第50話 訣別

 攫われたリリィを奪還するべく特別攻撃部隊が編制され、詩織もその一員として戦地に赴くこととなった。城の外にはすでに適合者を中心とした兵達が待機しており、後は出撃するのみだ。


「ターシャさんも行くんですね」


「勿論です。リリィ様のためにも、こんな緊急事態でただ城で待っていることなどできません。戦力としては期待されるほどのものではありませんが、数合わせにはなるはずです」


 リリィが攫われるのを目撃しながらも阻止できなかったターシャは悔やみきれないほどの後悔と、自分の無力さを痛感しつつ戦列に志願した。現状では戦闘力は並みの適合者より低いが、命に代えても必ずリリィを助け出すという熱意と想いだけは強い。


「シオリ、絶対にリリィ様を助け出そう」


「うん。頑張ろうね、アイリア」


 険しい表情のアイリアが詩織の横に並ぶ。その小さな体にはかつてない闘志が宿っていた。


「こんな私を受け入れて下さったリリィ様には返しきれないほどの恩がある。私はこの戦いに全てを懸ける」


 かつて盗賊団の一員だったアイリア。自ら罪を告白し、刑期を終えた彼女を唯一受け入れてくれたのがリリィだ。生きる意味を、そして自由を与えてくれたリリィへの恩義は決して忘れはしない。


「それはわたくしも同じですわ。初めて心を許すことができた友人ですし、これからもお仕えしたい方ですもの、絶対に取り戻しますわ」


「私もリリィを失いたくはない。あの笑顔をまた見たい」


 リリィの部下である詩織、ミリシャ、アイリアの士気は最高潮に達していた。この気合だけで勝てるのではと思わせるほどに。


「これで全員揃ったわね。皆、よく聞いて!」


 隊長を務めることになったアイラが手をパンと叩き、その場にいた兵達の注目を集める。


「知っての通り、リリィが魔女を名乗るフェアラトによって攫われてしまったわ。ヤツの目的が何かは知らないけれど、国王を殺害し、このような無礼を働く者を許すわけにはいかない。我らがタイタニアの威信を守るため、そして敵の野望を打ち砕くため、皆の力を貸してちょうだい」


 兵達の敬礼と気合の言葉に頷きながらアイラは詩織の肩に手を置く。


「頼りにしているわよ。リリィもきっとシオリのことを待っているはず」


「はい。攫われた姫君を助けるのは勇者の仕事です。必ず成し遂げてみせます」


「ふふっ、リリィがアンタを気に入った理由が分かるような気がするわ」


「そうですか?」


 アイラは各員に馬への搭乗を指示、自身も騎乗する。


「参ったな・・・私、馬なんて扱えないぞ・・・・・・」


 今回の任務は目的地までのスピードを重視し、人数分の馬を用意して各員が乗ることになっていた。しかし詩織にそんな芸当はできない。


「シオリ様、私と」


「ありがとうございます」


 ターシャの駆る馬へと乗り、その背中にしがみつく。


「今度、馬の操り方を教えてくださいね」


「この戦いが終わり、平和になったらいくらでも教えて差し上げますよ。そういえばリリィ様も馬の扱いは苦手なようなので、お二人一緒に」


「はい。リリィと、二人で」


 そんな会話を交わす中、アイラの号令が下り、シオリリウムロッドの光が指し示す方角へと出撃が始まる。

 

 ただひたすらに、駆けてゆく。








 詩織達の出撃を知ってか知らずか、ソレイユクリスタルを強奪したフェアラトはいつもの無表情でルーアル達のアジトへ合流した。


「目的の物だ。持っていくがいい」


「よくやったな。クリスタルさえあれば、ドラゴ・プライマス様の回復が可能になる」


 ソレイユクリスタルを受け取ったルーアルは満足そうに魔法陣へと納め、未だに気を失っているリリィを見下ろす。これまでに何回も計画を邪魔された相手であり、できるならルーアルはトドメを刺したかった。


「コイツはどうする? 殺してしまおうか?」


「利用価値はある。私に面白い考えがあってな」


「聞かせてもらおう」


 フェアラトは考えていた邪悪な企みを話し、それをルーアルはニヤけながら聞いている。


「ほーう・・・貴様も中々に鬼畜だな」


「魔女だからな」


「同じにされては困るが」


「だがいい案だと思うのだろう?」


「まぁな」


 ルーアルはフェアラトの案を実行すべく、ダークオーブを手渡す。


「これを使え。調整はカンペキにしてあるから、貴様の思い通りに事が進むだろうよ」


「助かる」


「では私はリガーナと共に帝都オプトゼオスに向かう。皇帝ナイトロと今後について話し合わねばならないからな。ここに配置された魔物や設備は貴様の好きに使っていい」


「そうさせてもらう。ドラゴ・プライマス様の治療が終わるまではタイタニア城の者どもの注意を引き付けておこう」


 ルーアルがリガーナを抱えながら飛び立つのを見送り、フェアラトはメイド服を脱ぎ捨てる。そして暗黒色のローブを纏い、いかにも悪役とばかりの風貌でダークオーブを一撫でした。







「お呼びになりましたか、父上」


「ああ。大切な用事だ」


「どのような?」


 早急に玉座の間へと出向くように命令を受けたシエラルは、挨拶を省いて要件だけを訊こうとしていた。


「お前に預けたネメシスブレイドを返還してほしいのだ」


「何故です? 活性化している魔物の退治をせねばならないのですよ?そのためには魔剣の力が・・・」


「いいから差し出せ。ワタシの言う事には素直に従え」


「・・・はい」


 いつになく高圧的な態度の皇帝ナイトロに不快感を感じつつ、シエラルは仕方ないと魔剣ネメシスブレイドを差し出した。


「っ!?」


 それは一瞬の出来事だった。ナイトロは魔剣を握ってすぐさま斬撃を放ち、咄嗟ながらに回避行動を取ったシエラルは掠めながらも致命傷を受けずに済んだ。これは幾度となく戦場で魔物と対峙してきたシエラルだからこその反射能力であり、これが並みの適合者であれば殺されていただろう。


「まったく、変なところでカンがいい・・・・・・」


「何をっ!?」


「分からんか? 貴様を殺そうとしたのだ」


「それは分かっている!どうしてこんな!」


「邪魔だし用済みだからだ」


 ナイトロから放たれる殺気が本物であることはシエラルにも分かったし、それが何故かを知りたかった。確かに確執のある親子ではあったが、命まで奪われる覚えはない。


「もう跡継ぎなど不要なのだ。これまで出来損ないの貴様の面倒を見てきたが、それもこれまでだ」


「新しく子供でも作ったのか?」


「いや、もう子供などいらん。このワタシが永久に皇帝となるのだから」


 言っている意味がまるで不明瞭だとシエラルは混乱する。


「魔龍と手を組み、全てを治める。さすればゼオン家千年の夢も成就されよう」


「魔龍とだと!? 血迷ったか!」


「至って正常な判断だ。それに、そうせねばなるまいと追い込んだのは貴様だ」


「なんだと!?」


 実の父親であるが、考えが読めない。冷え切った親子関係を通り越して、もはや他人の言葉を聞いているようだった。


「そもそも貴様が女として生を受けたことがワタシにとっての不幸だった。皇帝の座を受け継ぐに相応しい男でない上、思い通りにならん貴様の行動は目障りなのだよ」


「それがっ、それが我が子を目の前にして、親の言うことかっ!!」


「親だから言うのだろう? 貴様が男であればと悩んだワタシの気持ちは分かるまい」


 怒りは感じる。だが、それよりも虚しさと空虚さをシエラルは感じていた。心が通っていなかったとはいえ、国家と皇帝のために奮闘してきたのは事実であり、それを全て否定されたのだから・・・・・・


「だからこのワタシがゼオン家の夢を叶える。このメタゼオスを足掛かりに、世界すら統治してみせよう」


「この国は皇帝一族のためにあるのではない! 民達のためにあるんだ!」


「非力で愚かな者は、ワタシのような優秀な血筋の者に管理されて初めて存在できるのだよ」


「今分かった! 民衆のための政治を忘れた暴君が貴様だ! そんな貴様には、表舞台から消えてもらう!」


 シエラルは予備の剣を取り出し、皇帝に向ける。


「この親不孝者めが! 親に刃を向けるとは何事だ!」


「先に剣を向けたのは貴様だ!」


「ふんっ、不毛なやり取りをする時間はない。ルーアル!」


 ナイトロに呼び出されたルーアルがシエラルの背後の扉から現れ、不敵な笑みを浮かべて杖を装備する。


「魔龍と手を組んでいたんだものな、魔女とも協力関係だというんだな」


「そういうことだ。ルーアルよ、この愚か者を葬れ。ワタシは先に行く」


「待てっ!」


 ルーアルに後を託して去ろうとするナイトロを追撃しようとしたシエラルだったが、飛んできた魔弾に妨害されてしまう。


「お前の相手は私だ」


「そうかよ! 丁度いい機会だ。魔女である貴様も倒す!」


「やれるかな?」


 ルーアルの魔弾を回避し、接近を試みる。近接戦に持ち込めればシエラルは勝てるのだが、


「くっ・・・・・・」


 ルーアルの後ろに控えていたリガーナが割って入り、シエラルの突進を阻んだ。剣と剣がかち合い、火花が二人の周囲に散る。


「へへへ・・・そうはいきませんよ」


「邪魔をするな!」


 実力ではシエラルがリガーナを上回っているようだが、間髪入れないルーアルの支援攻撃のせいで防戦に徹するしかなかった。このままでは手出しもできずに押し込まれてしまいそうだ。


「強いとはいえ、所詮お前も人間だな。それでは私には勝てん」


「チッ・・・!」


「魔女の力を思い知れよ!」


 杖にチャージした魔力が放出されようとしたが、


「させない!」


 ルーアルの魔弾が撃たれる直前、玉座の間に突入してきたイリアンが斬ってかかった。


「この人間め!」


 斬撃を避けたルーアルは不機嫌になりながらも、これ以上の増援が来ては厄介だとリガーナを抱えて部屋から飛び出して行った。魔剣も無い現状ではルーアルを止める術はなく、苦虫を噛むような表情でシエラルは見送るしかない。


「シエラル様、ご無事ですか!?」


「ああ。それにしてもよく来てくれたな、イリアン」


「何か胸騒ぎがしたのです。ただのカンです」


「そのカンの良さがボクの命を救った。感謝するよ」


「い、いえ」


 頬を赤く染めるイリアンの頭を優しく撫で、ここを去ったナイトロや魔女のことをどう追うか考えていた。


        -続く-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る