眠れない夜に

月宮翅音

1

 南美みなみは、マンションの前にある公園が好きだった。

 その公園の南側には南美が家族と暮らすマンションが、そして東西にも大きなマンションが建っていた。その上、イチョウやケヤキなどの背の高い木もあり、公園は常に薄暗かった。

 遊具は古く、数も少なかったし、そもそも公園が狭い。さらに、夏になると地面は雑草に覆われてしまう。

 人も少なく、両親にも「そんな所で遊ぶな」と言われていたが、南美は、多くの時間をそこで過ごしていた。

 南美がなぜその公園にこだわるのかというと、そこにはライオンとラクダが居たからだった。南美は、ライオンとラクダには何でも話した。

 小学校の悩み。友達のこと。今日楽しかったこと。昨日の夢。

 ……そして、南美が創り出した世界のお話。

 石のライオンとラクダは、南美の心の支えだった。


 ある夜のこと。

 南美は、眠れなかった。

 なぜか胸騒ぎがした。それも、嫌な感じでは無い胸騒ぎだった。それは、遠足の前日の夜の興奮に似ていた。

 南美は、何となくベランダに出てみた。空には、満月。そして公園には、ライオンとラクダが……



 居なかった。



 南美は、居ても立っても居られなくなった。部屋に入り、両親を起こさないように気をつけながら、パジャマの上にコートを着た。

 廊下に出て、兄の部屋のドアの前を静かに通り過ぎ、玄関で裸足のままスニーカーを履く。

 南美は、そっとドアを開けた。


 そこには、ライオンとラクダが居た。南美は高鳴る胸を抑え、音を立てないようにそっとドアを閉めてから、小さな声で尋ねた。

「なぜ、ここに?」

ラクダは、

「君の言っていた、砂漠を見に行くためだよ」

と言った。ライオンは

「背中に乗って。砂漠に行こう」

と、南美に背中を向けて屈んだ。

 南美は、ためらいなく乗った。

 ライオンとラクダは、いつもと同じ石の身体だった。しかし、まるで生きているかのように滑らかな動きで、僅かな温もりも感じられる。

「さあ、砂漠へ」


 南美を乗せたライオンとラクダは、マンションの8階の廊下から夜空へ駆け出した。

 南美は、ライオンの背中にしがみついた。耳元で風がびゅうびゅう鳴り、冷たい夜の空気が肌を刺す。南美は少し不安げに、

「ねえ、ホントに砂漠に行くの?」

と聞いた。ラクダは、

「もちろん。西へ行けば砂漠に着くんでしょ? さあ、もっと砂漠のお話をしてよ」

と言った。

「そうね……。じゃあ特別に、たくさんお話をしてあげる!」

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