第40話 アシュヤの兵器

 急降下してくる正体不明の飛行物体。

 このままでは勢いよく地面に激突してしまうのではないかと思った矢先だった。

 全身を水平に起こして急に速度を落としたかと思えば、空中で人型へと姿を変える。

 重い音を立てながら地面に着地したのは、俺たちがこの地まで足を向けた理由を作った者だった。


「お久しぶりデス、マスタースクレナ。そして遅くなって申し訳ありマセン」


 波のない一定のリズムで挨拶をするのは、今日の外出の本来の目的であったレクトニオだ。

 不可解な状態となっていたのは耳にしていたが、まさか完全復活を果たすなんて。

 それに翼を広げた鳥のような姿から今の姿へ、自分の意思で瞬く間に変形する様。

 やはり俺が知っているゴーレムとは、何もかもが根本的に違っていた。


「信徒の女から話を聞いた時、もしやと思って期待に胸を膨らませておったがな。さすがにそっちから出向いてくるとは思わなんだ」


 こんな状況の中でも、スクレナは喜びに満ち溢れた顔でそっと脚に手を添える。


「本当は数日前に貴女が訪れ、今と同じことをした際に目覚めていたのデス。音声、指紋、魔力、お菓子を食べた後に拭かない手を感知して照合した結果、マスター本人だということは認識しましたカラ」


 それに応じるように跪くレクトニオの仕草は、まさに主従関係を示す人間のものと同じであった。

 途中でいらない一言があったようだけど……

 呪術やら何やらで人形に魂を宿らせるなんて聞いたことがあるけど。

 目に映る光景を見て感じる限りだが、そういった話でもなさそうだ。


「しかしエネルギーとなる魔力の消費を抑えようとスリープモードに切り替えてから、あまりにも年月が過ぎてしまいまシタ。その影響で予想以上にメインシステムの再起動、及びプログラムの自動更新に時間をいただくコトに」


 途中から知らない単語もチラホラと出てきたし、何を言ってるのかさっぱり分からないのだが。

 スクレナも「なるほど、そうか」なんて得意げに相槌を打っているが、あの顔を見れば絶対に理解力が追いついてないのは一目瞭然だ。


 レクトニオは立ち上がってからこちらへ体を向けると、自分の胸に手を添えて自己紹介を始める。

 そんな所作の1つ1つが、変化のない表情に代わって感情を伝えているようだった。


「以前にマスタースクレナと共に自分の前まで来ていたのは感じていましタガ、実際には初めましてデスね、エルト。自分は『LECT-N10』と言いマス。仲間内ではレクトニオと呼ばれていますので、ドウゾそちらの名でよろしくお願いしマス」


 レクトニオは、音を立てながら上半身を前に傾ける。

 それがお辞儀だということはすぐに伝わり、こちらも一礼で返した。

 つい慌てて無言になってしまったが。


「それで、これはどういった状況デスカ? あちらに見えるのは贖人のようデスが。まさか自分が眠っているうちに、また何者かが神降ろしヲ?」


「さあな。だがあの女が裏で糸を引いているのは確かだ。今回の一件もまた然りなのだろう」


 なんの話をしているのか全く見当がつかない辺り、おそらく大戦時のことなのだろう。

 気にならないと言えば嘘になるが、今は昔話に花を咲かせている場合ではない。

 早急に対処しないとさらに状況は悪化するんだぞ。


 それを聞いてレクトニオは、俺が示す方向へと顔を向ける。

 そして頭部の中心にある丸い筒のような部分。

 こいつの目にあたるのだろうか。

 そこから忙しなく何かを動かしているような音がした。


「――把握しまシタ。あの人間たちの体内にある異物……おそらく小型たちの卵デスね。それらを除去したくとも、身を案じるあまり手をこまねいていた……そんなところデスか」


 即時にその答えまで辿り着いただけでも驚いたが、レクトニオはそれ以上の言葉を語る。


「では、自分が解決しまショウ」


 人があれだけ悩んで、結果やむを得ないと諦めていたことなのに。

 まるで簡単な雑用のように、あっさりと引き受けるなんて。


「その前にマスター、貴女の魔力を分けていただけマスカ? 再起動した時点で既に空に近かったのに、急ぎここまで飛んできた為このまま戦闘態勢に入るのはヨロシクないかと」


 承諾する主をレクトニオが自分の手のひらに乗せると、胸部の装甲を開けた。

 スクレナはそこに収まっている魔力炉に手をかざすと、エネルギーを注ぎ込んでいく。


「感謝シマス。これで存分に機能を使用することが出来るデショウ」


 やがて充填が完了したのか、どことなくレクトニオの体からは力強さが感じられるようになった。

 目が赤く発光し、関節部から蒸気を吹き出す姿は、まるで闘気に満ち溢れているようだ。


「それでは除去作業を開始しマス。全員、衝撃に備えてください」


 そう言ってレクトニオは自身を包み込むように青白い球体を生成した。

 バチバチと音を立て、所々に小さな稲妻のようなものが走るのを見て嫌な予感を覚える。

 そんな思いを抱えながらふとスクレナに目をやれば、何食わぬ顔でしっかりと障壁を展開していた。

 シェーラもその中に入っていて、俺だけ取り残されてるのが余計に不安を駆り立てる。

 何だかお約束とでも言うべきなのか。

 それでも距離は離れてはいなかったから、飛び込もうと試みた。

 ――が、残念ながら時は僅かに遅かったようである。


 弦を弾くような音と共に、レクトニオの全身を覆っていた球が爆ぜた。

 そして皮膚には風圧を感じたが、衝撃を受けたのは寧ろ内側のほうだ。

 拳を食らわせられるも、体の表面をすり抜けて直に臓器に打ち付けられる。

 そんな気持ちの悪い感覚だった。


「今のは『インターナル・デストラクション』という兵器デス。主に装甲の硬い相手などを内部から破壊する目的で使いマス」


 武器やら破壊という言葉を聞いて、早急に村人たちの安否を確認する。

 だが漏れなく全員が地面に突っ伏していて、ピクリとも動く様子が見られなかった。

 まさかみんな――


「大丈夫、気を失っているだけデスヨ。人間の生命を脅かさないように威力を調整しまシタ。幸いなコトに生物の体内でも孵化できるよう卵の表面は軟化していましたカラ、人体にほとんど影響を与えず破壊することが出来たのデス」


 あの一瞬で、一度見ただけで判断したというのか。

 実際には目に映らないものを見抜き、その性質の細部と対処方法までも。


「ただ孵るのを阻止しただけで物体自体はまだ残ったままデス。事が済んだら適切な治療を受けることをお勧めしマス」


「アアアアアアア!!」


 レクトニオが結果の報告をしている最中、大型の贖人が大声を上げる。

 さながら自分の卵を台無しにされて怒り狂っているように。


「さて、あとはあの大型と小煩い小型共なのだが……レクトニオ、引き続き頼めるか?」


「それは構いませんガ。マスター、そもそもあなたが魔術を用いれば自分を待たずとも解決できたのデハ? 掃討力はそちらの方が上なのですカラ」


 当然とも言えるようなレクトニオの疑問に対して、スクレナは口元に手を添えてしばらく押し黙った後におずおずと口を開く。


「確かにそうなのだが、我が討伐目的の範囲魔術を使えば威力を抑えたところで村には大きな被害が出るからな。エルトやこの女は避難させることは出来ても……」


 そう言いながら視線を倒れている村人たちに向ける主君の姿を、静かに見つめていた。


「理不尽な戦闘を嫌うのは以前から変わらずデスが、随分とお優しくなられましたネ。もっとも何に感化されたのかは察しがつきますガ」


 肯定なのか否定なのか、表情のない顔からはその言葉の真意は窺い知れない。

 だが贖人の方へ向き直る際に、一瞬こちらに目を止めたような気がした。


「そういうことでしたら承りまシタ。住人や建物に被害を出さないように気をつけながら排除しマス」


 それに時間をかけずにだ。

 慎重になりすぎてもたつけば、村の外に逃がしてしまいかねない。

 そうなればこの広い土地のどこかで同じ悲劇が繰り返されるかもしれないからな。


 なんていうことを考えているうちに、またもレクトニオは自分の体を変化させる。

 装甲のあらゆる部位が開くと、そこから銃身が突き出した。

 そして筒状の金属が連なっていた背面の翼もそれぞれが独立する。

 角度を変えて上向きになった様は、まるで砲塔のようだった。


殲滅形態エクスターミネーションモードに移行しまシタ。ターゲットロック……駆除を開始しマス」


 さながら呪文の詠唱のような言葉の直後、レクトニオの至る箇所から魔力による光の線が放出される。

 不自然な方向に湾曲していくことから察するに、どうやら敵を追尾しているようだ。


「音や熱を感知しているので物陰に隠れても無駄デスよ。相殺できなければ大人しく着弾する以外に選択肢はありマセン」


 レクトニオの言ったことを証明するように、村のあちこちからは小型たちの断末魔が聞こえてきた。

 それと同時に起こったのは小規模な爆発のみ。

 周囲の被害を極力抑えるというスクレナの指示も果たされたわけだ。

 次から次に色々なものが飛び出して忙しい奴だけど、それだけ万能であるということか。


「残すは大型一体のみデスね。単純な力勝負の方が寧ろやる気が出マス」


 形態を通常に戻したレクトニオは、右手首から刃を出して贖人に詰め寄る。


「待ってくれ」


 せっかくの闘争心を削ぐようで申し訳ないが、俺はレクトニオを制した。


「あいつの相手は俺にやらせてくれないか?」


 レクトニオは駆動部の音を鳴らしながら振り返って首を傾げる。

 このまま自分に任せてくれた方が効率がいいのにと。

 常に的確な判断が出来るからこその疑問なのだろう。


 だけどきっとこれは俺がやらなければいけないこと……乗り越えなければならないことなんだ。

 計算だけでは決して答えの出ない、感情的な部分が重視されることなのだから。

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