【15】ミルクの霧の中(前編)
Date:2135/09/24
Time:06:51(UTC+3)
Location:Polyarny Naval Base,Russia
Operation Name:-
世界最高のレーダー性能を持つ嚮導型重雷装ミサイル巡洋艦アドミラル・エイトケン。
同艦から警告を受けた短距離戦術打撃群艦隊及びロシア北方艦隊は戦闘準備に入ろうとしていたが、突然の事態に現場は明らかに混乱を極めていた。
「対空レーダーに感ありッ! 小型機多数接近ッ!」
レーダー画面の監視を続けていたエーラ=サニアが大声で敵襲を告げる。
「くそッ! ロシア軍のレーダーサイトは寝ぼけていたのか!?」
本来なら沿岸部に設置されているロシア軍のレーダーがもっと早い段階で捕捉していただろう。
シギノ副長は破壊工作が行われていた事実など知る由も無く、同盟国の防空網の不備に対し理不尽な怒りをぶちまける。
「対空射撃開始ッ!」
「了解! 防空戦闘システム、セミオートマチックモードへ移行!」
一方、CIC(戦闘指揮所)の艦長席に座るメルトは冷静沈着に対空迎撃の指示を出し、それを聞いた第2火器管制官のイライザは防空戦闘システム――所謂イージスシステムを作動させる。
セミオートマチックモードは目標捕捉から兵装発射に至るプロセスのうち、発射の合図となる攻撃指令のみ火器管制官が実行する動作モードだ。
最も防空能力が高くなるのは攻撃指令まで自動化するフルオートマチックモードだが、今回は味方艦隊への誤射を避けるため人間による監視体制も挟む必要があった。
「ロシア軍駆逐艦被弾! 損傷状況不明!」
オペレーターのエミールが報告した直後、濃霧の中で爆炎が上がりレーダー画面から友軍艦隊を示す青い光点が一つ消滅する。
センサーカメラが捉えた外界の様子を投影する全周囲モニターではこれ以上確認できないが、奇襲攻撃によりロシア北方艦隊に被害が生じているらしい。
「このままじゃ七面鳥撃ちにされるぞ! 機関部の始動急げ!」
「もうやってます!」
敵部隊の攻撃目標はおそらくアドミラル・エイトケン。
艦の動力源である新型核融合炉及びそこからのエネルギー供給を必要とする推進装置の始動を急がせるシギノに対し、その作業は既に行っていると返答するマオ。
いくら濃霧で視界が極めて悪いとはいえ、一か所に留まっていたら集中攻撃を浴びることは明白だ。
「地上施設での爆発を確認! ポリャールヌイ海軍基地が爆撃されている模様!」
「……エーラ中尉、敵戦力の全容は分かる?」
艦船のみならず地上施設にも被害が広がる中、エーラの報告を受けたメルトは敵戦力について聞き返す。
「全数は把握できていませんが、敵は全てMF及びUAVと思われます」
エーラによると敵戦力は小型航空機――MFと無人戦闘機で構成されているという。
確かに、レーダー反射断面積が低い小型機は奇襲作戦にはうってつけだ。
「航空戦力には航空戦力をぶつける! ――そうですよね、アリアンロッド少将?」
戦闘における鉄則を述べながら短距離戦術打撃群の最高指揮官であるカリーヌに指示を仰ぐメルト。
「貴官の判断を尊重します」
「了解! CICよりフライトクルー、航空隊の発艦準備を開始せよ!」
カリーヌ少将から事実上の承認を取り付けたメルトはすぐに艦内電話用の送受話器を手に取り、第一戦闘配置で待機していた航空機運用要員に正式な発艦準備を命じるのだった。
アドミラル・エイトケンの船体後部に位置する航空機格納庫が慌ただしくなる。
「ブフェーラ2用のサブマシンガンの搬入を急がせろ!」
ブフェーラ2――ローゼルの機体に装備させるサブマシンガンを専用台車ごと押して運ぶメカニックたち。
通常時の主兵装であるレーザーライフルは霧や雲の中では極端に減衰して使い物にならないため、今回は大気の影響を受けにくい実体弾射撃武装を使用するらしい。
「フライトデッキよりフライトクルー、ゲイル隊の機体の準備が完了した」
「了解した。こちらフライトクルー、ゲイル隊各機は作業員の誘導に従いカタパルトまで移動せよ」
航空機格納庫側の責任者からの報告を受け、発着艦時の航空管制を担うフライトクルーはゲイル隊にカタパルトへの移動を指示する。
アドミラル・エイトケンは3基のMF用可動型電磁式カタパルトを装備しており、3機1個小隊のMFを同時発艦させることが可能だ。
「ゲイル1、了解」
「ゲイル2、了解!」
「ゲイル3了解!」
セシル、スレイ、そしてアヤネルのオーディールM3はトラバーサーにより駐機スペースから引き出され、指定されたカタパルトの手前まで直接移動する。
これは近代化改修に伴い試験的に導入された装置であり、発着艦作業時の負担軽減や時間短縮に少なからず貢献していた。
「セシル、あなたの部隊の発艦に合わせてこの
「近代化改修でそんな物を追加装備したのか」
それに加えて出撃前に直接通信を入れてきたカリーヌによると、アドミラル・エイトケンは従来よりも強力な電波妨害を行うことができるという。
セシルが把握していないだけで他にも近代化改修による変更箇所は沢山あるのかもしれない。
「天候はハッキリ言って最低最悪だけど、それは敵にとっても同じこと。あなた達の実力ならむしろアドバンテージになると信じているわよ」
ついでにカリーヌは戦闘エリアの気象状況を説明しつつ、妹含めたゲイル隊の面々に向けてエールを送る。
「あはは……買い被り過ぎですよ……」
「ま、買い被ってくれる少将を損させないぐらいには頑張ろうぜ」
謙遜するように苦笑いするスレイと同僚の反応をからかっているアヤネルは、3年前から僚機としてゲイル隊を支え続けている存在。
人付き合いが苦手な
「カタパルト電圧上昇。80、90――100」
「セシル……一応気を付けてね」
「……分かってるよ、カリーヌ姉さん」
作業員たちによる電磁カタパルトの準備が進む中、最後にカリーヌは"姉"としてセシルの武運を祈ってから通信を終える。
「1番から3番カタパルト、接続完了!」
「ゲイル隊、緊急発進急げ!」
機体とカタパルトの接続が完了し、フライトクルーから発艦許可が下りる。
射出口から見上げる空は濃霧に包まれているが、射出タイミングの調整と母艦の強力なジャミングを信じて出るしかない。
「了解! ゲイル1、発艦する!」
ファイター形態時の推力制御を担う左操縦桿を前に倒し切った次の瞬間、セシルのオーディールM3は電流
「ターゲット、ロックオン! "レクス・ルプス・フォイアー"!」
レヴォリューショナミー航空部隊を率いるホロの乗機イセングリムスは、彼女の搭乗が決まった後に最終調整が行われた陸戦型重射撃機。
雪国のオオカミを彷彿とさせる冬季迷彩が特徴的なこの大型MFは豊富な射撃武装を固定装備しており、それらを用いた一斉射撃を食らったロシア海軍のアトラント級駆逐艦の甲板には多数の大穴が
「電波妨害……? ノイズの発生源は――見つけたわよ!」
早くも本日2隻目の撃沈スコアを挙げ、大破炎上しながら沈みゆくアトラント級を踏み台に濃霧の中へ飛び立とうとしたその時、イセングリムスの
これをジャミングによるものだと瞬時に看破したホロはレーダー画面に広がるノイズに着目し、その発生源へ向かうように移動を開始する。
「(あの艦影……間違い無い! アドミラル・エイトケンだ!)」
頭上を飛び交う対空砲火の真下を潜くぐり抜けるように水面をホバー移動で疾走するホロのイセングリムス。
濃霧の中に浮かんでいる艦影はアトラント級よりも若干大型であり、それを視認した瞬間ホロは心の中でガッツポーズを決める。
内通者からの情報提供で"ポリャールヌイ海軍基地に停泊している巡洋艦級は数隻のみ"と知っていたとはいえ、視界が悪く敵艦の特定に手こずっていたからだ。
「ベーオウルフより全機、敵艦隊旗艦の位置を特定した! 手の空いている者はこれに攻撃を集中させよ!」
「了解!」
主に短距離戦術打撃群の対空迎撃により損害が出始めていることを把握していたホロは味方の有人機を集結させ、アドミラル・エイトケンの撃沈による早期決着を狙う。
彼女の指示に応答した同志たちの士気が高いうちに決めてしまいたい。
「アドミラル・エイトケンには近付けさせんぞ、テロリストどもめッ!」
白いMFの行く手を阻むかのようにロシア海軍所属と思わしき"Gr-9B マーキス"が正面から突撃してくる。
「チッ……退きなさいッ!」
敵であっても無用な犠牲は出したくないが、こちらの命を取るつもりで向かって来るなら致し方無い。
ロシア製MFのAK-474アサルトライフルによる先制攻撃をかわしつつ、ホロのイセングリムスも両肩部のランチャーに装備された短射程マイクロミサイルで弾幕を形成し迎え撃つのだった。
濃霧で視界が大きく制限されているにもかかわらず、2機のMFは互いに臆すること無くヘッドオン対決に臨む。
「ぐッ……この程度なら……!」
Gr-9Bのドライバーはそれなりの技量と度胸を併せ持っているようだ。
彼は水面を舐めるようなバレルロールでマイクロミサイルを全弾回避すると、白いMFは射撃特化の機体だと読んでロシア製MF特有の格闘武装の一つ"ロシアン・シックル"を抜刀。
農作業用の小鎌を思わせる実体剣を構えながら更に間合いを詰めていく。
「接近戦に持ち込――!」
「
射撃機の懐に飛び込むというロシア人MFドライバーの判断自体はセオリー通りで間違っていなかった。
しかし、ホロのイセングリムスが膝関節にビームソードを仕込んでいることまでは見抜けなかった。
Gr-9Bがロシアン・シックルを振り下ろすよりも早くイセングリムスの膝から蒼い光の刃が伸び、ドライバー諸共コックピットを貫く。
「……退けと言ったのに!」
息絶えた水色のMFの残骸をそのまま水中へ蹴り落とし、蛮勇で死に急いだ敵兵の末路を嘆くホロ。
自分と対峙しなければもっと長生きできたのに――と。
「(噂通りのハリネズミみたいな対空兵器ね……弾幕が厚すぎてこれ以上の接近は難しいか)」
敵航空戦力の迎撃を突破しアドミラル・エイトケンを交戦距離に捉えたホロだったが、ここで予想通りの問題に直面する。
合計28基の30mm対空機関砲と対空パルスレーザー砲、そしてVLS(垂直発射システム)から放たれる対空ミサイルによる濃密な弾幕を突破できず、自機の有効射程に近付けないのだ。
迂闊に接近すれば容赦無く蜂の巣にされてしまうだろう。
「ベーオウルフ! 敵艦後部に敵航空機の反応確認! 機数3!」
そして、時間を掛ければ掛けるほど問題は更に増えていく。
今度はホロ専属の副官であるバイオロイドが敵航空戦力の増援を報告する。
「艦載機――ゲイルかブフェーラか!?」
艦船内部から反応が出現したということは、ほぼ間違い無く艦載機。
しかも、アドミラル・エイトケンを母艦としている航空隊はどちらもオリエント国防空軍最強のエース部隊だ。
にもかかわらず対空砲火で手出しできない状況にホロは焦りと苛立ちを隠さない。
「敵航空隊、発艦する模様! 直ちに迎撃を!」
副官のバイオロイドは
「今からじゃ無理よ! でも、発艦直後の上昇中ならまだ捉えられるかもしれない!」
霧の中に一瞬現れた3つの蒼い影を目で追いかけつつ、ホロはスロットルペダルを踏み込み機体を加速させる。
陸戦型とはいえ彼女の愛機イセングリムスは高高度まで上昇できる程度の飛行能力を有している。
「ライブ、私の援護に回りなさい! あいつらに振り切られる前に撃墜する!」
「了解」
迅速に対応すれば1回ぐらいは攻撃チャンスを作れるかもしれない。
ホロは自身が名前を付けてあげた副官のバイオロイド――個体No.666"ライブ"を引き連れ、ライブのリガゾルドB型と共に蒼い悪魔の追撃に臨むのであった。
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