第52話 死地を駆ける

 攫われたリリィを奪還するべく出撃した詩織達はデゼルトエリアと呼ばれる危険地帯で魔物と交戦していた。魔女のアジトがこの付近にあることは間違いないが、どうにかして魔物の群れを突破しないことには探し出すこともできない。


「どいてよね!」


 リリィの元へ急ぎたい詩織はいつも以上の機動力を発揮し、凶暴な魔物をすれ違いざまに切り伏せていく。そのスピードはアイリアにも匹敵するほどだ。


「突出しすぎだ。一人では囲まれるぞ」


 その詩織に追従するアイリアが詩織の討ち漏らしをナイフで仕留める。


「焦る気持ちは分かるけど、ここは確実に行くわよ」


「は、はい」


 大型の魔物を撃破したアイラ達も合流し、共に前進していく。このエリアの魔物は魔女の配下であるために強力であるが、今の詩織達ならば互角以上に渡り合える。リリィを助けたいという想いが力へと変わり、立ち塞がる敵を討つのだ。






「さっそくだがお前の出番が来たようだ。あの勇者達が近くまで来ている」


 偵察から戻ったフェアラトはリリィを閉じ込めている地下へと降りた。囚われの身であるうえにダークオーブを埋め込まれたリリィはそれでも心はまだ折れておらず、弱弱しくもフェアラトを睨みつける。


「これでアンタも終わりよ。シオリが来たからにはアンタには敗北しかないわ」


「確かにヤツは強敵かもしれない。だからこそお前のことを利用すると言った」


「・・・私をシオリと戦わせるのね」


「あの勇者はお前のことを特別視しているからな。そんなお前をヤツは殺すことはできないし戦意を失うだろう。だがお前は私の命令に逆らうことはできないから、お前ならヤツを殺せる」


 フェアラトはリリィを開放し、付いてくるよう指示した。抵抗したいリリィではあるがフェアラトの命令に背くことはできず、意思に反して体は勝手に動いてしまう。


「まあここまでヤツらが辿り着ければの話だがな。ここに蓄えられた戦力は簡単には突破できないはずだ」


「そういう傲慢さ、嫌いよ」


「どうとでも言え。そのうちお前の心は絶望に押しつぶされ、そんな口をきけるのも今だけだからな」


「チッ・・・・・・」


 すぐ近くまで詩織達が来ていることは本当なら嬉しいことだが、フェアラトの眷属にされてしまった現状では複雑である。このままでは詩織達と戦わなければならないし、大切な人をこの手で傷つけてしまうことになることを恐れているからだ。


「行け、シュトラール。その力を発揮する時がきた」


 アジトの入口に擱座していた巨大な人型魔物がフェアラトの声に反応して立ち上がる。全長は約8メートルにもおよび、特徴的な単眼はダークオーブそのものだ。そのシルエットを見たリリィは以前ディグ・ザム坑道で戦ったヴァラッジを思い出す。


「ルーアルの置き土産はなかなかのモノだろう?」


「こんなのでシオリを倒せると思わないことね」


「そうかな? 試してみよう」


 シュトラールはズンと足を踏み出し、撃滅するべき人間の元へと歩きはじめた。






「敵の数も増えてきたわね」


「シオリリウムロッドの光の指す方向から増援が来ているようですから、もう少し行った所に魔女の拠点がある可能性が高いですね」


 詩織はアイラと背中合わせで敵に対しつつ、魔物の攻撃が激しくなってきたことで魔女の拠点に近づいていることを確信する。困難な状況ではあるとはいえ、勢いづく適合者達の猛攻によって戦局は優位に進んでおり、このままなら敵を殲滅できるだろう。


「この感じ・・・・・・」


 だが思い通りに進まないのが戦いというものだ。


「また何か感じるの?」


「強い殺気みたいなものを感じました。この辺にいる魔物よりも強いのを」


 魔物数体を切り裂き、詩織は周囲に目を配る。すると、まるで巨大な岩にも見える人型魔物が近づいてくるのが見えた。


「あんなデカブツまで用意していたとはね」


 呆れたように肩をすくめるアイラだが恐怖などは感じていない。どんな敵であれ、立ち塞がるなら叩き潰すだけだ。


「ミリシャ、ヤツを撃てるかしら?」


「お任せください、アイラ様。わたくしの火力をお見せいたしましょう」


 ミリシャは杖をかまえて魔力を集中し、高火力の魔弾を撃ち放つ。周囲の空気すら震わせる渾身の一撃は的確にシュトラールへと飛ぶ。


「やったか!?」


 あれほどの攻撃を受けて平然としていられるのは魔龍くらいだろう。アイラは勝ったと思ったのだが、


「敵の攻撃が来ます!」


 詩織は敵からくるプレッシャーが強まったのを察知し、攻撃が効いていないどころか反撃がくることを悟る。


「退避!」


 アイラの指示でミリシャ達が動いた瞬間、紫色のビームのような魔力光弾が飛んできた。先ほどミリシャが放ったものよりも遥かに威力の高い攻撃で、着弾地点は抉れて大きな爆発が発生する。


「くっ・・・!」


 そこから発せられた爆圧は付近の適合者達を吹き飛ばし、アイラは額から流れる血を拭いながらシュトラールへと視線を移す。


「化物ね・・・本当に・・・」


 シュトラールにダメージを受けている様子はなく、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


「シオリ、大丈夫!?」


「はい。少し肩が痛みますが、大丈夫です」


「良かった。どうやらヤツは只物ではないわ。アンタの特殊な魔力が必要になりそうよ」


「やってみます」


 シオリリウムロッドのサーチ機能をオフにし、攻撃モードへ移行する。この杖は元々高性能な魔具であり、詩織の魔力との相乗効果によって並みの杖よりも活躍できるものだ。


「いけっ!」


 シオリリウムロッドの先端から飛翔した魔弾は強い残光を描きながらシュトラールへと迫るが、


「なんと!?」


 シュトラールの目が妖しく光り、体の前方に構築された魔力障壁によって防がれてしまった。


「ダークオーブのパワーか・・・・・・」


 詩織の魔力に対抗できるのは魔女かダークオーブの力だけだろう。これまでにもそうした強敵と戦ってきたが、今回の相手はそれらよりも更に強い相手だと直感する。


「高火力の魔弾に鉄壁の防御・・・どう倒したらいいのかしら」


「前にアレと似た敵と戦ったのですが、その時は近接戦に持ち込んで零距離で技を撃ちこみました」


「なるほど。射撃系の敵なら近接戦に持ち込むってわけね」


 このまま相手の得意な遠距離戦闘をしても勝ち目は薄い。ならば接近し、魔力障壁の張れない零距離から攻撃するほかになさそうだ。


「近づくのは難しそうだけど、ここは度胸一発かますしかないわね。行くわよ!」


 先陣を切るアイラに詩織やタイタニアの適合者達が続く。


「また撃ってくるか・・・!」


 シュトラールの右腕は魔道砲となっており、その銃口が光を収束させて魔力をチャージしているのが見て取れる。


「少しでもお役に立てれば!」


 ミリシャは敵に攻撃が効かないのを承知のうえで低威力の魔弾を連射する。これは陽動のための攻撃で、実際にシュトラールは鬱陶しそうに左腕に装備したブレードでガードする。もはや通常の魔弾など魔力障壁を展開せずとも防げてしまうらしい。


「各員、散開!」


 魔弾を防御しつつシュトラールが第二射を放った。狙いは詩織であったが、それに気がついていたために充分な回避行動を取り致命傷を受けずに済む。


「魔弾は強いけど、一発ごとに時間がかかるなら近づける!」


 以前戦ったヴァラッジは雨の如く魔弾を連射してきたが、今回のシュトラールは一撃必殺の強攻撃を主体にしているために射線を読みやすい。その一撃さえ避けてしまえば隙ができて近づくチャンスが生まれるのだ。


「このまま・・・何っ!?」


 次の攻撃が飛んでくる前に突撃しようとしたが、シュトラールの腹部装甲がガバッと左右に開き砲塔が現れたのを見て立ち止まる。

 その直後、砲塔から多数の魔弾が放たれてまるで散弾のように拡散した。


「危なっ!」


 詩織は身を伏せて避けたが、直撃してしまった適合者の一人の上半身が吹き飛ぶのが視界に入る。


「か、火力が強すぎる・・・・・・」


 防御できるかは分からないが、詩織はとりあえずガーベラシールドを装備した。この魔具も勇者用の特殊な物であり、基本は回避だが最終手段として持っておいて損はないだろう。 


「怯まないで! 前進よ!」


 アイラの怒気を孕んだ指令を聞き、敵に圧倒されていた詩織は再び立ち上がる。このまま伏せていたって勝てるものではない。


「やってやる・・・!」


 この先にいるであろうリリィのため、詩織はひたすらに駆け出す。

 

「分散すれば、行ける!」


 誰か一人でもタッチダウンすれば勝機を掴めるはずで、適合者達は分散して接近を試みる。だがシュトラールの攻撃はより苛烈になり、ついには眼球と化しているダークオーブからも魔弾が飛んでくるようになった。


「ここまでこれれば!」


 一方的なシュトラールの砲撃に苦戦しながらも、それでも詩織はかなり接近することができた。敵との距離が近いせいで回避が困難な魔弾はガーベラシールドで防御し、シールドに内蔵された拡散魔道砲で反撃を行う。

 

「この距離なら!」


 もうシュトラールは目の前だ。こうなれば聖剣での交戦範囲内であり、杖を格納して詩織は斬りかかった。


「くっ!」


 しかしシュトラールは巨体に似合わぬ素早さで左腕のブレードを振るって聖剣を弾き、眼球から魔弾を撃ち出す。

 

「まだまだっ!」


 ガーベラシールドで魔弾をいなし、詩織は捨て身でジャンプ。ブレードによる斬撃がくる前に聖剣で胸部を切り裂いた。

 聖剣によって裂かれた部位から血を噴き出すシュトラールだが、すぐに傷の修復が始まる。ダークオーブによる回復能力はダテではない。


「シオリ、援護するわ!」


 詩織の攻撃によって砲撃が止んだ隙を突いてアイラもシュトラールに肉薄する。そして剣による渾身の一撃で足を斬撃し、姿勢を崩すことに成功した。

 更にはミリシャやターシャの魔弾がシュトラールの胴へと着弾したことで大きく後ずさる。ダメージを与えられているわけではないが、着弾の衝撃まで無効化できるわけだはないのだ。


「もらった!」


 敵の魔道砲を足掛かりに頭部へ飛び乗り、詩織は聖剣を振り下ろしてダークオーブを刺し貫いた。眼球から紫色の煙が立ち昇り、力を失ったシュトラールはその場に倒れる。いくら化物じみた性能の魔物であってもダークオーブを破壊されれば致命傷となるのだ。


「や、やった・・・・・・」


 飛び降りた詩織は魔力を多く消費したことで肉体強化が解け、尻餅をついて座り込む。


「シオリ、よくやったわ。お手柄よ」


「アイラさん達が援護してくれたおかげです。私はトドメを刺しただけです」


「もっと誇っていいのよ」


 強敵を撃破し、少し気の抜けた詩織は倒したはずのシュトラールが僅かに動いたことに気がつかなった。


「シオリっ!」


 巨大なシュトラールの左手が詩織に迫る。それにいち早く気がついたアイラは詩織を押し倒して助けたものの、自分がその手に捕まってしまった。


「アイラさん!」


 詩織は聖剣を咄嗟に拾い上げてアイラを掴む左腕を斬りおとそうとしたが、一歩遅かった。


「あぐっ・・・・・・」


 アイラは地面に叩き落とされ、その軽い体が転がる。


「貴様ぁっ!!」


 ダークオーブを破壊されてもなお生きていたしぶといシュトラールと詩織の武器が交錯する・・・・・・


      -続く-

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