380話 デルタフォースです

 命令、それは上の立場の人間が下の立場の人間に下す不可逆の指示。


 組織は上下関係と命令によって成り立ち、これが崩壊した組織は統率を失う。

 じゃあ我が儘なアキナ班長とか逆らわれまくってるひげジジイとかは何なんだよって思うかも知れないが、あれはあくまで身内ノリとジョークの範囲であり、実際の命令時とは大きな差が存在する。


 正直入団当初の俺はそんなこと全く分からなかったのでノリについて行けず飲み会で孤立していたが、慣れればこの身内空気も悪くない。それに、こう見えて職場内はふざける組、そこそこふざける組、ふざけない組といった風に層が分かれているのであんまり人が孤立することはない。


 重要なのは、上司がよほど重大な過ちを犯していない限り、命令は受諾しなければならないということだ。ひげジジイことルガー団長の唐突な呼び出しで、俺はその命令を受けた。


「出張任務ぅ? 俺がぁ?」

「心配すんな、変な仕事じゃねえって。ちょっとお偉いさん方に付き合って外国行って、ついでに冒険者とかの活動を視察してレポート簡単に纏めりゃいいだけだから」

「何企んでんだ言えこのひげジジイ」

「イデデデデ顎髭引っ張るな抜ける抜けるッ!! 王家から来た仕事をそのまま伝えてるだけだっつーんだよこの猜疑心モンスターが!!」


 曰く――絢爛武闘大会で世界に名声が知れ渡った『三代武闘王サードオデッセイ』を一目見たいという外国の要人が増えてきたため、護衛や視察の名目で暫くついて行けという話らしい。


「当然の如くサラっと言ってるけど、海外の要人護衛で外対に声がかかるなんて史上初じゃねーの?」

「その通りだが?」

「だが? じゃねーよ何どや顔かましてんだ毟るぞ」

「イデデデデデッ!! ちょっとイラっとした程度で騎士団長に暴行加えるんじゃねぇ!!」

「じゃあ日頃の行いを悔い改めてうちの騎士団全員にボーナス払え」

「普段の給料から削っていいなら出すけど?」

「死にたいらしいな」


 鼻と口の間の髭を三本ほど引きちぎったらひげジジイは悶絶した。

 当然抜いたひげは汚いのですぐにゴミ箱に捨てた。


「……まぁ茶番はさておきだ」

「茶番で人のひげ千切るんじゃねぇよ!」

「いいじゃねーか減るもんでもないし」

「減るわッ!! それを言うなら沢山あるから三本くらいいいだろって言うところだろうが!! 良くねーけどなッ!! ったく、名誉なことなんだから素直に喜んどけばいいものを。可愛くない部下になったなぁお前」

「あんたのせいだろうがクソジジイ!! 一体何回スポンサー交渉のダシに俺を使ったか回数言ってみろや!! 回数分だけヒゲ千切ってやらぁ!!」


 入団してから一体何度このじじいに煮え湯を飲まされたことか。

 理不尽な存在に対抗するには、自らも理不尽な力を握らなければならない。武力的な話ではなく心構えの問題だ。それで物事が解決するとは限らないが、持っていて損するものでもないだろう。

 ひげジジイは「まぁそれはそれとして」と適当に過去の悪行を水に流し、話を改める。許さんけど話が進まないから今回だけ見逃してやろう。次はねぇぞ。


「今回は王族による視察だから基本的な護衛は王宮騎士団を中心に行われ、他の騎士団にはほんの一部にしか声がかかってねぇ。ホレ資料。視察内容はいろいろあるが、お前に関係ある部分には印つけてあるから重点的に目を通しとけよ」

「なになに? 他国騎士団の活動、ギルド及び所属冒険者の活動視察等々……皇国経由の宗国行き、期間最長一ヶ月ぅ!? トラブル起きたら御前試合に響きかねないぞ!?」

「そんときゃこっちも手を回す。ともあれ長丁場になるぜ。しかも他の外対騎士はお呼ばれしてねぇ。初の単独海外出張だ」


 単独出張だけでも初めてなのに、海外渡航も初だ。

 何もかも初めてずくめの仕事になる。

 何よりも重要なのが、今回俺をフォローしてくれる仲間がいないことだ。


 不安がまず心に浮かび、やがてそれを押しのける感情がせり上がってくる。

 ルガーが揶揄うような顔でにやにや指さす。


「少年の顔してるぜ、ヴァルナ。流石物語大好き男」

「うっせーっつの……」


 未知の場所に一人で赴く、幼い頃しか味わえなかったあの感覚が蘇る。

 高揚とか、わくわくとか、好奇心とか、そんな子供っぽい感情を纏めて括る言葉を敢えて挙げるのであれば――それは、冒険心である。


 


 ◇ ◆




 初の海外出張発表は、周囲にも衝撃を以てして受け入れられた。


 後輩たちには「一ヶ月も!?」と驚愕され、先輩達には「経費で観光出来るって!?」とずるい男扱いされ、ローニー副団長には「こちらの苦労は……がはっ、気にせず……ぐぶっ、経験を積んできてください……」と何らかの事象に苦しみながら後推しされた。

 いや、これ後推ししてるのか?


「してますとも。でも普段なんだかんだで君が後輩たちを上手く纏めて指導してくれてましたからね……その穴を埋める為に色々考えなきゃいけないんです」

「大丈夫ですって。あいつらも逞しくなってきてます」

「だといいんですが、デスクワークばかりしてるとどうしても部下の成長というのは目で見えづらいんですよ……でも、他ならぬ君の言葉だから信じます」


 多少は不安を拭えたのか、儚い笑みを浮かべるローニー副団長。

 俺は笑顔で彼と別れ、後輩たちをじろりと見た。


「分かってるなお前ら」

「はい。副長の手を煩わせないよう誠心誠意職務に励みます」


 ロザリンドを筆頭に後輩達の背筋がびしっと伸びる。

 ひげジジイを差し置いて騎士団の現場の要たるローニー副団長の胃にこれ以上ダメージを与えることは許されない。唯でさえアルキオニデス島の一件で胃薬一ビン使い切っているのだ。セネガ先輩がそろそろ戻ってくるが、それはそれでダメージになりそうだし。


 考えてみれば確かにいつも後輩のフォローは俺が積極的に行っていたため、俺が完全にいない環境での仕事は彼らにとってもあまり経験のない環境だ。当然それぞれに班の先輩方がいるが、班の繋がりだけでは得られないものもある。

 全員の顔を見渡し、気合いの入った顔が並んでいるのを確認した俺は一つ頷く。


「俺が帰ってきた時に、今以上に立派になってくれてると嬉しい。全員しっかり研鑽に励み、不安があれば話し合い、互いに互いをフォローし合って仕事に励んでくれ」

「「「了解ッ!!」」」


 これで大丈夫――とは思わない。何故ならトラブルとは予想だにしない角度から飛来するものだからだ。もしも何かトラブルがあっても他の先輩方が上手く導いてくれると信じよう。


 その日はタマエ料理長がちょっと贅沢なご馳走を出してくれて、さながら送別会のようだった。いや、一ヶ月経ったら戻ってくるんだから別れようとするなよと思わないでもないが、一ヶ月後に騎士団の方が消滅している可能性もあるぞ、と笑いながら恐ろしい事を言われた。


「ヴァルナのいない騎士団とか、陰りの見える聖靴派からしたら潰す最後のチャンスとか思ってそうだよな!」

「オークの品種改良してる黒幕からしても絶好の機会とか思いそう!」

「そんなまさかぁ! 幾らヴァルナが一ヶ月いないからってアハハハハハハ! あは、ははは……」

「……」

「……」

「……人間が想像しうることは全て実現しうるという言葉があってだな」

「ヤメロぉ!! 今思っても言わなきゃよかったと後悔してる最中だからァ!!」


 加速度的に不安になってきた外対騎士団の面々であった。


 そしてあっという間に時間は過ぎ――出張のために船に乗る当日。

 天気は快晴。残暑の日差しがうっすら額に汗を浮かばせるが、心地よい風が吹いている。王族を乗せる船だけあって魔導機関搭載なので風の影響は少ないが、絶好の旅立ち日和だ。

 船に乗り込む直前、家族たるイセガミ家の面々とちゃらんぽらんな実の両親が俺を見送りに来ていた。実母アルザーと実父ワサトが笑顔で俺の手を握る。


「お務め果たしてくるのよ、ヴァルナ。困ったら皆さんに助けて貰いなさいね?」

「そうそう、子供の頃のお前ときたら旅に出るとか修行するとか行ってしょっちゅう行方をくらまして探すのが大変だったんだから」

「太古の昔の過去を掘り返さないで欲しいんだけど!?」


 いわゆるアホの俺時代の俺である。

 相変わらずこの両親は人のやる気を絶妙に削ぐ。しかもこちとら護衛役なので皆に助けて貰ったら良い恥さらしである。まぁ、その辺考えずに自分の都合を優先していいと何の躊躇いもなく言っちゃう辺り、一応心配してくれてると思おう。


 続いて義母コイヒメ、義父タキジロウ、義妹マモリが続く。


「しっかり務めを果たし、無事戻ってくるのよ。いってらっしゃい」

「お前がいない間、家の事は任せろ。じきに記憶喪失の間の知識の空白を埋め終わる」

「お兄ちゃんならどこでも大丈夫だって信じてるから……いってらっしゃい」


 嬉しいけど実の両親とのまとも度の差が泣ける。

 イセガミ家の方こそ由緒正しきまともな騎士の家族の台詞である。


 しばしの別れだ、王国よ。俺が海外に行ってビッグになって帰ってくるかどうかは不明だが、何かしらの人生経験を得て帰ってくると思う。


「おいおい、何を感傷的なツラをしてるんだヴァルナ。海外経験豊富な僕がついているんだから不安があるなら何でも聞いてくれよ。何せ君はこの第二王子アストラエの護衛として海外に行くんだからね! なぁ、セドナ?」

「そうだよ! わたしもこんな形で護衛するの初めてだから一緒にお世話になろうね、ヴァルナくんっ!」

「そうだな……」


 俺は遠ざかっていくイーハトーヴァの港を見送り、そして振り返る。

 とてつもなく見覚えのある友達二人がニッコニコで俺を見ていた。

 俺は空を見上げ、ウミネコを目で追いかけながらため息を吐き出す。


「お前らと一緒の旅って時点で俺は胸が不安で爆発しそうだよ、親友諸君」

「はーっはっはっはっはっは!! 心配するな、どんなに心配してもトラブルとは来るときは来るものだ!!」

「大丈夫だってヴァルナくん! 私たち三人が揃えば乗り越えられない試練なんてないって!!」


 バカっぽい高笑いを上げるアストラエと、両手で拳をつくってやる気をアピールするセドナ。そう、なんと今回は世に言うハチャメチャ大三角の布陣が既に完成した状態で大陸に向かうのである。

 この場合、被害を被るのは王国側か外国側かどっちなのだろう。

 どっちもという選択肢からは目を逸らす。

 何かあっても多分全部こいつらのせいだろ。

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