第49話 裏切り

「ご覧ください、リリィ様。ついにソレイユクリスタルの修復に成功しました!」


 研究棟に呼ばれたリリィは、出迎えたシャルアの差し出すソレイユクリスタルを受け取る。ずっしりとした重さは破損する前のソレイユクリスタルそのもので、欠けていた各所は修繕されて完全な球体へと戻っていた。


「早かったわね」


「シオリの協力のおかげです。勇者の特殊な魔力があったからこそ、こうして直すことができたんですよ」


「そう。ご苦労様だったわね」

 

 このソレイユクリスタルを用いて勇者の召喚をした事からリリィの新たな物語が始まったと言っても過言ではなく、その時から様々な経験を重ねてきたことを想起する。その中心にいたのはいつも詩織で、リリィの思考も心も詩織で埋め尽くされていた。


「さぁ、国王様にご報告を。あ、片付けのためにシオリをもう少しお借りしますが?」


「わかったわ」


 リリィは頷きながら詩織の元へと近寄り耳打ちする。


「お父様への報告が終わったらシオリと二人きりで話がしたいのだけど、いいかしら?」


「おっけー。シャルアさんの片づけを手伝ったらリリィの部屋に行くからね」


 ウインクする詩織に笑みを返し、リリィは研究棟を後にした。







「ついにこの時が来たのだな」


 城内の謁見室には国王の他、クリスやアイラ、ターシャに数人のメイドが詰めていた。本来ならこうも人を集める場所ではないのだが、せっかくならリリィの成果を皆に発表しようとのことで特別に国王が立ち入りを許可したのだ。


「お待たせいたしました、お父様。ソレイユクリスタル、お納めください」


 リリィが国王の前へ歩み寄り、ソレイユクリスタルを手渡す。そもそも納めるもなにも、元から国王の所有物ではあるが。


「たしかに受け取った。この輝きは間違いなくソレイユクリスタルのものだ」


 宝物庫に保管されていた時と遜色ない美しさを確かめ、国王はその結晶体を皆に見えるよう両手で高く掲げる。室内からは拍手とリリィへの称賛の声が響き、まるで祭りのような雰囲気にさえ思えた。


 しかし、その空気は一瞬にして凍てつくことになる。


「なっ・・・!?」


 風が吹き抜けるが如く、リリィの傍を何かが駆けていった。そして、その何かが突き出した剣は国王の心臓を的確に刺し貫いていたのだ。

 リリィは目の前の出来事を理解できず、その場から動くことができなかったが、歴戦の戦士でもあるクリスとアイラは一瞬で魔具を抜き放ち襲撃者に立ち向かう。


「貴様、何故っ!」


「その問いには私が魔女だからと答えておこう」


「魔女だと!?」


「そう。メイドは身を隠すための偽りの姿。この私、フェアラトはこの瞬間を待っていたんだ」


 無表情でどこか冷淡さを感じさせるメイドのフェアラト。彼女こそメタゼオス皇帝ナイトロと通じる魔女の一人なのだ。王家に仕えるフリをしてタイタニアの内情などを報告し、密かなスパイ活動をしていたのだが城の人間は誰一人として彼女の真の姿を知らずにいた。


「このクリスタルは頂いていく」


「させるかよ!」


 突撃してくるクリスを迎え撃つべく、フェアラトはソレイユクリスタルを魔法陣へと収容して剣を構えた。


「力自慢の貴様だが、私を相手にするには少し足りないようだな」


「チッ、パワー負けしている・・・!」

 

 鍔迫り合いで圧倒したフェアラトはクリスを弾き飛ばし、次に斬りかかってきたアイラをもいなす。


「フン・・・直情的な貴様のやり方では私に直撃させるのは無理だな」


「くっ・・・」


 王家の姫騎士二人でも歯が立たない相手である。そんな相手ではあるが、ようやくと状況を理解したリリィも剣を握り一気に突っ込んだ。


「よくもっ、お父様をっ!」


「出来損ないの貴様ではな」


 リリィの剣を容易に回避し、フェアラトの回し蹴りがリリィの腹部を捉える。


「あぐっ・・・」


「それでよく生きてこれたものだ。あの勇者のおかげというところだな」


 床に転がるリリィは立ち上がろうにも体に力が入らない。ダメージは思ったよりも大きく足が踏ん張れないのだ。


「これ以上はやらせない!」


「ターシャ!? 無理よ、アナタは戦える体じゃ・・・」


「だからとて黙って見ていることはできません!」


 かつては魔物狩りにも出ていたターシャだが、任務中の怪我が原因で前線で戦えるような体ではないのだ。以前の盗賊アジト強襲戦ではクロスボウを用いて遠距離から援護できたがそれで精一杯で、とても近距離での激しい戦闘には耐えられるはずもない。


「メイド達がシオリ様に知らせてくれればいいが・・・」


 謁見室から一目散に逃げて行ったメイド達がここで起きたことを詩織へ伝えてくれればすぐに駆けつけてくれるだろう。それまで時間を稼げれば上等だが・・・・・・


「雑魚めが、引っ込んでいろ」


 落ちていたリリィの剣を拾ってフェアラトに対するターシャ。しかし戦闘力には歴然とした差があり、全く抑えることもできずに蹴り飛ばされてしまった。


「帰るとするか・・・ついでにコイツも頂いていく」


「な、なにをっ・・・うっ・・・」


 殴りつけられたリリィは気を失い、フェアラトに担がれて攫われてしまった。それを追撃しようとしたクリスだったが、フェアラトが杖を装備して放った魔弾が近くに着弾し、その爆風で壁に叩きつけられて動けなくなってしまう。


「リリィ様・・・・・・」


 ターシャは必死に立ち上がり、部屋を出る。もう、フェアラトの姿は見えなかった・・・・・・





「なんだ、この感覚は・・・・・・」


「どうしたシオリ。頭が痛いのか?」


「いえ、なんかゾワッとする感覚がするんです。城の方から」


 その感覚は魔女ルーアルと対峙した時の感覚に似ており、どうしてこんな所で感じるのか分からなかった。


「ちょっと城を見てきていいです?」


「ああ、かまわんよ。こっちの片づけももう終わるし、リリィ様のところへ行ってこい」


「ありがとうございます」


 研究棟から出た詩織は、何やら衛兵やらメイドが慌ただしく動いているのが見えてイヤな予感がして駆け寄る。


「シオリ様、こちらにいらしたのですか!」


「何があったんです?」


「リリィ様が攫われたらしいんです! フェアラトがやったと・・・・・・」


「ま、まさかそんな!」


 詩織は聖剣を装備して城の中へと入り、リリィの姿を探す。


「違うな、これをなんで忘れた!」


 リリィを探すのに最適なシオリリウムロッドの存在を失念していた詩織はすぐに取り出し、サーチ能力を起動する。


「あっちか!」


 杖の先端から伸びる光のほうへと走るがリリィの姿を見つけられない。すでに城から出てしまったのか。


「あのっ! リリィかフェアラトを見ませんでしたか?」


 近くにいた衛兵へと焦りながら問いかける。


「それがどこにもいないんだよ。魔女なら空を飛ぶというが、そのような場面を見たものはいないっていうし、事件が起こってすぐに兵士は配置についたのだが交戦したという区画もない」


「ということは城の中に隠れているの・・・?」


 思案している詩織のもとへミリシャとアイリアが駆け付けた。二人ともいつもの戦闘時より深刻そうな表情だ。


「まさかっ!」


「シオリ、なにか?」


「フェアラトの奴の行動が分かった!」


 詩織は全速で城の地下へと向かい、資材庫の扉を開いた。そして奥にある物置棚を除ける。


「やはりか・・・!」


 城の外へと繋がる隠し通路が開いていたのだ。フェアラトはここを使って出たに違いないと詩織は直感する。


「どういうことだ、シオリ」


「説明は後っ! 今はリリィを!」


 今はアイリアの疑問に答えている余裕はない。

 急いで通路を進むが、しかしフェアラトもリリィも捉えることができなかった。


「ダメか・・・!」


 出口の外にも人影は無く、シオリリウムロッドの光は相変わらずリリィのいる方角を指すだけで詳細な距離は教えてくれない。


「こうなったら!」


「まて! どこにいくつもりだ?」


「この光の先にリリィはいる! 追いかけるんだよ!」


「無茶だ! クリス様達でも手こずった相手に、私達だけで勝てるものか!」


「リリィを見殺しにしろっていうの!?」


「違う! 至急に戦力を整えて、それで追撃せねば勝てんと言っているんだ!」


 アイリアの正論に詩織も頭では理解するが、感情では納得できない。


「ミリシャ、クリス様達に急いで報告を」


「分かりましたわ」


 アイリアとミリシャとて苦渋の決断だ。それが二人の顔にも表れているのを見て、詩織も少しだが冷静さを取り戻す。


「ゴメン、アイリア・・・・・・」


「いいんだ。シオリの気持ちは私とてよく分かっている。だが、ここで焦っては助けることもできなくなってしまう」


「敵だって準備をしていたはずだものね・・・このまま敵地に突っ込んでも、用意してある戦力に叩き潰されるだけだって・・・・・・」


「ああ・・・だからこそこっちも戦力がいるんだ」


 詩織の特殊な力があるとはいえ、それは物量差で覆すことができるものだ。ましてやフェアラトという強敵がいるとなれば尚更勝ち目は薄い。


「私達もクリス様のところへ行こう」


「うん・・・・・・」


 詩織はリリィのことを想いつつ、隠し通路を戻っていった。







「なるほど、隠し通路か・・・それでヤツは兵の追撃を受けずに安全に外に出られたのだな」


「はい・・・あの通路の存在を知っているのはリリィとフェアラトだけだったんです。それで・・・・・・」


 詩織は厳重警戒状態の城へと戻り、大きな多目的ホールにてクリス達タイタニア首脳陣と合流する。普段は宴会等に使われているこのホールは臨時指揮所として機能し、多くの人が慌ただしく出入りしていた。


「ともかくリリィの救出が最優先事項だ。すでに特別機動戦隊の編成を進めており、間もなく完了する。それが終わり次第出撃させるが、その戦隊の指揮はアイラに執ってもらう」


「それはかまわないけど、お姉様は?」


「亡くなった父上の代わりに国全体の指揮をする。この混乱の中で王家が全員出払うわけにはいかんからな」


「立派ね、お姉様は・・・・・・」


「そういう状況だ」


 王位継承権第一位であるクリスが、亡き国王デイトナに代わって人員全体をとりまとめなければならない。本当ならリリィ救出に向かいたいところではあるが、ここはアイラ達に任せるしかなかった。


「シオリ、キミの持つその杖がリリィの居場所を知らせてくれるのは確かなことだな?」


「はい。リリィの持つ片割れの方角を光で指すんです。リリィがその片割れを手放していなければ確実に辿りつけます」


「結構。なんとしてもリリィを助け出し、敵の真意を聞き出せ。ソレイユクリスタルのことは二の次だ」


 物は壊れてもまた直せるが、人命はそうはいかない。失ったら二度と戻ってこないのだ。


「メタゼオスにも救援の知らせをするために使者を送った。だが援護には期待できないものと思え」


「アタシ達の行く先がまず分からないものね」


「そうだ。ここで編成された部隊のみで解決するしかない。しかし、アイラやシオリ達ならできるな?」


「勿論よ。この作戦は失敗するわけにはいかない」


 詩織も力強く頷く。リリィを失うということは、今の詩織にとって全てを失うのと同義だ。


「クリス様、部隊編成が完了したとのことです」


「よし。では頼んだぞ」


 反撃の時は来た。かけがえのない存在のため、勇者は戦地に赴くだけだ。


「待っててね、リリィ。必ず・・・必ず助けてみせるから!」


  

      -続く-

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