442話 敵に回すと怖いです

 始まりは、一人の男の強さを追求する欲。

 多くの人が途中で妥協して諦める中、そうでなかった者の辿り着いた先。

 そこに至るまでに当人なりに試行錯誤、紆余曲折があったのだろう。しかしそれは重要なことではなく、結実した到達点だけが真実を語る。


 ロマニーは、己が書類を通して知ったことを全て説明してくれた。

 それも、俺たちだけでなくイヴァールト王とイクシオン王子も交えてだ。


 海外にて、バンはその人物と出会った。

 残念ながらその人物が誰であったのかは、既に書類が焼却されたのか、或いは最初からバンのみが素性を知っていたのか、手がかりがなかった。ただ、その男は王国にてかなり高い地位にいる存在であることを状況は示していた。


 恐らくは、頻繁に海外に行くことのある外交官や、大臣。

 海外の新技術を積極的に取り入れようとする王国は、要人が国外に出ることが比較的多い。そのような人物が関わっていなければ安定して手に入れられないような物資と資金が、研究には投じられていた。


 研究には『赤い石』が密接に関わっていた。


(緋想石のことだな)


 普通に騎士として生きていれば決して関わることもなかったであろうこの災いの元凶に、また一歩近づいてしまったようだ。


 王族の表情は揃って硬い。

 自国の近しい所に裏切り者がいるのがほぼ確定しているからだ。

 また、セドナは既に内容を一度聞いているためか冷静そのものだ。


 話は続く。


 『緋想石』を持っていた男は、ある目的があったらしい。

 書類にはっきりと明記していなかったが、推察するに、それは『緋想石で魔物を統率する』という部分に主軸を置いていたように見える。


 魔物を操るとは、まるで過去にクロスベルによって捕縛されたと聞く謎多き魔王のようだ。

 もしかすれば魔王も『緋想石』を持っていて、だからあの魔王の事件の詳細は隠匿されているのかもしれない。推測だが、いい線を行っていると思う。公にすることで犯罪を助長する結果になるような不利益な情報は、どの国でも伏せられるものだ。


 話を戻す。


 魔物を操りたい人間と、最強になりたい人間。

 一見して両者の目的と手段が全く合致していないように見える。

 しかし、両者はある悍ましい一点において合意する。


 人と魔物を混ぜること。


 キメラの創造だ。


 男は、魔物を操るには魔物が自分の思考を理解するだけの知能を持っている必要があると考え、そのために魔物と人を混ぜる方法や環境を探していた。彼には技術力があったが、スポンサーがいなかった。


 一方のバンは、人間が年老いても力を発揮し続ける為には人ならざる者の力を己に取り込むしかないと考え、その術を探していた。このときのバンは既に商売人としても成功を収めていたが、魔物をどうこうする技術がなかった。


 二人の欲望は、キメラ実験という狂気の沙汰で交わった。


「どちらも狂人であるな」

「まったくです」


 イヴァールト王とイクシオン王子がそう吐き捨てる。

 実際、狂ってる内容だ。どんな国であっても、公に出れば大罪で裁かれることは間違いない。しかしこの二人は躊躇うことなくそれをやった。


 研究記録はあちこち燃やされていて初期の実験記録は見つからなかったが、その間に身寄りのない孤児――実際には人身売買で得たようなので本当はいるかもしれない――の術後の死亡記録が相応に出てきていたので、犠牲者はいたらしい。


 気付かぬうちに自分の爪で皮膚を貫きそうなくらい拳を握りしめていた俺は、セドナが手をそっと握ってきたことで、力を緩める。本音を言えば今すぐこの場を飛び出してバンを叩きのめしに向かいたいくらいには、外道の行いだ。


 騎士として、許せるはずもないこと。

 だが、世界の全ての人間を救うことはできない。

 まして過去に死んだ人間は尚更だ。

 今やれることを見失わないことだけが、今という時間にいる俺に出来ることだ。


 ただ、もし次に出会った時は斬ることも厭うまいとは決意した。そんな覚悟をしたのは、初めてのことだった。


 実験は、人に魔物の因子を植え付けることから始まった。詳細はあまりにも専門的だったために省かれたが、人道に沿ったものとは思えない。

 被験者は、因子を植え付けられた後に死亡、ないし回復の見込みなしとして安楽死させられた。

 これは、後から肉体に植えられたものを、元の肉体の免疫が異物と判断することで起きる拒絶反応というものが原因と資料にはあった。多くの被験者がこれで命を絶たれた。


 そして最終的に、もっとも拒絶反応の起きにくい魔物が見つかった。

 それが、オークだ。

 

(世界のどこに行っても縁が切れないが、今回は人間側の問題か……)


 曰く、他に人語を解する魔物では更に良好な成果が得られたが、それほどの知能を有する魔物は捕獲が極めて困難、或いは膨大な金がかかるので現実的ではないとされたようだ。実験の為に因子とやらを抜き取られた生き物の中にヴィーラが入っていて、吐き気がした。無性にみゅんみゅんが元気か確かめたい。


 オークは人体と構造が極めて近く、世界のどこにでも生息していて、生命力が強く、人間に及ばずとも一定の知能がある亜人型の魔物だ。しかもホルモンによって容易に操れるなど扱いやすかったようだ。


 実験はオークに人間の因子を入れる実験と、人間にオークの因子を入れる実験の二つに分かれた。オークに人間を混ぜる実験は実験の成果を確かめる為の知能チェック等に時間がかかるため相応の年月を要し、逆に人間にオークを混ぜる実験は失敗作を多く誕生させながらもオーク側よりは早く研究が進んだ。


 オークを混ぜられた人間は大半が知能的に退化するなどの異常が表れ、安楽死。

 理性を残した者も、やはりなんらかの不具合が残り、安楽死。

 オーク側の実験でも因子とやらを抜かれた人間の突然死が相応にあったらしく、最終的に実験の完成体――偽のレンとなったあの男が誕生するまでに三十二名の人間があの別棟という名の研究棟で死亡している。


 これはオーク関連の実験のみの話だ。

 それ以前に行われた実験の犠牲者は含まれない。

 また、オークの扱いを誤って殺されたり実験内容を外に漏らそうとした人間も過去にはいたようだった。


 まさに悪夢の実験だ。

 下手をすると犠牲者の数は百人以上かもしれない。

 壮絶な実験の末に生み出されたレンは、書類には試製三十三號と記載されていたという。

 容姿に関しては、実験からしばらく後になって『緋想石』の力でレンに寄せられたらしい。


 『緋想石』は魔力を多く持つ種族にしか効果が現れない。魔力の豊富な人間でさえ、石の干渉力からすれば微々たるもので、干渉は極めて難しいらしい。よってオークの因子が定着した試製三十三號は干渉が有効になり、整形が可能だった。

 ただし、整形は非常に難しい作業であったらしく、以降、石の干渉による整形は行われていないようだ。


 試製三十三號によって完成したのが、オークの膂力、スタミナ、成長力を、人間の姿を保ったまま得られるというもの。バンは最後にこれを自らに施した。


 ただ、共同研究者である男からするとオークに人の因子を埋め込むことが主であり、逆の研究から得られる成果もあったものの、人体への因子移植の成功あたりでバンとの間に温度差が生まれたらしい。


 また、オークに人の因子を埋め込むことにも一定の成果が得られ、その完成と呼べる個体が誕生。男は実地試験のためにその個体を連れて別の拠点へと移っていった。バンもそれを止めなかった。これが五年ほど前の話だ。『緋想石』は僅かな欠片がバンの元に残され、残りは男が持っていったという。

 恐らく男はその後、皇国や王国でオークの実験を繰り返していたと思われる。


 バンはこの後、己の因子量を増やすための実験を行ったり、人の因子を移植された実験オークの生き残りに言葉を教えてを弟子に出来ないか試す実験をしたり、石で手懐けた魔物と戦って己を鍛えるようなこともしていたようだが、全体的に真剣に何かをやっていた印象が薄い。

 恐らく、自分の肉体に異常が起きた際に因子を抜き取ることが別棟を維持した理由だろう。もしかしたら将来的に、更なる強さを得たいと願う弟子にも因子を入れることを考えていたのかも知れない。


(……或いは既にいたりしてな)


 騒ぎの後、ドンロウ道場の一部の門下生が忽然と姿を消したらしい。

 根拠はないが、繋がりがあるような気がした。


 バンのことは考える程に腹立たしく、そして理解できない。

 武人としての誇りがあるような行動も、ないような行動も取る。

 セドナはこれについて、「彼の中では全ての言動は一つの筋道のもとに矛盾なく成立してるんだと思う」と持論を述べるに留まった。一言、「そういう犯罪者が一番怖いんだよ」と付け加えて。


 『緋想石』は既にゴウライェンブ王が確保し、それはイヴァールト王も確認したという。この石は国際条約に基づき、近々、急遽王国で行われることが決定した『世界サミット』の秘匿された議題に挙がるそうだ。恐らく列国もそこで『打出小箱』を提出することになるだろう。


 遂に、オークで実験を繰り返した国際的な犯罪者の運命が世界で話し合われることになる。そう聞くと、大事になったなとしみじみ思う。


「……以上が、ドンロウ道場別棟で判明した内容になります」


 その場の全員が暫く言葉をなくすような発表は、これにて終了した。

 

 ふと、騎士団に入る前の、オークを大して知らなかった頃を思い出す。 

 あの頃は、自分がこんな場所でこんな重要な事実を知る立場になるとは思っていなかったが、気付けば王立外来危険種対策騎士団に入ってこの方、ずっとオークに振り回されてきた。まさかそのオーク共を操る元凶が外国で許されない犯罪を働いていたことなど、知るよしもなかった。


 騎士団の皆がこのことを聞いたら何と言うだろう、と思い、思わず王がいるにも拘わらず吹き出しそうになる。絶対こう返すに違いないと思ったからだ。


『オークを操ってるならもうオーク扱いでいいだろ! 騎士団の力を結集してどこまでも追い詰めて絶対に殺すッ!! いや、本当に殺すと副団長が泣くからせめて半分は殺せッ!!』


 そんなバカな台詞を素面で言う騎士団だけれども、本当にやると決まれば凄い一体感で団結し、結果を取りに行くだろう。だから俺はあの騎士団が好きなんだ。

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