422話 きっと気のせいです
フーチャオ道場とは、ドンロウ一派が勢力を広める前までは中堅道場だったらしい。宗国首都からは離れた場所にあるが、前々からドンロウ一派には抵抗勢力の一つとして目を付けられていた、とイーシュンは説明する。
「経済的に追い詰められていよいよ後がなくなったんだろう。なんて無謀な……」
「俺としては五行勝負とやらを直に見られて有り難いが」
「何が有り難いものか。フーチャオ道場の連中は見たことがあるが、ドンロウ一派の四聖拳相手では勝負と呼べるものにすらならんぞ!」
五行勝負の場所となっている広場に向かう程に、同じく勝負を見ようとする野次馬の数が増えていく。勝負を見る事にそれほど乗り気ではないイーシュンに頼み込んで、俺たちは決闘場所がよく見える場所に上手く辿り着くことが出来た。
俺は、ドンロウ一派のことはよく知らない。
しかし、二つある組の内のどちらがドンロウ一派かはすぐ分かった。
「これだけ距離が離れていてもはっきりと分かる、この氣の練り上げ様……」
人類最強ガドヴェルトやシアリーズとは性質の異なる、幾重もの鍛錬が束ねた氣の塊。自然界に存在する氣が恐れ慄いて道を開けているかのように、その五人から立ち上る氣は周囲と隔絶していた。
五行勝負の審判は宗国の役士(衛兵)が務めているらしい。
フーチャオ道場の面々も相応に練り上げてはいるが、肌で感じる実力差からか既に氣に躊躇いが生まれているように感じる。
アストラエがフーチャオ道場に峻酷な評価を下す。
「勝負が始まる前から既に負けているな」
「だから言ったのだ、勝負と呼べるものにもならんと」
そうこうしている間に勝負が始まる。
まずは火行、ドンロウ道場側から出てきたのは烈火の如く髪を逆立てた凶悪そうな面持ちの男だった。
「イェン・ロンシャオ……火行は常にあの男だ」
「うちの店にもちょこちょこ来るよね」
「そうなの、コルカちゃん?」
「うん……あんな顔で美食家らしくて、質の悪い料理出すと暴れるんだって。だから食べ慣れてない海外料理振る舞ってその辺誤魔化そうとしたら気に入られちゃってさぁ」
どうやら二人の店がドンロウ一派に潰されないのはそこにも理由がありそうだが、イェンの試合は始まると同時に終了した。
「辛鎧掌ォッ!!」
イェンの繰り出した拳に込められた烈火の如き氣の塊が相手に炸裂し、まるで本当に爆炎が立ち上ったように氣が飛び散る。
対戦相手はそれをガードしていたにも関わらず、両腕は力なく下がり、顔色は真っ青になっている。イェンは無防備なその体にもう一発真っ赤に輝く拳を叩き込んだ。
「オネンネしなぁッ!!」
「がはぁッ!?」
疑いようもなく致命的な一撃に、対戦相手は吹き飛んで転がり、泡を吹きながら意識を失った。イェンはそれを一瞥もせずつまらなそうに同門の仲間の元へと戻っていく。
俺はイェンの真っ赤に光る拳の正体をおおよそ察する。
「剛氣とは違うな……アレは蒐氣って奴か?」
外氣と内氣を極めた先にある三つの練氣法の一つ、蒐氣。これは主に武器に纏わせることを主とした技術だと後に聞いたが、イェンは違う使い方に可能性を見いだしたようだ。
「蒐氣は自らの肉体でないものに氣を収束させる技術だ。言い換えれば触れずして力を発揮する技ということでもある。拳をぶつけると同時に拳に籠った威力を氣に乗せて放出することで、物理的なガードを越えてダメージを相手に叩き込むって所か……」
一から氣の修行をしていたからこそ出てくる発想に、俺は思わず感心する。
その推測は当たっていたらしく、イーシュンが悔しげに頷く。
「あの技術がある限り、イェンの攻撃は防ぐことが出来ない。当然避けるか先制で仕留めるのが常道だが、イェンはそのことをよく理解して鍛え上げている。必殺の技とそれを活かす戦術を兼ね備える、完成された拳士だ」
続いてドンロウ道場から出てきたのは、派手ながら動きやすそうなチーパオに身を包んだ女性。化粧も濃く、髪飾りも華美で、首には狐か何かの毛皮を下げている。しかも周囲の男性に負けず劣らず身長が高く、すらりとスリットから覗くタイツ越しの脚は恐ろしく長い。
「わぁ、悪の女幹部みたいな人出てきたよ」
セドナのシンプルな感想が的を射ているが、よくよく見ると女幹部と呼ぶには若すぎる顔に貫禄を足すために化粧で盛っているようにも見える顔立ちだ。彼女が毛皮を仲間に手渡して長い足を地面に叩き付けるように踏み出すと、見物人の一部男性が色めきたった。
どうやら、どこの国にもそういうので盛り上がる輩はいるらしい。
「リューリン・チャオ。四聖拳で唯一の女性拳士。見ての通りの足の長さを活かした蹴りを主体としたスタイルで戦う。水行を任されているが、彼女のあれは激流だ」
彼女はもはや試合を見れば説明は不要だった。
「シャラアッ!!」
「ブガッ!?」
試合開始と同時に、弾丸のような速度と伸びでリューリンの足が対戦相手の顔面を貫いたのだ。対戦相手はリューリンの一撃を受けながらも足を捕らえてバランスを崩そうと考えていたようだが、余りにも蹴りが鋭すぎて掴んでも止まらなかったらしい。
リューリンはそこから更に虚空で体を回転させ、回し蹴りで追撃する。
対戦相手は為す術なく地面に叩き付けられて悲痛な呻き声を漏らした
一見すると派手さが目立つが、武術として恐ろしく堅実かつ氣を足に一点集中させた蹴りはただただシンプルに強い。生まれ持った足の長さも相まって、大抵の相手はリーチ外から一方的に嬲られるだろう。
そう思っていると、地面に転がって痙攣する対戦相手にリューリンが近寄り、嗜虐的な笑みと共に追い打ちの蹴りを叩き込み始めた。
「立ちなさいよ! 立てっ、ホラぁ!! まだ腕一本も使わせてないうちにッ、何ヘバってるんだよォッ!!」
辛うじて意識があるらしい対戦相手は体を丸めて身を守るが、リューリンの蹴りはそのガードの隙間を的確に蹴り抜いている。慌てて審判がリューリンの勝利を宣言すると、彼女は荒げる息を一瞬で整えてニコリと笑った。
凶悪な笑みの直後のおしとやかな顔、その精神の極端さが恐ろしい。
見物人は彼女を恐れる者が半分、逆に盛り上がる者が半分。
意外にも女性の応援者も相応にいるようだ。
腕を使っていないと宣言しているとおり、当然脚以外も鍛えているのだろう。
「コルカさんならどう攻める?」
「脚を捌いて懐に入り、全身全霊の一撃を叩き込む。それが出来なきゃ嬲られるだけかなぁ。あの脚の長さはズルいよ」
戦いにおいてリーチは大きなアドバンテージだ。
その天性の能力を最大限に活かして鍛えたリューリンは厄介極まりない。
あとちょっと精神面が怖い。
三人目に出てきたのは、屈強ながら温厚そうな顔の男だ。
大男と呼ぶほど巨大ではないものの、鍛え抜かれた肉体美に思わずどんなトレーニングをしているのか聞きたくなるほどだ。
「ユージー・ガオラン。木行の四聖拳。四聖拳の中で最も技巧派だ」
イーシュンの説明にアストラエが目を細める。
「あの見た目で技巧派とは、大分イヤになりそうな相手だな」
「そうだな。彼の試合では心を折られて棄権する者も多い」
先ほどの二人とは一転し、ユージーは敵に先手を譲る静の姿勢を見せる。
対戦相手は氣を高めてユージーに渾身の力を込めた拳を放つ。
「ィヤァァァーーーーッ!!」
拳が迫る中、やっとユージーが動く。
「ほっ」
気の抜けた一言と共に突き出されたユージーの掌が対戦相手の拳を受け、ぺちり、と間抜けな音を立てる。対戦相手は目の前の動きが信じられないかのように次々にフェイントからの拳、蹴りなど果敢な攻めを見せるが、その全てがユージーの「よっ」、「ほっ」、「おっ」という気の抜けた声と共に防がれていく。
やけになった対戦相手が見え透いた大振りの拳を構えたところで、ユージーは遂に攻撃に出る。
「そいやっ」
次の瞬間、攻撃をした筈の対戦相手が振り抜いた拳ごと反対方向に吹き飛んだ。
あれは心を折られるな、と俺はため息をつく。
「全部見切った上で氣を用いて敵の攻撃を相殺してやがる。あんなごつい見た目してなんて繊細で柔らかい動きを……最後のあれは、相手の拳の威力が最大に作用する直前の隙を利用してカウンターを叩き込んだな? 自分の拳の威力がそのまま自分に返ってきたように感じた筈だ」
ユージーは相手選手に近づき、手を差し伸べる。
「少し派手にやりすぎました。お怪我は?」
「あ、ああ……うわぁぁぁぁ!!」
対戦相手はその手を払いのけ、その場から逃げ出した。
自らの攻撃を全て無効化し、相手を気遣う。
それは絶対強者にしか出来ない動きだ。
余りの力の差に恐怖を覚えたのだろう。
ユージーはそんな相手の背中を見送り、心なしか肩を落として仲間の内に戻る。一見して優しい精神を持っているように見えるが、余りにも自分の力に頓着のない優しさが歪に思えるのは俺だけだろうか。個人的に、気味の悪さで言えばリューリン以上だ。
次の試合が始まると、ユージーに少し顔立ちの似た青年が出てきた。
表情は暢気そうで、四聖拳の男性の中で最も細身だ。
「レン・ガオラン。ユージーの弟で土行の四聖拳……奴は謎が多い」
「謎?」
「見れば分かる」
イーシュンの言葉に疑問を呈すと、彼は顎で試合を開始するレンを指す。
レンは対戦相手の攻撃を普通に避け、普通に捌き、普通に弱点に拳を叩き込んで普通に倒した。他の連中と比べても特筆して、質を除けばなんの長所も短所も見えない堅実な動きで倒してしまった。
もっと言うなら、華のない戦いだった。
「個人的には好感が持てるが、ああも癖が見えないとかえって薄気味悪いな。あの調子で今までも勝ってきたから技の引き出しが謎ってところか」
「それだけではない。他の直弟子たちは町の外で活動しているのに、レンだけはそれがない。経歴もユージーの弟ということ以外は一切不明。どんな経緯で四聖拳に就いたのかも不明。彼の訓練や修行の風景を見た人間すらいないそうだ」
「経歴一切不明ねぇ……」
対戦相手に目もくれずに観客に手を振る彼。
その気配に、俺は一瞬ぞっとした。
「……気のせい、だよな」
そうだ、きっと気のせいだ。
絢爛武闘大会で取り逃がしたあのローブのテロリストと似た空気を感じた、などと。
ただ、何となく気にかかった俺は、後でレンのことは念入りに調べようと決めた。
そんな中、セドナは「さっきから気になってたんだけど……」と言い出す。
「見物の人達さぁ、結構この決闘を楽しんでない?」
「ああ、やっぱり僕の気のせいじゃなかったか。決闘を一種の娯楽と受け止めているのかな?」
五行勝負に嫌な顔、迷惑そうな顔をする人も確かにいるのだが、それ以上におっかなびっくりだったり声援を上げて盛り上がる人が野次馬の中には見受けられる。中にはドンロウ一派の拳の動きを真似て「ここが凄い」などと解説している人までいた。
二人の疑問にコルカさんがああ、と答える。
「やっぱり拳同士の真剣勝負とか、強者の戦いとか、みんな興味津々みたいよ? ドンロウ一派も逆らう相手には容赦しないけど上手く付き合ってる人にまで手を出すことはあんまりないし、商売もサービスするところはしてるし。今じゃこうして五行勝負とか大々的にやるのはドンロウ道場だけだから、カッコよく見えるんじゃないかな? 将来ドンロウの道場に行って親に楽させたいって言ってる子供もいるくらいよ」
暴力的な組織は周囲に嫌われるが、目に見えた恩恵があるなら話は別だ。
世俗から距離を取った道場からは蛇蝎の如く嫌われても、商人としては真面目な活動もしているようである。それにいつの時代も人はどこかで強さや戦いへの渇望を抱いている。そんな彼らにとってドンロウ一派のワンサイドゲームは欲望を擽るものがあるのかもしれない。
今まで、俺たちはドンロウ一派に虐げられる側や疎ましがる側の話ばかり聞いていた。しかし、最初から嫌な印象を持っていたためにそちらにばかり目が向かっていた感は、今となっては否めない。
「これがショウ師範の言ってた『弱き者は淘汰されて去る運命』って言葉の意味か……」
時代は他の道場よりドンロウ一派を向いている。
民の支持まで一定数あるのでは、国は余計に扱いに困るだろう。
悔しそうな顔で爪が肌に食い込むほど拳を握りしめるイーシュンと、その拳を優しく解くコルカさんの姿が印象的だった。
そして四聖拳が全て出張り、全勝しても五行勝負は最後の一人が決着を付けるまで終わらない。いよいよ宗国で最も危険な男、バン・ドンロウの出番が近づいてきた。
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