第53話 悲劇の再会
ダークオーブを破壊されたがシュトラールの心臓は止まってはいなかったようで、上体を起こしながら右腕の魔道砲を詩織に向けた。しかし、生きているとはいえ力のほとんどを失っているため魔力チャージに時間がかかってすぐに撃ち出すことができない。
「絶対に許さない!」
アイラが目の前で叩き落とされたことに怒る詩織は魔道砲を回り込むようにしてシュトラールの胴体へと駆ける。詩織自身もパワーを回復しきれているわけではなく、体内の魔力量が少ない状態ではあったがそれでも足を止めない。
「仕留めてやる!」
聖剣で大技を放つことは今の魔力量では不可能なので詩織はガーベラシールドを構えてシュトラールの胸部に近づき、零距離でシールドに内蔵された拡散魔道砲を撃ち放つ。その魔弾は頑強な装甲ともいうべき体表を貫通して心臓を破壊し、ついにシュトラールは絶命した。
「アイラさん!」
詩織は倒れ伏したシュトラールには目もくれず、地面に転がったアイラの元へと駆け寄る。
「ドジを踏んでしまったわ・・・・・・」
「体は大丈夫ですか!?」
「ええ・・・なんとかね。でもあちこち痛くて・・・・・・」
苦しそうに笑みを浮かべるアイラだが、これでは暫くは戦線復帰はできないだろう。
「アタシのことはいいから、アンタは早くリリィの所へ行きなさい」
「でも・・・」
「頼りにしてるんだから、ほら」
「分かりました。必ずリリィを助けて戻りますから」
医術にも通じるミリシャがアイラの治療を行い、その間に詩織、アイリア、ターシャ他生き残った適合者達がシオリリウムロッドの光に従って進んで行く。
「シュトラールがやられたか・・・・・・」
「ほらみなさい。シオリ達ならあんなのだって倒せるのよ」
「ふん。これで終わりではない。この周囲に潜ませている戦力はまだある」
それにフェアラトという魔女が残っているわけで、これを撃滅するのは容易ではない。
「お前を勇者にぶつけることもできるし、楽しみが近づいている」
「シオリ、アレが見えるか?」
「うん。隆起した岩みたいな場所に空洞があるね」
「思うんだが、あそこが敵のアジトじゃないだろうか」
「かもね。シオリリウムロッドもあの空洞の方向を指しているし、潜入してみよう」
一同が前進を始めた途端、
「また敵かっ!」
目的地の周囲から多数の魔物が出現した。それらは人型の骸骨であり、まるで冥界から呼び出された死者の軍勢だ。
「モルトスクレットというヤツか」
「アイリア、知っているの?」
「前にミリシャから聞いたことがある。アレらは過去の魔龍軍の戦力だった魔物だ。生物的な魔物とは違い、ヤツらは敵を殺すためだけに動く。恐怖や痛みなどを感じず、たとえ体を損壊しても機械のように目的を果たそうとするんだ」
「人を殺すためだけの魔物か」
生気を感じさせないモルトスクレットの軍隊は槍や棘の付いた盾などを装備して出陣。しかしそれに対して詩織は恐れを抱かない。目の前の敵を打ち砕き、アイラに託された任務を果たすだけだ。
「どいてよね!」
一番槍で吶喊した詩織は聖剣でモルトスクレット数体をまとめて薙ぎ払う。もはや普通の女子高生だった頃とは違い勇猛果敢に攻めこんでいく。
「負けてられないな!」
共に突撃したアイリアもナイフでモルトスクレットの首をはねた。だが頭部を失っても尚動き、無暗に槍を振り回している。
「いい加減くたばりなさいな!」
その個体にミリシャの魔弾が直撃し、胴体が粉砕されて機能を停止した。
「邪魔だな、本当に!」
モルトスクレットの数は多く、詩織の進行を阻む。だが、いちいち相手にしていれば時間が奪われるだけだ。
「アイリア、ミリシャ! 援護をお願い!」
「任せろ!」
アイリアが直掩についたのを見計らい、詩織は聖剣を腰だめに構える。
「夢幻斬りっ!」
横薙ぎに払われた聖剣から光が飛び、眼前に展開されていたモルトスクレットの群れをまとめて薙ぎ払った。砕かれた骸骨の残骸が舞い上がり、不気味な散華のように見える。
「シオリは魔力回復を。敵は私達が抑える」
詩織の一撃で多数のモルトスクレットが撃破されたが、それでも結構な数が残っていた。だが戦力に空白ができたことで人間側が攻め込める隙がある。
「リリィ様、待っていてくださいね」
ミリシャの援護を受けながらアイリアは駆けぬける。拠点内に侵入させまいとモルトスクレット達がわらわらとアイリアを取り囲むが、人型相手の戦闘が得意なアイリアは冷静に敵の攻撃をかいくぐって反撃を与えていく。このまま魔物の気を引きつけておけば味方が戦いやすいし、詩織も魔力回復に集中できるだろう。
「フッ、今の私は最高にノッている。いつもよりも動けている・・・」
強い想いが彼女の体を突き動かす。これまで味わったことのないハイな状態で、いわゆるゾーン状態になっていた。
「視える、その程度の動きなら視える!」
敵の動きがスローのように思え、アイリアは見切ったように回避していく。
「貴様達如きにリリィ様はやらせんっ!」
味方の適合者達も善戦し、このまま押し切ろうとしたが、
「また増援か!?」
大地を割って飛び出したのはハクジャであった。ヴェルク山で遭遇した個体よりは小さいが、それでも脅威であることには違いない。
「チッ・・・・・・」
大型の魔物は魔具の性質上不得手であり、アイリアは舌打ちする。
「しかし、敵を足止めするくらいはできるはずだ!」
ハクジャの背中に飛び乗ってナイフを突き立てた。厚い皮膚を貫通して裂くが、致命的なダメージではない。とはいえハクジャのターゲットを自分に向けることはできた。
「アイリア!」
「シオリか! ここは私に任せろ!」
魔力を回復した詩織がアイリアに加勢しようとしたが、アイリアは先に進むように促す。
「リリィを助けてすぐに戻ってくるからね!」
「ああ。頼んだ!」
ターシャと共に敵拠点を目指す詩織を見送りつつ、アイリアはこの強敵をどう撃破しようか考えていた。
「ここが魔女のアジトか」
「ここから先はどんな敵が出てくるか分かりませんから気を付けていきましょう」
魔物の群れを突破した詩織とターシャはフェアラトの拠点内部に潜入し、周囲を警戒しながら奥を目指す。強い敵意が向けられているのが分かり、ここに魔女がいるのは確かだと直感する。
「ここまで来たことは褒めてやろう」
「フェアラト!」
敵に遭遇せずに進んだ先、フェアラトが無表情で待っていた。そのことから褒める気など全くないことが分かる。
「リリィはどこにいる!」
「そんなに会いたいなら会わせてやろう。だが、ここを突破できればの話だ」
フェアラトの言葉を待っていたかのように地面から数体のモルトスクレットが這い出てきた。この程度ならと詩織は油断したが、よく見てみると外にいたモルトスクレットが白色だったのに対し、ここに出現したモルトスクレットは赤みがかっている。
「私が強化した個体達だ。さて、突破できるか?」
フェアラトは更に奥へと去ってしまった。追いかけるには赤いモルトスクレットを倒すしかないようだ。
「シオリ様、ここはお任せください」
「でも、ターシャさんは・・・」
「確かに体は万全ではないです。しかし敵を引きつけることくらいはできます。リリィ様を少しでも早く苦痛から解放するためにも、早く!」
詩織は襲い掛かって来たモルトスクレットの斬撃を防ぎつつターシャに頷く。この赤い個体のパワーの強さを実感し、これではターシャには厳しいことが分かるが、それでもリリィを少しでも早く救うことを選んだ。これはターシャの気持ちを重んじての判断でもある。
「いきます!」
一体のモルトスクレットを踏み台にしてジャンプし、その群れを飛び越した。
「ここまでだ! フェアラト!」
「そうかな?」
「追い込んだんだ! 早くリリィを返して!」
赤いモルトスクレットをターシャに任せて詩織はついにフェアラトを拠点の最奥まで追い込んだ。もう逃げ場はなく、戦うしかない。
「リリィよ、そろそろ姿を見せてやれ」
それに呼応するように物陰からリリィが姿を現した。詩織の見慣れない姿で。
「リ、リリィ・・・?」
「見ないで・・・・・・」
着こんでいるのはいつものドレスアーマーではなく、戦闘に向かないヒラヒラのランジェリーだった。それを嫌がっているようで、詩織から顔をそむける。
「ほらリリィ、アレを見せてやれ」
「くっ・・・・・・」
リリィがフェアラトの指示で前垂れをめくると、下腹部に紫色の紋章が浮かんでいるのが見えた。それがダークオーブによって生じたものだと詩織はすぐに理解する。
「貴様! リリィに何を!」
「簡単なことだ。ダークオーブを埋め込んで支配した。こういう魔物は今までにも出会っただろう?それと同じだ」
「・・・す」
「なんだ?」
「殺す!!」
今までに見たことないほどに詩織は激昂していた。その瞳から光は消え、殺意だけが宿っているように思えるほど濁る。
「威勢はいい。だが、貴様の相手は私ではない」
「なんだと!?」
「さぁ、リリィ」
フェアラトに逆らえないリリィが苦悶の表情で詩織の前に剣を持って立つ。
「リリィは私には逆らえんのだ。だからこうしてお前と戦わせる」
「ド畜生めが・・・!」
フェアラトを睨むが、当の本人は何も感じていないように無表情から変わらない。
「シオリ、ゴメンね・・・・・・」
「どうして、謝るの?」
「こんなになっちゃって・・・迷惑をかけちゃって・・・」
「迷惑だなんて・・・」
「わたしはフェアラトの指示に逆らえない・・・だから・・・」
リリィの瞳から涙が頬へ伝う。
「殺して。わたしを、あなたの手で・・・・・・」
「そんなこと!」
「このままじゃあなたを殺すことになってしまうわ・・・酷な事を言っているのは分かってる・・・でも、そうなる前に殺してほしいの・・・」
動揺で詩織の体から力が抜ける。ここにはリリィを助けに来たのだ。決して殺すために来たのではない。
「あなたの手でなら、わたし・・・」
「茶番はそれまでだ。リリィ、ヤツを殺せ」
「くぅっ・・・!」
リリィはダークオーブを埋め込まれた腹部を抑えて息を荒くし、ゆっくりと詩織に近づく。
「リリィ・・・・・・」
フェアラトを先に倒してしまえばどうにかなるかと思ったが、こうしてダークオーブを通じてリリィを操れるわけで、もしフェアラトに襲い掛かったらリリィに自害だとかの指示を出すかもしれず動けない。
「シオリ、お願い・・・わたしの最期の・・・」
数秒後にはリリィとの交戦距離に入る。焦る詩織はこの局面をどう解決するのか・・・・・・
-続く-
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