義弟は私のストーカーでした

六枚のとんかつ

#1 義弟は私のストーカーでした

私は中学のころ、ストーカーに遭っていたことがある。直接的な被害はなかったけれど、なんとなく誰かに付けられているような気がしたり、私の真後ろでシャッター音が鳴り、振り返ると誰かが走り去っていったりと、その時は気味が悪かったものだ。


幸いなことに、何者かによるストーキング行為は今から一年半前、ちょうど中学二年生の一月あたりに急にぷっつりと終わった。期間にしてはたったの数ヶ月だった。


このことは家族にも友達にも話していない。今では誰かに付けられたりなんて事は何も起こってないし、何より家族達に心配をかけたくなかった。


                  ※


「姉さん、起きてください。入学してから間もないのに遅刻するのはみっともないですよ」

コンコンコンとドアが数回ノックされる音がして、まどろんだ意識が少し覚める。

が、やはり人は眠気には勝てないものだ。上半身を頑張って起こしてみたけれどその時間も僅か数秒、再び体をベットに横たえてしまった。


「……姉さん?」

心配そうな声が部屋の外から聞こえてくる。悪いな、弟よ、私は寝ていたいんだ。

意識が布団の中で少しずつ解けていくのを感じていき、再び眠りにつきそうになったときだった。


「姉さん、起きてください」

顔にかけていた布団が少しめくられ、耳元で甘い声でささやかれた。驚いて枕元を見ると、そこには私の弟の顔があって――、


「ひんにぎゃああああああああああ!?」

朝から情けない声で叫んでしまいましたとさ。


                  


「……ううう」

弟が作ってくれた朝食を食べた後、私は一人食卓のテーブルでうなだれていた。

「どうしたんですか?姉さん?」

弟が不思議そうな顔で私の方を見てきた。……顔近づけないでくれ……。


「頼むからさ……あの起こし方止めてくれない?心臓に悪い……」

「揺さぶって起こすよりもすぐ起きてくれるので」

弟にときめきたくないんだよ!あと単純にびっくりするんだよ!


私の向かい側に座ってニヤニヤしている、芸能界でもそう見れないだろう顔立ちの整った弟の名前は日向雫、弟といっても血は繋がっていない。いわば義弟だ。

今から一年半前、中学二年生の一月、お父さんが再婚した時にお義母さんの連れ子だったのがこの弟。年は同じだけれど、私の方が三ヶ月早く生まれたから一応、私が姉と言う事になる。


私達の両親は仕事の関係で家に帰ってこないことが多いので、基本的に私と雫の二人暮らしだ。お父さんが再婚して雫と二人暮らしになってから初めのうちは家事は二人で行っていた……のだが……


『すみません、姉さんはお願いですから寝ててください』

二人で夕食を作っていたある日のこと、私が食材を全て黒焦げにしてしまった時にそう言われてしまった。……そういわれたときはホントに泣きそうだった。


……なんというか……私は基本的に家事全般が全く駄目なのだ。

洗濯をすれば服はすべて泡だらけになり、掃除をすれば逆に散らかる始末。

初めのうちは雫も呆れながら教えてくれていたのだが、食材を黒こげにした日から雫が全てこの家の家事を担当することになった。……うう敗北感が凄い……。

今や私の下着ですら雫が洗濯してるし……もう私女として終わってるな……。


「さて、僕は生徒会の仕事があるのでお先に失礼します。戸締りはしっかりしておいて下さいね」

雫がおもむろに立ち上がり、爽やかな笑みを浮かべて玄関のドアから出て行った。

そしてぽつんと残された私。


「イケメン……だなあ」

雫が出て行ったドアをぼうっと見てため息をつく。

イケメンで家事も出来て生徒会役員の雫、それに対して私って……何?


そんなことを昔、中学三年の受験期の時に雫に呟いたら、

『人には適材適所があるんですよ。僕だって苦手なものはあります……やたらカタカナを多用している料理とか。それに姉さんはとても……綺麗ですよ』

と言われて慰められてしまった。それに対して私が少し調子に乗って、

『ま!顔だけなら雫と勝負できるしね!』

と言ったらとても長くて重いため息を疲れたのを今でも覚えている。


「あー学校行きたくなーい!」

声でそういっても、現実は無慈悲だ。無断欠席なんてしたら鬼のように電話がかかってくるだろうし、そうしたら親にも心配を掛けてしまう。何より雫に……


『姉さん……(絶句)』


「みたいな事は言われたくない!」

そうと決まったらもう行こう!学校行こう!行きたくないけど!

半分無理やり自分を納得させて制服のブレザーを羽織る。すると何か硬いものが腰の辺りに当たった。


「……ああ、返してなかった」

硬いものの正体は私が少し前に、雫から借りていた文庫本だった。読み終わった後にずっとポケットに入れっぱなしだったらしい。つーか何で私はブレザーのポケットに文庫本入れたんだ?


リビングの壁にかけてある時計を確認する。幸い家を出るまで少し時間はある。

「返しちゃうか……」

弟とはいえ、思春期の男子の部屋に許可なく入るのもどうかと思ったけれど……まあいいよね?それに、雫は洗濯で毎日私の下着見てるし……おあいこだよね?


謎の納得を自分の中でし、部屋のドアをそっと開ける。

……弟よ、まだまだ短い付き合いだけど、お前のことを信じるぞ。エロ本とかそういうの持つような人間じゃないの奴だって信じてるぞ。

意を決してドアを開ける、私の目に入り込んできたのは――、


「……!?」


                  ※


思えば、何のつながりもないと考えるのは不自然だったかもしれない。

雫が私の弟になったのは一年半前、そしてストーカーがいなくなったのも一年半前、

何の関係もないと考えるほうが無理がある。


これだけならただの偶然だと切り捨てることも出来る、しかし目の前の光景を見る限りそうとは行かない、つまり雫は私の――、


「ストーカーってこと……?」


私の中学生時代の写真が壁一面にびっしりと貼られた、雫の部屋、私の弟の部屋を見て、私はただ呆然とするしかなかった。

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義弟は私のストーカーでした 六枚のとんかつ @rokuton0913

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