第328話 第一次攻防戦です

 自室で座禅を組み、呼吸を続ける。

 よくやる氣の鍛錬の一種だが、同時に気持ちを落ち着かせて頭をすっきりさせるのにも有用だ。誰もいない自室に自分の呼吸の音だけが響く。


 俺は今日一日、大変な日だった。

 お見合い系の話は今までにも多くあったが、あそこまで大胆不敵に婚姻を迫られたことはなかった。シアリーズの件も含めて悩みは多く、そして恋愛や結婚につい向き合ってこなかった俺にとっては貴重な話も多く聞けた。


 イエスかノーか、選べる選択肢は二つに一つ。

 次第に余分な思考が削がれ、必要な情報が収束し、俺の選ぶべき選択が見えてくる――と思ったところで、突然部屋のドアが蹴破られるような勢いで開いた。


「ぬぁッ、何事!?」


 咄嗟にその場を飛び退いて隣に置いていた剣を手に掴むが、そこで俺の思考は著しい遅延を起こした。


「ヴァルナッ!! 事情は聞いたわよ!!」

「ヴァルナくんまだ答え出してないよね!?」

「ネメシア、セドナ!?」


 今回の問題を抱えるにあたって、モメる予感しかしなかったために一旦蚊帳の外に置いていた爆薬が何故か蚊帳に突撃を仕掛けてきていた。まぁそりゃそうだよな、蚊帳は蚊を防ぐものであって爆薬は防げないもの。いや、そういう問題ではない。


「おま、いきなり人の部屋に無断で入ってくんなよ! 奇襲かと思ったぞ!」

「緊急事態につきやむなくよ! それは後で改めて謝罪するとして、ヴァルナ!! あなたイセガミ家の商人に娘との婚約を強要されてるそうじゃない!! 貴重な情報を盾にされて!!」

「いや、別に強要はされてないけど。ただ婚約しないと情報を融通できないらしくて……」

「それを事実上の強要って言うのよ!!」

「いや別にどうしても嫌なら断ることも――」

「よく聞きなさいヴァルナ!! 例えどんな理由があろうとも、誰かを脅したりして結ばれる婚約は対等じゃないのよ!! 対等じゃない結婚は奴隷契約と同じこと!! そんなもの王国の伝統に基づく結婚の文化に反するものなのよ!!」

「駄目だ人の話聞いてねぇ!」


 どうやら俺の気付かないところで今回の話が二人に知られてしまったらしく、二人とも既に話を聞かないモードに入っている。もはや事ここに至って貴様の意見などあてにならんとばかりに、今度はセドナが腕に掴みかかる。


「駄目だよヴァルナくん! 結婚ってもっと温かくて、幸せで、この人しかないって確信するような人とすべきだよ!! こんな結婚、誰も幸せにならないよ!! わたし、この結婚式は祝福できない!! 友達が自分の意思を歪められて誓いをするのなんて見たくない!!」

「まだ婚姻届けにサインすらしてないのに式もクソもな……」

「分かってるのよ、ヴァルナ。貴方は優しいから……優しすぎてなんでも抱え込んじゃうことくらい」

「せめて聞く姿勢の欠片くらい見せろぉ!!」


 悲しそうに目を伏せるネメシアとそれに同調するセドナの目には既に俺の真の姿は映っていない。思い込みフィルターによる強烈な補整が入った今、彼女たちにとって俺は他の誰かの為に自分の身を削る悲壮な覚悟を決めた哀れな騎士ヴァルナになっているようだ。

 ネメシアは情の籠った声で続ける。


「どうせ自分ひとりが感情を押し殺して状況が改善するなら、とか悩みつつもアリかなって考えてたんでしょうけど……」

「それは確かに図星ッ!?」


 なんでネメシアは冷静じゃないくせにそこだけ的確に指摘してくるんだろうか。その判断能力をもう少し客観性に分配してやって欲しいのだが、思考を遮るようにまたセドナの俺を握る手に力が籠る。なんだこの交互攻撃は。


「わたし、ヴァルナくんが心から幸せになれない世の中でみんなが助かっても嬉しくないし、喜べない。そんなの悲しくなって心が軋むだけだよ。ねぇヴァルナくん、合理性も効率も確かに大切だけど、それを扱う人の心あってこその人生なんだよ? こんなやり方は、絶対におかしいよ!」

「いや、だからまだ答えを出してな――」

「「だったら、今すぐイセガミさんの所に断りにいかないと!!」」


 異口同音に叫んだ二人が俺の両腕を掴み、普段からは想像も出来ない力で引っ張る。俺の意思が決まってないならば自分たちの主張する否定の選択肢が正解なのだから、それ以外の余計な事を考えさせまいとしているのだと俺は悟る。


 彼女たちは強すぎる善意を完全に暴走させている。

 別に二人の感情が暴走するのはよくあることだ。士官学校時代に誰も止められない喧嘩に発展したことは何度もあったし、そのときは俺が何度か止めたこともある。しかし、今回だけは別だ。


 俺一人が怒られるなら、すげー嫌だがまだいい。

 なぜなら、被害が周囲に拡大しなくて済むからだ。

 しかし今回、普段対立するはずの彼女たちは結託して一つの敵を自らの心に生み出している。それは、事の発端ともいえるコイヒメさんだ。悪しきコイヒメが自分たちの友人ヴァルナを脅かしていると彼女たちは思っている。ならば彼女たちの次の行動とは何か。


 答えは一つ、悪の排除だ。


「さあ行くわよヴァルナ!! そのコイヒメとかいう性悪女に王国の正義の鉄槌を!!」

「だから正義と悪の話以前に人の話を聞こうか!?」

「ヴァルナくん、今は私の信じる騎士道を信じてっ!!」

「凄く熱い言葉だとは思うが今だけは信じられねぇよセドナッ!! あっ、ちょっ、待って待ってマジで待って!! せめて晩飯食って一度落ち着いて話をしてからにぃぃぃぃーーー!?」


 俺の魂の叫びは虚しく虚空に響き、二人はそのまま信じられないことに俺の両足が宙に浮く速度で俺の運搬――というか殆ど拉致――を開始した。

 いや、コイヒメさんを悪だとは思ってないんですが俺は。

 話聞いてます? 聞いてないですよね知ってました。


(お前ら、俺の意思が大事とか言ってなかったっけ……)


 届くことのない主張をしみじみと抱きつつ、俺は正義という名の凶行が齎す惨事をどうすれば防げるか必死に考え続けた。手遅れ感あるけど。




 ◇ ◆




 先ほど俺は、既に手遅れ感があると思考した。

 しかし、どうやらその認識は甘かったらしい。

 夕暮れが朱く照らすイセガミ家前の通りに引き摺られた俺は、そこで衝撃の光景を目の当たりにする。総勢百名を超えんとする人、人、人。有名店の行列という集まり方ではない量の人数が通りを埋め尽くしていた。


 しかも、その面子は二つの勢力で睨みあっているらしく、衝突する威圧感が空気を伝播して離れた場所まで伝わってくる。

 ネメシアはその勢力の一つ――正装に身を包んだ屈強な男たちを見て驚愕に目を見開く。


「うそ……なんでこんなところに……」

「知り合いかネメシア。あいつら相当出来るようだが」

「見覚えのある顔がいる。間違いない、お父様の私兵団よ! でも何の為に……!?」


 予想だにしない展開にネメシアの足も流石に停止する。

 しかし、俺としてはもう一つの勢力の方が気になる。


「そっちも気になるが……あっちのメイド服軍団もどういう了見なんだ?」


 メイド軍団と言うと実に俗っぽい言葉だが、そうとしか形容できない。

 モノクロームカラーのメイド服と掃除用具を握りしめた彼女たちは、屈強な男たちの視線を目前にしても一糸乱れぬ整列を崩さず、歴戦の古強者の貫録さえ漂わせている。

 セドナがはっと何かに気付いた。


「ヴァルナくん、この人たち王宮の武装メイド隊だよ」

「なんだその面白おかしい名前の部隊!?」

「王宮を守護する王宮騎士団の陰で、騎士団を出撃させるには都合の悪い出来事が起きた際にだけ姿を現す特殊な訓練を受けたメイドたちだよ! 指揮系統は確か執事長を頂点に副長としてメイド長、以下王宮メイドの選りすぐりで構成され、メイド隊に命令権があるのは――王家の人間だけ!!」

「ということはつまり……」


 武装メイド隊に交じっていた一人がこちらに気付き、駆け寄ってきた。


「あれ、ヴァルナ!? なんでこっちの方角から……おかしいな、偵察隊の話じゃ追手に追われて僕たちの後ろから接近してるって聞いてたんだが」

「やっぱりお前かアストラ……いや、気のせいか」


 うっかり名前を言いかけた俺は、その人物の頭からつま先までを観察し、訂正した。


「すまんすまん。俺の親友アストラエがメイドに女装して化粧に胸の詰め物までするこじらせ趣味をしている訳はないよな」

「その通りだとも!! 今の僕は新人ボクっ子メイドのアストライアだ! こんな所に王国の第二王子がいるわけないだろ? でも君にはすごく親しみを感じるので馴れ馴れしく接させてもらうぜ!」


 白い歯がきらりと光るいい笑顔で、女装ドスケベ男アストラエは臆面もなくそう言い切った。腹立たしいことに何も知らない人が見れば本当に女かもしれないと騙される程度にはクオリティの高い女装をしている。


「は、初めましてアストライアちゃん! なんだか顔も名前もとっても王子に似てるけど気のせいだよね!!」

「そうとも気のせいさ! な、ネメシア!!」

「えっ! そ、そうですわね! まさか王国第二王子がそんな、ね!」


 もちろん俺もセドナもネメシアも即座にその女装ドスケベ男の正体には気付いたが、これは当人なりのカムフラージュなのだろう。マスクド・キングダムの時と同じく馴染みのある人にはバレバレなのが問題だが。


 その後ろでは、メイド隊の指揮を執っていると思われるロマニーと、私兵団を率いる王国議長のとうもろこし――じゃなかった、カルスト氏が睨みあっていた。


「こんばんは、カルスト様。そのような大所帯で通りを歩いて如何なされたのですか?」

「お恥ずかしながら、家を飛び出して戻ってこない娘が心配でね。嗚呼、心配だ……どこぞの馬の骨とも知らぬ男に絡まれていないか、騙されていないか、拐かされていないか……父親というものは気苦労の絶えない悲しい生き物だな」

「いえいえ、我が子がかわいいのは誰しも同じことでしょう。ですが、ネメシア様は既に立派な大人です。多少は信頼してもよろしいのでは?」

「いやいや、年齢を重ねて成長してもあの子はまだ世間というものを知らん。もし娘がそんな世間知らずに付け入られて平民の男に連れまわされでもしていたら……私はその男をボロ雑巾にしてしまうかもしれん。いや、これは単なる例えだがね」


 そう言葉を重ねるカルスト氏の視線が思いっきり俺に向いている。

 ネメシアは父を見て、俺を見て、もう一度父を見て顔が真っ青になる。


「お父様があんなに怒っているのは初めて見る……! 事情は呑み込めないけど、私の加勢に来たというよりは逆な感じがするわ!」

「奇遇だな、俺も事情は呑み込めんがそう思う。そして前にセドナのパパによく似た目で睨まれた記憶がある」


 俺、もしかして何かしてしまったのだろうか。

 カルスト氏の視線は俺に対する敵愾心に満ち満ちていることから察するに、俺はいつの間にかネメシアに近づく悪い虫に認定されてしまったらしい。さしものネメシアも父が敵に回るとは想像していなかったのか、やや呆然としていた。


 セドナが父を思い出し「父親ってそういう生き物なのかなぁ……」としみじみ呟くが、あの時のアイギア氏セドナパパはあくまで個人だった。しかし今回は明らかに荒事前提でやってきている。むしろ目の前で武装メイド隊が睨みを利かせていなければ即座に取り囲まれていたかもしれない。

 アストラエ改め女装ドスケベ男改め新人ボクっ子メイドのアストライアが状況を説明する。


「カルスト氏のご息女であるミス・エリシアから父上ご乱心の報せを受けてね。状況が余りにも不鮮明だったから、ひとまずカルスト氏だけでも止めようと武装メイド隊を出撃させ……もとい、王子の命令で出撃したんだ」

「なんだその恐ろしい状況は! 王都内部で議長の私兵と王宮の隠密部隊が衝突だと!? どこの国の内紛だ!?」


 なんならこの場で王国筆頭騎士が鎮圧に動員されてもおかしくないバチバチの状況だ。心なしかロマニーとカルスト氏の言葉の応酬も段々と激しさを増している気がする。そりゃネメシアは俺の事を家で悪し様に語っていたかもしれないが、クリスタリア家で一体何が起きたのか当のネメシアも把握していないらしい。

 介入した方がいいのかと剣に手をかける腕を、アストライアが制する。


「ヴァルナ、君はこのままセドナとネメシアを連れて屋敷に入れ!」


 意味が分からず何故、と聞き返そうとした瞬間――轟ッ、と、桁違いの存在感がイセガミ家の門を開いて出現した。アストライアが渋面を浮かべ、来たか、と呟いた。


「他人様の玄関先でピーチクパーチク五月蠅いわね。とっとと散ってくれる? お客様も来たみたいだし。ねぇ――ヴァルナ?」


 東洋のドレス、着物を身に纏って上品に髪を飾り付けた少女――シアリーズは、木刀片手にこちらに向けてにっこりと微笑む。俺は、状況に対する理解が追い付かずに頭の中が真っ白になった。


「え。え? おい、シアリーズお前……なんでイセガミ家から出てきたの?」

「そりゃもう、今のあたしはイセガミ家の食客みたいなもんだし」

「いや、でもお前……それならおかしいだろ」


 イセガミ家当主のコイヒメの目的は、ヴァルナをイセガミ家の人間にすること。つまり娘と俺を結婚させることだ。しかしシアリーズはストレートに俺に異性としての好意を伝えてきている。ならばこの二つの勢力はむしろ対立しないと――そこまで言いかけて、俺の脳裏で彼女との会話が唐突に思い起こされた。


『籍も入れてない、結婚式も挙げてない、でも子供はいるなんて家族は冒険者にとってよくあることよ?』


 彼女は結婚という儀式に価値を感じていない。

 結婚しなくても好きな人間と結ばれることは出来るという考えだ。

 そして、彼女は俺の事を諦める気はないとも、俺が誰を好きになるのも俺の自由とも言っていた。


 では、そこから導き出される結論は何か。


「まさか……お前……!!」

「や、コイヒメさんって話の分かる人だよねー。あたし親いないから代わりに母親になってもらいたいくらい話の分かる人だわー」


 ほくほく顔で笑うシアリーズに、俺は膝から崩れ落ちそうになった。

 シアリーズは俺の「二番目」を確保するために、コイヒメさんと手を組んだのだ。

 アストラエ改めアストライアが苦々しげに唸る。


「……聞いての通りだヴァルナ。彼女はイセガミ家側に着いた!」

「そゆコトー! でね、この話には続きがあってね?」


 シアリーズはこちらに木刀を向け、犬歯を剥き出しにして笑う。


「コイヒメさんからのご指名はヴァルナ一人。横のお邪魔虫二人はお呼びじゃないそうよ?」


 瞬間、シアリーズの背後に突如として十数名の黒ずくめの集団が舞い降りる。

 動きや装束からして明らかにバジョウの護衛と同じ忍者だ。

 シアリーズの圧と忍者のただならぬ気配にセドナの足が竦み、彼女が俺の腕を握る力がより一層強まる。ネメシアは未だに父の下に行くかどうかで目を白黒させ、判断が追い付いていない。


(いや、しかし待てよ。ある意味これはチャンスでは?)


 カルスト氏の狙いの少なくとも一つはネメシアを連れ帰ることだ。

 よって、俺がネメシアと別れ屋敷に入れば、さしものカルスト氏も多少は溜飲が下がり、私兵とメイド隊の衝突も取り越し苦労に終わるだろう。セドナもメイド隊になんとか宥めて貰えるなら、俺がイセガミ家にお邪魔すれば何とかこの場は収まるかもしれない。


 が、その考えをぶち壊す一言がシアリーズの口から飛び出した。

 

「ネメシアお嬢さんはお父さんと一緒に素直に帰ったら? セドナお嬢さんは一人で家に帰れないならメイドさんに送ってもらばいい。分かったらとっとと引っ込んでよね――部外者さん?」

「……は?」

「……何ですって?」


 瞬間、シアリーズの圧を押し返さんばかりの爆発的な怒りの波動がセドナとネメシアの全身から噴き出した。左右から怒りの波動で挟まれて大変居心地が悪い俺をよそに、二人は静かに堪忍袋の緒を引き千切った。


「部外者ぁ? 脅迫者の一派の分際で何を偉そうなことを言ってるわけ!? 正義に部内も部外もありはしないわよッ!! 馬鹿にするなぁッ!!」

「わたし、貴方よりもずっと長くヴァルナくんと一緒にいるんだよ。沢山思い出もあるし、ヴァルナくんのこと沢山知ってるんだよ……部外者呼ばわりは、酷いよ。酷い……その言葉は、呑み込めないよッ!!」

「そうでなくっちゃ面白くないよね、二人とも!」


 シアリーズはむしろそれでいいとばかりに満足げに頷く。むしろ彼女は最初からその気にさせるつもりで挑発した節さえ感じられた。さてはあいつこの状況楽しんでるだろ。俺は楽しくないぞ。

 

「おいアストライア、どうにかしろ。俺もう泣きそうなんだが」

「僕の言葉は変わらない。君は二人を連れて屋敷に突入するんだ!」


 アストライアが、強い言葉で俺を叱責しながらその手に上質な箒を剣のように握る。

 額からは脂汗が垂れているが、その言葉には明確な目標が感じられる。


「考えてもみろ、このままノコノコ君がシアリーズに着いていったら屋敷内でコイヒメ氏とシアリーズを同時に相手しなきゃいけなくなるんだぞ! そうなったら君の意思がどこで捻じ曲げられるか分かったものじゃない! 自分の意思を通すために屋敷に味方を連れ込むんだ!」

「だが、相手は世界最強の女だぞ!!」

「この僕が全身全霊で止めるッ!! 友達として今の君に出来るのは唯一それだけだッ!!」


 瞬間、アストラエの姿がその場から掻き消え――直後、シアリーズの木刀とアストラエの箒が激突した。あれは恐らく八咫烏だ。たかが木製武器同士の衝突である筈なのに、その一撃で周囲を衝撃破による突風が吹き荒れる。


「行け、三人ともォ!!」


 死力を振り絞るような叫び声を受け、気が付けば俺はネメシアとセドナと全く同時に走り出していた。シアリーズはそれを止めようと動くが、その瞬間にはアストラエが全力で妨害する。


「あら、ごきげんよう王子様。これってもしかして反撃したら国家反逆罪とかになっちゃうの?」

「僕はボクっ子メイドのアストライア! 王子なんて知らないな!」

「いいわね、あたし好みの返事よ。それじゃ、踊りましょうか!」


 木刀と箒が、一瞬の間に恐るべき速度で幾度も衝突する。

 どうも互いに見た目通りの木製ではないのか、或いは世界樹産なのかもしれない。

 だが、相手はシアリーズだけではない。


「お招きしていないご客人はお帰りください」


 俺からネメシアとセドナを引き剥がさんと動き出した忍者たちが一斉に動く。

 二人にも護身術の心得はあるが、人数が多く、しかも相手は訓練されている。このコンビネーションでは俺はともかく二人は――と判断した刹那、二つの影が路地の奥から飛び出して忍者の前に躍り出た。


 二つの影はあっという間にシアリーズとネメシアに迫る忍者の前まで躍り出て、強烈な回し蹴りで彼らの腕を弾き飛ばす。その正体を知った俺は目を剥いた。


「コルカさん!? それにスージーさんも!!」


 影の正体はタマエ料理長の弟子にして外対騎士団料理班。

 片や絢爛武闘大会に出場するまでの腕前となったコルカさん。

 もう一人は次期料理班長と噂される副料理長のスージーさん。

 二人はエプロン姿で忍者相手に油断なく構えながら叫ぶ。


「タマエさんからヴァルナさんの様子はちょこちょこ見とけって言われてましたんで、不審な動きアリと思って追いかけてきました!!」

「事情はよく分かんないけど、なんだかド派手なことになってるねぇヴァルナくん!! ま、ここは私たちに任せちゃってよ!!」

「……恩に着ます、お二方!!」

「ありがとう、二人とも!!」


 コルカ、スージー両名と面識のあるセドナとネメシアの口元が綻ぶ。

 でも不審な動きってお前らも含めてだから、そこを忘れるなよ。

 忍者たちを振り切り、世界最強の剣士とアストラエが衝突し、そしていつの間にかロマニーとカルスト氏がヤンキー並の睨み合いに突入している。多くの仲間たちによって拓かれた道をひた走りながら、俺は天に向けて怒声を上げた。


「運命の女神ぃ!! 今回ばかりは絶対許さんからなぁぁぁーーーーッ!!」


 今日の俺の本来の予定、見舞いと面会の二つだけだったんだぞ。

 運命の介入でもない限りこうはならんやろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る