第12話 験体

ガンガン ガン



なんだこの音…?



御見内が立ち止まりその物音に視線を向けた。



なんだか嫌な予感がする…



またエレナ、マツ、美菜萌も足を止め、その場で聞き耳を立てた。



エレナ「この音なに?」



マツが慌ててトランシーバーを手にした。



マツ「おい斉藤 ゾンビ共の状況をもう一度知らせろ 建物に近づいてる奴がいるのか?」



斉藤「ザッ いないよ ザコ共はみんなこっちに集まってますから 今がチャンスですって…ジィ」



マツ「玄関前に張り付いてる奴もいねぇーよなぁ?」



斉藤「ジィージィ だから注意は全部こっちに引きつけてるからゲート前に群がってる奴は1匹もいないよ 早く救出に向かってください ジィ」



エレナ「え?じゃあ誰が?」



美菜萌「…」



すると パリーン



ガラスの割られる音が鳴り



一気に4人に緊張感が高まった。



ピタ ペタ



裸足で廊下を踏みしめる音が鳴り



何かが室内へと侵入して来た



外にいるゾンビ共じゃない何か…



マツは即座にボウガンを身構え



エレナ、美菜萌も武器を構え廊下の先を凝視した。



御見内も睨みつける様に、打根を構えいつでも投擲可能な態勢で耳を澄ました。



ペタ ペタ



こっちに近づいて来る足音に破裂しそうな程ドキドキさせる美菜萌の心臓音



ペタ ペタ



足音は近づき



L字の先から伸びてくる影の頭部分を視覚に捉えたマツがボウガンのトリガーへ指を添えた時だ



そいつはノッソノソとゆっくり死角から正体を現した。



ペタ ピタ



そして4人は目玉が飛び出さんばかりに目を見開かせた。



一斉に4人の頭の中に浮かんだ言葉…



何だこいつは…?



異様な体躯



そいつはあまりにも不気味な姿だった



何故なら胴体に3つの首がくっつき



手は阿修羅像の様に複数、足もでたらめに複数くっつく姿



まさに異形なる姿をしていたのだ



首や手は独自に動き、首を不気味に捻らせながら3つの首がこちらへ目を向けて来た。



距離6~7メートル先に現れた異形を目にしたマツがボウガンのドットサイトを覗きながら御見内等へ口にした。



マツ「あいつだ…恐らく例の実験体…」



実験体…?



あれが人間同士をくっつけたと噂の人形…



エレナ「なんて酷い事を…」



酷すぎる… こんなのを作るとか…人間のする事じゃない…



御見内「でも何故ここに?」



マツ「さぁな」



異形の者は立ち止まり、こちらを静観



1つの首は殺してくれと懇願するかの様に涙を流し、1つの首は愉快そうに笑顔をふりまき白い歯を見せている。



そしてもう1つの首は4人を視認するや狂気にかられるイカレた目つきへと変えた。



エレナ「質問なんですが… あれはゾンビ?感染者?人間?一体なんなの?」



マツ「…」  美菜萌「…」



それに答えられる者はおらず、3人は息を呑んだ



御見内、エレナ、マツ、美菜萌vs異形なる実験体



「グウウゥゥゥゥ」



うめき声やわめき声をあげる事無く静観していた実験体から唸り声があげられた。



ボウガンのリリーサー(トリガー)に指を添えるマツが一歩前へ踏みだし、ドットサイトの照準を実験体に合わせた。



緊迫する廊下



「ぐうぅぅぅぅ」



そして実験体が一歩を踏み出した時



引き金が引かれた。



シュ



クロスボウ用のカーボン矢が狂気に満ちた面相の左目に突き刺さり、歩が止まる人形



マツはすかさず次矢を装填、コッキングでリールを巻き上げ、弦を張らせた。



「うがぁああああぁ」



矢が突き刺さり、狂気の面相が怒りへと変わるや



突如 人形が突っ込んで来た。



シュ



第2矢が放たれ、胸部に突き刺さるが物ともせず向かって来る実験体



マツ「美菜萌!」



新たな予備を装填しながらマツが叫ぶや



美菜萌「はい」



冷静な顔つきの美菜萌が長棒を構えながら前へと出た。



また同時に御見内も…



サイドテールで結まれた髪を揺らしながら、美菜萌の手の内でクルッと一回転された長棒から突きが繰り出された。



美菜萌「は!」



そして怒りの面相へとブチ込まれた。



実験体の突進を一撃で止めた瞬間



美菜萌は目つき鋭く、棒を回転させながら今度は実験体の顎をカチあげた。



バコン



美菜萌「ハイ ハィ ハッ」



また間髪入れず掛け声と共に胸部に1発、脳天に1発、横殴りで頬にも1発と3連打を叩き込んだ



素早くも力強い鮮やかなステッキ捌き



おとなしそうな顔とは裏腹、美菜萌はこう見えても元婦人警官



全国警察剣道選手権の女子部で去年ベスト3に入賞する程の腕前



またバーラティアと呼ばれるインドの棒術も使え こちらもマスタークラスの腕前だ



美菜萌「は!」



膝裏へ打ち込まれた打撃を受け、実験体が屈折



身を崩すと同時に御見内が実験体の背後へと回り込んでいた。



そして今度は御見内が打根の紐を実験体の一本の首へと絡ませ、そのまま引きながら倒した。



それを見たマツも動き



倒れた実験体を長棒と足で押さえつけた美菜萌



マツも倒れた実験体の胸部を足で押さえ込み、ボウガンを直下で構えた。



マツ「美菜萌 輪っぱ持ってるか?」



美菜萌「はい」



マツ「すぐにこいつをその支柱に繋げ」



美菜萌「はい」



すると美菜萌が手錠を取り出し、手首に嵌めるや実験体を支柱へと繋いだ



その場から離れた3人



ガシャー



たちまち起き上がろうとする実験体だが手錠で固定され動きが封じられている。



「ガァァァァ」 ガシャ



暴れる人形を目に



マツ「…」



マツが茫然とその実験体を目にしながら呟いた。



マツ「美菜萌 この人形… 左は近所の米屋の荒田さんだ… それから真ん中は2軒お隣りの瀬戸さん……それから右側が3丁目の阿部さんだ… どれも昔からのご近所さんで馴染みのある顔だ…」



エレナ「え?」 美菜萌「…」



マツ「俺もまだまだ覚悟が足りない未熟者だな… これが死人なのか生者なのかハッキリしない以上…すまない…これ以上手は下せない… 始末は待ってくれ これで何とか理解を」



エレナは始末をためらうマツを目にし、繋がれた実験体を目にした。



御見内「…」



エレナ「これが奴等が作りあげた噂の実験体なんですよね?」



マツ「あぁ…俺も初めて見るんだがな…恐らくは…」



ハッとさせたエレナ



これが奴等に作られた実験体…なら



この実験体が現れたとなれば…



解き放った奴等が近くにいる事になる…



エレナが無言で御見内と目を合わせた。



御見内も同じ事を思いついたのだろう…



御見内「マツさん 急いで移送に取りかかりましょう」



マツ「あぁ そうだな 行こう」



御見内とエレナは嫌な予感を拭い去れぬまま…



4人は階段を駆け上がった。



そして2階にあがり正面の憩いの間と書かれたドアを開いた。



30畳近い大広間



中を見渡す御見内とエレナの目に映る



100人近い年寄りと女達が身を寄せ合う姿が見られた



マツ「みんな平気か? ここはもう危険だ これから倉庫へと移動する 俺達の指示に従い、落ち着いて行動してくれ」



マツの言葉に注目し、ざわつく女性達



ここには成人男性や子供がいない



いるのは女性もしくわ還暦を過ぎた年寄りだけだ…



割合的に10代から50代の女性が半分



もう半分は60~80にもなる老人って所だろう



御見内、エレナはこれを目にし、愕然とした。



それは明らかに1人では歩行が困難な男性老人や杖を持つ女性老人が目立つからだ



また簡易ベッドに横たわる寝たきりの老女さえいる…



エレナ「この状況でこの人達みんなを同時に移動させるなんて無理だよ…」



ボソッとそう呟いた。



御見内「あぁ… これはうまく事を運ぶのは難しそうだ…」



厳しい救出作戦になる事を容易に連想させる状況を見詰めていると



窓越しから外の様子を覗く女性達が マツ等に向かって叫んだ



「ねぇ マツさん 奴等がこっちに向かって来たよ」



なに…?



マツが急いで窓際から外を覗かせ



御見内、エレナも外の様子を伺った。



斉藤等の周りに群れてたゾンビの半分が移動しはじめたのだ



エレナ「さっきの音かな?」



マツ「そうかもしれん マズい 急ぐぞ」



すると 



斉藤「ザァ マツさん ヤベェ~っす クソゾンビ共が動き出してそっちに向かいはじめた ジィ」



マツ「あぁ 分かってる よく見えてる」



エレナ「どうするの?さっきの壊された入り口から入ってきちゃうよ」



そう… これから奴等がやって来る…



御見内「マツさん もう奴等に陽動は効きません それに流石に4人では無理です 陽動班もバックアップ班もみんな呼んで総員で取りかかりましょう」



御見内の意見に反論は無い



マツは軽く頷き



マツ「美菜萌とそこの嬢さん 2人はみんなをすぐに誘導しろ 取りかかれ」



エレナと美菜萌に指示を出した。



美菜萌「はい」



そしてトランシーバーを握り締めたマツが今度は御見内へ



マツ「おまえは俺と来い さっきの壊れた入り口にバリケードを施しに行くぞ」



マツが足早に室内を飛び出し、御見内もそれに続いた。



マツ「アクシデント発生 斉藤 町長達もみんな来てくれ みんなで移送を手伝うんだ」



斉藤「ジィ 了解 今からダッシュでそっちへ向かう ジジ」



町長「ジジ マツ 今やっと金網も壁もぶっ壊して開通させた これで寝たきりの爺ちゃん婆ちゃん達も運べる 何かあったのか? ジジ」



マツ「陽動が失敗した それと裏口の扉が壊された このままだと奴等が建物内に入ってくる これから裏門にバリケード敷く すぐに何人かこっちによこしてくれ」



町長「ジィ まことかぁ? そりゃあえらいこっちゃ… 分かった すぐそっちにヘルプを回す ジジ」



階段を降りた2人は繋がれた実験体を通り過ぎ廊下を駆けた。



強化ガラスは破壊され、破片が散乱する第2ゲート



だが 嬉しい事に奴等はまだ来てない



マツ「ランナーでないのが幸いだな よし 食堂の椅子とテーブルを全部運び出すぞ」



御見内「はい」



そして2人が迅速に動き出すと同時に



斉藤「マツさん 阿部さんがフォーク使って囮になって奴等を掻き回してくれてる」



斉藤、川畑、根城、ポン吉の4人がやって来た



マツ「よし なら今の内だ 取り掛かるぞ」



マツが目にするや川畑、根城、ポン吉達の顔が青ざめていた。



川畑「つ~か 何ですかあの廊下にいるのは?」



マツ「その件は後で話す 今はほっとけ… それよりもそこにバリケード組む おまえ等も食堂からありったけのテーブルと椅子を運べ」



ポン吉「ほっとけって言われましても…」



マツ「いいから運べ 全部運び出すんだ 急げ 奴等が入って来る前に」



またも異形の者を通り過ぎ食堂から次々と椅子やテーブルを運び出す男達



目まぐるしく通り過ぎるその男達を異形の者は目で追い、今では大人しくそれを静観していた。



ポン吉、斉藤が手際良く食堂の椅子やテーブルを片っ端から廊下に出し



異形の者にビビりながらもそれらを運ぶ川畑、根城



そしてマツ、御見内等によってそれらがどんどんと積み上げられていった。



斉藤「次 長テーブルだ これ重いから2人がかりで運んだ方がいい」



重そうな長テーブルがいくつも廊下に出されて行く



そんな手分けされたリレー方式でバリケードが築き上げられていく中



美菜萌が先導し食堂を抜けて行く行列がキッチンの勝手口から脱出を開始した。



美菜萌「みんな~ 慌てないでゆっくりとこの奥から出て下さい」



まずはお年寄りが先



エレナ「おばあちゃん ゆっくりでいいからね ここの段差に気をつけてね」



「はいはい ありがとさん」



足が不自由な杖つく老人達をサポートしつつ1人、2人と外に出していく



七海「はい 一列になって順番にゆっくり進んで下さい」



外では井野町長、七海等が待機し、外から出てきた老人達を誘導していった。



裏手から本格的な移送が行われる



よちよち歩きな老人に手を貸す、エレナ



七海「男子ぃ~~ 誰か来てぇ~」



ポン吉「どうしたの?」



七海「関根のおじいちゃんは裏手なんて歩けないから… ちょっとあんたがおぶって運んで」



ポン吉「え? あ… ぁ~はい じゃあ じい様 さぁ 乗って」



ポン吉が歩けぬ老人をおぶさり、運んだ。



また簡易なタンカーに乗せられ運ばれて行く寝たきりの老人



エレナ「はい ちょっとすいませ~ん タンカー通りま~す おじいちゃん ちょっとここで待ってね」



狭い裏口は混み合い、移送が難航している。



それと同時に積み重ねられた椅子やテーブルでのバリケードが出来上がっていた。



マツ「よし 一丁あがりだな 誰かぁ~ 固定するロープか紐を持って来い」



斉藤「川畑さん 確か事務所に紐があったんで持って来て貰えますか」



川畑「オーケー 今取って来る」



そして川畑が足早に紐を取りに向かった その時だ



ガシャー



唐突に1体の感染者が現れ、バリケードに張り付いてきた。



斉藤「うわぁ」



咄嗟に身じろぎ、バリケードから離れる御見内、マツ、斉藤の3人



ガシャン ガシャー



新たに1体、2体と姿を現し



あれよあれよという間に感染者共が集まり、張り付き始めた。



斉藤「おいおい いきなりランナーのおでましかよ」



マツ「だがセーフだ 危機一髪間に合った」



ガシャン ガシャン



御見内「そうでもないです このままじゃマズい」



なんとしてでも中にはいろとする感染者達がバリケードを崩そうと腕を伸ばしてきた。

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