待っている。


その二機に二人が乗り込み、キャノピーを閉めると、「行くぞ。」と無線で合図を送ってスロットルレバーを前に少しずつ倒していった。


ラダーペダルを踏んで直進しながら機体が速度に乗ってくると、操縦桿を前に倒し、後輪が浮き、その次に機体そのものが浮かび上がった。


一方、飛行場では第25戦隊と第26戦隊の隊員がどっちが勝つか賭けをしている。


「レドア隊長が勝つに決まってらあ!」


「いや、ダミル隊長が勝つだろう。」


隊員達がそんな事をしている内に、ある程度高度を取った二機は模擬空戦を開始した。


距離を取っていた二機は急旋回でヘッドオンの状態になり、猛スピードで互いの機体が距離を縮めていった。


あと少しで空中衝突するという所でレドアがバレルロールでダミルを躱した。


バレルロールを終えるとレドアはすぐさま操縦桿を引き起こし、インメルマンターンを決め、ダミルの上後方に付いた。


この模擬空戦は一瞬で終わった。


「……ダミル隊長の負けだな。」


隊員達には分かる。今までレドアの戦いを見てきたからだ。


この模擬空戦は指揮官とその副官も管制塔から見ていた。


「確かにあれはレドアの勝ちだな。」


指揮官がコーヒーを啜りながら呟くと、副官も頷いた。


「もしアレが実戦だったらレドアはダミルの後ろを取った瞬間に機関砲で蜂の巣にしていたでしょうね。」


副官は紅茶に口をつけながら滑走路に着陸する二機を見つめていた。

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「いい勝負……とは言えないな。」


「いい勝負じゃないって思うんなら少しは手加減しろアホ。」


レドアとダミルは他の隊員の訓練を眺められる位置で隊員が用意した椅子に座り、水筒に満たされた水を飲みながら話していた。


「いよいよ明日だな……。」


「まっ、訓練の成果を見せてやろうじゃねえか。 メルカ公国軍共にも異世界人共にも。」


飛行場に隊員達の歓声や拍手に混じって二人の笑い声が響いた。

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