381話 護衛任務は大変です
王宮騎士団――それは、王国五大騎士団には入らないが、聖靴派さえも彼らの前では大きな顔が出来ないと言われている王国最高のエリート騎士団である。
所属メンバーの詳細な構成は不明。
選任理由も王宮の人間以外一切不明。
実力不明、活動内容不明、規模さえも公表されていない。
活動予算までもが全て極秘という徹底っぷりだ。
活動目的はたった一つ。
王とそれに連なる王家の血筋を守ること。
そして、王家の過ごす王宮にネズミ一匹通さないこと。
俺が彼らについて知っている事と言えば、アストラエが散々彼らを困らせたことと、王宮護剣術という独自の剣術を継承しているということくらいだ。
――さて、幾ら俺が王国最強の騎士で、セドナが護衛の心得がある騎士とはいえ、流石にプロの護衛が王子に一人もついていないのでは問題がある。ということで、アストラエの後ろには一人の王宮騎士が佇んでいる。
アストラエは俺の視線から意図をすぐに察した。
「紹介しよう。王宮騎士団所属で今回僕の護衛を務める男、メンケントだ」
「ご紹介にあずかりましたメンケントです。よろしくお願いします。不肖の身ながら最善を尽くさせていただきます」
丁寧にお辞儀したメンケントは、身長二メートルを超える若い男だった。
七三分けに整えられた髪と最低限の礼儀とばかりの小さな微笑みを浮かべる様は、社会に揉まれ慣れている印象を受ける。体格は巨漢というよりは細く絞られているが、並外れた身長から来る威圧感はかなりのものだ。セドナなどかなり上を見上げないと顔が見えないくらいだ。
俺とセドナが挨拶を返すと、改めてアストラエが説明に入る。
「メンケントは騎士団内じゃ若い方だが、兄上の護衛なんかも務めたことがあるから実力は保証しよう。ヴァルナもセドナも肩肘張る場面ではメンケントの指示に従うといい。一応この集団の命令系統的には僕がトップだが、護衛行動の詳細はメンケントに一任している」
「護衛任務は経験が少ないので頼りにさせていただく」
「いえ、こちらこそ。御前試合で負け知らずな貴方がいれば心強い」
メンケントは微笑みで返すが、多分お世辞だ。
俺は言わずもがな、セドナのいる聖盾騎士団も王族護衛に駆り出されることはあれど王族のすぐ側はあくまで王宮騎士団の領分だ。国内だと平気な顔で三人歩きしていたが、海外では勝手が違う。
適当に俺のご機嫌を取って、余計なことをされないよう目を光らせているというのが本音だろう。俺もド素人丸出しで変な風に見られたくはないのでそこは別にいいのだが、逆に彼がアストラエの暴走を止められるのかは密かに心配である。
「まぁメンケントのことは時折ひとりでに動き出してアドバイスをくれる石像だと思ってくれ。振り返ったら大体そこにいるから」
「そんな石像あったら怖いわボケ」
(王族にボケって……)
「確かに。夜に一人でおトイレ行けなくなっちゃうね」
(そういう問題なのか?)
無表情のメンケントだが氣の揺れで大体心の声が予想出来るのが面白い。
「さて、皇国の港に到着するまでまだまだ時間があるから暇つぶしにトランプやろう、トランプ。四人で遊べるからな」
メンケントが「えっ」という感じの気配を放つ。
まさか自分が遊び相手のカウントに入っているとは思ってなかったらしい。
「おい、動く石像とか言ったそばから困らせにかかるな」
「いいじゃないか別に。動く石像なら僕の部下、動かない石像なら僕の家の所有物だ。だいたいトランプは四人くらいいないと盛り上がりに欠けるだろ?」
「一理あるかも! じゃあ行こっか、メンケントくん!」
ものすごくナチュラルにメンケントの手を掴んで部屋に誘うセドナに、メンケントは「えっ、あのっ」と抵抗する間もなく連れて行かれる。アストラエも当然のようにそれに続き、残された俺はため息をついてそれを追った。
もうあの二人からすればトランプは決定事項らしいので、こうなったら普通に遊ぶだけである。如何に天才的な二人とはいえ複数人のトランプ遊びは運要素が強いので、ワンサイドゲームにはならないだろう。
「革命だ! 王族が革命って意味分からんな!」
「でもでも革命返し~! 貴方の政権お返ししまーす!」
「お前らこんな序盤から飛ばしすぎだろ……八で切るぞ。ほいクイーン」
「ぱ、パスで」
「メンケント~、さっきから思ってたけど、君絶対キング持ってるだろ! まさか王族の前でキングを使ったら不敬なんて謎ローカルルールがあるんじゃないだろうな? 使わないと負けるぞ?」
「さっきからずっと貧民だもんねぇ。最初はルール知らないのかと思ってたけど、ここまでくるとわざとだよね。そういう接待プレイはたのしくな~~~い!」
「そ、それは……いやしかし、そもそも王族と勝負など……!」
「はいジョーカー。はい三枚重ね。はい四でアガリー」
「平民騎士コノヤロウ!! 私の気遣い無視かッ!!」
「あ~~! さっきメンくんが何かカード出してたらわたしがアガリの可能性あったのにー!」
「セドナ姫を怒らせるとは、きみは今不敬罪より重い罪を背負ったぞ、メンケント」
「ええっ!! 私がッ!?」
「嘘を吹き込むな、嘘を。メンケント、この連中の言葉をいちいち真に受けるな。人生損するぞ」
「お前はお前で不敬留まること知らずかッ!!」
俺はフォローしてあげている筈なのだが、十分もするとメンケントは精神的疲労でダウン寸前だった。
◇ ◆
皇国という国は、大きな国家だ。
国土面積は世界一。
人口も世界一。
総資産も世界一。
歴史の長さは列国や宗国に劣るが、世界の法と学問の多くが元を辿れば皇国に辿り着く。どの隣国も、国境を接していない国も、この国を無視したり逆らうことは難しい。まさに世界の中心と呼ぶに相応しい絶対的な国家――というほど上手くはいかないものの、未だに絶大な影響力を持っていることに違いはない。
皇国の港町を船上から眺めた俺は、その奥に立ち並ぶ荘厳な景色に目を奪われた。
王都より大きく、高く、美しく立ち並んだ建築物。
思わず紙吹雪が飛んでいるのではと幻視しそうなほど絢爛な町に、感嘆の息が漏れる。この整い方は王国ではヴェネタイルに似ているが、建物の規模と土地の広さが違う。
「すげぇな……港も町の規模も王国の港町の三倍はあるんじゃないか?」
「見惚れすぎて迷うなよ、ヴァルナ? このまま皇都の
「聞こえているぞ、弟よ」
冗談めかして言うアストラエの背がぴくりと動く。
いつの間にかアストラエの背後にはイクシオン王子が立っていた。背後には相変わらず侍女のキレーネさんが控えている。何か言っているが声が爆裂小さくて聞こえないので曖昧に微笑んでおいた。
「スケジュールとしてはお前よりもヴァルナくんの方が忙しいんだぞ、ダメ弟め。それにフロル嬢のことを忘れていまいな?」
「失礼な、婚約者のことを忘れる訳ないだろ。でもフロルはヴァルナとセドナにも会いたがっているから今日は四人で遊んで、明日から仕事をやっつけるよ」
「やっつけるな、丁寧にやれ。まったくこの弟ときたら……」
ふふん、と開き直るアストラエと呆れと諦めが入り交じったイクシオン王子の微笑みが、普段の二人の関係を物語っていた。
それにしてもフロルか、と思う。
アストラエの婚約者であるフロレンティーナ、愛称フロルともこれで出会うのは三度目だ。絢爛武闘大会では皆色々と忙しくて彼女と接する時間が少なかったためか、セドナも再会を期待してかどことなくうきうきしている。
「フロルちゃんとは前に皇都案内してくれるって約束してるんだっ! わたし、皇都に行ったのは結構小さい頃だったからあんまり覚えてないの! 楽しみだよねぇ、どこ行きたい!?」
「観光は別として、貧民街は一回見たいな」
背後からメンケントが「行くわけねーし案内してくれるわけもねーだろバカかテメェ」という目で見ているが、王国にはスラムと呼べるものがないのでどうしても気になってしまう。まぁ、行くとしても流石にアストラエとセドナは目立つので連れて行かない。こういうときだけ大物オーラ放ててなくてよかったと思う。
険のある顔のメンケントとは対照的に、アストラエは成程、と納得した顔だ。
「リアルな話、王国もこれから道路開発を一通り終えたら社会情勢変わってくるだろうからな。皇国の貧困問題は学んでおいて損することはあるまい。僕も見たことないし、どんな人間がどうしてスラムで過ごすのかは知らん。兄上はどうだ?」
「そうだな。私も書面で少しばかり囓った程度だ。何せ外交上自国の貧困者の姿など国は見せたがらない」
セドナはこの面子の中では知っている方らしく、唸る。
「聖盾騎士団の職務上、貧困と犯罪の関わりとかは勉強してるけど……そーゆー所は基本余所者には排他的だから、行くなら地元で顔の利く案内人が必要になるんじゃないかな」
「ダメ元で皇国の人に聞いてみるか」
時代は揺れ動く。
いつまでも同じ姿で同じ事をしている訳にはいかない。
国も、騎士団も、そして多分俺自身も。
(それはそれとしてメンケントの俺を見る目が日に日に珍獣を見るそれに変わってきてる気がするんだが)
(こいつバカなのか真面目なのか、バカで空気読めないのか真面目だから空気読めないのかどっちなんだよ。なんで咎める視線送ったこっちが間違ってた的な空気になってんだ。わからん……アストラエ王子の護衛はどのポジションに立てば正解なんだ……)
よく分からないが苦悩しているらしい。
きっとアストラエのせいだろう。
護衛って大変だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます