第340話 記入漏れです

 オークは環境の破壊者――それが豚狩り騎士団とまで呼ばれたこの騎士団にとっての前提であり、常識であり、そして戦う理由でもある。


 しかし、元を正せば大陸オークは大陸では魔物を含む特殊生態系の一部として存在しているのであって、つまり特定の環境さえ揃えば環境破壊を起こすことはない。


 また、そもそも生物種とは環境に適応し、よりよい生活を求めて時には移動することもある。その過程で特定の環境に適応するのは決しておかしい話ではない、とノノカさんに聞いた。


 オークは国に損害を与える敵だ。

 オークを撃滅することは環境を正常化することだ。

 なのに、アルキオニデス島ではこの構図が通用しない。


 オークを狩るべきか、それとも別の手段を模索するべきか。議論は紛糾しつつも遅々として進まず、ノノカさんは興奮の余り小躍りし、会議は翌日に延期される。

 そして翌日、一晩置いて思考がクリアになったのかローニー副団長から提言があった。


「すべてを判断するには情報が足りません。よって、部隊を二分にぶんして同時進行で事を進めます」


 ローニー副団長は、この町から密林を突っ切ってオークのいる奥地に到達するのは非効率的と判断した。そこで、西の密林と東の乾燥地帯を隔てる台地の側から密林の奥地を探れないかと考えたのだ。


「東の少数民族ともコンタクトを取り、あちら側にオークが出現していないか、環境に悪影響が出ていないか等を確認する必要があります。その上で可能であれば彼らに協力を仰ぎ、台地の側から密林へアプローチをかけていただきます。こちらの隊はヴァルナ君が指揮を。副長として遊撃班サマルネスくんを置きます」


 ガーモン班長を西に残すのはいいとして、何故副班長ではなくてサマルネス先輩なのか――と言いかけて、そういえば副班長は今回居残り組でそもそも船に乗っていなかったのを思い出した。


 外対騎士団遊撃班の副班長はデスパルという女性騎士で、騎士団を第一と第二に分ける際に副班長に就任している。前線にばかり出ているので実は騎士団内でもなかなかのオーク討伐数を誇るが、容姿はそんな苛烈な人物に見えないほど大人しめで、目立つのを恥ずかしがっていつも自分の存在感を消そうとする謙虚な人だ。


 ……なお、氣を教えてしまったせいで存在感の消し方に磨きがかかり、最近は急に出現したように錯覚させて部下を驚かせる特技が出来たようだが。お茶目さんだなぁ、いい年して。

 閑話休題。


「他、東にはリンダ教授に、護衛としてキャリバンくん、道具作成班からザトー副班長とリベリヤくんを同行させます。他のメンバーは追々決めますが、ノノカさんや他の班長クラス、残る道具作成班、あと回収班全員は西側に残ってもらう予定です」


 あくまで正攻法である西側に知識人や戦力を残し、少数精鋭で東を探るということだろう。更に、やっとカシニ列島の研究者を何人か捕まえることが出来たらしく、ノノカさんの穴埋めに彼らが同行することになった。


 ちなみに後に決定した人事では、知った顔だとカルメは東、ベビオンとアマルとロック先輩辺りは西だ。タマエ料理長なんかも西に残っている。ちなみにロック先輩は既にこの島の珍酒を漁ってへべれけである。


「ヴァ~ルナくんとお話できなくてオジサン寂しいので、若人を適当に掴まえてウザ絡みすることにしたよぉ~ん?」

「そうですか」

「会話を続ける気が皆無ッ!! いけない、若人がそんな風に会話を断っちゃいけないよ! 年配の存在に敬意を払い、頷くだけでも会話に参加することが年配への礼儀ってなモンだぞぅ、ヴァルナくん?」

「そうですか」

「……入団当初は初々しさもあったのにねぃ。じゃ、コーニアくんに絡んで絡んで絡みまくってくるよ。うぃ~♪」


 今のやり取りは全く気にしていないかのように上機嫌そうに千鳥足で去っていくロック先輩を、無の心で見送る。もしかしたら当人なりに何故か絶不調なコーニアのフォローをする気なのかもしれない。あの人酔っ払いだけど新人のフォローとかの仕事は一応辛うじて出来るんだよ。酔っ払いだけど。




 ◇ ◆




 厳選して送り込まれた騎士団を更に二分するというのはリスクもあるが、そうまでして情報が欲しいのも確かだ。そのため騎士団は確実を期すためにもう一人の協力者を用意していた。それが現地人である船頭のバウさんだ。


 頭にノンラーと呼ばれる円錐状の植物で編まれた帽子を被っており、その顔は若干影に隠れているが、口元のほうれい線を見るに年齢は相応のようだ。ただ、身長は高く体つきも要所要所ががっちりしている。

 バウさんは低く、そしてよく通る声で挨拶した。


「……船頭、護衛、案内、東の民の仲介役を兼任するバウと申す者だ。貴殿らが騎士団に相違ないだろうか」

「初めまして、バウさん。この部隊を指揮する王立外来危険種対策騎士団の騎士ヴァルナです。今回はよろしくお願いします」

「……ああ、よろしく」


 その視線には、俺の若さに一瞬驚いたような気配が伺えた。

 しかし、差し出した手に彼が握手で返した瞬間、今度は俺が内心驚く。


(この人、やるな)


 立ち姿が実にさり気なかったから今まで確信出来なかったが、手を握った瞬間に彼は鍛錬を下支えにした人種だと直感で理解した。恐らく何らかの武道を修めているのだろう。手合わせしていないので分からないが、これは御前試合で通じるレベルかもしれない。

 握手する手を離したバウさんは目を細める。


「成程、只ならぬ手練れのようだ。拙者の護衛は必要ないやもしれぬな」

「争いはないに越したことはないですよ」

「で、あるな」


 小さく笑ったバウは、そのまま騎士団が乗る予定の中型ボートに乗る。

 このボート、実はプレセペ村に出没したヒャッハー兄弟が作った小型魔導機関搭載の最新型だ。あの後見事に王立魔法研究院にヘッドハンティングされた二人は周囲に技術者の先輩として敬われ、「こんなに尊敬されると逆にヒャッハーしにくいぜ……」「オウイィエー……」と肩身の狭い生活を送っているらしい。それはそれでいいことな気もするが。


 と、既にボートに乗っていた男性学者が驚きの表情を浮かべた。


「あのバウさんが実力を認めるばかりか笑うなんて……やっぱ王国筆頭騎士ってすげぇんだな……あっと挨拶が遅れました! 植物学者的なものをやってますプファルと申しますです!」


 二十代後半といった年齢で分厚い眼鏡をかけた男性が低姿勢で歩み寄ってくる。彼が協力者のプファルさんだ。その後ろに二名の人員が続く。

 そのうちの一人の女性がプファルさんの後に続く。


「海洋学者の端くれやってます、ハピでーす! カレシはいないので興味ある人ヨロシクぅ!」


 きゃぴっとしたハピさんはプファルさんより少し若い印象を受けるが、ビキニ水着にショートパンツで腰に長袖の上着を結んだ姿は幾らなんでもラフすぎると思う。

 ……カルメ? 今なんか「センパイを誘惑する気じゃ……今こそロザリンドに託された使命を全うする時なのか……!」とか呟いて殺気放たなかったか? 気のせいだと信じるぞ?


 そして最後に待っていたのは、野太い四肢に太い首を持つ四十代の男性だ。


「私は学者じゃないんですが、タマエ師匠に昔弟子入りしてましたクラッツェと言います。料理研究家であって学者じゃないんですがね……昨日師匠のところへ挨拶に赴いた時にその事を話したら大笑いされました。変わらないなぁ師匠は……実力も」


 癖のある髪を短くまとめたクラッツェさんは快活に笑う。

 その顔面に、指の形までくっきり見えるストレートパンチを叩きこまれた痕跡を残したまま。

 どうやら昨日師弟の絆を深める組手をやったらしい。まあ当人がそれでいいなら口は出せないけど、タマエさんもうちょい手加減してやってもよかったのではと思わないでもない。


 こうして、騎士団員は最後の一人であるクラッツェさんのガンメンインパクトが強すぎてさっきのハピさんの衝撃を忘れてしまい、暫く不機嫌丸出しで海を睨むハピさんをプファルさんが必死に慰めるという光景が海上で繰り広げられた。


「あによ、なんであんな筋肉ダルマに皆して……」

「いいじゃないか、実際クラッツェさんに世話になってるんだから。仕事終わり頃には誰かに声かけられるかも……」

「なーんでアンタなんかに同情されなきゃいけないワケ!? あー腹立つ! 海も今日はいつも通り過ぎて明日も晴れそうくらいしか言うことないし!!」

「……バウさん、あの二人普段からあんな感じですか?」

「プファルは基本ハピに振り回されている。たまに、研究そっちのけになるほど」

「不安だ……」


 部隊を指揮する者として不適当と理解しつつ、俺はこの落ち着きのない学者たちと上手くやっていけるか早速不安になっていた。

 ハピさんがケチをつけにかかった海は、どこまでも続くマリンブルーの水面が広がっている。空はカモメが気ままに声を掛け合い、覗き込めば眼下に広がる海には魚影がはっきりと目視できる。一度潜ってみたいくらい綺麗なこの海にも今や汚染の魔手が迫っていると思うと心中穏やかではない。


 穏やかではないと言えば「オークの行動原理に革命をもたらすカモしれない超々レアケェェェーーーースっ!!」とはしゃぎ倒していたノノカさんの手綱を残された騎士団が握れているのか不安だが。

 ……そうか、学者って基本落ち着きがないのか。

 アマナ教授みたいな人はレアケースだったんだな。

 そう思うと大丈夫な気がしてきた。


 ただ、それはそれとして問題がある。

 道具作成班からあの三兄弟のうち何故かリベリヤだけが東行きになった理由についてだ。

 曰く、東側の少数民族は伝統が古すぎて、王国民には少々理解の及ばない多くのルールを抱えているらしい。その中には、予め知っておかないとどうにもならないものがあるという。


 俺は兄弟と別れてヒマそうなリベリヤに話しかける。

 一応先輩騎士なのだが、どうもこのゆる顔は敬語を使う気にはなれないし、当人たちも使わなくていいと言っている。


「なぁ、リベリヤ。あっちの少数民族との接触で気を付けた方がいいことをおさらいしときたんだけど?」

「えっとね~。まず下ネタ厳禁~。口を聞いてくれなくなるくらい怒るよ~」


 三兄弟じゃないので聞き取りやすいのが実に有難い、とは口には出さない。


「他はね~、頭を撫でるのは超失礼だから子供相手でもしちゃいけないとか~、結構女尊の傾向があるから女性に偉そうなこと言うと結構嫌われちゃうとか~、あとは~……」

(なるほど……事前にざっとまとめた資料と大体合ってるけど、やっぱり口頭のが理解が捗るな)


 事前に三兄弟が用意したやってはいけないリストはあるが、同じに見えても細かなニュアンスの異なる部分があるので、後で改めて団員に周知を徹底するのがいいだろう。


「あ、そだ。大切なこと一つ書いてなかった気がするけど~」

「なになに?」

「未婚で異性の戦士を決闘で倒したら~、相手と婚姻が成立するから~、ヴァルナくん間違っても決闘を受けちゃ駄目だよ~~?」

「滅茶苦茶重要情報じゃねーかッ!! なんで今まで言わなかったァ!!」


 その後、俺は必死に決闘や婚姻関連の情報をリベリヤから聞き出し、バウさんに「研究者も騎士もそう変わりはないな」と苦笑交じりに言われてしまった。

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