421話 させた側の勝利です
ショウ・レイフウ師範はレイフウ道場が追い詰められるまでの生々しい話を聞かせてくれた。
同じ師範代が一人、また一人とドンロウ派に屈していき、対抗するための動きも読まれて内通者を作られたこと。門下生のうちの何名かがドンロウ一派に見せしめとして徹底的な嫌がらせを受け、それを見て恐れた門下生が夜逃げしていったこと。更には将来有望な弟子が堂々とドンロウ派に寝返って金を積んで道場の看板を買おうとしたり、実際に弟子を買収したこともあったという。
ショウ師範は、着々と道場の門弟が減ることに抗わなかったようだ。
「儂らが古い存在となったのかもしれない。弱き者は淘汰されて去る運命にあるものですからな。せめてバンの奴に一泡吹かせてやりたいと抵抗していた時期もありますが、抵抗すればするほどに門下生が傷つき、或いは堕落していった。悔しいが、完全にしてやられたのです」
彼の表情には哀愁すら感じ、本当に諦めているのだと分かる。
「いま道場に残っているのは、そんな中でもまだ私を慕う者だけです」
道場に残る何人かの弟子たちは口には出さずとも己の不甲斐なさを嘆くように唇を噛み締めている。それほどに師を慕い、そして道場を追い詰める者を許せないのだろう。
「弟子達にはドンロウ一派とは関わるな、レイフウ流拳術に固執するなと言い聞かせましたが、それでも頑として首を縦に振らない者たちばかりです。心を鬼にして破門にした者もいましたが、それでも……嬉しいことですが、未来のない我が道場に縛り付けるのは心苦しいものです」
その一言に、弟子達が堪えきれないとばかりに声を上げる。
「師範が悩むことなど! 我々が好きでやっていることです!」
「そうですよ! このあいだ破門されたイーシュンとて、師範を恨んではいません!」
「それに五行勝負に勝てば――」
「よさぬか、客人の前だぞ」
逆らう牙は折れたと言わんばかりだったショウだが、その眼光には弟子達を一瞬で黙らせる程度の力は残っていた。弟子達がしゅんと肩を落とす中、ショウは礼儀正しく礼をする。
「世間では『ドンロウ一派に唯一屈していない』などと過大なことを言われますが、社会を味方につけた相手に抵抗できるほど渡世は甘くはない。もし彼らの抵抗勢力と思ってこられたのなら申し訳ない。我らはただ屈さぬだけで精一杯なのです」
守るものがあるが故の苦悩。
そして国家を味方につけた金持ちの暴力集団の恐怖。
レイフウ道場での邂逅は、ドンロウ一派の厄介さを補強するような形になった。
◆ ◇
一度道場を後にした俺たちは、町の飲食店に立ち寄っていた。
実は道場を出る直前、弟子の一人がおすすめしてくれた店だ。
そこで俺たちは、思いがけない再会を果たすことになる。
「らっしゃっせー! お客様何名さま……あれ!? ヴァルナさん!? セドナちゃんもいるし!!」
「あっ、えっ、コルカちゃん!?」
そこには宗国で女性がよく身に付けているのを見かける脚部にスリットの入った服――チーパオ(王国だとマンダリンドレスと呼ばれている)を身に付けた王国の女性、コルカだった。
元はカリプソーという町の飲食店で働いていた彼女は、好きになった男を追いかけて外対騎士団料理班に転職した人物だ。付け加えると絢爛武闘大会に素手で殴り込みをかけて俺に事実上の告白をし、そしてフッた相手でもある。
コルカは困ったように頬を掻くと、「話は後でね!」と俺たちを席に案内する。
食事に関しては、もはや言うまでもない。
なにせコルカはあのタマエ料理長の弟子である。
料理長に教わったのか短期間で学んだのかは分からないが、彼女の宗国料理の味は宮廷の料理とはまた違った旨味を追求した新鮮な味だった。
王国料理も一部置いてあったのは本当に嬉しい誤算だ。
海外料理も良いが、そろそろ母国の食事が恋しくなっていた頃だった。
話を出来たのは、それから数十分後、食事が終わってお茶とデザートをのんびり頂いている四人の迷惑客以外の客足が減った時だった。
「やー、おまたせ! ごめんね待たせちゃって!」
「いやいや、忙しそうだったから仕方ないですよ」
両手を合わせて謝罪するコルカは、事情を説明してくれた。
そもそもコルカは絢爛武闘大会にて俺にフラれた後に新たな恋愛対象を見つけており、既に料理班を卒業して単身思い人のいる宗国にやってきたのだという。相手の名前はイーシュン・レイ。大会では「糸目王子」などと呼ばれていたが、それについてはアストラエの方が詳しいだろう。
厨房の方から少し疲れた様子のイーシュンがやってきた。
するとコルカは自然な動きでイーシュンの腕を抱きしめる。
イーシュンも何事もなくそれを受け入れているということは、そういうことだろう。
アストラエが納得したような顔をする。
「そういえばレイフウ道場を破門にされたイーシュンというのは……もしやとは思っていたが」
「ああ、それは自分だ」
そういえばイーシュンとアストラエは一応面識があったな、と思い出す。
イーシュンも加わり、話が始まった。
話は絢爛武闘大会に遡る。
イーシュンは元々レイフウ道場でも実力者だったそうだが、衰退の一途を辿るレイフウ道場の実力を国際的な場で見せられれば評価が変わるのではと考えてショウ師範に無断で大会参加を決断したらしい。
「レイフウ道場は、武術はひけらかすものではないという古来の考え方から格闘大会等への参加は禁じられていました。バレれば破門だとは思っていましたが、それでも僅かなりとも道場の評判を広められればと……」
しかし、大会でそこそこ名は売れたものの、注目は道場ではなくイーシュンの容姿に集中してしまい、道場の話が出来たのはごく少数だった。その少数の中に含まれていたのが、彼に恋をしていたコルカであったようだ。
「いや、あの時の彼女は勢いが凄かったな……大会終了後、帰国ギリギリまで洗いざらい喋らされたよ。しかも本当に仕事を辞めて宗国の自分の実家にまで押しかけてきたものだから、両親も婚姻に乗り気になってしまって……」
「なーにー? まるで不本意だったみたいに聞こえるんですけどー?」
「う……勘弁してくれよ」
「告白はそっちからしてくれたよね~? 滝の上で夕暮れ見ながらさぁ」
「本当に勘弁してくれ!!」
(告白はさせた側の勝ちって奴か)
かあっと顔を赤くするイーシュンの態度を見るに、尻に敷かれているようだ。
どうも俺の周囲には恋愛関連でグイグイ行く女性が多い気がするのは気のせいだろうか。ともあれ彼女のごり押しはイーシュンとは噛み合ったようであるので、素直に祝福する。セドナが「わー……わー……」と尊敬と興奮と羞恥の入り交じった顔で呟いているのが印象的だった。
ともあれ、イーシュンの破門はどうやら「家庭を持つなら定職に就け」という破門だったらしい。ショウ師範がそこまで断言したかは知らないが、そもそもあの人は弟子に道場を諦めて欲しい思いがありそうなので不思議には思わなかった。
「あ、ちなみにこの店はドンロウ一派には絡まれてないからその辺はお気になさらず!」
「この店は元々自分の両親の店だったのだが、コルカが来てからは王国の大使館御用達になってドンロウ一派も手が出しづらくなったらしい。おかげで助かっているがな……」
ドンロウ一派の名を出す時のイーシュンの表情には微かに険しいものがある。
しかし、王国の大使館御用達かつドンロウ一派が来ないとはいいことを聞いた。
この店はこれから人を呼び出したり話し合いをするのに重宝しそうである。
それはそれとして、俺は道場で聞きそびれたことをイーシュンに聞いてみた。
「なぁイーシュン。五行勝負ってなんだ?」
それは、道場で弟子の一人が発言した言葉。
口調からして、ドンロウ一派への対抗のきっかけになりそうなワードだった。
イーシュンは一瞬面くらい、しかし納得したように頷く。
「ああ、道場の者が口にしたのか……五行勝負とは宗国の伝統的な試合だ。王国だと決闘ということになるのか? 命の奪い合いではないが、道場同士それぞれ選りすぐりの五名の戦士を選出して戦う真剣勝負だ」
「王国の御前試合に似てるな……勝ち抜き式か?」
「いいや、五行の戦士にはそれぞれ火、水、木、金、土の五つの役割が割り振られ、相手の同じ役割を持つ者とのみ戦って勝敗を競う。ちなみに引き分けで勝敗が釣り合った際は師範代同士の戦いだ」
余談だが、五行とは宗国の古くからある元素の考え方で、それらの属性に合う選手を選ぶことが多いそうだ。
問題は、その勝負が齎すものである。
「五行勝負に敗れた道場は、勝った道場の要求を一つ呑まなければならない。基本的に法に反するものは除外されるが、この決闘の伝統は鉄の掟だ。いくらドンロウ一派でも負ければ逆らえない。この掟に逆らうことは武術の流派を継承する道場として最大の恥なのだ」
成程、それを挑んで勝てればレイフウ道場はドンロウ道場を社会的に『倒す』ことが可能らしい。それはつまり、別のことをも意味していることにセドナが気付いた。
「当然、あんなやりたい放題してるドンロウ一派に五行勝負を挑んだ道場は数多くあった筈。けれど、どこも勝つことは出来なかった。そういうことだよね?」
「……ああ」
「読めたぞ、ここで『四拳聖』だろう」
アストラエは指を四本立てて見せる。
「ドンロウ一派最強の直弟子、『四拳聖』を誰も倒せなかった。むしろドンロウ一派としては挑んできてくれた方が勢力拡大の近道になってしまい、誰も挑まなくなったんだな」
「ちょい待て。『四拳聖』って名前からして四人だろ? それだと一人足りなくないか? 五行勝負には五人必要だろ?」
俺の疑問に、今度はコルカが答える。
「バン・ドンロウが最後の一人みたいだよ?」
「えっ? 師範代も参加出来るの!?」
「うん。代わりに引き分けになった際に師範代勝負が出来なくなるからハンデになる訳だけど、そもそも無敗だから関係ないってことのアピールなのかも」
そこにはある種、武人らしい潔さがあるように見えなくもない。
本当の卑怯者なら絶対に自分が不利になる要素を入れて戦いには挑まない。
バン・ドンロウは悪党だが、俺にはまだ顔も知らない彼が悪党なりの確固たるルールを持っているように感じた。ドンロウ一派の中にはもしかすれば、そうしたバンに純粋に惹かれた者もいたのかもしれない。
(バン・ドンロウ。果たして根はどんな男なのやら……)
「――大変だ!! 城の前でフーチャオ道場がドンロウ道場に五行勝負を挑むらしいぞ!!」
俺の疑問は、店の常連らしい客が慌てて齎した情報によって思ったより早く知ることが出来そうだった。アストラエが無言で俺の肩を叩いてウィンクしたのが妙に腹立たしい辺り、どうやら同じことを考えていると悟られたようである。
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