第5話
植物で作られたテントのようなものが見える。
拠点というよりは、仮拠点の方がしっくりくる。
テントの中を覗くも、誰もいない。
誰かがいたような雰囲気はあるが。
「用があるなら声をかけろ。」
背後からの声に振り返ると、首を傾げて立つ男がいた。
「十勇士、五番手だ。長に会いたいんだろ?」
「聞いたのか。」
「まぁな。此処で待つか?それとも会いにいくか?」
「此処に、来るのか?」
「お前から行かずとも、長は来るだろうな。仕事も一段落しただろうし、お前と話をしたいだろうし。」
丸太に腰掛け、溜め息をつく。
日が暮れ始めている。
「何故、長は俺を?」
「お前が懐かしい目をしているからだろうな。お前、出身は?」
「さぁな。親に捨てられ、もうその顔もわからん。」
「製造元を知りたいか?お前の血が、何処から流れているか、知りたいか?」
「知っているのか?」
「推測だ。長は知ってるだろうけどな。」
「なら、長に聞く。」
カァ、カァ、カァ――。
バサバサッ、バサッ!
烏が数話飛び立つ。
それに目を凝らし、立ち上がった。
「去ね!さもなくば、その首貰う。この目を騙せると思うな。」
瞬間、姿を消した忍は間もなくその手に血を乗せて戻ってきた。
悲鳴を上げさせず、極めて静かな素早い殺しだ。
「烏も、馬鹿にできないだろう?お前の侵入も烏が知らせた。」
「烏の気分で飛んだものは?」
「それくらいわかる。烏が危険を告げる声はその気分とは違う。」
「聞き分けられるのか。」
「俺は耳より目だけどな。」
「呑気な話。」
その声に振り向けば、迷彩の装束を着た忍がいた。
男なのか、女なのか、声や姿では判別できない。
「お前が、長か。」
「小助、席を外しな。」
「了解。」
「聞きたいことが山ほどあるって目。」
「俺のことを知っているのか。」
「知ってる。あんたの血も、製造元も。」
「何故だ。」
「今はまだ、教えない。」
「なら、それでもいい。死ぬ前には教えてくれ。」
「お互い、そう簡単にゃ死なないさ。」
「お前らの目的はなんだ。平和、とでもいうのか?」
「あぁ、それ、冗談だから。平和は嫌いでね。」
「ほう?」
「常に戦場にいたいのさ。平和な世じゃ、忍は生きていけない。」
「だから、戦争を起こそうとしているのか?」
「違うね。戦争を起こすつもりなら、奪った核兵器を使えばいい。破壊したのは、使わないから。」
「なら何故奪った?」
「忍隊に矛先を向けさせるために。そして、核兵器を使わせないために。」
「核兵器を使わせないために?」
「こちとらにだって、守りたいモノがあるのさ。」
「お前らに矛先を向けさせて、どうするつもりだ?」
「この戦争を終わらせる。」
「本当に、何が目的なんだ?」
「伝説の忍を止める。」
「勝てるのか?」
「本気になりゃ、ね。今のとこ、勝敗数は引き分け。」
「本当に互角なんだな。本気になれば、ということは今まで本気になったことはないのか?」
「数回ほどある。けど、暴走するから本気になりたくない。それだけ。」
「暴走?」
「何も見えなくなる。敵味方関係無く殺してしまう。」
「恐ろしいな。」
「だから、あんたに頼みがある。」
「俺に?」
「忍隊と、手を組まない?人の殺傷事件は伝説の忍がやってること。あんたらが止めたい忍は、忍隊じゃなく伝説の忍ただ一人。あんたじゃ伝説の忍にゃ勝てない。あんたの任務に手を貸す。」
「お前に何の得がある?」
「あんたの目が、暴走を制御できる。」
「俺の目が?どうして?」
「まだ、教えない。」
「俺の過去に関係があるんだな?」
「そういうこと。忍の本領は騙し討ちに使い捨て。上手く使ってね。」
「おい、まだ協力するとは言ってない。」
「なんでこちとらが伝説を持っていたのか、知ってる?」
「………。」
「忍の里を潰し滅ぼして回ったから。忍の伝説がいつの間にか人に知られるようになっただけ。」
「伝説の忍は?」
「人の伝説。それがやがて忍に知られるようになった。伝説は伝説でも、違う。」
「忍にとって、奴は『伝説の忍』じゃなかったということか。」
「けれど、誰も名を知らないから、真似てそう呼ぶのが当たり前になった。こちとら以外、誰も知らなかったから。」
「奴の名前は?」
「虎太。」
「何故、お前は知ってる。」
「こちとらの義兄だから。唯一の、記憶者がこちとらだから。」
「今、教えてくれ。俺は何者だ。お前に何の関係がある。」
「あんたは武雷家の血を受け継いでる。あんたの目は、武雷の目だ。」
「武雷の?」
「雷鳴が如し声、雷光が如し目。その雷雲はこちとらだった。武雷の影として、主の影として、こちとらは滅ぶまで仕えてきた。あんたの製造元を殺したのは、虎太。あんたは捨てられたんじゃなくて、遺されたの。」
「何故知っている。」
「あんたを拾って、人に預けたのはこちとらだから。あんたはただの人じゃない。人造人間。」
「ホムンクルス…。」
「我が主のDNAを、血を、あんたは受け継いでる。だから、その目がある。懐かしい声がある。お願い、滅んだ武雷の面影に、我が主の面影に……。」
「夜影……。」
「あんたを造った研究員は、武雷が忍使いで有名だったのを知ってた。こちとらは騙されたんだよ。主が、武雷が蘇ると、思い込んだ。」
「何故だ。長ともあろうお前が、そう簡単に騙されるわけがないだろう?何があった?」
「虎太に捕まって、研究員にそう吹き込まれた。気が付けば、手元にあった主の欠片は消えて、あんたが完成してた。そして、虎太は研究員を殺して、あんたは遺された。こちとらはあんたを抱えてその場から逃げた。」
「本気になれば、殺せる相手なんだろう。暴走がどうあれ、そうすれば…。」
「あんたまで殺すことになる。それだけは許せない。主の欠片を、あんたを、殺すことそれ即ち…。」
「則ち?」
「主を、殺すことと同じ…忠義を誓った相手を…裏切る行為……。」
「俺を、渡した奴は?」
「知らない。こちとらだって、混乱してたんだから。無理矢理押し付けて、それから…それからは……。」
「混乱していた?おい、そもそもお前が部下から離れてからどのくらい経っていた?欠片が、俺になるまで。」
「十年近く、部下から離れてた。虎太が、こちとらを仮死状態にさせてそれから復活するのにそれくらいかかった。」
「仮死状態……?なら、そいつはお前にトドメを刺さなかったのか?」
「違う。こちとらが死んだものと判断されただけ。復活に時間がかかったのはそれくらい酷かったから。転生じゃないだけ良い。」
「俺を抱えて逃げる時、奴は?」
「こちとら舐めないでよ。忍は戦うより生きて帰る方が優先なんだから。追跡も許さない。だから、あんたはまだ生きてんだ。」
「お前はどうしてそこまで拘る。武雷に、主に。」
「こちとらの肩書き『日ノ本一の戦忍』ってのは人の作ったもの。主への武家への忠義が熱いことも由来の一つ。」
「お前の忠義は日本一というわけか。」
「こちとらが武雷の目に屈した。こちとらの伝説を止めたのは、目だった。武雷が天下を取るまで影として仕えろ、そう命をうけた。」
「だが、武雷は天下分け目の戦で負けて、滅んだだろう?その命令はもう、」
「主が、死ぬ時新たにこちとらに命令を下した。」
「何と?」
「『生きろ。生きて、武雷を未来へ。俺の血を、武雷の血を。お前だけが、武雷の生きた証。影として、証として生きろ。』と。」
「お前はその命令に従って、今まで生きてきたのか。何年も、何百年も、何千年も。お前は、それだけを抱えて?」
「主の命令は絶対。忍として生き、忍として死に、証として転生し続ける。影の中で。」
「お前はこれから、どうするつもりだ。」
「向けられた矛を叩き折って、全滅させる。」
「可能か。」
「人様相手なら問題ない。核兵器だろうが、なんだろうが、ね。」
「人を相手にする時は、暴走しないのか。」
「そもそも本気にならないからね。」
「お前の部下は?まさか、全員転生するとか言うなよ。」
「転生じゃなく、不老不死。呪いがかかっててね。今生きてる忍は、皆呪われてる。」
「呪い?胡散臭いな。」
「なら、殺してみる?十勇士を殺すなんてできない。忍隊の無力化は、不可能。」
「なぁ…伝説の忍は…奴はお前らと同じ呪いにかかってるんじゃないのか?」
「虎太は神だよ。」
「冗談はよしてくれ。ただでさえ、忍に呪いに転生に…非現実的過ぎる。」
「冗談?違うね。この先、一般化する話。」
「何故わかる?」
「こちとらも神だし、妖だから。」
「妖だと?次から次へと、なんなんだ。」
「未来、現在、過去を行き来する方法が実在し、それをこちとらが持っているとしたら?これは、非現実的でもない、現実的な話。」
「お前は…お前はいったい何を知っている?何者だ?」
「あんたにゃまだ早い。」
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