第262話 騎士に二言はありません

 騎士団のベテラン酔っ払いことロックは、騎士として以前に人として大分駄目な人である。ダメ人間に分類される側であるアマルさえ彼には苦言を呈すのだが、逆にアマルの駄目なところにもロックがちょくちょく苦言を呈すのでどっこいどっこいのコンビでバランスがとれるのは世の神秘だとロザリンドは思う。


「こんなに自堕落で放蕩な方がわたくしと同じ騎士だとは、未だにその事実に眩暈を覚えますわ……」

「事実じゃないですよ、同じ騎士でもこの男は下劣で格の劣る存在です。平等に見る必要はありません」

「騎士ロック限定で罵詈雑言が火を噴くカルメ先輩にも眩暈がします……」


 この騎士団の人は、全体的に仕事は出来るのに日常生活での行動が予測できない人が多い。真に哀しいことに敬愛し崇拝する対象であるヴァルナ先輩も、すべしと思えば即行動する行動力の化身だ。


「……まぁ、それはひとまず置いて」


 理屈で考え過ぎると失敗するとこの大会で学んだロザリンドは、それ以上深く考えはしなかった。今考えてどうこうなるものでもない事柄は、今考えなくともいい。心の片隅にでもそっと仕舞い、必要な時だけ取り出して吟味すればよいのだ。


「自堕落ロックは今まで何をしていたのですか?」

「礼儀正しいロザリンドちゃんからオジサンへの敬称が消えたッ!?」

「まぁ想像はできますが。暴飲暴食、過度の飲酒、賭博、ナンパ、何かしらの軽犯罪……そんなところでしょう」

「騎士としての信頼の低さにオジサンのガラスのハートが悲鳴を上げちゃう!? 軽犯罪は流石に冗談で言ってるよね!? ね!? 半分は当たってるの否定しないけど情報収集があくまで主だから!!」

「まぁ、私も鬼ではありません。何か今の我々に有用な情報を持っていたら宿に拘束することは勘弁してあげましょう」

「拘束されること前提なの今初めて聞いたよオジサン!?」


 ヴァルナ相手ならのらりくらるのロックだが、容赦ゼロのロザリンドとカルメがいるのでは逃げることも叶わない。観念したようにロックは懐から紙束を取り出す。


「えーっとこれは違う……こっちもハズレ券……っと、あったあった、コレコレぇ」

「随分しわくちゃで薄汚れた紙ですね。それが?」

「まだ交換してないアタリ券」

「先輩方、この酔っ払いを速やかに拘束して掃除用具入れに閉じ込めてくださいまし」


 ヴァルナの見舞いに来てはいたが会話に参加していなかった面子が速やかにロックの腕を掴んで拘束しようとするのを見て、ロックは慌てて紙束の中からもう一つの紙を取り出した。


「たっ、タンマ!! ごめん、さっきのはちょっとした場を和ませるジョークだから!! こっちが本命よ、見ないと後悔するよ!?」

「……で? それは何ですの?」

「――大会選手襲撃事件で『撃退に成功した人』の証言リスト」

「……!?」


 ロザリンドが驚愕に両眼を見開いたのを見て、ロックは悪戯が成功したとばかりに不敵に微笑んだ。

 一度も連絡を取り合っていない筈にも拘らず、捜査本部さえ掴んでいない情報をまるで世間話の種のように取り出す。この男はいったいどこまで本当の姿なのだろうか――。


「それはともかくとして、そのしたり顔が気に入らないのでやはり拘束しましょう」

「待って待って違う違うオジサンの思い描いてた『この人そこまで把握して動いてたなんて……!』みたいなイメージと結果が違う!! 今オジサンなにもワルイコトシテナイ!!」

「酔っ払いに人権はねぇ!!」

「神妙にお縄に掛かれぇいッ!!」

「悔い改めなさい……」


 なお、この後ロックは今後定例報告に一度でも顔を見せなければ今後一年間酒類を強制的に没収する旨の誓約書に泣く泣くサインすることで拘束を免れた。




 ◆ ◇




 イクシオン殿下についていった先にあったのは、何故か足繁く通いつつある殿下のVIPルーム。そこには、想像だにしない人物が待ち構えていた。


「ヴァ、ヴァルナぁぁぁ……」

「あ、君は確か……ゲノン爺さんの孫のタタラ君?」


 まず目に入った少年――嘗て剣の引き渡しの際に一度だけ会ったことのある王都の鍛冶屋ゲノン爺さんの孫、タタラ君だった。タタラ君は目に大粒の涙を湛え、ぷるぷる震える手を振り翳して俺に突進してきた。


「うわぁぁぁぁ~~~~~~んッ!! バカバカバカ、このバカぁ!! 壊すなって言ったのになんで二本とも壊れて帰ってくるんだよウソツキ! バカ! オタンコナスのハゲチャビンッ!!」


 確かに受け取りの際に「壊すなよ!」と念を押されたのにこの有様なので責められても文句は言えないが、それはそれとしてタタラ君の拳がさっきから包帯に覆われた傷口をノックしている。


「イタタタタ傷口が開く傷口が! ごめんって、ごめんって!! 爺さんにも頭下げて謝りにいくから!!」

「びえぇぇえぇぇ~~~~~~~ッ!! お前みだいなの信じだ俺がバがだったぁぁぁ~~~~~~!!」


 大泣きする子供の罵倒は、罪悪感で傷口以上に心に響く。筆頭騎士失格だわ剣は折れるわ約束も破るわ色んな人を泣かせるわで本格的に碌な事がない。人類最強め、影響が試合後に波及しまくりだ。

 しかし、何故タタラ君がここにいるのだろうか。ゲノン爺さんの体調が悪いと聞いていたのでてっきり面倒見る為に家にいるだろうと思ってたのだが。


「グス……翁の弟子たちが看病してる……ひっく……おれは、おれは……」


 そこで咳払いをして垂れた鼻水をズルルと吸い込み、控えていたイクシオン殿下の付き人のキレーネさんがすかさずハンカチを差し出してタタラ君の涙を拭き、鼻をチーンと噛むように聞こえないくらい小さい声で言う。

 いや、声は俺の耳でも聞こえなかったんで唇の動きで判断したので言ったと断言するには語弊があるが、タタラ君には伝わったのはハンカチを使って鼻をかみ、改めてこちらに向き合った。


「改めて!! ワシは剣を届けに来た!! ゲノン翁が体調を崩した原因の……お前の剣じゃ!!」

「え……ちょい待って。俺、注文してないんだけど?」

「二月ほど前にナマズヒゲのじじいに大会の話を手紙で知らされた翁はここ最近ずっと剣を打っておったが、完成すると同時に倒れた上に何に使う剣なのか一切周囲に知らせておらなんだ為に今日まで渡せなかった!!」


 その後の話を簡単に搔い摘むと、ルルズのイクシオン殿下からヴァルナ専用剣の相談が来たことで「ジジイだけじゃなくて殿下からも!? てゆーか肝心の剣ここにあるじゃん! 剣を早く届けなければ!」と工房は大わらわ。慌てて王宮に連絡すると、緊急事態ということで我らが執事長セバスさんが出動し、剣とそれを管理するタタラ君をここまで護送してきた……という経緯だったようだ。

 職人気質で多くを語らないゲノン爺さんの性格が見事に裏目に出ているのが何とも言えない。俺、じいさんの口下手の所為で女神公認ゴリラと殴り合いしたのか。恨み言は言わないが、そこはかとなく損した気分である。


「おいおいじいさん……でも、そういえば何でおれの剣だと分かったんだ?」

「喜ぶがよい、おぬしら剣士は誰もが憧れるオーダーメイドであるぞ!! 正直翁の剣をへし折ったオヌシに渡したくない代物じゃ!!」

「ひでぇ言い様……」

「何故オヌシの剣だと分かったかだと!? 前にオヌシの剣を受け取った時の感触と、この剣を握った時の感触が全く同じだったから分かるに決まっておろう」

(あ、会話がワンテンポずれ始めた……)

「ひどいのはオヌシじゃ!! 翁の剣を二本も受け取っておいて二本とも折るなどと……!!」


 タタラくんはじいさんの口調を真似ると脳の処理が遅くなるらしく、受け答えが一つずれるという奇々怪々な癖がある。そんなタタラくんの目には再び涙が浮かぶ。彼の視線の先には、無残に破壊された二振りの剣が、俺の未熟を証明するように鎮座している。


「……すまなかった。約束を守れないようでは俺は騎士失格だ」

「……………」

「タタラ君?」


 罵声を覚悟していたが、その予想は裏切られた。


「翁が言っておった……ヴァルナは自分の剣に手心を加えると。真の強者を前にあの剣では勝てぬと。自分の剣のせいで勝てない戦が出れば鍛冶屋の名折れ、人生最後の剣はヴァルナの為に打つと」

「な、なんだと!? じいさん、そこまで悪いのか……!?」

「大丈夫だもん!! ……おほん、無論言葉の綾じゃ!! 体調が回復すればまた工房に戻るに決まっておる!! じゃが、じゃがな……本当はワシだってわかっておるんじゃ!! ゲノン翁がオヌシを誰よりも認めていることくらい!! 受け取れほら、馬鹿!!」


 殆ど押し付けられるように渡された、布にくるまれた長いもの。

 布を解いて中身を改め、二本の剣に驚く。


「これは、対になるような拵え……双剣か!?」 


 これまでの二本の剣は手触りや重心は同じでも諸事情でデザインは少し違っていたが、今回のこれは柄の形から鞘のデザインまで統一され、剣を揃えて並べると騎士団にとって象徴的な絵柄である星と鳥の装飾が完成するものになっている。しかもその装飾も俺の手癖の悪さに合わせ、鞘で攻撃した際に邪魔にならず破損しにくいよう最小限のお洒落に済ませてあった。


 二本で対の剣であること、鞘を使うこと、実用性を重視しつつ見栄えの格を落とさない拘り抜かれた細工。これまでも俺用に剣を作ってもらっていたのは確かだが、ここまでしっかりとしたオーダーメイド品を前にするとゲノンじいさんの職人としての息吹さえ感じられる。


 早速腰のベルトに差して抜剣。

 柄は手に馴染むし、重量の感触も変わらない。但し、刀身の形状は微かに変わり、剣の腹にはちょっと洒落た溝がある。振って感触を確かめるが、明らかに空気を裂く手ごたえが違う。切れ味、強度、そしてどこかしなやかささえ感じる剣としての上質さだ。


 そして何よりも驚いたのが、これまでの剣と一線を画す輝きである。


「聞いて驚け!! 材質はオリハルコンに次いで貴重なミスリル銀を主な材質にしておる!! ミスリルはオリハルコンより重く強度も僅かに劣るが、逆を言えばオリハルコンを除く殆どの金属に勝る強度を持っておる!! 重量を加味し、使用目的によってはミスリルの方が重宝されることさえある!! 翁はオヌシには切れ味より重さが必要と判断したのじゃ!!」


 掲げた剣の輝きは、まるで自分がいるからには二度と刃毀れなど起こさせないと力強く語りかけられている気分になる。この剣なら、どんな無茶にも付き合ってくれる安心感が湧く。今日初めて知ったが、本当にいい剣というのは手放したくなくなるものらしい。代わりの剣を手にしたくないと本能が囁いた。


「……ほんと、感謝で頭が上がらないよ」


 間違いなく、買ったら猛烈に高い。

 オーダーメイドなら猶更だ。

 俺がこれまで使っていた剣を十本に増やしてもこれ一振りの値段に届かないだろう。それだけの剣を、あのゲノンじいさんが俺を認めた上で必要になると思って打ったのだ。

 尤も、一番必要だったかもしれないガドヴェルト戦には間に合わなかった訳だが――これで次からの試合での憂いは断てた。


「大会に優勝したらゲノンじいさんにいの一番に報告しにいかねーと天罰下るな」

「ホントだよ!! ……じゃなくて、当然じゃ!!」


 今頃、俺の無事を確かめて試合に戻ったアストラエが対戦相手を倒している頃だろう。アストラエとの試合、準決勝は明後日――一刻も早く傷を癒してこの剣を使いこなしたい。


 俺はすぐさま治癒室に逆戻り……する前に、しゃがんでタタラ君に手を差し出す。


「持ってきてくれてありがとう。もう二度と、剣に恥じる戦いはしない」

「……う、うん。や、約束だぞ!! 次は本当の本当に許さないからなっ!!」

「ああ、約束だ。騎士に二言はない!!」


 実際、タタラ君がこの剣が俺の専用だと気づいた訳だから本当に感謝しないといけない。もしかしたら彼は将来天才的な鍛冶職人になるかもしれないと思いながら、俺は最後に全員に感謝の一礼をして部屋を去った。




 見送るイクシオンは彼の背にいくつか激励の言葉を送って見送り、姿が見えなくなってから呟く。


「矢張り不思議な騎士だよ、ヴァルナ。その剣は君を想う様々な人々の思惑が重なってこのタイミングに君の手に握られた。でも実際には人類最強に素手で挑んで君は勝利している。突き進む君と支えられる君、果たしてどちらが本当の君なのかな? ……ふふ、何にせよ愚弟もこれで満足だろう」


 嘗て手の付けられなかった弟の心を容易に開いて見せた若き騎士。

 その騎士が弟と真剣勝負に挑もうとしている。

 全体の勝率で言えばヴァルナが上だが、勝つと決めた戦略を持ち出した際はアストラエは狙いすましたように勝ちを攫う。まして彼にはヴァルナに対抗する最終奥義があるのだ。世間では「ヴァルナの勝ちは揺らがない」という下馬評だが、見る目のない連中だと思う。


 そろそろDブロック決勝が始まり、そして弟は勝つだろう。

 今回の弟と来たら、ヴァルナに勝ったら満足して決勝を放り投げかねない程に準決勝に傾倒している。プレゼントを心待ちにする幼子のような期待感は、イクシオンの記憶にあるアストラエの姿の中でも最高潮の興奮だろう。あんなに未来のイベントに夢中になるアストラエを見るのは始めてだった。


「これで武器もお前に劣らぬものとなり、何の憂いも感じる必要はなくなったぞ。愚弟アストラエよ、永久とわに忘却することのない最高の試合を楽しむがよい」


 今、イクシオンはほんの少しばかりヴァルナより愚弟を応援する気持ちが強かった。

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