435話 目と喉を潰します

 時は遡り――五行試合開始直後。

 ゴウライェンブ王の計画は予定通りに実行された。


「どうも申し訳ありませんね」

「王が、やはり体裁は保っておきたいと」


 ドンロウ道場総本山に整列して踏み入るダーフェン・ホンシェイ兄弟と役人、手伝いの役士達に道場側は最初こそ身構えたが、ダーフェン・ホンシェイ兄弟は元々顔馴染みが多い為、多くの門弟たちは二人の言い分に納得していた。

 もちろん、セドナもその中に混ざっている。


(外から見た時点で要塞かなって思ったけど、中も凄まじい……)


 見上げると首が痛くなりそうな天井の高さだ。

 これだけ大きな建物を建てるというのは、お金もそうだが高い建築技術が必要な筈であることから、道場の財力だけでなく宗国という国家の技術力も覗える。王国ではまずお目にかからないような巨大な木の柱など、普通に観光しに来ていれば友達と色々話を膨らませられそうだ。


 ただ、外からは派手に見えたが内部は想像していたほどゴテゴテはしていない。

 目を引く装飾や像はあるが、基本的にはだだっ広くてどこか素っ気ない。ここは入り口だから、実際の訓練場はもっと素っ気ないだろうとセドナは思う。飾り気は品を落とさないレベルを維持しつつ、それ以外は無駄なものと割り切っている、そんな質実さが垣間見えた。


 道場の門弟達は誰もが肉体をしっかり鍛えており、血色も良いことから食事は満足に取れているのだろう。流石に人数が多いためか質に差はあれど、整った環境で鍛えている事は想像に難くない。

 これだけの門弟の世話をするには、確かに相当な資金が必要だ。

 それを用意出来たからこそ、ドンロウ道場は覇権を握った。


 セドナは集団の一人として怪しまれない程度に目線で周囲を確認し、門弟達の動きを見極める。すると、一部で目につく動きがあった。隣で歩くロマニーに視線をやると、彼女も気付いているようだった。


(……警戒、されてるよね。タイミングがタイミングだし仕方ないかもしれないけど)


 氣の感覚としては、少し緊張しているが敵意はない感じがする。

 しかし、王国における犯罪対策を担うセドナには、指導員クラスの人間が自然に物陰や扉の奥を意識した足取りをしていることに気付いていた。これは、何かあれば抵抗の用意があるということだ。


 セドナはさりげなく近くの役人にハンドサインを送る。

 役人はそれに一瞬目を細めると、敢えて二人の兄弟には聞こえる程度の声量で道場に対する所見を口にする。その所見の内容こそ突入前に予め決めていたサインであり、セドナが出したのは「バレてはいないが警戒はされている」という中度の段階を示すものだ。恐らく柱の裏や部屋の中に道具や武器があるのだろう。


 推測だが、指導員クラスの人間は日常的にこの道場に外部の人間が入りこんで勝手なことをしないよう指導が行き渡っているのかもしれない。だから、たとえ入ってきたのが顔馴染みでも警戒はすることが体に染みついているのだ。


(でも、こっちの情報が筒抜けってことはなさそうかな)


 もし本当にバレているなら、恐らく用意は万全なのでわざわざ警戒する素振りすら見せないだろう。騎士になって以来、隠し事をする連中は散々相手にしてきた。その中には外国人の商人も多くいた。

 だから、セドナは分かる。

 バン・ドンロウにとっては、この警戒心を維持することが通常なのだ。


(結構厳しい戦いになりそう。四聖拳の補欠くらいは出てくるものと思わなきゃね)


 逃走も視野に入れつつ、セドナたちは時を待った。

 道場に入ってから数分後、突如として表が騒がしくなる。

 予定通り、ゴウライェンブ王の用意した囮の突入部隊が雪崩れ込んできた。


「傍若無人にも国内を荒らし回り、武の道を衰退させた強欲の輩、滅ぶべし!!」

「積年の恨み、今ぞ晴らすべし!!」

「バン・ドンロウに靡き、甘露を啜る役人共も纏めて成敗してくれる!!」


 全員が口元を布で覆い、ある者は鉄棍を、ある者はヌンチャクを、ある者は青竜刀を構えて突入してくる。門番及び建物まで続く道にいた門弟は全て薙ぎ倒してきたようだ。いい感じに思想の偏った輩感を醸し出しているのか、本当に輩なのかは分らないが、青竜刀に血がべったりなんてことはないようなので理性はきちんと保っているものと信じることにする。


 彼らは一斉に道場内に入っては手当たり次第に周囲の門弟を叩きのめし始める。門弟は最初こそ狼狽えたが、指導員クラスの人間が檄を飛ばして彼らの心を入れ替える。


「狼藉者を捕らえろ!! 鍛錬の成果を見せてみよ!! 武器の使用も許可する!!」

「諒解!!」

「おのれ、無法者共!!」

「我らが拳、ドンロウ道場の力を思い知れ!!」


 突如として修羅場と化した道場に、罵声と武器の衝突する音が響き渡る。セドナもこの規模の乱戦は訓練でも見たことのない人数だが、乱入してきた武人たちは流石王の選んだ者というべきか、周囲の台や柱を利用して跳ね回ったり一人で大勢相手に大立ち回りを演じて見せたりと曲者揃いだ。

 ただ、既に道場内に銅鑼の音と侵入者を告げる知らせの声が、脳が肉体に指示を出すように巡っていく。常に侵入者を想定して訓練をしていた証だ。通路の奥からは次々に他の門弟達が鼻息荒く現れるし、役人達の避難方向は目的地から離れた場所を想定して動いている。


「こちらです!! 貴方方に何かあれば我々は王に示しがつかないので!!」

「ああ、感謝する」


 ダーフェンとホンシェイは笑顔で案内役に追従し、そのまま流れるような手つきで案内役の意識を刈り取った。

 ダーフェンは烈風のような蹴りで。

 ホンシェイは流れる水のような手刀で。

 レイフウ道場の門弟程度では相手にならないであろう、鮮やかな手際だった。


「このまま突き進んで次の曲がり角から目的地に向かいます」

「邪魔する相手は容赦なく叩きのめしなさい」


 役人、役士、全員が邪魔な上着を脱ぎ捨てて疾走する。

 この視察団に弱卒は一人も居ない。

 嵐の強行捜査が始まった。


 双子は顔見知りを情け容赦なく倒していく


「ダーフェンさん、ホンシェイさん!? なんで……!!」

「まさか貴様ら、裏切ったか!? 皆、聞……」

「「邪魔ですよ」」


 二人はまるで互いに互いの動きを全て理解しているように標的も動きも被ることなく鮮やかに門弟達の意識を刈り取っていく。時にはアクロバティックに交差し、時には互いが互いの目となって敵を倒し、互いに互いを最大限に利用し、フォローし、時にタフな相手に連係攻撃を仕掛けて沈めていく。


(連携によって自分たちの戦闘力を更に底上げしてる……! 二人がかりなら四聖拳に匹敵するんじゃない、この双子!? ライエンおじさんもバン・ドンロウも一目置く訳だよ)


 二人は相当出来るとは思っていたセドナだが、その予想を上方修正する必要がある。

 暫くは上手くいったが、そもそもこの道場は広く、更にバンが隠し事をしている別棟までは遠い。なんとか敵を不意打ち的に倒すことで動きを悟られなかった突入部隊も、流石に途中で裏切りがバレる。


「ちっ、あの双子め……数で押せ!! 回り込んで挟み打ちだ!!」

「ここから先はそう上手く事が運ぶと思わないことだ!」


 この猛攻にも役士や役人達は一切怯まず真正面から突破していく。


「王命を全うするために、邪魔をするな!!」

「我らが王の理想の為に!!」


 実力もさることながら、彼らは王にその身を捧げることを覚悟した集団だ。攻撃の一つ一つに並々ならぬ気迫と揺るがぬ意志が乗っており、ドンロウ道場側を勢いで上回っている。これも王の人徳と彼らの忠誠心のなせる技だろう。


 セドナも勿論手伝っている。

 こんな時の為にヴァルナに手伝って貰った豚狩り騎士団式催涙弾を定期的に後方に放って挟み撃ちしようとする集団を怯ませ、それでもと無理矢理突き抜けてきた連中をロマニーと二人で丁寧に沈めていく。


「ほいほい、邪魔だよ~!」

「うがっ!?」

「くそ、ゲホっ! 喉さえ無事なら……」

「言い訳の多いことですね。はッ!!」


 セドナは低い姿勢から突き上げるような掌底を、ロマニーは蹴りで鮮やかに顎を打ち抜いていく。敵の動きを見たロマニーは次第に後方から迫る集団が厚みを増していることに気付く。


「ふむ。そろそろ一塊での行動も限界そうですね」

「余裕かましやがってこのアマ……ぶぇくしッ!? 畜生鼻が……涙で前も見えねぇ!」

「隙ありぃ! はちゃー!」

「ぶはぁッ!?」


 相手を弱らせて的確に叩く。

 相手に対して情け容赦のないヴァルナらしいやり方だと思う一方、これって自分の仕事にも応用出来るのでは? とも考えてしまうセドナだった。




 ◆ ◇




 二つの勢力が乱戦となる中、その様子を見ていた第三の部隊が静かに動き出す。

 セドナがこっそり用意しておいた王宮メイド隊と王宮騎士だ。

 ちなみに宗国側は彼らの存在をまだ知らなかったりする。


 彼らを率いるのは、副メイド長のネフェルタンだ。

 浅黒い肌に白が映える彼女はロマニー不在時のメイドの指揮を執る王宮メイドのナンバーツーで、勿論メイドとしての仕事も殆ど完璧だ。故にこそ紙一重の差でメイド長の座を奪われたロマニーをどこかで追い落としてやろうと虎視眈々と狙っていたりする。

 ちなみに「ネフェルたん」と呼ばれるのを蛇蝎の如く嫌っているが、これは何でも家族に原因があるそうだ。


 無論、どんなにロマニーをライバル視していようが私情で仕事を疎かにする事はあり得ない。ネフェルタンは混乱に乗じてドンロウ流道場総本山に侵入し、庭に上手く隠れながら目標地点に移動中だ。

 庭の中にも侵入者用のトラップが多くあるため進むのは大変だったが、罠解除はメイドの嗜み。門弟たちは内部の騒ぎに夢中だから尚更だ。こうしてある程度いい視界を確保できる位置まで辿り着いたネフェルタンは、双眼鏡を取り出して周囲を見渡す。


「上手く戦力が分散しているようですが……やはり目的地の別棟だけは警備が緩んでない模様ですね」


 既に本棟で大騒ぎが起きているのは伝わっている筈なのに、よほど知られたくないものが中にあるらしい。セドナには機を見て侵入するか、無理なら突入時の戦力分散を頼まれているが、さて、どうしたものか――顎に人差指を当ててネフェルタンは考える。


 欲を言えばここでロマニー以上の成果を挙げるために先に別棟に仕掛けたいところだが、別棟周辺は意図的に遮蔽物を排しているのか接近すれば丸わかりだ。突入した面々が別棟に接近した辺りでの同時攻撃が望ましい。

 仕方なく待ちの一手を打つネフェルタンたち。

 しかし、そのときが来るより前に別棟の扉が開き、中からぞろぞろと男らしき大柄な人影が出てくる。てっきりこのまま籠城すると思っていたために面食らったネフェルタンだったが、それ以上に出てきた人間の様相にぎょっとした。


「あれは……何です?」


 ネフェルタンは思わず疑問の声を上げる。

 彼らは一様にやけに大きく、掌を手袋で、顔は札が大量に垂れ下がった奇妙な帽子の影によって隠れている。印象としては、この国の架空の怪物として語られる「キョンシー」と呼ばれるものに似ている。最初は本棟を守る精鋭部隊かと思ったネフェルタンだったが、彼らは本棟に向かうことはなく別棟の周囲を囲むように広がり出す。

 周囲を警戒しているというのは分るが、男達の異様な出で立ちや言い知れない奇妙さにネフェルタンは生唾を呑んだ。


「双眼鏡越しだと分りづらいけど、全員身長が二メートル以上ありそうなのはいくら何でも変よ……ガドヴェルトのような大男は確かに世の中にはいるけれど、それは稀なこと。なのに、どれだけ数がいるの……?」


 十人、二十人、と増えていく大男は更に数がいそうな雰囲気だ。

 しかも、一様に筋骨隆々で、命令への忠実さはありそうでも仕える者としてのきびきびした動作が感じられない。メイドからすればの話だが、彼らには人間味がなかった。

 顔を覆い隠す札に書き込まれた不気味な赤い紋様のような文字が一層不気味だった。


 と――巨大な大男たちが突然ネフェルタンたちの隠れる方角を見た。

 周囲の大男たちもそれに倣うようにこちらを見て、前傾姿勢で走りはじめる。


「気付かれた? うそ、なんでこの距離で? 双眼鏡のレンズが反射したとかかな……くっ、ロマニーならそんな凡ミスしないんでしょうね」


 どうやら、こそこそ期を窺うのはこれが限界らしい。

 それに、メイドとしての勘が告げている。

 あの大男達には何か秘密がある、と。


「どうせあの連中は突入部隊の邪魔になります。総員、これよりあの大男たちを殺さず無力化せよ!」

「「「はっ!!」」」


 王国の精鋭たちまでもが前線に加わり、ドンロウ道場総本山は混沌の坩堝と化していく。

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