第63話 厄災の記憶

 ドルコミィリスが放った光が俺に襲いかかり胸を貫く……なんてことにはなっていない。

 体の中に消えていったが痛みも衝撃も皆無だし、どうやら攻撃ではなさそうだけど。

 だったら俺は一体何をされたんだ?


『儂の魔力の一部をお主の中に宿らせたのだ。こうして繋がりを持つことで、いつでもこの場から監視することが出来るからな』


 なんだ、そうなのか。それならよかった。

 そもそも今は本物の肉体じゃなかったんだっけ……



 いや、よくない! 全くよくないぞ!

 今でさえ四六時中一緒にいる奴がいるのに、更に私的な時間がなくなるなんて冗談じゃない!

 どこまで俺の自由を侵害すれば気が済むんだ!


『お、落ち着かんか。監視と言っても常に見ているわけではない。魔力に生じた異常を感知するくらいであるし、こちらから接触をしたい時には予め合図を送って確認をとるでな』


 うーん、それでも納得できるものではないな。

 これでは自覚もなく一方的に罪人にされて、おまけに足枷までつけられるような気分じゃないか。


『分かった分かった。それでは見返りとして、普段はお主に宿した魔力を好きに使ってもらって構わない。もっとも竜族と人間の魔力の質は大きく異なるゆえ、上手く使いこなせるという保証は出来ないがな』


 なんだか欠陥品を押し付けられた感じで合意しかねるが。

 あまりゴネていたら最後にはさっきのドラゴンたちみたいになるかもしれないしな。

 ここらで手打ちにしておくか。


 そういえば話がどんどん進んでいるが、根本的な部分をまだ理解していなかった。

 つまりは俺が過去に何をして、どんな力を秘めているのかということだ。


『やはり闇の女王は何も伝えていなかったか。いや、おそらくあの子自身もつい最近までは半信半疑だったと見える。もし知りたくば儂から詳細を話してもよいが……どうする?』


 かなり迷うところだ。

 セルラィンとの戦いで体験した感覚はかなり異様なものだった。

 それが自分の身に起きているのだから気にならないわけがない。

 もしかしたら体に害を及ぼすかもしれないし、最悪命に関わるかもしれない。


 だけど――


「いや、やめておきます」


 例え五分の可能性の段階だったとしても、今までスクレナが俺に話さなかったのには必ず理由があるはずだ。

 だからあいつが自分の口で伝えてくれるつもりなら、俺はいつまでも待つことだっていとわない。


 その言葉を聞いて、ドルコミィリスは微かに目を細める。

 ずっと威圧的だと思っていた顔に、ふと優しさが感じられた。


『ふふ、好いているのだな。あの娘のことを』


「そっ!……そうじゃなくて! 強いて言うなら信頼しているということです」


『そうか? 困難なことも多々あったろうに、闇の女王が映る記憶の全てが快い感情で彩られているのが分かるぞ』


 そういえばここでは心が剥き出しの状態だったのだな。

 ならば自分では気付いてないだけで、俺はスクレナのことを……?

 いや、もしかしたら闇の女王とただの人間では立ち位置が違うという思いによって、気付かないふりをしていただけなのか?

 意識をすれば今の関係が壊れることを恐れていたと?

 いや、まさか……でも……


『な、なんだかすまないことをした。人間の歳なら既に成人しているであろうし、幼子の初恋にも劣らぬほど純粋な反応を示すとは思ってもみなかったのでな』


 もうこの世から消滅したくなるほどに恥ずかしくなってきた。

 一刻も早く元の世界に戻りたい。



 ……待てよ。

 向こうから俺のことが丸分かりということは、こっちも竜王の記憶を覗けるんだよな。

 やられっぱなしというのも癪だし、恥ずかしい過去のひとつでもないか探ってやる。


 方法は教わっていなくても大体の察しはついた。

 俺は目を閉じ、ドルコミィリスへ意識を向けて魔力を放出した。

 黒騎士になる際のエンチャントと同様のことが、この特殊な環境下なら自分にも出来るはず。

 互いの魔力が混ざり合って一体となれば、そこと密接に繋がる精神にも影響を及ぼすだろう。



 ◇



 しばらくしてから目を開けると、俺の予想が的中していたことがすぐに分かった。

 眼下に広がっていた風景が、これまでとは全く異なるものに変わっていたからだ。

 だけどこれは……本当に現実にあったことなのか?


 変わった形の建物が密集しているどこかの都市。

 角張っていて縦に細長い建築様式は、以前に一度だけ行った帝都のものによく似ている。

 とても発展していたのだろうが、その長い歩みが一面の炎によって無に帰そうとしていた。


 灼熱の地獄に囲まれながら悲鳴を上げて逃げ惑う人もいれば、既に諦めて地面に座り込む人もいる。

 もう二度と動くことがない人もだ。

 行動は様々であったが、共通するのは皆が頭部に大きな耳を有しているということ。


 空は立ち上る黒い煙に覆われ、炎の赤を反射して惨憺たる光景に拍車をかける。

 その中で無数のドラゴンに包囲されながら航行するのは、多くの巨大な飛行物体だ。

 飛行船のような形に似ているが、材質がまるで違うし、船体の所々に武装が施されているから戦艦と思われる。

 砲塔が火を吹きドラゴンたちは次々と地に落とされるが、相手となる戦艦の中にも大破する寸前のものがいくつか見えた。

 まさに一進一退の攻防と言えよう。


 そして何よりも目につくのが正面にいるこいつ。

 どことなく形状がレクトニオに似てるのが気になる金属の巨人だ。

 おそらく俺が今見ているのはドルコミィリスからの視点のはず。

 ここはあいつの記憶の世界だからな。

 だとすればこうして同じ目線で立っているのだから、かなりの大きさということだ。


 その巨人と対峙している間にも自分に流れ込んでくる感情は、激しい敵意だけではなかった。


 これは……不安?

 あの竜王が勝てるかどうかという不安を抱いているのか。

 だとすると俺は最後に繰り広げたという死闘に立ち会っているのかもしれない。


 それに星そのものが割れんとするこの光景は、以前にキャローナが話してくれたアシュヤ文明の終焉を招く厄災の日を映したものだ。


 まさかこの歴史にドルコミィリスが関わっていたなんて。

 世代が違うとはいえ仲間の故郷となるはずだった都市が破壊されたり、そこに住まう人たちが次々と命を落とす様を見るのは心が痛む。


『あの巨人はアシュヤ人が造りし機械仕掛けの神である』


 唐突に語りかけてきたのはこの記憶の持ち主、現在の竜王か。


「神を……造った?」


『そうだ、その名は機工神デウス・エクス・マキナ。魔力に精通していなかったアシュヤ人がルーチェスという者の教えを受け、自身らの技術と掛け合わせて生み出した最高傑作。これこそが第一の「の儀」であったのだ』


 ルーチェス?

 俺だってこれから戦う相手の内情くらいは調べてある。

 確か帝国の宰相も同じ名前だったよな。

 でもこれは何千年も前の出来事だ。

 やっぱり単なる偶然なのか。


『今の時代やガルシオン帝国の情勢についてはそれほど詳しくないが、闇の女王やザラハイムが全盛だった頃にも同様の人物の存在が確認されている。不老か長命なのか、とにかく得体の知れない人間だ。いや、もはや人間なのかも怪しいだろう』


 そう言われると思い当たる節はある。

 スクレナとの話の中に宰相が出てきた時はやけに詳しかったり、少し感情的になっているような気がしていた。

 しかし知った顔だという事実は聞いたことがないのだが……

 どうしてそんな重要な部分を語らなかったのだろう?


『さてな、そういうのは本人の口から出るのを気長に待つのであろう』


 あれ? もしかしてさっきのこと拗ねてる?


『ふむ、そろそろ現実の世界に戻るとしようか。見ていて気分のいい光景でもなかろうし、今度はあの娘の方に話があるからな』


 燃える世界が一瞬で消え去ると、いつの間にか俺は一面が夜空のような空間を漂っていた。

 直後に何かしらの力で下へ下へと引っ張られる感覚に陥り、加速するほどに周囲の光が伸びていく。


『そうだ、念の為に深層に隠しておいたが、儂がお主に魔力を分け与えたことを闇の女王には秘密にしておけ』


 なぜだ?

 些細とは言えない変化なのだから、一応は常に行動を共にするスクレナに伝えておくべきではないのか。


『2人だけの場所に年寄りが割って入ったとなれば、あの子がへそを曲げて面倒なことになりそうだからな。それが乙女心というものだろう』


 なんだそれ。

 訳の分からないドルコミィリスの言葉を聞きながら、落下のスピードが増すごとに俺の意識は遠のいていくのだった。


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