短編4 定期記録です
王立外来危険種対策騎士団、道具作成班所属の男、トマ。
彼の一日は朝早くから始まら……ない。
「ぐー……すー……」
まず寝ながらベッドを降りて着替え、寝ながら柔軟体操、軽い筋トレ、そして素振りを行う。トマの剣の成績は当時最下位だったが、実際には寝たまま授業を受けるために評価を下げられていたという説もあり、実力のほどは確かではない。
訓練を終えて寝たまま顔を洗うトマは、そこでやっと目を覚ます。
そしてまた寝る。
寝たまま器用に歩いて向かうのは食堂だ。
「ぐー……むしゃ……くかー……ずび……」
寝ながら食べるという究極のマナー違反に当時、タマエ料理長は激怒してなんとかトマを食堂の中でだけは起こそうと試みた。しかし、叩いても抓っても鼻にニンニクを詰められても気を抜けば即座に眠り出すこの男に匙を投げ、今では特例扱いされている。
ちなみにトマ曰くこの状態は半分寝ているが半分は起きているらしい。本来なら眠気が勝るところなのだが、タマエ料理長の美味しい料理の味や香りが意識を現実に引っ張り、結果として半分半分になるのだという。その説明にタマエ料理長は素直に喜べない顔をしていた。
「んむ~……すぴー……」
食事を終えて道具作成班の仕事部屋に来ると、そこでトマは短期間ながら目を覚ます。その日のスケジュールを確認したりして、また寝る。
会議中は寝ながら話を聞いて議事録を作成するが、これは半寝半起とはまた違う、どちらかといえば睡眠に偏った状態らしい。もちろん、騎士団の誰もその感覚に共感は覚えない。
されど、幾らトマでも任務に必要な道具作りなどミスが許されない場面では寝ぼけ眼を擦り、睡魔に抗って作業する。なお、寝ている時はミスするとは言っていないが、そこは一応心構えの違いだ。
道具の不良は仲間への裏切り。
いつもと違う覚悟が必要になる。
「んむ……ふわぁ……班長ぉ、結び目はこれでいいですか……?」
「悪くはねぇけど一結びあたりの工程がちょっと多いな。工程の少ねぇ別の結びに切り替えて、時間余ったら補強するぞ」
トマにとって道具作成班を率いるアキナ班長は実に頼りになる人だ。
普段は金策ばかり考え、常人に理解しがたいデザインセンスの持ち主だが、作戦に必要な機能と納期のバランスを絶妙なラインで維持する技量と判断力は間違いなく彼女の才能である。ついでに指示が最低限かつ的確なのがトマとしては眠くなりにくくて有難い。
とはいえ、別にアキナ班長以外が頼りない訳ではない。
「素材が足りない素材が足りない……仕方ねぇ、確か現地住民が廃棄した木材あったよな!? 使えそうなのバラして取ってくる!!」
「いってら~……はふぅ」
副班長のザトーは天才肌のアキナと意見が合わないことが多いが、それでも彼女が班長に就任する前は次期班長と目されていただけあって、ベテランの貫録を見せる。
また、トロイヤ、リベリヤ、オスマン三兄弟も頼りになる先輩だ。
「新工程の強度チェックかいし~」
「ぎしぎし~」
「問題なし~」
三人は、生来持った特徴なのか三つ子のチームワークとペースを落とさない作業で常に安定したパフォーマンスを発揮してくれる。それはそれとして彼らの会話は聞いていると即座に眠くなるのでトマは耳に入れないようにしている。
そんなトマも、嬉しいときはある。
人に感謝されたときや、作業が辛いときに助っ人が駆け付けたときだ。
「どもー、暇なんで様子を見に……って、修羅場ですね。手伝います」
「ほれ、完成した分寄越しな。仕分けはこっちでするからよ」
「び、微力ながらお手伝いさせていただきます……!」
年齢の近いヴァルナ、なんでも器用にこなすサマルネス、細かな作業が得意なカルメあたりは、仕事に理解を示してよく手伝ってくれる遊撃班メンバーだ。彼らの前では流石にトマも寝てはいられず、欠伸をしながら感謝する。
「ふわぁぁぁりがとねぇ……」
「先輩それ人によってはブチ切れものの感謝の仕方ですよ……」
「まーまーヴァルナ、そこはトマの個性だからよ」
このように欠伸は失礼だろうと指摘されることもあるが、トマからすれば我慢して挨拶するだけでも大変な労力であることを悟って欲しいところだ。そのあたりをサマルネスは分かっている。一つ上の先輩であるサマルネスとは騎士団内でも割と親しい部類であるトマだった。
そして仕事が終わった頃――トマは趣味に手を付ける。
普段なら読書だったり手芸だったり、無駄に難しい数学の問題に挑戦しているところだが、それに加えて彼が大事にしているものがもう一つある。
それは、絵だ。
皆が仕事疲れで休んでいる頃や、丁度仕事のないタイミングを見計らって、彼は画材やキャンバスを抱えて王国の様々な景色を描いている。
「……風が気持ちいいな」
肌をなぜる風、大地や草木の香り、鳥のさえずり……騎道車に籠もっている間は決して感じることが出来ず、さりとて任務の際にはそれを楽しむ余裕はない。今だけ、トマは眠気にも囚われず自由に筆を取る。
時に大胆に、時に繊細に。トマの絵はかなり極端な写実主義だが、トマ自身はそこに拘ってはいない。写実とロマンの境目は描き方によって時に曖昧になるし、むしろ極限まで繊細な表現に拘れば、そこには写実から乖離した美しさが生まれるとも感じている。
この騎士団に絵に興味のある人間は少ないため、絵を描くトマを見る物好きはいない。
しかし、もし居たとすれば、その絵描きの速度に舌を巻いたことだろう。
僅か二時間ほどでおおよその絵を完成させたトマは、そこで絵描きを中断して皆の元に戻る。数時間分の集中力を圧縮したような精密作業を終えてすっかり眠くなったトマは、残りの微調整は別の日にやろうと決める。騎士団はもうすぐこの場所を移動するが、トマが今ここで感じた印象、五感情報、太陽の傾きなどの全ての印象は脳内に叩き込まれている。
以前、団長に宮廷画家を薦められたこともある。
確かに絵に没頭する人生も悪くはない、と思う。
しかしトマはそれを断った。
遠くで金策を語るアキナと、それを理解出来ないザトーの揉める声が聞こえる。ゴキン、と音がしたのはまたアキナがザトーを殴ったのだろう。幾度も繰り返されたお約束の展開だ。
しかし、それがまたトマには可笑しい。
「額縁には収まり切らないよ、この騎士団を絵にしても」
トマの一日はこうして終わり、そして翌日の朝からまた始ま――。
「ぐー……すー……」
「トマのやつまだ夢の中か」
「今日はいつもより多く寝てる気さえするわね」
――らない。
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