494話 最後の死闘です
仕事とは、人の生き方の基本だ。
何らかの役割を果たすからこそ人は集団生活を行う事が出来る。
それは人が今の文明を築く前から存在した原初の掟だ。
働け、生きる為に。
働け、生活するために。
働け。
働け。
「急げぇ!! 放置したら血毒汚染だけじゃなく腐敗して感染症の温床になる!! 肉片まで回収して仮設浄化場に送り込め!!」
「「「了解ッ!!」」」
回収班班長ネルトンの嘗てないほど気合いの入った指示故か、それとも目の前に広がる絶望的なまでの仕事量故か、誰もが不平不満を漏らす余裕もなくフル稼働で仕事に取りかかる。オーク討伐任務の一環にして欠かすことの出来ない業務――死体回収と血液の処理である。
今回の戦いで死んだオークは全てが成体で、体重は軽い個体でも百キロを優に越えている。重量級はその二倍以上。それが何百体も王都各所で暴れ回り、騎士団に討伐されたのだ。重量、数、どちらを取っても運搬の過酷さは凄まじく、馬車を使おうにも馬がオークの死体の臭いと血に怯えてまともに動かないため仮設浄化場まで遠い場所はワイバーンが運搬し、近距離の場合は人力である。
町の各所からかき集めた運搬用の滑車は軋みを上げ、車輪が石畳の地面を擦る。
乗せすぎると運べず乗せたオークの死体が落ちるため、乗せる量と置き方にも細心の注意が必要だ。下手をすると数百キロ以上の重量がのしかかってくるので、文字通り殺人的である。死体を数人がかりで抱えて乗せると、今度はロープで固定する作業も待っている。
そして、固定後は当然ながら、運搬作業が待っている。
運搬車の足腰と肩を容赦なく摩耗させるデスロードだ。
「はぁーッ、はぁーッ、よいっ……しょお!!」
「クソが……たかがこの程度の傾斜を、これほど恨めしいと思ったことは……ないぜぇ!!」
たかが数体しか乗っていないオークを運ぶために数人がかりで息を切らせながら滑車の車輪を回す。もしタイヤが小石を踏んだらそれだけで大きな揺れになり、更なる負荷が襲ってくるためただ考えなしに運ぶ訳にもいかず、神経がすり減る。
この時点で既にオークの死から一日が経過しようとしており、遺体は刺激臭を放っている。全員が臭いと感染症防止の為にマスクを装着しているが完全に防げるものではなく、更には呼吸が制限されるので余計に体力を浪費する。
オークの死体が運び出された後は、すかさず他の部隊が石畳に落ちた血液を可能な限り拭き取り、飛び散ったと思しき場所に解毒液を噴霧する。汚れた布は次々に樽の中に放り込まれ、あっという間に満杯。布を濡らすための水は濁っているが、もう気にする暇もない。
単純作業を任された者たちのうち、外対騎士団ではない連中の間ではぴりぴりした空気が漂い、些細なことで小さな諍いが起きるようになっていた。
「おい、バカ、そっちも飛び散ってる!! 拭け!!」
「命令すんじゃねえ、お願いベースで言え!!」
「喧嘩してる場合か!! あんまり騒いでると外対に解毒薬ぶっかけられるぞ!!」
拭き終わったら、道具作成班のアキナ班長が開発した最新型噴霧器が効果のあるギリギリまで希釈された解毒液を大地に念入りに振りまく。これだけ手間をかけてやっても、既に流れて地面に染みこんだ毒まで完全に浄化するよう過剰に撒く必要がある。
拭き始めからここまで十数分かけているが、処理できたのはオークの死体が作った血だまりたった一つ。複数人が同時進行で作業を進めているが、彼らは当然オークの死体がなくならないと作業を続けられない。なので運搬役は必死に運搬し、死体のなくなった場所に拭き取り係が野犬のように一斉に群がっていた。
外対騎士団以外の作業従事者が僅かにでも手を抜くと外対騎士団回収班の充血した目がぎろりと向く。
「もっと丁寧に拭き取れ!! 全然血が残ってんぞ!!」
「は、はい!!」
参加者のうち衛兵からしたら騎士は一つ位が上の存在だ。
それが殺意さえ感じられる目で叫ぶのだから、皆震え上がって必死に作業する。
(一瞬でもサボったらすぐバレるんだけど……)
(てか、チラ見しただけで作業の進捗見切られてるの怖ぇんだよ……)
「ひそひそ話もよく聞こえる。楽しそうだな、お前ら?」
「「ひぃっ!」」
……と、このように迂闊な事を言えばさらりとプレッシャーをかけられるのも恐ろしい。
そんな中、働き者の衛士が疲労で滝のような汗を流しながらネルトンの元に駆け寄ってくる。
「ネルトン班長殿! 第二戦闘区画の回収作業、終了しました! き、休憩を……!」
「よし、休憩に行け! ただし、休憩は30分! その間に処理時に発生した布を全部所定の場所に運んで、新しい布と樽をありったけ持ってこい!! 全部含めて30分だ!!」
「そんなぁ!! そんなの仕事してるのと同じじゃないですか!?」
瞬間、回収班の鬼の副長エッティラが彼に迫って睨み付ける。
「この国家危急の時にのんびり休憩しようとしてんじゃねえよ……30分休めるだけ有り難いと思いやがれこの軟弱者共がッ!! 30分後に戻ってこなかったら俺がお前らを見つけ出して血祭りに上げてやるッ!!」
「30分後に復帰します、サー!!」
背後に鬼のオーラが幻視できるほどの気迫に反論の気勢が消し飛んだ衛士は震える膝で返答した。するとエッティラは先ほどの表情が嘘のようにニッコリ笑って肩をぽんぽん叩く。
「分かれば良いんだ、分かれば。休憩所では水分補給のついでに腹に軽く何か入れておけよ」
(こ、怖ぇぇぇ……絶対本心の笑みじゃねえよぉ……!!)
普段の外対なら通常営業なのだが、現場を知らない衛士たちは震え上がる。
この人達には絶対に逆らってはいけない――恐怖による支配は短期的ながら如実に効果を示していた。
外対騎士団からすれば今回の仕事はハードでもやることは基本的に変わらない。
彼らは毎年何十件も同じようにオークの処理をしてきたのだ。それも、作業場所の多くは足場も不安定で現在地の確認もしづらい山や森、洞窟などで、ずっと、ずっと、延々と。その経験の蓄積が今、遺憾なく発揮されている。
自分たちの作業が遅れれば他の作業も遅れる。
故に迅速、かつ完璧に作業をこなす。
それが回収班のプライドであり、最前線だ。
◆ ◇
運ぶ方も大変なら、死体が運び込まれる場所も大変だった。
作業慣れした外対騎士団偵察班と共に命令されて仮設浄化場の為の穴を掘るのは、捕虜として投降したオークたちだ。
「側面が荒い! それじゃ崩れるぞ!! しっかり固めていけ!!」
『リョウカイシマシタ!!』
罠設置などのために穴掘りをすることも多い偵察班の指示にオークが従う。
クロスベルに誑かされて真っ先に投降したハイブリッドのシャンディがオークの監視役で、彼女が叛意を示した際に即座に対応出来るよう近くでンジャが目を光らせている。作業するオークの中には何故か意気消沈して降伏してきた他のハイブリッドヒューマンの部下だったオークもおり、一部は異様なテンションで作業を続けている。
『掘レバ結果ガ残ル!! 基礎ヲシッカリヤレバ台無シニナラナイ! ヤリガイィィィ!!』
『労働! 結果! 帰結! スバラシイィィィ!!』
「えーと、きみたちちょっとハイペースすぎるから早めに休憩入ろうね……?」
掘るオークあらば運ぶオークあり。
得意の怪力を活かしたオークたちは同胞の死体を仮設浄化場に横たえていく。
これから彼らは毒を分解され、肉体を分解され、文字通り土に還る。
ただ、まだ仮設浄化場は機能していないので今は前段階に過ぎない。
捕虜のオークを労働力として使うのはどうか、という意見もあったが、指示を統括するハイブリッドが従順であれば彼らも従順になることと、単純に余裕がないせいでルガーは即座に彼らの動員を決めた。同胞の遺体処理については抵抗感のないオークとあるオークに分かれたため、抵抗感のない――恐らく野生オークの感覚がより強く残っている――オークたちに任されていた。
なお、抵抗の末に捕縛された他のハイブリッドヒューマンたちはもれなく厳重に拘束されて牢屋に放り込まれている。彼らの処遇を決めるのは王都の大混乱が鎮まらないことには無理だろう。
純ハイブリッドのルーシャーはというと、ノノカに扱いが一任され、今は彼女の助手として動いている。
「ノノカ、言われたとおり倉庫を見たが藁の束は五ロールほどあったぞ」
「しまった、補充前か! このままだと足りない足りない足りなぁぁ~~い!! あれも足りないしこれも足りないし、数に対して浄化場に必要な素材がとにかく足りない!! ベビオンくんここ任せた!」
「仰せのままに、ノノカ様ぁッ!!」
「ファミリヤくんは研究院の待機スタッフに『浄化整備物資ありったけ用意して』って伝えて! ルーシャーちゃん、ノノカを抱えて研究院まで一走りお願い!」
「いいよ。ノノカの頼みなら」
ソコアゲール靴を中ほどから折りたたんで――そんな機能あったのかと周囲は地味に驚いた――ルーシャーの背中に飛び乗るノノカ。彼女をしっかりおんぶしたルーシャーは凄まじい速度で駆け出した。
浄化場は基本的には好気性発酵という方法で微生物にオークの死体を分解してもらうのを基礎とし、それをいくつかの薬品や魔法道具によって通常の何倍も効率よく分解を促進させつつ同時進行で毒も分解するものになっている。二〇匹程度なら騎道車の浄化場でも処理出来るが、これだけ大量のオークを処理するとなると訳が違う。
――大わらわな浄化場の現場に大きなシルエットがやってくる。
俺ことヴァルナ、シアリーズ、そしてあの戦いのあとすっかり俺に懐いた――元々ある意味懐いていたが――アルディスがギガントオークの死体の一部を抱えてやってきていた。俺は同僚に声をかける。
「おーい! もう死体仮置き場満杯なんだけど!! これどこに置けばいいかなぁー!!」
「敷地余ってるからどっかに並べとけ! 浄化場の方が間に合ってねえ!」
計六体のギガントオークの死体はいくらワイバーンでも運べないので現場で解体して力任せに運ぶしかなく、そうなると怪力の持ち主が割り振られるのは必定だ。俺たちは視線を合わせて現場から解体して持ってきたオークの腕や足を一カ所に並べていくが、それでも持ってきたのはギガントオーク一体の遺体の三分の一にも満たない。
なんせ過去一と言って過言ではない巨大オーク達だ。
腕一本でもオーク数頭分はある質量と重量に騎士が絶句する。
「これ、このままだと仮設に入らなくないか!? 話には聞いてたけどクソデカだぞ!!」
「あー……運び終わったら俺らもギガント用の穴掘るからとりあえず普通オークの処理優先してていい!! 奥で作業してる穴掘り名人たちにもそう言っといてくれ!!」
この手の作業が爆速に速いピオニーと騎士団の穴掘り名人ことホベルトの作業は尋常ではないが、そろそろ休憩させないと無茶が祟って倒れてしまうだろう。彼らに今倒れられるのは困るし、騎士団員たちもそれは察しているようだ。
ギガントオークの一部を置いたシアリーズが首を回して軽くストレッチしながら息を吐く。
「しっかし阿鼻叫喚ねぇ。しかもオークと人間が肩ならべてるし。これってある種、シェパーの勝ちってことなのかしら?」
「そんなの計画を潰せず後手に甘んじた時点で負けみたいなもんだよ。普通ここまでさせないための騎士だし」
「ふぅん。それはそうとして、これ、下手したら王宮から様子が見えちゃうんじゃない?」
「お偉いさん方に見えないように歓迎パレードの看板で隠す予定だ。今、商人連中に死ぬほど頑張って作らせてるが、追加がいるかもな……」
ちなみにやらされているのは主に高級住宅街の特権階級連中であり、ロザリンドが頼み込んで回ったものだから「断るとバウベルグ家に目をつけられる」と非常に協力的で助かっている。この件が終わったらロザリンドには沢山いいこいいこしてあげなければならない。
「アタシとしてはそもそも王宮の修繕間に合わずにバレるんでね? って思うけどねー」
「言うな」
王宮の惨状を考えると頭が痛いが、今は死体の片付けが先決だしあちらはメイドがなんとかするだろう。
アルディスは何も言わないが、城の損傷の一部は自分のせいという自覚があるのか居心地悪そうだ。俺は一息吐き、アルディスの頭を撫でる。
「お前だけのせいじゃないけど、やったことは後で謝ろうな」
「うん……学習。謝罪、大事、記憶した」
どんなに高度な教育を受けて、どれほど戦いを好いたとしても、やはりアルディスはまだ生まれてそれほど年月の経たない子供だ。その素直さがちゃんといい方に向いているのが彼の顔を見ていて分かる。シアリーズがその様子を茶化した。
「マモリに続いて今度は義弟? 大家族になっていくわね、あなたもアタシも」
「しれっと自分をファミリーの一員に入れるなってば!」
「嫌じゃないクセにぃ?」
「うっさいうっさい」
するとアルディスは何故かシアリーズに近づき、俺がそうしたようにシアリーズの頭を撫ではじめた。シアリーズは訳がわからずぽかんと呆ける。
「……え、なんで?」
「ヴァルナを挑発するということは、撫でて欲しいからそういうこと言ったのかと思った。……違ったか?」
「違うわね……うふ、アタシが撫でて欲しかったって……ふふっ、あはははっ! やだ、ヴァルナ! この子ってば面白可愛いわ!!」
「後で可愛がってやるといい! いいから次行くぞ!」
アルディスは何故笑われたのかわからず不思議そうだったが、確かにシアリーズが構って欲しかったと思ったのは可愛い勘違いだ。彼女は多分、するのは好きでもされるのは好みじゃないだろう。実は制圧後に「一緒に人質に付き合ってあげたお礼、なーい?」と言いながら抱きつかれてまた唇を奪われた。事が事だけに拒否しづらく受け入れたが、そのうち舌まで絡めてきそうでややコワイ。
とにもかくにも死体回収だ。
終わった後の死体の処理は毎度大変だが、今回は王都内なだけに輪をかけて大変だ。もういざというときはシャベルで八咫烏発動させて必要な形状の穴を一瞬で掘ってやろうかと真剣に考えるほどには慌ただしい。
――遠ざかっていく背中を見送ったシャンディが、おずおずとンジャの方を見る。
「あの。さっきの人って最強のアルディス君を倒して戦いを終わらせた超最強の人ですよね。幾ら元気だからってギガントオーク運びなんてさせられるのって、ちょっと救国の英雄として扱いどうなんですか……?」
「ヴァルナは
外対騎士団はこういう場面でヴァルナを特別扱いすることは絶対にない。
派手に暴れたのちの後片付けも含めてが外対騎士団の重要な仕事だからだ。
だれあろう、ヴァルナ自身がそのことを弁え、堅持している。
外対騎士団はそれでいいのだ。
――なお数時間後、ヴァルナは人類で初めてシャベルで『八咫烏』を発動させて見事な大穴を掘り、同僚達に「やっぱお前頭おかしいよ」「究極奥義、穴を掘る。これもうわかんねぇな」「思い描いた事象を発生させる能力者かよ」等と散々言われてキレることになる。これもまた、外対騎士団のいつものヴァルナイジりである。
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