第74話 かつての友は今日の敵

 何やらもたついているデリザイトにレクトニオが合流したのを遠目に確認した直後、とてつもないエーテルが帝国側の陣地に向かって放たれた。

 きっと2人のどちらかによる攻撃なのだろう。

 このように各所では本格的な戦闘が勃発しているんだ。

 俺たちだって遅れをとるわけにはいかない。


 そんな決意を試すようにこちらを標的とするのは、およそ50ほどの騎兵だった。

 対してこちらが率いるのは、イルサン王から借り受けたケット・シーの戦士たち。

 内訳は歩兵が400に騎兵が50。

 数だけ見れば迎え撃つどころか、簡単に返り討ちにできる兵力差ではある。


 だけどそれは根本的な条件が同じであればの話だ。

 というのも向こうの小隊はヒューマンが大多数を占めており、猫妖精らに比べれば体格で遥かに勝る。

 おまけに自軍の騎兵が乗っている動物はドードーなんだ。

 馬と真っ向からぶつかり合ったら、鳥だけに羽のように軽く宙に舞うだろう。


 だからこそ、そういった不利な点を踏まえた装備を予め用意させていた。

 一般的にヒトが使用するサイズの盾。

 当然、ケット・シーが持つには大きめではある。

 それを歩兵全員に持たせ、20人横並びにして20列配置した。

 ただでさえ向こうが有利な状況の上に、なんと心許ないバリケードか。

 どちらかといえば適度な的と表現した方が適切だろう。


 それが相手に一切の迷いもなく蹂躙という選択をさせた。

 恐れや躊躇などがないからこそ自然と前のめりになり、スピードが増していき、互いの間隔も狭くなっていく。


 そして両陣営がぶつかり合おうという直前だった。


「今だ!」


 俺の号令と同時にケット・シーたちは真ん中から左右それぞれに身を翻し、騎兵の突撃を回避する。

 前方に体重をかけるも覚悟していた衝撃がなく体制を崩したことや、闘争心を高ぶらせておいて肩透かしを食らったことで、先頭の列を走っていた帝国兵の多くは反射的に上体を起こしてしまった。

 その際に手綱を引いてしまったばかりに馬が脚を止める。

 ほんの僅かな速度のブレ。

 即座に立て直しが可能な少しの不協和音。

 だがそれは互いが適切な距離を保っていればの話だ。


 全員が揃って強行突破一択という考えであったゆえに一塊となっていたせいで、そのブレが後列へ伝播するにつれて大きくなっていく。

 そしてついには前後の馬同士が衝突して暴れ回るという事態にまで発展した。


 帝国兵たちが必死に馬を宥めながらその場で足踏みしているのを見るや、俺は自軍に指示を出して次の段階に移行させる。

 猫妖精らは騎兵隊をぐるりと二重に囲み、前列は正面に、後列は頭上に掲げて自分と前列の者共々蓋をするように盾を構えて壁を作った。

 狭くて加速するほどの距離を確保できない上に、盾の隙間からは槍が飛び出しているんだ。

 そう簡単には抜け出せないだろう。

 その間に俺はスクレナとの契約時に分け与えられた闇の魔力を、体外へ放出する感覚を意識する。


 それから地面に剣を刺すと、動きを封じている敵の足元には影のような円が浮かび上がり、無数の黒い刃が突き出してきて一掃した。

 これは海鳥の巣の調査の時に、キャプテン・ハンガの船の上で披露した魔術まがいの技である。

 だがその頃に比べれば質は格段に上がっていると自負している。

 まずはきちんと狙った箇所へ発動させるまでの時間が速くなったこと。

 それに以前まで影から出てきたのは黒い棘のようなものであったのに対して、今回は剣や槍などの形を模していた。

 これは自分の頭の中でイメージした通りに魔力を変化させられる練度が上がっている証拠だ。

 もちろん今回はケット・シーたちが敵を一纏めにしてくれた上に足止めをしてくれたからこその結果ではあるが、日々行っていた魔力をコントロールする訓練は着実に自分の技の質を向上させてくれていた。


 ここまで実用的になったのならそろそろ名前をつけてもいいかもしれないな。

 言うなれば――


闇の噴出ダークネス・エラプション


「うん? 何か言ったか?」


「いや、別に……」


 自然と口から出た言葉をすぐ傍にいたスクレナに聞かれてしまったか。

 問われたことをつい咄嗟に濁してしまったけど。


「……ダークネス・エラプションか」


 やっぱり聞こえてたんじゃないかよ! もう!

 けっこう気に入ってるのに、他人にぼそっと呟かれると途端に恥ずかしくなるからやめろよ!


 そう思って振り返った矢先に目に飛び込んできたのは、友軍から分断されている3人の王国兵だった。

 そこへ迫るのは8人の帝国兵。

 このままではあっという間に全員が斬り殺されてしまう。

 だけど駆けつけてもこの距離では間に合わない。

 そう思った俺は救助が可能な方法を考えるよりも先に、無意識のうちに体を動かしていた。


 魔力に包まれた左手を敵に向けて振ることで、複数の黒い紐状の形へと変えて放ったのだ。

 それが体にまとわりついた帝国兵たちは、各々が驚いて引き剥がそうとするも無駄な労力であった。

 実体がないゆえに先端が体内にまで浸入しているのだから。

 すかさず体を捻りながら左腕を引くと同時に、伸ばした魔力を元に戻して敵をこちらへ寄せる。

 そして襲撃を受けていた兵士たちから十分に離したところで先程の技を発動させ、まとめて串刺しにした。


 それにしても……

『戦場では中途半端な情けは無慈悲よりも残酷なり』とスクレナには教えられたけど、生き物の、とりわけヒトの体に刃を通す感触や音というのは慣れないものだ。

 例え自分の手を離れて造られた刃だとしても。


 だけどそれでいいのかもしれない。

 もしその感覚が麻痺するような瞬間が訪れるとすれば、自らの破滅までの時を刻む針が加速しているということなのだから。


「旦那! 黒騎士の旦那ぁ!」


 聞き覚えのある声に呼ばれたと思ったら、窮地に陥っていたうちのひとりはあのデポルだったのか。


「あっしを助けるために馳せ参じてくれたんすね! あの時に結んだ縁のおかげでこうして命を救われるなんて、名前を売り込んでおいた甲斐があったってもんす!」


 いや、たまたま目についただけだし、助けるまで誰だか分からなかったんだけどさ。

 それに出会いからして俺らが結んだ縁なんて悪縁だろうに。


「そうおっしゃらずに。どんな形でも繋がりを持てば皆身内すよ。そんなわけで、是非とも我々を旦那の部隊に同行させてください」


 もちろん戦力は多いに越したことはないけど、なんか嫌だなぁ。

 他の2人はともかく、こいつは状況次第で簡単に寝返りそうな印象だから逆に不安の種が増えるだけだしな。


「君たちもここにいたのか」


 拒否したいが見捨てることも出来ず、葛藤しているところに鉢合わせたのはドゥエインだ。

 そうなるとこのデカい集団はクレフのいる王国軍本隊だろう。

 だけど大丈夫なのか?

 思ったよりも前に出過ぎのような気もするが。


「少なくとも私が……いや、大半の者が知るうちでこれだけ規模の大きい戦争なんてなかったから、既に混乱に巻き込まれて自分の部隊からはぐれる兵士が多発しているんだ。そうなれば必然的に標的となってしまうからね。だから元の部隊でなくとも構わないので、とにかく早急にどこかへ合流が出来るよう計らっているのさ」


 なるほど、デポルたちもその口だったんだな。

 俺には初めての体験だし比較となる基準がないので分からなかったが、ドゥエインたちからしても稀な事態なのか。

 確かにT-フレームの襲撃やエーテルカノンの砲撃だけでもこっちの足を鈍らせるのに、倒しても倒しても手応えのない深い霧のような大軍の相手は厄介だ。


 デリザイトやレクトニオみたいに高火力の技や武器で一気に殲滅できれば展望も開けるのだけど……


 小さな爪が着いた金属の手甲を両手に装備し、格闘術を駆使して戦うスズトラ。

 俊敏でしなやかな動きによって次々に敵をねじ伏せていくが、如何せん射程と攻撃範囲が狭い。

 これではまるで長い炭鉱をピッケル1本で少しずつ掘り進んでいくみたいなものだ。


 一方でマリメアは開戦の数日前から大量の回復薬を用意してくれたが、戦場でも治癒士ヒーラーとして立ち回ってくれている。

 だけどその手腕は、ただ一言で役割を言い表すのが失礼なほど見事なものだった。

 味方が傷つくのとほとんど同時に治癒魔法を発動させるから、かけられた方はまるで当たりどころが良くて無傷だったのではと錯覚するくらいである。

 しかも絶妙な調整で過剰回復オーバーヒールにならないので、無駄な魔力の消費や対象者への体の負担もないときた。

 まさに長い時を生きて得た熟練の技……なんて言ったら逆に本人の機嫌を損ねそうだな。


 しかしやはり火力という点で物足りないのは否めないのだが、同時に俺は心の中で引っかかっている部分がある。

 単に気が合う、仲がいいという私的な理由だけで、スクレナが六冥闘将の地位を授けるだろうか?

 デリザイトやレクトニオと肩を並べる地位をだ。

 それを踏まえれば、彼女らはまだ力を温存しているのかもしれない。


 まだ底の見えない帝国側の戦力。

 これより先に進むほど戦いは熾烈を極め、より強敵やイレギュラーと遭遇する機会も増えていくだろうしな。

 そう考えると先行した2人が少々はしゃぎすぎだったということか。


 それに比べて意外にもスクレナの挙動は静かなものだ。

 きっとそこらへんを重々承知の上で、ちゃんと力配分を考えながら戦っているに違いない。


「と、とても兵士には見えないが、あの女には攻撃してもいいのか?」


「ふざけた格好しやがって! 向こうが勝手に戦場の真っ只中に突っ立ってるんだ! 関係ねぇ!」


 その本人をふと見やれば、いつの間にかこちらへ仕掛けてくる中隊規模の部隊と俺たちの間に陣取っている。

 全く動じることもなくスクレナが右手を突き出すと、迫る帝国兵たちは禍々しいオーラを漂わせる半透明の黒い球体の中に閉じ込められた。

 そして術者が拳を握るのと同調して収縮すると、そのまま中にいた兵士ごと忽然と姿を消してしまう。

 それを見て呆然としていた周囲の者たちが、今の事象が眼前の女性の魔術によって引き起こされたのだと把握するのに、暫しの時間を有するくらい一瞬の出来事だった。


 せっかく人が感心していたのにこんな大技を繰り出すなんて。

 やっぱり久しぶりの大戦でこいつも気分が高揚していたってことか?


「大技? 何を寝ぼけたことを言っておる。今のは簡単な無詠唱魔法だ。こんな幼子を軽く叱りつける程度の労力で疲弊するわけもなかろう」


 そうなのか?

 魔術に関しては全くの素人だからよく分からないけど、とりあえず言いたいのは幼子を叱るのにここまで地面がえぐれてたまるかってことだ。


「す、すげぇ……あの魔術士、黒騎士様の連れなんだってな」


「しかも無詠唱だろ。やっぱりあれくらいの技量じゃないと認めてもらえないんだろうな」


 何やら味方から誤解をされているようだけど、残念ながら俺にはあんな規格外なことは不可能だ。

 むしろあっちの方が黒騎士本体と言っても過言ではないのだから。


「どうだ! これほどの猛者が協力してくれているのだぞ! ここが死地と定めるには早計であるとは思わないか!」


 そういうことか、ドゥエイン。

 利用できるものは最大限に活かそうと。

 だったら――


「ああ、そうだ! さっきの魔術士をはじめ、前線で戦っている魔族やゴーレムたちもこの黒騎士の配下なのだ! そしてそれらを束ねる俺はさらに強い! この戦場いくさばの誰よりもな!」


「うおぉぉぉおおおおおお!!」


 俺のハッタリに呼応するよう友軍は士気を高めて雄叫びをあげる。

 こんなしょうもない嘘が希望になり、その希望が勝利をもたらすのならザラハイムの皆も、騙すようなことをした王国の人たちも目をつぶってくれるよな?


「ありがとう、私の意図に乗ってくれて。引き続き本隊は孤立してしまった者たちの支援を行いながら進軍するが、どうやら君たちは独自に動いた方が力を発揮できそうだね。では、この大軍を抜けた先でまた合流できると信じているよ」


 最後にそう言い残してドゥエインたちの部隊は再び行動を開始した。


「そいじゃあ、黒騎士の旦那! あっしはこれにて失礼させていただきます。ご武運をお祈りしてますぜ!」


 ……って、デポルはそっちについていくのか。

 まぁ、本隊の方が圧倒的に人数が多いから狙われる確率も格段に減るし、何よりクレフや上官にアピール出来るかもしれないからな。

 いやね、実際には同行の申し出に躊躇してたから都合がいいんだけどさ。

 なんでだろう? こうイラッとするのは。

 あいつの調子よさからなのか、もしかしたら戦力としてちょっとは期待していたからなのか。


 そうは言っても改めてスクレナの実力を目の当たりにすると、本当に必要なのかとも思ってしまう。

 戦の時にはいつも不安になるとか、自分ひとりだけでは決して勝てないだとか、先日バルコニーで話したことについて懐疑的になるほどに。

 実際にはこの何十万という敵兵をこいつの魔術だけで一掃してくれるんじゃないのか?


「馬鹿を言うな。それだけの規模の魔術を発動させるとなれば、詠唱のために戦場で長らく無防備な状態を晒さねばならぬし、広範囲になるほど威力は減少していくのだ。雑兵はともかく、それなりに名の知れた将はその程度で仕留めきれるものではない。それに我には最後の最後で完遂せねばならぬ大仕事があるからな。可能ならば以降は僅かな魔力の消費も回避したいところなのだ」


 大仕事か。

 スクレナが自ら語り、自ら実行するとなるとかなり重要なことみたいだ。

 だったらこれまで通り、救ってもらった命の代価としての役割を果たさなければな。


「ふふ、よろしく頼むぞ。我が騎士よ」


 俺の顎に手を添えながら微笑む仕草が嬉しく、頼りにしているというその言葉が誇らしくて、一気に戦意を高揚させてくれる。

 だがそれが悪い方へ作用してしまい、つい気持ちが浮ついていた。


 そんな心持ちのまま群集に飛び込んでしまったものだから、混戦の中でこちらに標的を定めた者の存在に気づくのが遅れしまったのだ。

 それでもギリギリのところで、相手と刃を交えて最悪の事態を回避する。

 しかしその振り下ろされた斬撃は膝を崩されるほどに重く、これだけでも並の兵士よりも飛び抜けた実力だということが分かった。


 ふと最初に見えたのはガルシオン帝国の腕章だ。

 だとすると、おそらくは帝国軍に雇われている傭兵か。


「あれ? お前……ひょっとしてエルトじゃないか?」


 え? なんで俺の名前を知ってるんだ?


 いや、待てよ……デポルの時と同様、俺は以前にこの声を聞いている。

 一瞬で頭を巡った思いに駆られて顔を上げると、確かに目の前にいたのは見知った人物だった。


「君は、ビアンキか!?」


 かつて共に大海原に出て依頼をこなした冒険者との予期せぬ再会に、呼び覚まされたのはシェーラに向けたドゥエインの言葉だ。

 誰だって当事者になりうるはずなのに、第三者として楽観的に捉えていた理が今になって自分の心に冷たく突き刺さる。


『雇い主によって敵味方が都度変化していくのが傭兵の常』なのだと。



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