第24話 聖女と黒騎士 運命が交わる時①
帝都へと戻ったルナは、そのままある場所へと連れていかれた。
髪や衣服に泥がついたままではそぐわない空間であるが、それすら差し置くほどに緊急な事案のようだ。
ルナは後ろ手に手錠をかけられたまま、赤い絨毯の上に両膝をついて蹲る。
現在この謁見の間に入ることが許されているのは極わずかな者だけ。
近衛兵やモンテス山を探索していた一部の軍人。
罪人をここまで連行してきたヴァイデル。
各部隊の軍団長たち。
剣聖イグレッド、聖女セリア、聖騎士グラドといった聖者たちだ。
「
一際高い壇上の玉座に鎮座して重苦しい存在感を放つのは、この国の頂点に立つ男、皇帝クルテュヌス・ルクス・ガルシオン。
だが言葉を放ったのは、君主の傍らに佇む白いローブに身を包む女だった。
フードを被り、そこから長い金色の髪を覗かせていると言えば、この世界にはよくある容姿である。
ただひとつ目を引くところがあるのなら、常に目元だけを覆った朱色の仮面を着用しているということだ。
彼女はルーチェス・ハルフォードという名の皇帝お抱えの占い師であり、宰相であり、4人の聖者の教育係でもあった。
有事の際には独裁官に指名される辺り、主君以外からの信頼も絶大であることが窺える。
「ルナ・セス・シェイファー。罪状は謀反の容疑、無許可による大規模な戦闘行為、国家資産の持ち出し及び使用。以上、ここに記されていることに相違ないか?」
「お、お待ちください! 確かに情報を開示せずに神具の捜索をしていたことは認めます。ですが、決して謀反を企てていたわけではありません!」
ルーチェスが読み上げた内容に、ルナは膝立ちで数歩前進しながら弁明した。
「では申してみよ。理由が正当かどうかはそれから判断しよう」
代わりに問いただしたのは皇帝クルテュヌスだった。
静かに口を開いたはずなのに、周囲の者たちは体にビリビリとした衝撃を感じる。
直に言葉を向けられたルナなどは、まるで見えない力に押し潰されたかのように縮こまっていた。
しかし未だに口を噤んだままなのは、威圧によるものだけではないらしい。
「ルナ! 陛下が聞いておられます。早急に質問に答えなさい」
ルナを責めたのはすぐ近くに並ぶ聖者の1人、セリアだった。
おそらくは皇帝やルーチェスより先んずることで仲間をかばったのだろう。
とは言え、言葉を向けられた本人は歯を噛みしめながら睨むばかりである。
「あんたのせいよ……」
「え?」
ルナは拘束されながら立ち上がろうとするも、両脇の近衛兵に肩を押さえつけられ再び床に伏した。
それでも怒気のこもった顔はセリアに向けられたままだ。
「治癒魔術以外はザルなくせに! 魔術の才能だって私の足元にも及ばないくせに! イグレッドと寝たってだけで手に入れた地位でしょ! そんなもん振りかざして見下してるんじゃないわよ!」
「な、何を言ってるの? ルナ……」
「だから私は神具をものにしようとしたのよ! 正しい評価をしてもらえないなら、認めざるを得ないほどの力を見せつけてやらなきゃいけないでしょ!」
ルナの言わんとしていることは軍の中における階級のことだった。
セリアはイグレッドが軍団長を務める帝国軍第7軍団に所属しており、幕僚の1人を任されている。
それに対してルナはようやく千人隊長となって部隊の指揮を許されたばかりであった。
実際に戦闘員としての功績ならルナの方が上であるのに。
だからこそ、その事実が許せなかった。我慢が出来なかったのだ。
「会ったばかりの頃は『ルナちゃん』なんて言って尻尾を振ってきたから可愛がってやってたのに、いつの間にか呼び捨てになってて……まさに飼い犬に手を噛まれた気分だわ! セリアだけじゃない! イグレッドも、グラドも、今では当たり前のように私を格下に扱ったりして!」
「ち、違う……私はただ、親しみを込めて……」
「いい加減にしないか! ルナ!」
捲し立てるルナの言葉を制したのは、その大声量も納得できるほどの巨体を持つグラドだった。
「今回のことで学んだかと思いきや、ほとほと呆れ返るわ! そんなことだからいつまでも昇格できないことになぜ気付かん! 指揮官というのは力だけで務まるものではないのだ!」
屈んでいる身からはさらに大きく見える体躯を揺らし、グラドはルナに詰め寄る。
「セリアは常に部隊全体に目を配り、被害を最小限に抑える為に最適解の作戦を進言する。おまけに下の者からの信頼も厚く、口から出る激励ひとつで皆を鼓舞させるのだ。それが集団戦においては1人の優れた術者を有するより、相手にとっては脅威になるということを覚えておくがいい!」
遥かに高い位置から見下ろして凄む大男に対して、ルナは怯むどころか寧ろ嘲りの含んだ笑みを浮かべた。
「驚いたぁ、急に庇うだなんて。グラド、ひょっとしてあんたまでセリアに
品のない妄言によりグラドは怒りと羞恥心が相乗して、見る見るうちに顔を赤くする。
もともと奥手で色事に覚えのない男でも、さすがにルナが口にしたことの意味は理解したようだ。
「どうせ他のお偉いさんにも体で奉仕して取り入っただけでしょ。何が聖女よ、笑わせるわ。この淫乱女が」
「酷い……どうしてそんなこと……」
「いい加減にしろ! こんな大勢の前で聖者たる我らを愚弄するか!」
「静粛に!!」
3人の悶着を遮ったのはルーチェスだった。
仮面をつけていても尚、ウンザリしているのが雰囲気だけで伝わってくる。
「見苦しい。陛下の御前であるぞ」
壇上からの声に畏怖して、各々は言葉を喉の奥へと引っ込めた。
そしてセリアとグラドは一礼をすると、イグレッドのいる元の立ち位置へと戻っていく。
「聖魔道士よ、つまらぬ理由だが貴様が余に逆らう気がないということは伝わった。これ以上は茶番によって時間を割くのも不愉快だ。今より先は簡潔に質問に答えよ」
「は!」
短い返事をして、ルナは頭を下げることで意図的に目を合わせないようにしていた。
「貴様はイフリートを召喚し、それを討伐されたとの報告があるが真か?」
「はい……」
「ほう、人間やケット・シーが魔人を討つとは。一体どのような策を弄したのだ」
クルテュヌスの問いにルナは戸惑いを見せるが、いつまでも押し黙っているわけにはいかず静々と言葉を発する。
「いえ、策は……その、一撃で」
その返答に、皇帝は肘掛けに寄りかかっていた体を起こした。
「一撃?」
「はい」
「それは素晴らしい。どれほどの魔術を用いたというのだ?」
「それが……何と言えば……」
ルナは額に汗を浮かべながら口ごもるばかりで、話は一向に進まない。
その様子に焦れたのか、ルーチェスは早急に喋るようにと促す。
「どうした? ルナ。発言をしなければお前が不利になる一方だぞ」
「はい、その者は……拳のみで……」
途端に周囲にはざわめきが起こる。
失態のショックで聖魔道士の頭がおかしくなったのかと考える者もいた。
たが現地で観戦していた軍人たちが首を縦に振ることにより、その説は即座に否定される。
「ヴァイデル・リーランド! 前へ!」
ルーチェスの呼びかけでヴァイデルは駆け足でルナの横に並んで膝をついた。
「ヴァイデル、貴様も現地へ赴いたのであったな。その目で見たことを申してみよ」
「は! 私が到着した時には既に戦闘は終了しておりました。そこにはケット・シーの他に2名の冒険者が……」
「冒険者? ではその内の1人が魔人を一撃で葬ったのか」
ヴァイデルは微かに隣へ顔を向ける。
そこでひたすら床を見つめるルナの表情を見て、そしてイルサンが口にしていた言葉を思い出して察したようだった。
「左様でございます」
「ほう、それほどの剛の者がいるとはな。して、どこの誰かは知っているか?」
今度は反対側に並ぶ聖者たち……特段セリアへ目を移すと、その人物たちの名を口にする。
「エルトとレイナと申す者たちです」
次の瞬間、何かに取り憑かれたようにヴァイデルに歩み寄る姿がひとつ、そこにはあった。
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