第75話 俺の首を持っていけ
僅かな時間ではあったが、友好関係を築いた冒険者との再会を果たすとは。
それも最悪な場所と状況の中で。
別なルートを選択していれば互いに接触するどころか、存在そのものに気づかずいられたろうに。
そんな後悔が、自然と自分の顔を険しくさせるのが分かった。
「悪かったって、そんな怒んなよ。こっちも常に必死で余裕なんてないんだからさ」
だけど何かおかしいぞ。
こんなシチュエーションの割には口調が軽いというか、えらく気さくに話しかけてくるじゃないか。
「やっぱレイナも一緒だったな。まさかとは思うけど、あの海姫さんも来てたりするのか?」
「ああ、マリメアもすぐ近くで戦ってるよ。だけど俺だって君の登場にはまさかという気分さ」
「実は親交の深い複数のパーティ同士で提携して、莫大な報酬を狙って参戦しようって話になってな。お前たちの力も当てにして誘おうと思ったんだけど、ここ最近はてんでギルドハウスに顔を出さないからそいつも叶わなくてさ」
そうか、思えばまだ俺は所属の変更が出来ていないから、帝国領のフィルモスに名前が登録されているのか。
だけどビアンキが現状を把握していないのは俺にとって好都合だ。
適当にあしらってこのまま別れれば恐れている事態は免れるんじゃないか?
幸いこいつは思慮深いとは言えないからな。
「姐さん、何ボケっと突っ立ってんだよ! そんなんじゃ的にして狙ってくださいって言ってるようなもんだぜ!」
せっかく抜け道を見いだせたと思っていたら、それを塞ぐかのように合流してきたのはまたも知った顔だった。
ビアンキのパーティの一員である、スカウトのスコットだ。
こうなっては話が全く変わってくる。
「だってさ、見ろよスコット。エルトたちがいたんだ! 力を貸してもらえれば私たちの目的は達成できたも同然さ」
「おぉ! マジでエルトじゃねーか! あの時の調査任務以降は顔を見てなかったから随分と久し――」
旧知の仲との巡り合いによる喜びで満ちた顔が影を潜めると、スコットは両手に持った短剣を即座に構える。
何せこの男は役割として視野が広い上に、無意識に様々な箇所へ視線を送って瞬時に情報を仕入れるんだ。
当然、俺の腕だってすぐ目に入ってきたことだろう。
「なんでお前がその腕章をつけてるんだよ。なんで王国側について戦ってるんだ?」
やはり気づいたか。
淡々とした口調での問いかけだが、その冷静さが繕いであることは十分に伝わってきた。
「と、とと、とりあえず、一旦落ち着いて情報を整理しようか。えっと、王国が私たちの敵なのに帝国所属のエルトが味方して……つ、つまり帝国が王国?」
ビアンキ、君は動揺しすぎだ。
これじゃあどっちがリーダーか分からないじゃないか。
だが全てを悟ってくれたのなら話は早い。
ここは互いに見なかったことにしないか?
そして少しでも王国軍に被害が出ないよう、戦場を去ってくれれば尚ありがたいのだが。
「随分と欲張りな要求だな。冒険者の俺らがそれを飲むとでも?」
当然あり得ないよな。
正規の兵士ではないから敵前逃亡による重罪は免れるとしても、正当な理由もなしに仕事を放棄するのは冒険者にとってタブーにあたる。
信用が最も重要視される職業なのだから。
つまりビアンキたちが意図的に王国の傭兵を先に進ませるのはそれに触れるということだ。
それにさっきの口ぶり。
彼女らには何か譲れない事情があるようだった。
確かに戦争の規模が大きいほど、傭兵を請け負った場合に一獲千金を狙うことは可能だろう。
だがその分だけのリスクはどうしてもついて回る。
冒険者なら「稼げる」という部類に入る仕事は他にもあるだろうに。
「もちろん分かってるさ。だけど私たちは最短を行かなきゃならないんだ。悠長にしている時間なんてないからさ」
思った通りだったか。
こんな状況下でというのも変だけど、よければ話を聞かせてくれないか?
理由も知らぬまま戦ったりすれば、どういう結果になったとしても必ず遺恨が残ってしまうのだから。
俺の申し出に対して2人は一瞬だけ目配せをすると、意見が合致したのかビアンキが静かに口を開いた。
「実はさ、少し前に受けた依頼のせいで他のパーティメンバーが命の危機に瀕してるんだ。それを脱却するには、すぐにでも莫大な金が必要になってくるってわけだ」
さらに詳細を聞けば、二輪の風が受注したのは重要度だけでなく危険度もBランク、戦闘の発生も考えられる任務とのこと。
内容はゲイソンという軍属の男が発注した廃城の調査。
俺たちが共同で行った外部から情報を集めるというものとは異なり、城内に潜入して行うことが条件だった。
高ランクに分類される依頼だがビアンキは金等級の冒険者だし、同等に近い仲間たちだって同行したんだ。
受ける難度としては適正と言えるだろう。
それが壊滅的な結果に終わるだなんて、油断でもしてたのか?
「そんなわけあるか! 仕事を任された以上は下準備も怠らなかったし、ちゃんと細心の注意を払って挑んだんだ。だけどそんなものは全て無駄な労力だったさ。何せ廃城に待ち構えていた相手ってのが――」
悪魔だって?
そいつによってパーティ全員が負傷させられただけでなく、他のメンバーは呪術によって呪いを受けたと。
それを解くことが可能な腕の立つ術士を早急に雇わなければならないのだが、術式が複雑なのに加えて悪魔のものであると敬遠されがちになってしまう。
下手をしたら自分に返ってくるかもしれないからな。
だからこそ法外な金額を積まなければならないのだ。
進行を抑え込むために付きっきりで看てくれる治癒士を雇うだけでも、すごい勢いで金が溶けていくだろうに。
それにしても俺だって旅の中で色々なものを見聞きしてきたが、悪魔なんてものが割と近いところにいるなんて思いもしなかったな。
まぁ、身内の中に魔族がいるんだから対して驚きはないが。
そもそも魔族と悪魔の違い自体あまり理解してないんだけどさ。
「ざっくりと説明するなら魔族というのはヒューマンや獣人族などと同様、この世界に生きる種族のひとつだ。対して悪魔はそれらがある要因で変異を果たしたもの。贖人の対極となる存在と言えばさすがに察しがつくか?」
贖人はヒトが有する魔力が光属性へ極端に偏ることで変異するんだよな。
その逆はというとつまり……
闇属性へ偏ったせいで姿を変えたってことか?
「あぁ、その通りだ。ほとんどの個体が激情に駆られ気性が荒い性質なのでな。畏怖の念を抱いた人類によって何時しか悪という言葉を冠するようになったが、本来は『
驚いたな。
こんな事実が判明しようなどと誰が想像できるだろうか。
それと補足として、さっきの俺のように魔族と悪魔を混同して捉えるのはどうやらマナーに反するらしい。
なんでも魔族は快く思わないとか。
身近にデリザイトもいることだし、しっかり念頭に置いて気をつけなければな。
さて話を元に戻すと、なぜ2人を除くメンバーの命が危うくなるという状況に陥ったのかだ。
ビアンキたちではないのなら、落ち度があったのは依頼者側である帝国軍か。
考えられるのは情報の乏しさから、実際の危険度を見誤って設定してしまった……なんてのが考えられるが。
「そうだよ! だけどそれはミスなんかじゃなかった。あいつら、現地の状況や脅威について虚偽の申告をしてやがった。通常は精査した上でランクを決めて発行するからそんなトラブルは滅多に起こらないんだけど、今回のはギルドの目さえ掻い潜れるほどの情報操作が施されていたんだ。事が起きてから改めて調べた結果、実際にはSランクを超える緊急特別任務に相当するものだったらしい」
ゲイソンという名前に聞き覚えがあると思っていたが、いつもイグレッドの尻を追いかけてるシーオドアという男の偽名だったな。
大国の筆頭諜報員ともなれば、巧妙に他人を欺くことも可能だろう。
そして発覚してギルド側から糾弾されたとしても、末端の兵士にでも濡れ衣を着せて処分することで有耶無耶にってシナリオまで用意してるに違いない。
だけどなぜそんな面倒なことをするのか分からない。
解決してほしい案件があるのなら、偽らずに適切な等級と人数を揃えられる条件を提示するのが当然だろうに。
「この戦争のせいだよ。高額報酬が目当ての志願だったり、軍の引き抜きだったり、とにかく人材が不足していたんだ。それも高ランクの冒険者ほどにな。だからこそBランクというのは絶妙なラインだと思わないか? 上手く討伐できれば儲けもの。そうでなくとも目標の牽制くらいになれば合格ライン。ギリギリまで間口を広げながらも、そいつが可能な冒険者に受注させるにはさ」
依頼を受けた者の被害はお構いなしってか。
直接的に言えば捨て石ってわけだな。
軍の企てのせいで仲間を失いかけてるのに、それを阻止するために軍の手足となって働くとは皮肉な話だ。
「これで分かっただろ? きっとエルトだってそうであるように、俺たちにも引けない理由があるってことをよ」
あぁ、先に進みたいと望んでいる俺たちと衝突しなければならないことも改めてな。
ビアンキもスコットも決心した顔つきで武器を構える。
だが俺は心に蔓延るネガティブな感情を誤魔化せず、つい自然と目でスクレナに指示を仰いでしまった。
それに対して返された視線で表された言葉は、「お前に任せる」だ。
全く、ついさっきまで意気込んでいたことじゃないか、情けない。
だけどもっと深く読み解けば、まだ他にも何かを含んでいる。
そう、なんだか試されているような。
きっと顔見知りとはいえ、敵となった相手を斬り捨ててでも進むことが出来るのか。
そんな覚悟を持ち合わせているのかどうかだと思う。
「お節介でひとつだけ助言をさせてもらおうか。ここを突破したいのであれば、向こうの思考を読み取った上で本質をよく考えることだな」
じっくり観察してどんな行動を取るか予測しろってか。
そんなの助言でもなんでもなく基本中の基本だろう。
金等級と銀等級の冒険者を同時に相手するんだから、片時だって目を離せるものか。
こちらも剣を構えつつ、共に依頼をこなした時のことを思い起こす。
ほんの僅かしか戦う姿を見ることが出来なかったが、ビアンキは性格の通りとにかく力で押してくるタイプのように思った。
一方でスコットは、その場の状況を把握しながら臨機応変に戦い方を変えてくる。
人質となった仲間を海賊から取り戻す時がそうだったな。
そういえばあの時に助けられたのはメリダという女の子だっけ。
もともとなんでパーティに入っているのか疑問なくらい戦闘には不向きなタイプだし、さすがに今回は置いてきたのか?
それか同じように呪いを受けて苦しんでいるのだろうか?
だとすればあれだけ声高に嫌いだと宣言しておきながらも、ビアンキは彼女のためにこうして自分の命を張っているんだな。
もしかしたら「他のメンバーのついでだ」なんて言うのかもしれない。
だけどこんな世の中にありながら誰かのために全力を尽くせるなんて、やはりビアンキもスコットも根っからの仲間想いだ。
……って、何を余計なことまで考えてるんだ。
集中しなければいけない時なんだから、雑念は綺麗さっぱりと捨てされ。
そう思って振り払おうとするほどに、自分の記憶から生み出された情報が頭の中で渦を巻く。
嵐のように、激しくグルグルと……
出会ってきたヒトの顔や声が……
『旦那! あっしの為に馳せ参じてくれたんすね!』
なんでここでデポルが出てくるんだよ!
現状と全く関係ないし、ついさっき起きた内容も時間も浅い記憶だろうに!
『そうおっしゃらずに――』
しつこいな!
これほど真剣になっているのに目の前の相手に集中しようとするほど、なぜかあいつが前面に躍り出てくる。
そして仕様もない言葉を延々と語りかけてくるんだから、これこそまさに呪いなんじゃないかと――
「……あっ」
あれだけ思考の妨げとなっていた多くのものが一気に全て弾け飛ぶと、俺の手元にはたったひとつの結論だけが残された。
そして咄嗟にスクレナの方へ振り返る。
今度は先程とは異なり、自分の中で既に答えを固めてからだ。
対して向こうは口を開くこともなければ表情を変えることもないが、それこそこちらの考えが間違いではないと雄弁に物語っている。
だからこそ俺は剣を鞘に収めると、両手を広げて完全に無防備な状態となった。
こんな場所において最もあり得ない体勢に、2人は戸惑いを隠せずにいる。
「な、何してんだよ! 戦場で身を守る手段を自分から放棄するなんて正気か!? ふざけてないで早く構え直せ!」
あぁ、やっぱりな……
「ビアンキ、どうやら俺は君に勝つことは出来ないらしい。戦いにおいて戦意の喪失は敗北であり、それはすなわち死と同義だ。だからさ、俺の首を持っていけよ」
「え!? なんで……お前の?」
「詳細は省くが、帝国軍のお偉方にとって俺の首は最も価値があるものなんだ。きっとこれから先、ずっと遊んで暮らせるくらいの報酬が与えられるほどに。もちろん君の望んでいる優れた術士だって世界中から選び放題だろうな」
これを聞いて黙り込んだリーダーをスコットが一見する。
それからしばらくして彼女は自身の決断を表すように剣の柄を強く握り、静かに口を開いた。
「つまりエルトを討てば、二輪の風のみんなが助かる道が開けるかもしれないってことなんだな?」
その問いに対してこちらが頷いて肯定すると、ビアンキは勢いよく地面を蹴って距離を詰めてきた。
そして薙ぎ払われた刃の軌道を見れば、確実に俺の命を取りにきているのが分かる。
だけどこの場からは一歩も動きはしない。
身を翻すことだってしない。
これが俺の出した答えであり、覚悟だから。
◇
ここは帝国陣営の後方。
簡易的な拠点に並べられたテーブルのひとつを囲むのは第7軍団の主力たちだった。
頻繁に届けられる情報に基づいて戦場地図の上に置かれた兵棋を動かしながら、今回の戦から幕僚長に就任したセリアを中心に軍議が行われている。
「敵の想定外の砲撃によって出来た道に王国軍がなだれ込んできた為、前衛を務める第11軍団の一部が分断されました。そこに最も近いのは右翼側の第4軍団ですが、どうやら救援の要請には応えていただけないようですので、後衛である我々の軍団が請け負いたいと思います。向こうが作ってくれた更地を逆に利用して早急に駆けつけるよう、5体のバンダースナッチを手配してください。あの兵器の脚ならばまだ間に合うはずです」
「お待ちください。こちらに配置されたT-フレームの4分の1を向かわせるのには同意しかねます。他方面に回す戦力としては過ぎているかと」
「主戦場から最も離れた左延翼はまだ十分に余裕があるはずですから、すぐそちらにバックアップの要請を。難色を示すようでしたら宰相ルーチェスの命と伝えてください。名を拝借することは既に了承を得ています。一先ずはそれで補いながら戦況の変化を見守りましょう」
「しかし我らには
「今この時、危機に瀕しているのは孤立した兵たちなのです! それに兵器の破損や作戦の乱れなどは後からどうとでもなりますが、ヒトの命は取り返しがつかないのですよ!」
セリアと幕僚たちの延々と平行線を辿る議論に、周囲にいる多くの者は静観することで巻き込まれないようにしていた。
だがそんな泥沼に自ら飛び込む稀有な人物が、たったひとりだけ存在していたようだ。
「全く、複雑に考えるからいつまでも纏まらないんだ。もっとシンプルな考え方をしたらどうだい?」
ついさっきまで紅茶を嗜みながらくつろいでいた剣聖が、ティーカップを片手にテーブルの端へ腰かけた。
そして地図上に置かれた駒を勝手に並べると、自らの案を得意気に語りだす。
「派遣する部隊の規模は、そうだね……2個小隊くらいでいいんじゃないかな。それが現地に到着したところで横隊に展開して迎え撃たせるんだ」
「それでは無駄に犠牲を出すだけじゃない。しかも全滅を覚悟して命懸けの防衛を行ったところで、せいぜい持って2分がいいところよ」
「その半分の時間でも留めてくれれば十分さ。そこをエーテルカノンで狙えば直撃じゃなくても、先行してくる敵側に甚大な被害をもたらすことが出来る。ドーンッ! ってね」
そう言いながらイグレッドは空になったカップを叩きつけると、真下にあった駒は地図上に四散する。
そんな知性も感じられない戯言に、思わずセリアの口からは溜息が漏れてしまう。
「真面目に聞いたのが馬鹿馬鹿しくなるわ。そのようなことをすれば味方も巻き込む事態になるのよ」
「だからこそ提案した人数なんじゃないか。最小限のコストで最大限の益を生み出す。これが作戦というものだろう?」
「いいえ、作戦の意義とは如何に味方の被害を最小限に抑えながら成果を得るかよ」
「相変わらず青臭いことを言うね。名誉ある死によって祖国に尽くせるなら兵たちだって本望なのにさ。おお! 我らが偉大なるガルシオン帝国のために……ってね」
「そんなのは自己犠牲こそが美学だと常日頃から刷り込んでいる結果よ。あなたの口車という洗脳によってね。行き過ぎた信仰は過激な思想を生むけど、過激な思想からは決して真の平和なんて生まれやしないわ。よく心に刻んでおきなさい」
変わったのが論争の相手というだけで、依然として話し合いの着地点は見つからないままである。
だが将官たちが揃って内心で支持していたのは剣聖の言い分の方だった。
人命を優先に立案されるセリアの作戦がこれまで賞賛されてきたのは、ひとえに近年の戦争が帝国にとってゆとりのあるものであったからだ。
今回のように予想外の切迫した状況、いつ自分の安全が脅かされるのか分からない状況において、ヒトは倫理観など二の次になる。
中には「綺麗事を」と舌打ちしている者さえいるかもしれない。
「仮に、あくまで仮によ。あなたの作戦を実行したとして、あの魔族はどう対処するつもり? 私も高台から双眼鏡で観察してみたけど、運よくエーテルカノンを当てられても、あれの猛攻を止めるのは簡単ではないでしょうね」
「その点については心配はないさ。そろそろ適任者が自ら名乗りを上げてくるだろうから」
「グラド・バウスフィールド、入ります!」
イグレッドが予言した通りに拠点を訪ねてきたのは、別の所属である聖騎士グラドだった。
友人である剣聖が率いる軍団の拠点ではあるが、上の階級となる将官が他にもいることから
通常とはまた異なる聖者という特別な立場でもありながら、それを笠に着ることもないあたり本人の真面目さが窺える。
「やあ、グラド。あまりにも暇だし、ちょっとボードゲームの相手でもしてくれないか?」
「いや、悪いがそんな時間はない。俺もそろそろ出陣しようと思ってな」
「ということは、やはり君があの魔族の相手を引き受けてくれるんだね?」
グラドの性格を考慮した上でのイグレッドの推察は正解だったようだが、ここまで足を運んだ理由はまだ他にもあると、バツが悪そうにする聖騎士が物語っていた。
「いや、その……ルナの奴を見かけなかったか? ほら、以前の失態から俺の部隊に組み込まれることになっただろう? なのにいざ部下たちに集合の号令をかけたらあいつの姿だけ見えなくてな」
自分の管理不足を恥じているのか、罪の告白のように絞り出すグラドの言葉にセリアは無言で首を横に振り、イグレッドは肩を
どちらも知らないとなれば当ては外れたのかと思いきや、どうやらここに来たという彼の判断は間違っていなかったようだ。
「あの……発言失礼します! 自分が物資の消耗具合を確認していた際にですが、聖魔導士様が単独で戦場に出ていくのをお見かけしました。て、てっきり聖騎士様もご存知であったものと……」
目撃者となった下級士官が恐る恐るといった感じで語る理由は、単に報告を怠ったというだけではなかった。
実のところ声をかけたくないから、見て見ぬふりをしていたのだ。
向こうの機嫌がよければ罵倒されるだけで済むだろうが、不幸にも虫の居所が悪ければ、グラドがこうしてルナの動向を知ることは出来なかっただろう。
「あぁ、クソ! また勝手なことを! こういう時にやる気を出すタイプでもなかろうに」
「セリアがさっき言った通り、思っていた以上に苦戦を強いられているし、乱戦になっているからね。おまけに『
「闇の女王か」
「魔術の分野において頂点に君臨することこそがルナのアイデンティティなのだから、ここで雪辱を果たせなければ彼女は昔に逆戻り……いや、矜持を深く傷つけられてもっと酷いことになる可能性だってあるかもしれないな。しかし野放しにしておいていいのかい? 闇の女王は君も狙っている獲物のようだけど」
イグレッドがセリアに対して煽り立てるような言葉を投げるが、当の本人は歯牙にもかけない様子だった。
「構いやしないわ。ルナひとりの力では到底敵わない相手なのは明白なんだから」
「おや? それほど確信を持っているのに援軍を送る気配さえないのは何か意図があるのかな? もしかして彼女の敗北を良しとしてるとか」
「いいえ、ここで誰かが助力したとしても、寧ろルナの為にはならないからよ。なぜならそれをしてしまえば、あの子にとっては勝ち負け以前に意味のない戦いになってしまうのだから」
「なるほど、確かに言えてるな。僕だって視界に入れただけで虫唾が走るほどの敵なら、自分の力だけで始末しなければ気が済まないだろうしね。更にしばらくは死体を寝室に飾っておいて、その間は寝起きの一言に『おはよう』ではなく『ざまぁみろ』と言いながら唾を吐きかけてやりたいもんだ」
まるで特定の誰かを頭に浮かべながら感情を乗せているようなイグレッドの発言に、セリアは軽蔑の眼差しを向ける。
その表情に気づいたからか、剣聖は素知らぬ顔で次の話題へ移行しようと試みた。
「君も闇の女王に対して思うところがあるみたいだけどね。残念ながら腕に覚えのある戦士でなければどうしようもない。僕らがあの魔女の首を持って帰還するのを大人しく待っていてくれ」
『そのパートナー諸共ね』と、イグレッドは心の中でほくそ笑んでいた。
ところがセリアは杖を手にすると、彼の口説を否定するように椅子から立ち上がる。
「そんな必要はないわ。今回は治癒士としての後方支援ではなく、実際に私も戦場へ出るのだから」
「だがこれまで以上に激戦となっているのは何度も話しているはずだよ。互いが他人に気を配る余裕なんてないことくらい分かっているだろうに」
「もちろん誰かに守ってもらうのを前提に話しているわけじゃないわ。大丈夫、こんな自分にだって戦う術があるとルーチェス様が教えてくれたから。そして――」
聖女が杖で地面を突くと、拠点内には澄んだ音が響き渡った。
「世界にはびこる邪気を払う術だってね」
するとこの場にいる者たちは一斉に身震いをする。
唐突に感じた肌を刺すような寒さによって。
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