第39話 潜入

5時25分



まだ鳥も起き無い朝…



そんな朝日も出ない早朝に



キィー



緩やかにカーブする山道の道路脇に1台のバンが停車された。



そしてスライドドアが開かれ数人の男達が外に出てきた。



斉藤「さむ」



川畑「ポン ライト消してライト…念の為エンジンも切っといて」



ガードレールにもたれ、頬杖をつかせた斉藤



運転席から出てきたポン吉



SC3散弾銃を肩に掛けガードレールに寄りかかりながら煙草に火を点けはじめた根城



それから双眼鏡を覗かせる川畑



そしてその隣に着けた御見内



5人の男達が崖から何やら見下ろしていた。



斉藤「ってゆーかまだこんな真っ暗だし ちっと早くね? 寒いし」



ポン吉「そんな薄着だからですよ だからダウン持ってけっていったじゃないですか」



川畑が双眼鏡で何かを探している。



その横で斉藤が大きなあくびをしながら



斉藤「ふあ~~ こんな早く起きたの久々だわぁ~ 消防時代が妙に懐かしいくらい」



根城「時代って… つい最近の話しじゃないですか…」



ポン吉「そ~すよ それにそりゃあ毎回見張りの当番サボってれば早起きも懐かしく感じますから」



斉藤「ハハ ふぁ~ それを言うなって」



ポン吉「笑い事じゃないっすから みんな真面目に起きてやってんですからしっかり反省してやってください」



斉藤「へいへい 明日からは必ずや」



根城「はは 駄目だ 反省の色全く無し」



断崖絶壁の下に広がる森林



それを見渡し、3人が談笑する中



川畑「あった あれだ 見てみろ」



川畑が双眼鏡である物を発見し、御見内に手渡した。



川畑「森の中にうっすら明かりがあるだろ?見えるか?」



御見内「はい 見えました」



川畑「あれが例の監禁されてる廃病院だ」



御見内「あそこですか 距離ありますね 何キロぐらいですか?」



川畑「う~ん そ~だな こっから7~8キロぐらいかな」 



御見内「結構あるんですね」



斉藤「しっかしどうしてこんな森のド真ん中に病院なんか作ったのかね?」



ポン吉「でも……やっぱ治療するにはいい環境だったんじゃないですか 森に囲まれて オーシャンビューやらレイクビュー的な一面マウンテンビュー的な感じで」



斉藤「マウンテンビューは違うべ 既に山の中だしそれは違うだろ それを言うならグローブビューとかウッズビューじゃねぇ…」



根城「いやいや森林はフォレストだからそこはフォレストビューでしょ」



斉藤「あぁ それだ その方がなんかしっくりくるな まぁマンションかアパート名みたいだけど」



ポン吉「ハハ そうすね まぁ言い方はどっちでも だから当時はあの病院も豊かな森に囲まれた病院って謳ってて 療養には最適な病院って評判も良かったらしいですよ 全国から患者が訪れに来てたって聞いた事あります」



斉藤「ならなんでそんな病院が潰れんだよ?」



ポン吉「詳しくは知らないですが…なんか大きな医療事故があったみたいなんですよ…そのミスで沢山の人が死んだらしいんです… それを病院側が偽装したか隠蔽したかで それがバレちって 一気に評判がガタ落ち、一気に経営が傾いて 今ではあのザマらしいです」



根城「へぇ~ そんな過去が 知らなかった」



根城がピンと指で弾き煙草を投げ捨てた。



斉藤「ふ~ん 納得」



御見内「大まかな場所と距離は分かりました」



川畑「御見内くん ちなみにあそこへ潜入するにはこのまま山を下って森の中を進入するルートになる」



御見内「はい…」



川畑「あのすぐ付近に国道が走ってて…出来ればそっちのルートで行きたいんだが… あっちなら道も簡単だしすぐ近いしね でもいかんせん近辺は奴等のテリトリー内に入ってるから……国道での侵入はあまりにも目立ち過ぎて危険なんだよ 言わば鴨がネギ背負状態なんで… だから遠回りになるけど そこん所了承頼むよ」



御見内「あ…はい 自分は全然…」



斉藤「でもだからって このまま山中を1人で行かせのも酷でしょ」



川畑「厳密に言えば4~5キロ先までは林道を車で送れる だけど俺達が送れるのはそこまでだ あとは徒歩で行ってもらう事になる」



御見内「はい」



ポン吉「いやそうゆう事じゃなくて ただの森じゃないっすよ…ホント大丈夫なんすか?」



根城「俺達が何で迂闊に近づかないか…いや近づけないか…だ」



斉藤「あぁ そこはちゃんと説明しとかないとな」



御見内「…」



川畑「分かってる 今説明する所だ  御見内くん あの森は慎重に、一歩一歩進む際には細心の注意が必要になる」 



御見内「はい…」



川畑「流石に地雷は無いけど 実はあの森にはトラップが仕掛けられているんだ… 単純な落とし穴からトラバサミ、カラパイヤ(落とし穴に針山)ワイヤー式の釘や針の板、熊除けの鈴までそれらが至る所に仕掛けられ、張り巡らされてるトラップ地獄になってるんだ…」



トラップ地獄…



御見内「まじすか…?」



川畑「あぁ まず第1関門でそれらを気付かれないよう無事抜けていかないとならない そしてもう一つ 次が肝心だ…あの廃病院の屋上には…あいつがいるから」



御見内「あいつ…?」



根城「今まで20人以上…いや もっとかな…数え切れない程仲間達が殺られてきた… 向こうには凄腕の恐ろしいスナイパーがいるんだよ」



川畑「美菜萌から昨日説明を受けただろ…そのスナイパーこそ幹部クラスの1人…狙撃手の明神って奴だよ」



明神…



川畑「奴が見張りとして屋上に常駐している。 廃病院へ潜入するにはまずそのトラップ群を潜り抜け 明神の眼もかいくぐらないと入れない…見つかった時点で潜入は失敗したと思え そもそも見つかった時点で既に撃ち殺されてる可能性は大だ 潜入にはまずこの2つをクリアーする事がマストになる」



トラップに…



スナイパーの…明神か…



そりゃあ潜り甲斐があるってもんだ…



御見内「オーケー 分かりました」



ーーーーーーーーーーーーーーーー



6時03分



山を下り林道へと入ったバン



整備の悪いデコボコの土道を走らせた。



ガタガタガタガタガタ



尻があがり、首が前後する程揺れる車内



助手席に座る川畑の缶コーヒーがこぼれる程だ



川畑「アチィ」



車の両サイドは以前林業が盛んに行われていた地帯なのだろう



伐採された切り株が多数見られ



作業途中を思わせる区画にはその伐採された沢山の材木がフォーワード(集材、運搬する自走式林業機械)へと山積み、またグラップル(ショベルカーの様な木材を掴んで荷役を行う機械)やタワーヤード(伐倒した木材を架線で吊して運搬する機械)、 スキッダ(木材を牽引するホイール型牽引機械) からハーベスト(自走式伐採、枝切り機械)まで、材木を掴んだまま、作業中が伺える林機の数々が置かれていた。



これら機器が時を止めたように放置されている。



根城「ここ酔うわ~ 気持ち悪い」



立て看板にはこの先行き止まりの文字



川畑「おいまじか?根城 車内で吐くなよ 根性見せろ」



車はその看板を通過し、更に奥へと進んで行った。



根城「うぷ 吐きそう…」



斉藤「やべやべやべ 誰か袋 袋 何でもいいから誰か早く」



ポン吉「え え 無いです」



御見内「こっちも無いです」



荷台にはキャンプセットや食料、水はあるものの袋らしきものは見当たらない



慌てて車内に袋がないか探す一同だが



コンビニ袋一枚見あたらなかった



ガタガガタン ガタガタ



激しく揺れまくる車内で慌てまくった一同



すぐに斉藤が窓ガラスを開き



斉藤「ほら 吐くなら外に吐け」



すると



根城「うぷ…ゲェェー オエェェ~」



窓から顔を出した根城が車酔いで猛烈に胃物を戻し始めた。



間一髪セーフ 車内は免れそれら外に吐き出される。



根城「うげぇぇ」



斉藤「おいおい 平気かぁ?」



斉藤が背中を擦り、根城が咳込み顔をあげた。



根城「すいません…」



そんなこんなでばたつく内にヘッドライトに照らされた道が途絶え、前方に木々の壁が照らされてきた。



ポン吉「ここで行き止まりですね」



すぐにエンジンが切られ、惰性で直進するバンがストップした。



川畑「到着だ みんな大きな音、声は控えるように」



それからドアが開かれ御見内等が飛び出した。



川畑「まずこれを付けて これでリアルタイムで交信ができるようになる ただし奴等にバレないように気をつけて」



御見内「了解です」



御見内が超小型の無線機を受け取り耳に取り付けた。



それから奴等が身につけているあの黒い外套を着始めた。



荷台に駆け寄ったポン吉から



ポン吉「御見内さん 無線機のテストします 何か言って貰えます」



御見内が小声で発した



御見内「こちら御見内 どうぞ」



ポン吉「感度良好ですね 続いてこっちの声はどうです?聞こえますか?」



御見内「えぇ バッチシです」



ポン吉「問題なさそうです」



川畑「分かった」



斉藤「御見内くん 武器は?」



御見内「これがあれば十分です」



リストバンドで固定され、右腕に仕込まれた打根を見せた。



川畑「それだけじゃ心もとないから念の為これも持っていってよ」



そうして手渡された皮のホルスターに収まる小型のシーナイフが手渡された。



次いで



川畑「それと中にいる半田と合流したらあいつにもこれを装着させてくれるか」



御見内「はい 了解です」



御見内は半田用の超小型無線機を受け取った。



川畑「俺達は林道の入口付近に野営を敷き、これから24時間交代制でずっと待機してる 御見内くんの貴重な情報を随時手にいれたいからね…見た事 聞いた事 何でもいいから逐一そいつで情報を流してくれ いいね?」



御見内「大丈夫です 分かってます」



斉藤「十分気ぃつけてな」



御見内「えぇ まかせて下さい」



川畑「それともう一つ 逃走の際はここに戻って来るように ここが俺達の合流ポイントにするから それも承知したね?」



御見内は親指をたて 黒いフードを被った。



御見内「じゃあ行ってきます」



ポン吉「ホントに気をつけて下さい」



根城「無事潜入する事を祈ります」



ーーーーーーーーーーーーーーー



日の出時刻 6時12分



お天道様が顔を出し、太陽の光明が森一面を…



アスファルトを… 電柱を…



屋根を… 建物を…



旭が町を明るく染めていった。



民家の屋根の隙間から顔を覗かせた雀たちが羽ばたくと共に



木々の合間から朝日の光矢が差し込み、森で眠る不死者達にも注がれた。



また町にはびこる感染者達にも同様にグッドモーニングな目覚めの合図が告げられ



そんな新しい朝がまた今日もやってきた6時15分



動物達と一緒に奴等も目を覚まし…



一斉に活動を始めた。



そんなある大きな公園の憩いの広場に



「こんばんみー そうそう自治会で聞いたわよ~ 3丁目の原田さん家のおばあちゃん…あらやだ あらそぉー まぁー ヒドい認知症なんですって? いやよね~ 夢遊病も患ってるらしいわよ 廃人じゃない もうアルツハイマーなんてかかったら人として終わりですって宣告されたのと一緒じゃない… いっそ介護する親族の身になって死んであげた方が周りは助かるじゃな~い あと木福さんとこの御孫さん 産まれた赤ちゃん 重度のダウン症なんですってぇ~ 折角産まれてきたのにおつむクルクルパーのダウン症じゃもう生きててもしょうがないし不敏で可哀想じゃない 私なら絶対首絞めて殺しちゃうけどね え?自分も先日痴呆症だって診断されたじゃないかって? えぇ そうよ~でも私の場合はちょっと物忘れがあるだけで… え?1日に10回以上朝御飯まだかとか、食べたのに食べてないって何度も怒りだして、催促するくらいボケまくってる十分重度なボケ老人だろって? そうかしら…でも娘達は… え?そのお子さん達が早くも介護に疲れて家族ぐるみで私の殺害計画を練ってるですって? そんなの嘘っぱちよ 私は大丈夫よ…私が死ん… え?おまえの方が生きてても邪魔だし迷惑かけるだけだから娘さん達の為にもさっさとくたばりやがれですって…死…死ドいわ」



続々と何処からともなく集まって来た感染者達



「ふむふむ それは実に…妙に興味深い体験談だね ちなみにちみはドッペルゲンガーとバイロケーションの違いが分かる男か? ききコーヒーが出来る男なのかって?モーニングコーヒーとレインボーコーヒーの香りの区別が出来る男なのかと聞いてるんだ そうか 楽勝で出来る男なのか 凄いな…俺は迷う…正直よく分からない… ドッペルゲンガーとバイロケーションとはそういった違いだ その香りとコクの違いに似ている… あぁ?意味わかんねぇだって? バイロケーションとは1人の人間が突然分裂する分身現象だがドッペルゲンガーは少し違ってて…この世に存在すると言われるパラレルワールド(分岐平行異世界)から何らかで迷い込んでしまった同一人物だと言われてる ちなみにパラレルワールドとは 例えば朝着ていく服を悩むとしよう 今日はフォーマルで行くか?それともカジュアルで行こうか? 今日はフォーマルにしよう そう決めたちみ でもそれ違うカジュアルに決めたきみもいる。 これこそが分岐だよ 分かれたちみの世界はこれでまず2つに分かれる こうして選択するごとに違う異世界が増えていく これがパラレルワールドだ ちみは産まれて今までいくつの選択をしてきてるかな?その選択の数だけ異世界は広がってる… ドッペルゲンガーとはそのパラレルワールドから迷い込んで来たちみ自身だと言われてるんだ ちなみに僕は自慢じゃないがカプチーノとブレンドの区別さえもつかない男だ」



血みどろのジャージを着用したおばさん感染者がベンチへと上がり、両腕を上げ伸びの運動を行い



ラジオ体操第1を始めた。



すると周辺に自然と集まる老人や子供の感染者達



ラジオが流れる訳でも無く、誰かが音頭をとる訳でも無く



一体また一体と腕振り脚曲げ運動を始め



また一体 また一体が合わせる様に身体横曲げ運動を行い始めた。



これも生前の日々の習慣なのだろうか…?



これは生前のラジオ体操同好会なのだろうか…?



気づけば十数体の集団が互いにリズムを合わせ、みんなでラジオ体操を行っていた。



一方



広場のある一角に置かれた麻素材の丈夫そうな綱引きロープ



そのロープにぞろぞろ集まって来た感染者達が綱を手に2チームへと分かれ、各自独り言をぼやきながら急に綱引きを始めた。



また違う一角ではヨガのストレッチ運動やシャドーボクシング、太極拳から宇宙人と交信を図る謎の行動まで



朝っぱらから公園の広場は感染者達で賑わい活気づいていた。



今日も元気に活動をはじめた彼等彼女等は現代のストレスや悩み事から解かれ、本能の赴くままに第2の人生を謳歌している。



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