第143話 忌敵

黒き体毛に覆われた巨体



獣の手が木を押すや幹が少し傾いた。



美菜萌、斉藤、イジャスラフ、スペツナズ兵



その場の誰しもが恐るべきデカさに目を奪われ、目を疑った。



青木を除いて…



斉藤「なんだ…あの熊のデカさ…」



「グフゥ~」



白い鼻息を吐き出し、前脚を地に着けると周りの木々が揺れまた一歩悠然と踏み出した熊



それから青木等、スペツナズ等と左右に面を向けるや



「ゴオオォォオオ~」



熊が牙を剥き出しに吠えた。



獣の哮りに数名のスペツナズ兵はおののいて後退り、美菜萌は思わず耳を塞いだ



そんな中 青木が斉藤へと近づく



青木「ゆっくりとバックしながら逃げよう」



斉藤「なんちゅうデカさだよ…あれ」



青木「一頭だけじゃないよ」



斉藤「はっ?」



青木「あのサイズがもう二頭いる筈なんだ…どっかに…」



斉藤「なんだって… まじ…」



青木が四方に目を向け、探しながら今度は美菜萌に近づいた。



青木「一条さん 大丈夫かい?」



美菜萌「は…はい」



青木「立てる?」



そして腰に手を回し抱き上げようとした時だ



バキバキ ガサ ガサガサ



枝が折れ、木々の揺れる物音が鳴るや青木、美菜萌の目の前にもう一頭の熊が姿を現した。



距離わずか3~4メートル先から横顔が飛び出し、こちらに向けられた。



「グフゥゥゥ~」



言葉を失い震撼する美菜萌



霧化した火気(ほけ 白い息)が2人にふりかかりそうな程の接近遭遇に…



巨大熊に美菜萌の腰から震えを感じた青木



青木「くっ」



さっきの奴と同格のサイズ…



だがこいつでも無い…



もっとデカい奴がもう一頭いるんだ…



熊と目を合わせたまま身動きとれぬ2人



斉藤は腰を抜かし地面に尻を着いていた。



踏み出した前脚で枯れ葉が飛び散り、後ろを何度も振り返りながら…



「グフゥ~」



2匹目の大熊が前に出てきた。



青木「斉藤さん 立つな そのままジッとしてろ」



そしてまた一歩前脚を出した時



青木の目に…枯れ葉に落ちた血



こいつ… 負傷してる…



青木が体毛の間からポタポタと血を流している事に気づいた。



撃たれた痕か……?



また大熊がやたらと後ろを警戒する素振りをしていた



何かに追われてるのか…?



熊はロシアの国獣であり国の象徴とされる生き物



ある意味獰猛かつ強さのイメージであり、畏怖かつ畏敬され、神聖視かつ崇拝された国のシンボルとして愛されている生き物



そんな熊を特別視したロシア人の彼等でさえも目の前に現れた獣に恐怖しか抱かなかった…



何故なら並々ならぬこのサイズ… それ程の脅威と迫力なのだ…



「Этастранаимеетакойогромныймедведы?(この国にはこんな巨大な蜂蜜を食べるものがいるのか?)」



ボソッとそう口にしたイジャスラフが銃器を向けながら静かに後退



各員にそのまま止まれのジェスチャーを送ろうとした寸前に…



1人の兵士が慌てて素早い動きを見せた。



その移動する動きに反応した熊がまた哮った。



「ゴオオォォオオ~」



兵士は威嚇とも取れる猛獣の咆哮にたじろぎ、ピタッと動きを止めた時だ



バキベキッ サザガサァ



枝の折れる音と枯れ葉を踏み締める混じった音が鳴り、兵士の背後からもう一頭の大熊が姿を現した。



そして兵士の頭部へと噛みついた。



頭をまるごとガブリされた兵士の頭蓋骨は脆くも噛み砕かれ、吊り上げられた体躯に多量の血が滴り落ちた。



スペツナズ等の背後から急に現れた三頭目に振り返ったイジャスラフの目は張り裂けそうになった。



二頭よりも更に図体のデカい超大熊がそこにいるのだから…



頭を咥えた超大熊は左右に軽く振り回すと吐き捨てた。



そして周囲を見渡し、吠えた。



「グオォオオオ~」



すると 続いて二頭も呼応して吠え出し、何度も吼え声をあげながら後ろを確認しはじめた。



出揃った3頭の荒立つ鳴き声に美菜萌と斉藤が耳を押さえ



出たぁ~……



鼓膜を刺激された大声に耐えきれず青木も耳を塞ぎ出した…



「Ничегосебе~(うわぁ~)」



一方脅えた1人の兵士が叫び声をあげ、AKを向けた瞬間



シュパ



鋭い鉤爪で切り裂かれた。



兵士の腹はベアクローによって裂かれ、はらわたが飛び出す



またいきなり背中にのしかかってきた熊に押し潰された兵士が血反吐を吐いた。



それから二頭がイジャスラフを睨みつけ、威嚇した。



「グフゥ~ グゥゥ~」



「グォォ~」



銃器を向けようものなら襲われる…



その恐怖から最強部隊であるスペツナズが凍りつき、固まった



青木等の目前にいる大熊も鼻息を荒げながらゆっくりと動き、スペツナズに近づきはじめ



側を通り過ぎてゆく巨体を唖然とした表情で見送る青木の耳に届いてきた声…



感染者の声がどんどん近づいて来る…



イジャスラフ「Цельюпистолет Атаковали(銃を向けるな 襲われるぞ)」



ただちに命令を下すイジャスラフの周囲を三頭の熊達が徘徊



スペツナズが完全に取り囲まれていた。



一番大きな熊がわずか数センチの距離でイジャスラフの顔に鼻先を近づけ、鼻息と微かな鼻汁が吹きかけられる。



そんな氷のように固まる部隊の周りをグルグル周回する熊の姿を青木、美菜萌、斉藤も身を固めて見詰めていた時だ



タァーン



一発の銃声が鳴り響き



「グォォ~オオオ~」



一頭の熊がいきなり鳴き声をあげた 



それは青木が目にしたあの手傷を負った熊の鳴き声



その熊の肩付近に新たな銃痕がつけられていた。



美菜萌「どうしたんでしょうか?」



青木「銃撃された… どっかから誰かが狙撃したんだ…」



斉藤「まじか… 誰がだよ」



痛がる熊が周回を速め、二頭が耳をピクピク動かすや動きを止め、仁王立ちで警戒する姿勢を取り始めた。



立ち上がった熊のあまりのデカさに更に恐怖した表情を浮かべるスペツナズ達



何メートルあるんだ…?



人3人分の高さはゆうにあるかもしれない二足になる身の丈…



とにかくデカすぎる巨大な熊の仁王立ちだ



奴等の追っ手…



こんな巨大な猛獣を狙うなんてどこのどいつだよ…



青木が周りを見渡し狙撃手を探した。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



青木等から200メートル程離れた木陰に…



数名の男達がいた。



そしてスコープを覗き込む男が口を開く



明神「よし 2発目もヒットさせた… ん?妙だな… 多数の人がいるぞ」



愛銃ドラグノフ狙撃銃でシューティングをおこなった男 明神と…



アイビス「人?こんな森の中にか…」



銀髪に中東の珍しい古代武器、パタと呼ばれる武器を手にする男



アイビスの2人



その後ろに素っ裸な奴隷が3名潜んでいた。



スコープで詳しく周辺を確認する明神



明神「外人… アメリカ人… いや違う… 分からん…とにかく武装した軍人らしき外人さん達だ 5名…いや6名… 木が邪魔で分からないな」



アイビス「ああ~ それロシア人だな 例の大佐の所の部下達だろ」



ガシャ



コッキングされ徘莢されたドラグノフで狙いを定めた明神



アイビス「おまえ 本陣に伝えて来い 熊ゴロウ共の動きが止まったってな 早く来るように言って来い」



そして奴隷の1人が伝令で走りだした。



先遣隊で現れた明神、アイビス



スペツナズ



三頭の巨大熊



青木、美菜萌、斉藤の3名



そして無数の足音も聞こえ、独り言のオンパレードで響き渡る集団の話し声



感染者の群れも迫りつつある



混乱必至な乱戦の様相を呈する呪われた森で青木等3人が戦禍に呑み込まれた。

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